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出来の悪い世界

 こんな魔獣の大群を、私は今まで見たことがなかった。何度も殺したはずのウォーピッグや、理性をもたないワーウルフ。他にも人型の魔獣が、私達を出迎えている。

 10や20の数ではなくて、それは魔獣の軍勢と言ってもいい。会敵した冒険者達は、フランクさんとグレーさん以外は恐れ慄いて一歩さえ動けない。私だってそうだ。膝が笑ってしまっていて、逃げることも、目を逸らすことさえできずに、ただ立ち尽くしていた。圧倒的な死の予感が迫ってくる。

 こんな所で諦めていいのか。私は兄さんと一緒に、旅をするんじゃなかったのか。歩けるようになって、兄さんは遅れてこの世界に来て。やっと、これから、これからなのに。

 諦めてたまるか。諦めて、たまるか!!

 笑う膝を精神力で無理やり抑えて、立ちすくむ冒険者達を置いて、私は前に出た。

 兄さんには負けたけど、力だけなら負けない。ねじ伏せてやるんだ。絶対に出来る。

 ワーウルフを一匹、二匹と力押しで屠る。懐深く入り込んで、思いっきり切り込んだのだ。

 剣戟を加えたワーウルフ達はショートソードの切れも悪いのか、両断することはできなくて、肉を深々と斬ると途中で止まってしまい、しかし衝撃は凄まじく、結果的に後方に吹っ飛んで後ろの魔獣たちに辺り、ボーリングのピンの如くなぎ倒した。

 結果的に足止めとなって、けれどこのまま突っ込んで行くのは危険すぎる。後方からの援護がないのだ。少し距離をとる。

 けれどもそんな中に聞き覚えのある音がする。帰ってきたんだ。毎日寂しくて、でもその音がするたびに安心した、あの音が。

 フランクさんもグレーさんも、何をするでも木偶の坊と化している。私だけでは戦線を構築できない。けれども、もう安心だ。私の王子さまが、助けに来てくれた。

「悠希!!」

 声がする。嬉しくて、目の前に広がった光景に押しつぶされそうな威圧に、恐怖しているのに、自然と笑ってしまう。

 私の、兄さん。服のセンスが絶望的に悪くて、でも弱くて、強くて、格好いい私の兄さん。

「俺のォ! 妹にィ!! チョッカイ出してんじゃねえぞオラァァアア!!!」

 ヘルメットをかぶっていない顔が、凄く怖かった。見たこと無い顔をしていた。いつも男らしさの欠片もなくて、情けない笑みをいつも浮かべている、でもかっこいい、あの兄さんではなかった。

 くわえタバコで腕を組み、バイクに乗って、そのまま魔獣の群れに突っ込んで、魔獣はバイクに跳ね飛ばされて宙に舞う。

 兄さんが見えなくなった。

 え?



 俺はキングのクラッチ、サスペンションの補助を借りて悪路を暴走する。

 悠希が襲われている。しかも多勢に無勢だ。きっと目の前の魔獣共はこの先行部隊を安々と屠り、ここまで来たのだろう。俺の知っている偉い指揮官は『戦いは数だよ、兄貴』と軍総指令に進言していたことを知っている。この数ではこの第二部隊でさえ殲滅されるだろう。

「マルダー老師、このあたりから援護を。」

 と、俺は戦線から少し距離のある所で、老師に降りるように促す。

「そうさな。バカスカ撃つから当たるなよタカシ。」

 相変わらず俺の名前を覚える気はあまりないようで、また間違えられる。

「当たって死ぬ位なら苦悩はしないのです老師」

「ふん、意味はわからんがとにかく、おぬしに旧き神々の幸運を」

 俺は神など信じない。けれどもその言葉は老師の信仰から出たものなのだろう。この世界の人々は皆、神の名前と同じ所に住んでいるのだから、仕方がないことかもしれない。

 俺はキングを駆り、悠希の元へと急ぐ。しかし余裕が無いわけではない。手足を失えど、俺は死ぬことはない。頭を潰されてしまったらもしかしたらとも思うが、俺は悠希に勝ったのだ。

 魔力だって思いのままとはいかないが、全身に巡らせていればきっと何か役に立つだろうと思い、体内の魔力を血流と同じように体中に循環させる。そうすると魔力が体内で練られたのだろうか、身体の内側から力が漲ってきた。

