10.ふたりぼっち
「……重い」
「しっかりしろ。男だろ?」
「今の身体は女」
「俺の心は男だ。身体は女っぽくてもな」
「……女だろ」
両手に荷物。
望んでいないゲームとはいえ、仮にも今は男の身体。
いつもより少し多め、いつもより重い物を中心的に買った荷物だって、簡単に持ち上げられる。
……少しは佐久間にも手伝ってもらっている。
もちろん、俺の身体のまま逃げてもらっては困るからだ。
「なぁ、佐久間」
「……ん」
「お前、あいつらのこと……どう思う?」
「どうもない」
「なにかは思うだろ?」
「しつこい」
「……ひっでー」
沈黙の中、曲がり角を曲がる。
このまま真っすぐ進むと、突き当りに“俺の家”と呼べる場所がある。
「俺はさ、優しい奴らだなって思った。もちろん、佐久間も含めてな」
ゆっくり、ゆっくり。
一人一人の名前をかみしめながら囁く。
「歩夢も、海上も香穂も凄く優しい。いい人間だと思う」
「それと同時に、あの中に自分なんかが混ざっていいのか……って正直戸惑った」
明るい人間、素直な人間。
その中に、自分なんかが……。
「俺、こんな人間だし……さ」
「暗い」
予想通りの発言ながら少し傷つく。
「お前の一言一言が地味に傷つくよ」
「あ、そ」
ここまで一言で返されると、話が続かなくなる。
他の人とは上手く乗せられるのに……こいつといると調子が狂うなあ。
何故だろう……。
「ぁ、着いたぞ」
そうこう言っている間に家に着く。
俺の……俺たちの家。
「……ひだまり、園?」
「そう、ひだまり園。まぁ、簡単に言うと孤児院、施設だな」
親を亡くし、または捨てられた小さな子供が集まった、温かい家族を求める人たちのための家。
俺も、その一員。
小さい頃は孤児院出身と言うだけで引かれていたため、家を知られるのが好きではなかった。
でも見る限り、佐久間に引いた様子はない。
安心と同時に佐久間には聞きたいことがある。
「お前さ、耳聞こえてなかったんだな」
「! ……なんで、知って」
驚いたような佐久間の……まあ自分の顔だが。
こんな顔、するんだな。当たり前か。
驚きはしたが抵抗はされないため、言葉を続ける。
「さっき気付いた。イヤホン付けてんのに音楽とかなにも聞こえないし、まぁ佐久間にも事情ってもんがあるだろと思って放っておいたけど。でも歩いてる途中に耳のコレが外れてな……その瞬間、音が消えた。悪いと思ったが、胸ポケットに入ってたこれの本体も見た」
それで、なんとなく察しがついたんだよ。と続ける。
「言いふらすつもりで話したんじゃない。先生もイヤホンだと思ってるみたいだし必要に話してないんだろ? 秘密にする。ただ俺が聞きたかっただけだ」
佐久間のイヤホンの秘密。
正確にはイヤホンではなく――――ポケット型の補聴器。
「これってさ――っ?」
核心に触れようとした時、いきなり目線が低くなる。
元に、戻った……?
「あーあー」
長年慣れ親しんでいる、馴染みのアルト声。
目線も、いつも通り。
「戻った、な」
「ああ。じゃあ、秘密。頼む」
くるりと身体を回転させ、帰ろうとする佐久間。
その背中を見て、心のどこかで“待った”がかかる。
「さ、佐久間! その……晩飯、食ってくか?」
思わず出てきた言葉。
引き留める理由なんて、ないのに。
「……今日の料理当番の飯は、特に旨いんだ」
「遠慮する。戻ったんだから、俺はもう帰る」
首だけをこっちに向けていた状態から向き直り、歩こうとする佐久間。
「そ、そうか。じゃあ、またな」
「……っ!」
肩を震わせ、足の動きを止める。
振り返り俺を睨むと、素早く曲がり角を曲がった。
「……睨まれた……?」
悪いことも、いけない言葉を発した記憶もなかった。
俺があの時発した言葉……。
“またな”?
そういえば……振り返った時の、あの時一瞬、佐久間が幼く見えた気がした。
幼く、まさかな。
『…………』
『んー、やっぱり同じ境遇同士を合わせるのは失敗だったかな。ま、いいか。プラス点、っと。これからの破滅するであろう日常が、僕にとっては楽しみで仕方がないよ……』
なにかの声が風に乗って耳に届く。
電柱の上。黒い物体。
あれは……影?
もうすぐ沈むであろう太陽の光が邪魔をしてよく見えない。
「……?」
『おっと、危ない』
ゆらり、電柱から消える黒い影。
結局、あれがなんだったのか分からなかった。
***
猫の身体を操り、自由自在に動く。
普段入っている犬より、逃げる時は数倍速い。
電柱を避け、屋根を走る。
『あーあ。柊要人は察しがいいなぁ。行動を起こしにくいよ』
屋根と屋根の間を軽々しく飛び越える。
『要注意人物……か』
『まぁ』
『それだけ、僕たちからすれば邪魔っちゃ邪魔なんだけど、ね』
数キロ離れた屋根の上で少し休憩。
あの二人の似た境遇。運命。
それは、ずっと前から同じだ。
これだけは覆せない。
どんなに頭脳明細の僕たちでも、“元からの宿命”だけは、ね。
明日には、もっと僕にとっていいことが起きそうな気がする。
早く明日になれ。もっと。
壊れろ壊れろ。
影がほくそ笑む。
猫の身体だけが屋根に置き去りにされ、電柱にもたれかかっていた犬が動き出す。




