お題 水 風 土
「私ってさーほらダメなんだよね。動物とか飼うの。」
「うん?そうなんだ。うちは家に一人しかいないとかよくあるから、淋しさとか紛れて良いよー。」
あはは。とパートの友人はスマホで撮った愛犬の写真を見せびらかしてきた。
薄茶色のふわふわとした可愛らしいトイプードルだ。家に帰ると玄関で顔をペロペロ舐めてきて甘えてくるんだよーとデレデレした態度をされれば苦笑するしかない。
「エサとか散歩とかお風呂とか予防接種とか掃除とか、色々大変でしょう?」
「そりゃあそうだよー。でも可愛いし愛があれば気にならないね!!」
どやぁってされても反応に困るわ。彼女サバサバしてて付き合いはラクだけど、こういうところがたまにきずで、ハイテンション過ぎて周りを振り回す傾向がある。最近私も疲れてきたし、なんとかならないものか……。
いつだったか。大分昔にメダカを飼ったことがあったけれど、エサやりを忘れてしまい思い出した時には既に遅く、死体が水面に浮かんでいたことをよく覚えている。当時は金魚じゃなくて良かったと子供ながらにしみじみと思ったものだった。
「うーん、そうだなぁ。動物がだめなら植物とかは?ほら、アレとか。」
そうやって彼女が指差したのは名前もよく分からないような小さな植物だった。
背丈は15センチ程で、安っぽいプラスチックの植木鉢に植えられている。手の平サイズのお手軽なものだ。周りをみると似たような鉢植えがずらりとならんでいる。
「…なにこれ?」
「えーっとね、シンゴニウムだってさ。空気清浄樹だってよ?」
「確かにこれならエサ…じゃなくて水はいるけど簡単そう。うーん育ててみるかなぁ。」
__数週間後。
「げ。」
「げってひどいなぁ…あれ?美咲どうしたのそれ。」
彼女の視線の先__そう私の買い物カートの中には日用雑貨に紛れて、小さ目だがしっかりとしたつくりの植木鉢と肥料入りの土袋が入っていた。
ニヤニヤしている彼女とは対照的に、私はなんだが気恥ずかしくなって顔を俯かせてしまう。
「い、いやぁ毎日水やりしてたらぐんぐん成長しちゃってさ…植木鉢が窮屈そうだったからせっかくだし買っちゃえって思ってしまいまして。」
「ほうほう、よかったじゃないか!これを機にもっと立派なやつを…「買わないから。」えー。」
彼女のことだからもっとちゃかしてくると思ったけど、案外そんなこともなくその後は普段通り自分の家庭について話したりしてから別れたのだった。
「ただいまー。」
がらんとした家の中で私の声だけが響く。
当然応える声はない。
まぁ夕方のこの時間は私しかいないのは当たり前なんだけどね。別に寂しくないんです。
夕飯の買い出しを冷蔵庫にしまいこんでから煙草と灰皿、ライター、ミネラルウォーターを持ってベランダへと出た。
割と駅に近いマンションの4階。お世辞にも景色がいいとは言えない、申し訳程度についたベランダで一人煙草をふかすのだ。部屋で吸うと壁が汚れるしね。
紫煙が茜色の空へと吸い込まれていく。
少し前ならまだ真っ暗だったのに、ずいぶん日が長くなったなぁと毎年感じてしまうのはなぜだろうか。
それだけ時間が進むのを惜しんでいるっていうことなのかな。
それとも何も考えずに毎日を過ごしてるなぁって思い返しているのか。
少し湿気を含んだ涼しい風が頬を撫でていく。もうすぐ梅雨か。洗濯物がたまってめんどくさいんだよねぇ。
私はおもむろに足元に置いてある小さな植木鉢へと視線を落とすと、その場にしゃがんでペットボトルのキャップを捻った。パキっと蓋を開けて、一気に注いでしまわないよう慎重に傾けていく。
水やりって意外と難しいのだ。少ないと枯れるし、あげ過ぎると根っこが腐るし。
残った水は煙草でイガイガしたのどを潤すために飲み干した。ゴミはちゃんと分別してすてますよ?
植物なんて育てても場所をとるだけだし、虫がわくし、あまり好きじゃなかったんだけどなぁ。
いざ育ててみると、小さな葉っぱが一枚一枚ふえていく様子に癒されている自分がいて驚いたものだ。
この種類は花咲かないみたいだし、次は何を買ってみようかな…。
知らず知らずのうちにベランダが植物でいっぱいにならないように気を付けないとと思いながら、私は二本目の煙草に火をつけた。