 暴走するキングを膝とくるぶしで抑えこみ、俺はズボンのポケットから煙草の箱とジッポーを取り出し、その中の一本に火を着けて口に咥える。

「キング、突っ込むぞ。」

「おうとも相棒。この時を待ってたんだぜ?」

 更に速度はぐんぐん上がる。しかし風は微風のままだ。俺の魔力の流れは俺とキングを濃密に包み込んで、周囲のマナも吸収し、さらに膨らんでいく。

 間もなく悠希を見つけた。今にも魔獣の群れは悠希を襲うだろう。懸命に戦ってはいるものの、もはや猶予はない。妹に危害を加える奴は、俺が絶対に許さない。

 激情のまま俺は叫ぶ。

「俺のォ! 妹にィ!! チョッカイ出してんじゃねえぞオラァァアア!!!」

 そのまま魔獣の群れに突っ込み、しかし濃密な魔力で包まれた周囲の空間で魔獣は弾き飛ばされる。

 一息煙草を吸い、煙を吐き出してから、俺はキングに言う。

「この群れを抜けたら俺は降りる。一度速度を緩めてくれ。」

「おうとも相棒。派手に暴れまわってやろうぜ!」

 弾き飛ばされる魔獣の数はだんだんと少なくなり、しかし奥には一際大きな魔力の流れを感じる。

 あれが群れの主だ。勝てるとは思わない。けれども負けはしない。見えてくるのはボロボロのローブにサークレットをつけた異型の頭蓋骨を持つ化け物だ。

 ふと後ろを振り返ると、大火事になっており、魔獣の集団がまるで飛んで火に入る夏の虫の如く、炎に向かって突き進んで行く。

 俺は、奴を足止めすればいい。これだけ濃厚な魔力の気配を感じるのだから、きっと魔法や魔術を使ってくるはずと踏み、キングと共に懐に入り込む。

「急制動だ!!」と俺が叫びにも似た合図を飛ばすと、キングは両輪フルロックで横滑りになりながら速度を殺し始める。

 大きな木の根に引っかかって、俺は宙に飛ばされた。しかし好都合である。魔力の流れを制御しながら、速度を殺さず群れの主に突撃する。全身に滾らせた魔力は見えない左腕を作り、右腕にも同様に魔力を集中させ、思いっきり殴り飛ばした。

 骨しか無い敵には打撃が有効だと、俺は元いたゲームの知識をそのまま群れの主にぶつける。それは正解にほど近かったのだろうか、異型の頭蓋に俺の右拳は当たり、続けざまに魔力の左腕でもう一発拳を加える。

 魔力の左腕での一撃は、魔獣の濃密な魔力の壁をもろともせずに突き破り、異型の頭蓋はあらぬ方向へと飛んでいった。

 そして地面に着地すると、落下速度とそれまでに出ていた速度に耐えられず足の骨が簡単に砕けてしまい、地面を無残にゴロゴロと転がり続けて、木にぶつかり止まった。

 痛みで呼吸がし辛いが、足を中心に体内の魔力の流れを持っていくと、瞬く間に痛みは収まり、骨が修復される。

 流石に細かい部分には時間がかかるが、切断さえされなければ俺はもとに戻すことが出来る。痛みさえ我慢すれば。

 しかし精神はひりついていた。痛みは怖い。本能が耐える事を拒否している。身体が震えて、足が治っても腰が抜けてしまっている。

 非常にまずい。まだ奴は死んではいない。俺のものとは別の濃密な魔力がまだ存在しているのだ。全身の毛が逆立つかのような、敵意のある魔力が。

 無理やり立ち上がると、割りとすんなり立ち直れた。まだ膝が笑っているが、それはどうしようもない。

 戦うのだ。こんな所で足が竦むようでは、神など倒せるはずもない。豆腐メンタルの俺だが、ヘヴィーメタルの意志を持つのだ。俺はメナウォーだ!

 先ほど殴り飛ばした頭蓋がひとりでに戻ってくるのが見えた。戦闘を再開する。魔力でまた左腕を復活させ、右の拳にも力を蓄える。

 どこから何をされても良いように神経を研ぎ澄ませると、奴の魔力の流れが変わったような気がした。

 すると火の玉が五つ奴の周りにふわふわと浮かび、それらは一斉に発射される。

 回避は、できない。真っ向から火の玉に立ち向かう。とても熱そうで怖いが、ならば生身で触れなければいいのだ。

 魔力の左腕でその内の一発を殴り飛ばす。確かな手応えを感じて続けざまに来る四発も同じ要領であらぬ方向へと弾いた。

 奴にも感情というのがあるのだろうか、その光景を目の当たりにして一瞬たじろいだ事を俺は見逃さない。

 その隙に少し距離を詰める。魔法も魔術も今は殆どできない、魔力による力任せの殴打でしかコイツとは戦えないのだ。更に火の玉や氷柱が飛んでくるが、左腕を駆使してそれらを弾く。一歩一歩、確実に着実に前へと歩みを進める。ふわふわと浮かぶボロボローブも後ずさりを開始したその時、俺は全力で飛び出した。

 また奴はたじろぐ。俺の拳は奴に届く。確信したその時、横から邪魔が入ってボロボローブの異型の頭蓋は、魔力の残滓を飛散させながら砕け散った。

「ひょひょひょ、もらいー!」

 マルダー老師であった。杖を振り下ろしたまま決めポーズで俺をあざ笑う。畜生クソジジイめ、あと少しだったのに。もう一撃位は叩き込んでやりたかった。

 ただ老師の先の攻撃は俺とまるで同じで、それを更に突き詰めたようなものだった。魔力を杖に集中させて、力の限りぶん殴る。ファンタジーの魔法使いと、実物の魔道士はイメージがかけ離れていた。

 それを指摘すると老師は「魔道とは魔力を使う全ての行いを極めることにある」とふんぞり返っていたが、腰を少しさすっていたのを俺は見逃さない。動きは若い俺より数段素早いが、体の方は歳相応ということだ。


 魔獣の群れとの戦闘があった地帯は、ほぼ焼け野原と化していた。あれだけの大火事だったのだ、外はどれほど丈夫でも、中身から焼かれてしまったのだろう、狼男の毛は綺麗に燃やされていたが、分厚い皮膚には火傷が少ない。

 威力はそれほどでも、規模が大きくなればこういった使い方も出来るのか、と考えていたら狼男の死骸は急に腐り始める。

 これは見たことがある。俺の切り飛ばされた左腕と、同じ現象だ。

 足が勝手に震えて、吐き気がする。腐臭のせいもあるが、それよりも恐ろしい事実を俺は突きつけられていることに震えているのだ。

 俺は、魔獣なのかもしれない、と。

「先の魔獣はリッチという。魔法や魔術に長けてはいるが、まだ若いリッチであったために、おぬしでも太刀打ちできたんじゃろうが、ガチの奴はヤバイぞ。わしでも全力出してやっとこ勝てるようなやつじゃ。自身の力に溺れぬようにな。」

 と、自身の立てた仮説に打ちひしがれる俺に、マルダー老師は言う。

「何か思うことがあるのなら、懸命に考えるが良し。その答えは無駄にはならんからの。今日の教えじゃ。」

 ヒョッヒョと抜けた笑い声を上げながら、老師は立ち去っていった。敵わないなぁ、弟子になって正解だ。

 俺が魔獣でも、人間でも、強くなれば同じことだ。神を殺すという目的を果たすためなら、勇者にでも魔王にでもなってやろう。

 純粋な力だけが俺を強くするのだ。身体の痛みや剣や槍で内蔵を抉られる不快感など、慣れていけばいい。慣れるものなのかは分からないが。

 遅れてキングがやってくる。話によると魔獣の群れを引っ掻き回して隙を作り、それを縫ってマルダー老師を一とする魔法師、魔術師や斥候部隊が魔獣の動きを牽制し、近接戦闘が得意な戦士達で押さえ込んだということであった。

「森の中を走るってのも、大分慣れてきた気がするぜ。相棒はどうだったんだ?」とキングは好奇心のままに聞いてくる。

「ああ、俺もな…」と老師に邪魔をされたことを大げさに語って、笑いあった。


 ダンジョンと化しつつあった森は、魔獣の群れの主を倒した事により一応は落ち着きを取り戻した。

 急激なダンジョン化と言うのは、魔獣が出すマナ、魔素が原因として挙げられるようだが、今回はリッチの発生、また奴が出す強力な魔素がその主たる原因だった。また魔獣を大量に殺してしまうと、魔素が大地に染みこんで、ダンジョン化する原因の一つになる。だが浄化は今のところ保留である。

 ギルドに報告の後、浄化するかどうかを上層部で判断するという事になった。

 とにかくこの場から進み、第一部隊がベースキャンプを建てる予定地点まで向かうことになった。

 残っているかどうかは分からないが、生存者の探索や彼らのギルドカードや補給物資の回収などを行わねばならない。

 また第一部隊と合同で行うはずだったベースキャンプを中心とした周囲の探索も、生き残ったこの第二部隊の面々で行う。

 異常は取り払ったがまだ予断を許す状況ではないのだ。一週間、しっかり仕事をしてその他の異常がないかどうかを調べなければならない。


 と思っていたのだが、ベースキャンプに到着してから三日目の事である。

 第一部隊はここまで到着すること無く全滅しており、補給物資等も魔獣に荒らされて使えるものは殆ど無かった。食料など全滅である。

 生存者は絶望的であったが、二名居た。どちらもランクB-2冒険者の斥候で、話によると「何もできないまま全てが終わった」ということであった。

 過度の心的外傷を受けたために彼らは、キングでマガーテまで送り届けた。キングには悪いが使いっ走りである。しかしそれ以上に問題があった。

 異常が……ない……。暗澹の森は一部の地域がダンジョン化しているものの、魔獣たちはダンジョンエリアに押し込められて、出てくる気配はない。

 この間に知り合いは増えた。俺と、ランクC-2の盾役のヨシュアと、斥候でたまたま近くにいたランクD-2のジェイと、マルダー老師の四人でで徒党を組んで探索していた。

 ヨシュアはよく軽口を叩くが、得物としているのは大きなタワーシールドである。身長は俺より頭ひとつ高く、また体格に合わせた特注の盾を持っている。主に盾を両手で支え、盾で殴ったり、ドツいたり、シバいたりする戦法を取り、腰には一応幅広で長さもあるブロードソードを下げては居るが、滅多なことでは抜くことはない。相手の攻撃のタイミングに合わせて衝撃を与える技術は、剣の扱いより鋭いそうだ。剣の扱いにもまだまだ伸びしろがあるらしく、老師はそれを買っていた。

 出で立ちは全身プレートアーマーにバケツヘルムを被っていてとても厳つく見えるのだが、言動には品がない。お偉いさんに嫌われる冒険者の筆頭でBランクから上を目指すのは厳しいだろうとされている。

 ジェイは老師に性別を看破されたことで、『干からびたジジイ』という印象を払拭したようで、俺と同じく老師を師事している。この数日では生活魔法を扱えることが分かり、また言動は淑やかになっている。

 ついでに言うとこの面々はマルダー老師自らがスカウトしてきた人間であり、将来有望な人間であると話があった。

 人間の資質を見る目は、長いこと生きているだけあって確かなのだろう。前衛は老師と俺という異色のパーティである。

 悠希も悠希でそこそこやっているらしい。「兄さんがあれほどできるんだから頑張らないと」と息巻いているとフランクから聞いているが、ぶっちゃけ本当になにもないのだ。

「おうタコス、お前ちょいとわしに付き合え、修行すんぞ」と老師は俺から巻き上げた煙草を吸いながら言う。

「壮志だって言ってるじゃないですかぁ」と呆れ顔の俺を見てヨシュアは笑っている。

「情けねえ顔だなぁおい」と彼は言うが、「全身鎧バケツ野郎が喋ってんじゃねー」と返すと喧嘩になった。同じレベルの者同士でしか、争いは起こらないのである。

 老師は笑いながらそれを見ていたが、本題を思い出したのか思いっきり魔術でふっ飛ばされた。全身鎧バケツ野郎は鎧と大盾で踏ん張ったが、俺は呆気無く飛ばされて腰や首の骨が折れてしまって、少しの間ノックダウンを喰らってしまった。


「悪かったのタカシ、あそこまで見事に飛ぶとは思わなんでの。」

「手加減してくださいよ老師…俺じゃ無けりゃ死んでましたよあれは…。」

「まあまあ生きてるんだから大丈夫じゃろ。それよか修行じゃ修行。自身の魔力を腹の中で練って、それを身体に纏わせるんじゃ。一日中、寝てる時も。」

 それはつまり、俺が三日前に使っていた戦闘状態を再現して、意識のないときもずっと維持しておけということなのか。

「寝てる時も…?」

「然様。不意に襲われても魔力のバリアーで傷ひとつつかんくらい濃密に纏えよ。」

 我が老いぼれの師匠は軽々しく言ってくれるが、これがかなり難しい。魔力を大量に練るまではいいだろう。しかし身体の隅々に纏わせるという事は思っている以上に難しいのだ。

 例えるなら、例えるなら、えー、分からないが、とにかく難しい。

 難しく感じる原因は解っている。纏っている魔力が自然のマナへと霧散してしまうのだ。これを制御する事が俺の修行なのだろうけど、できない。

「老師、コツとか無いんですかこれ。」

「慣れじゃ。お、今日の飯がやってきたぞ、殺ったれ。」

「はいよー……。」

 俺は全身に魔力を纏いながら、いや全身から魔力を放出させながら本日の獲物を追う。気配は察知しているものの、姿が見えないのでまだ食えるものかも分からないが、食料はどれだけ持っていても問題ない。悠希が神から貰ったというリュックサックは、半ば俺のものと化している上、これは非常に便利なマジックアイテムなのだ。とにかくなんでも入り、また鮮度も保つことが出来るのだから。しかし難点はあり、とにかく大きなリュックサックなものだから重さはあまりないものの嵩張る。そして何を入れたか忘れてしまうと取り出せないのだ。品目メモは必須だし、また入れてないものは当たり前だが取り出せない。

 閑話休題。

 しかし、逃げられた。先日のリッチの如く魔力を垂れ流しにしていたせいである。これは問題だ…。だがここで俺は思いつく。特撮ヒーローみたいな、あんな感じはどうだろうか。

 試しに魔力で土をえぐり取る。フォースをシャベル風にして持ち上げる形だ。そこに魔力を練り込む。土と俺の魔力は親和性が高いらしく、この作業はすぐに終わった。

「付着!!」

 と昔のメタルヒーローのような掛け声と共に、俺の魔力と土でできた鎧を形成していく。その間はあの特撮ヒーロー達とは比べ物にならない遅さ(彼らが早すぎる)なのだが、全身を覆うようにして土は特撮アーマーへと変化する。

 表面はツルツル、表面と関節可動部は俺の魔力を潤滑剤とした粘土で仕上げ、表面と身体の接地面は柔らかく、その間に芯を通す事で衝撃にも耐えられそうである。

 またこの土鎧、俺の魔力で作り上げたものなので、自身の動きをアシストするような挙動をするのだ。だが稼働させるためには魔力を使うので、常に魔力を身体に覆わせる事にもなる。

 また左腕もあるが、これは全て土で作った。好きに動かすことも可能で、しっかりと目に見える分悪くない感触である。最も何かに触った感触までは再現できなかったが。

 簡単に言うならば原材料が土の強化外骨格が出来上がった。

 早速キングを呼び出し、この外骨格の強さを調べようと思う。

「キング、俺を全力で轢いてみてくれないかい。押し返せれば御の字、傷ひとつつかないようならそこそこって所なんだけれど。」

「人を轢くのはちょっと……」と引かれてしまった。

 次に老師を呼び出す。

「どうですかこれ、カッコいいでしょう!」

「色がいかんな、色が。土そのままの色しかしておらんじゃないか。」

「いやまあ、それはいいんです。とりあえず思いっきり殴ってみて貰えませんか?」

「良かろう。」

 老師は快く引き受けてくれると、途端に場の雰囲気が変わる。杖先の魔石からは炎が溢れた、と思ったら俺は飛んでいた。

 攻撃が全く見えなかった。腹を殴られたのか、強い衝撃があって、太さのある木々ですらもへし折りながら弾丸のようなスピードで飛び、結局木に当たって止まる。

 遅れて腹部に、死ぬほど猛烈な痛みが走り、俺の意識は途切れた。


 目が覚めると、まだ辺りは明るかった。起き上がると老師が駆け寄ってくるのが見える。

 同時に吐き気に襲われて、俺はその場で嘔吐した。出てきたのは大量の血液だったが、多分さっきので内蔵がやられたのだろうか。

 不思議と頭はスッキリとしていて、昼寝から目覚めたかのようにシャキッとしている。

「すまん! 本気でやりすぎちった!」テヘペロと謝る老師。謝る気皆無である。

「死ぬかと思いました。」

「いやーわしも死んじゃったかと思った。しかし頑丈じゃったな、手が痺れちまった。」

「しかし何故あんなに本気で…。」

「ふざけてんのかと思って、ちょっとお灸をすえてやろうと思ったんじゃが僥倖じゃな。魔力の壁を物理的に再現た上、超固かった。見てくれは土気色のつんつるてんじゃが内容は悪くないんじゃないかの?」

 お褒めの言葉を頂いて、少し照れてしまいポリポリと頭をかいたが、土でできたヘルメットを被っていたので、ヘルメットをかいただけに終わる。

「でもそれ、寝てる時も維持できるのか?」


 結果から言おう、維持できなかった。

 気を抜くとこの特撮アーマーは解除されてしまうのだ。俺は二十四時間気を張っていられるような野生人間ではないのである。

 この事実が発覚したのは、先の話より少し後。老師に「一応及第点ってところじゃな」と言われた所でホッと一息つくと、全て土に還ってしまったのである。とりあえずは土の左腕を維持する事に努めようと思う。

 また徒党を組んでいる面々にお披露目した所、ジェイには避けられ、ヨシュアにはイジられ、老師は見守るような、ばかにするような、生暖かい目で俺を見ている。

「しかしカッコ悪いなそれ。ツルツルすべすべで貧弱そうだぜ?」

 とヨシュアは馬鹿にした風に言う。

 このカッコよさが分からないとは、この世界は遅れている。凄まじく遅れている。この未来感溢れるヒーロースーツを維持するのに、どれだけ俺が魔力を使っているのかもこのお調子者は知らないのだ。

「弱そうだと思うなら一勝負しよう。俺は、今、最強。」

 思ったことを口にする。そう、憧れの特撮ヒーローのような魔術を使っているのだ。気分は最高である。

「言ったな? 後悔すんなよ!」

 焚き火の前で俺とヨシュアは対峙する。ふとジェイの方を見ると、フードを深くかぶっていて表情は推し量れないが、やれやれと肩を竦ませている。

「もらったッ!」とヨシュアの剣が特撮アーマーに当たる。粘土質の表面に傷をつけるが、内部の芯にガチンと弾かれてしまう。

「小癪な!」と更にヨシュアの連撃が俺を襲うが、その度に俺の鎧は攻撃を弾く。老師相手には分が悪すぎたが、成長途中の剣士の攻撃位は余裕で弾けるようだ。

 そろそろ俺も反撃に出るとする。特撮アーマーに更に魔力を滾らせ、攻撃の効かない事を知り距離をとったヨシュアへと殴りこみをかける。

 アーマーは俺の身体の思う通りに動き、しかしヨシュアが盾を構えるほうが早かった。だがここで止まりはせず、そのまま力任せに殴る。

 盾ごとヨシュアは飛んでいき、木々にぶつかってそのまま伸びてしまった。

「あなどれんのう」という老師の呟きは、しっかり俺の耳に入っていたのであった。


「次の段階に進むんじゃ。」

「はあ。」

 もう夜中だというのに老師に呼び出され、疲れた身体に鞭を打って何とかまだ起きている状態を保っている。

 いや、語弊があった。身体には全く疲れはない。ただ頭が疲れているだけなのだ。特撮アーマーを維持するには頭を使わねばならないらしい。何の気なしにやっているが、脳のリソースはかなり使用しているようだ。

「その妙ちくりんな土鎧、借り物の姿と見るがどうか」と、老師は真面目な顔で言う。この爺様は嘘を簡単に見抜く術を持っているようで、嘘はつけない。

「借り物です。俺が子供の頃から好きな英雄を真似ています。」

「ふーん。で?」と老師が聞いてきた。で? ってなんだ?

「え?」

「いや、借り物で満足するのかと聞きたいんじゃ。魔道に踏み出した一歩目でそれじゃから、心配しとるんじゃよ。借り物は所詮借り物、それ以上の力を求めるのならば、精神の思うがままに望み、魂のあるがままに形を作り、形はまた望むがままの力になるのじゃ。貴様は形から入るタイプのようだから今こうなっておるのじゃが、それならば借り物でなく、自身の形を作ったほうが良いのじゃ。また借り物には引っ張られる事がある。それが良いか悪いかはわしにもまだ判断着かぬが、魔道は自身の後ろめたい部分を、暗い部分を利用して力を得るのじゃ。英雄を真似ればそれ以上は望めぬと思え。」

 つまりだ、俺の場合は力の形をまず望んでいたのだろう。何も持たないままこの世界に来て、まず俺は安心できる形を求めたのだ。

 自身の後ろめたい部分、暗い部分というのは、つまるところコンプレックスだ。借り物でもコンプレックスが形になったと思うべきなのだろう。

 俺は弱い。だから力が欲しい。そして幼いころのヒーローに憧れたのだ。だが自分の後ろ暗い部分をもう一度見つめなおして、新たに形を作れと、老師はそういうことが言いたいのだろうと思う。

 だが俺はこれを気に入っていた。借り物でも、俺はこの形がいい。そう老師に伝えると、老師は呆れたようにこう言った。

「だからの、それは精神が望んで作り上げた形なのじゃ。形は魂が作るもので、お主のそれには魂がない。魔道の発見者として教えてやろう。精神の望むままに発現した力は、身体が拒絶するものでなくてはならぬ。

 ある冒険者の拳闘士が居ってな。魔術や魔法は得意じゃが、奴には欠点があった。武器を使う才能が無かったのじゃ。仕方なしに拳と魔術での戦いを強いられておった。それに拳での戦いには華がなく、恥じておった。また奴は自分の強さの源でもある膨大な魔力をも恥じておっての、得意と言うても魔法や魔術を扱う才能も中途半端にしか無かったものじゃから、どうやって使えばいいのかを知らなかった。

 未知を恐れていたのじゃな。生涯現役を誓っておったが、老齢になるにつれ身体は衰えていく。そこで奴は開き直ったのじゃ。拳で戦うことをやめたのじゃ。杖を持ち、魔術書を用いて戦うようになると、自身の魔力が武器を、杖を用いた戦いに順応するようになった。弛まぬ努力の結果、魔術とも魔法とも体系の違う戦闘術を編み出すに至ったわけじゃ。」

 老師は俯いて寂しげに、こう続ける。

「力を求めた結果、力に食われた者もおる。強い力はそれだけ人を傲慢にする。驚異的、奇跡的な早さで成長するお主に、わしは少し恐怖しておるのかもしれぬ。今の話はなしじゃ、忘れてくれ。」

 老師はそう言い残し、立ち去っていく。後ろ姿は恐怖していると言うよりも、哀愁の漂う、寂しそうな背中をしていた。

 俺は、老師が何を伝えようとしていたのかは分からなかった。そもそも魔道とは何だ。

 老師が年甲斐もなく、恐ろしい存在だということは分かる。普通の冒険者や、人間なんかは傷ひとつつけることが出来ないだろう。

 魔術や魔法とは違う体系というのは、どういうことなのだろうか。

 ただ一つ理解出来たのは、この力を自身の力として振るうことは良くないということだ。なんとなくだが、それだけを理解することは出来た。


 あっと言う間に一週間は過ぎた。第二部隊の人員に怪我人や死傷者は無く、初日の魔獣の軍勢行進とは打って変わっての様相であった。

 ただやはりあの件については、精神的ダメージが大きい物は多いようだった。先頭集団に居たフランクの顔色は、帰るこの日になっても優れず、少し怯えの混じった表情をしている。

 またフランクの相方であるグレーという男も、浮かない顔をしており、彼らを纏めあげていたのは悠希だったそうな。

 ぞろぞろと帰路に着く面々を尻目に、俺が一週間寝食を共にした徒党の者共は、今回殿を務めるでもなく、更に奥地へと足を進めることと相成った。

 それもそのはず、老師がここへ来た目的は、ダンジョンの攻略である。森の広範囲に渡ってダンジョン化している暗澹の森を、魔獣を狩りながら踏破しなければならないのだ。

 また数日の訓練で、借り物の形ではあるが俺の力も大分安定してきたように思う。老師は耳にタコが出来るほどに「自分の形を作れ」と五月蝿いが、そのうちまあ、なんとかなるのではないかと考えていた。

 ジェイも徒党に程よく馴染んで、無理やり低い声を出すことが無くなったからか、喉の調子がいいようだ。

 今は先行して辺りの様子を伺っているために別行動をとっては居るが、異変があれば直ちに戻って知らせてくれる。

 ヨシュアはと言うと、相変わらず軽口を叩いては居るが、老師や俺との連携もしっかり取れる。防御からの攻撃を意識したスタイルは素人目に見ても凄いと思う。

 しかし問題がない人間ではなかった。バトルマニアなのである。戦うことこそ生きる意味というような人間なのだ。

 かくや俺はただ殴る、蹴る、仕込み剣で突き刺す位のものなのだが、魔力を貯めこんで直接殴るこのスタイルは、拳での攻撃力を魔力によって上乗せしているようなもので、弱い魔獣なら弾け飛んでしまう。また特撮アーマーによる身体能力の向上はピーキーで、まだまだ訓練が必要だった。

 しかしこの世界の人間の身体能力はすさまじい。本当に野生ではないのかと言う動きをする。

 例えばジェイがナイフを投げる事があるのだが、これがまさに百発百中。しかもアンダースローで投げている割に速度も出ている。並みの野球選手では追いつけないだろう。ジェイだけでなくヨシュアの攻撃スタイルもまた人間を超えているだろう。攻撃を受けるその時を狙って、シールドバッシュを繰り返すのだ。並みの膂力と胆力ではないだろう。

 しかしこの二人を引き合いに出しても、老師は人外だ。今まで後ろに居たと思えば、いつの間にか瞬時に移動して、目の前の魔獣を屠っていたり、杖で地割れを起こした時なんかは危うく巻き込まれかけた。

 俺も魔力量がかなりあるために、簡単な魔術を使うようにはなったが、威力の調整が難しい。火を使えば消し炭、水を使おうとすると凍っているから非常に使い心地が悪い。ただ大地属性の物は勝手がよく、威力の調整も思うままなのだ。適正というのがあるのだろうか。

 俺の特撮アーマー、名づけて魔装も土で出来ている。元の特撮アーマーからは少しオリジナリティを加えただけ、と言うか棘を少し加えただけの物だが、前のものよりかは扱いやすくなっている。

 魔力の消耗が減ったのだ。これが一番大きかった。魔力を使いすぎると無気力になるのだが、普通の人間ならば死ぬ危険性もあるらしい。

 だが俺には無縁だった。無気力にはなるものの、身体は動くからである。閑話休題。

 兎にも角にも一行は暗澹の森の深部へ足を進めているのだった。

「しっかしどんどん暗くなるのう。キングが無かったら無駄に照明の魔力を使わんなんかったな。」

 キングのライトはそれでもかなり弱々しい。何故なら老師の玩具となっているからであった。この一週間、老師は何処に行くにも大体キングに跨っていたのである。

 そして有ろうことか主人で飼い主、いや、オーナーと言った方がいいこの俺とはここ数日口を聞いてくれない。だって仕方がないじゃあないか。逆らったら怖いんだよ! そのおじいさん強いんだから!

「しっかし『魔人』さんよ、ダンジョンまでどれくらいあるんだ。魔獣一匹まだ見かけてないぞ?」

 バケツ頭のヨシュアが退屈そうに言う。そう、まともな戦闘という戦闘が無かったため、バトルマニアの彼にとっては退屈この上無いだろう。

 俺は自然を満喫しながら煙草の紫煙をぷかぷか浮かべている。大自然の中で食らうヤニはとても美味い。灰皿もちゃんと片手に持ってポイ捨てはしないようにしている。ただ土でできているため、一杯になったら埋めるのだが。

「わしも先見てこよーっと」

 老師もキングを勝手に駆って、猛スピードで先へと急ぐ。キングは、何も喋らない。壊れてしまったらきっと俺のせいだ。

「なあタケシ、ビビったりしてねえよな。」

「なんだ、急に。」

ヨシュアの表情はバケツヘルムで推し量れないが、彼が軽口以外を言うのは珍しい。

「俺、ダンジョンって初めてなんだよ。中はすんごく強い魔獣だらけだって言うだろ? 楽しみで仕方ないんだ。」

 拳を作ったり、開いたりしながらその手を見ているヨシュアは、不安半分好奇心半分と言った所なのだろう。

「俺は怖いしビビってる。けれども……まあ君と同じだよ。」

 早く力を試してみたい。今だって魔装を長時間維持するための訓練をしているのだ。そんなに早く成果が出るとは思っていないが、この力で何処までやれるのかが知りたい。

 俺はまだ、自分の力の使い方の半分も知らない。ただ死なない事と、回復がやたら速い事と、魔力量が人間を軽く超えている事と、四肢を切り落とされると、間もなく腐るということだけだ。戦闘センスが規格外だということも知っている。(これには少し心当たりが無いわけではないが)

 だが、身体は一体どこまでのダメージ、損傷に耐えられるのか、肉体的な死があるのかどうかが一番の疑問であった。四肢が無くなったにしても死にはしないだろうが、もし全身がバラバラになるようなことがあれば、首を斬られてしまえば、と思うと怖いが、そうなっても生きていられるのか、いまいち確証がないのである。

 と、そんなことを考えながら歩いている内に、足を踏み外してしまった。いや、落ちている。

 ヨシュアは絶叫を上げながら俺の先を落ちているようで、底はおろか、何も見えない辺り一面暗闇だ。

 何処を見ても光らしきものは無く、ただただ落ちるだけ。言い知れない恐怖が俺を襲う。一体自分が何処を向いているのかも分からない暗闇の中で、ヨシュアの絶叫だけが俺の耳に入ってくるが、それも唐突に途切れたと思ったら、体中がバラバラになりそうなほどの衝撃を受けて、俺の意識はそこで途切れた。


 目が覚めているのかどうかも分からない暗闇の中で、俺は声を聞いた。

「久しぶりの来客だな。死んだ者達の魂も、丁重に持て成せ。」

 女の声、か? 数人の足音も聞こえる。気力を振り絞り、起き上がろうとするが上手くいかない。魔力を全身に滾らせると、右足が無いことが解った。

 魔力で左腕を作り、イメージする。空気を急激に酸化させ、熱を帯びるイメージ、つまりは炎を、無いはずの左掌に集中させた。

 ぼんやりと灯りが灯る。目が暗闇に慣れきったせいで、少しの光でも顔をしかめる程に眩しく感じた。

「生きている奴? 捕らえろ、捕らえろ!!」

 男の声だ。驚き戸惑っている様に聞こえる。安心してくれよ、直ぐに逃げようと動き出せるほど、受けたダメージは少なくない。

 辺りが見えるようになって安心したのか、体中が死ぬほど痛い。手足など、ぴくりとも動かすことがままならないのだ。

「丁重に、持て成せと、言ったはずだ。」

 女の声は静かに、しかし怒気を纏っている。「しかし……」と先の男の声の後、女の声はこう続ける。

「丁重に、だ。生きている者は動けるようにしてやれ。何せ珍しい。」

 命の保証は、貰ったようなものだな。目も慣れてきて、辺りが見えるようになるが、首を動かすことが出来ない。息をしているのがやっとの状態なのだ。無理も無い。

 女が歩み寄ってくるのが見える。彼女は、異型だった。

 肌は透き通るような白だが、黒い鱗が頬や体を覆っており、服は着ていない。鱗で大事な部分が覆い隠されており、俺のリビドーを存分に刺激するエロスを感じた。

「ふっ、大丈夫そうだな。この者は私が運ぶ!」

 女は俺の身体を片手で軽々と持ち上げ、肩に担ぐ。痛みでまた気を失った。何が丁重に持て成すだ。痛いわボケ。


 次に目が覚めると、今度はベッドのようなものの上だった。石で出来ており、とても固くて、寝心地は良くない。辺りを見回すと、壁には松明が幾つかあるだけで、やはり暗い。

 先ほどの痛みはなかった。身体の節々にまだ若干の違和感と痛みを感じたが、こんな固い所に寝かされていたら仕方がないだろう。装備は外されており、ベッドの脇に立てかけられるようにして置いてあった。

 しかし酷い格好だ。マガーテで買った麻のシャツとズボンがまさに血塗れだ。それに臭い。どうにかならない物かと思案していた所に、先の女が現れた。

「平気そうだな。私を見て不埒な事を考える余裕があったのだから、当たり前といえば当たり前か。」

 あー、バレてらあ。彼女は今ボロ布のローブのような物を羽織り、俺の前に立っている。下はやはり何も着ていないのだろうか。

「あのような目を向けられるのは久々であったから、少し恥ずかしくてな。見てくれが悪いが許して欲しい。」

 意外とシャイなお嬢さんなのだろうか。少し微笑ましい。

「助けてくれて感謝こそすれ、見てくれどうこうに文句は言わないさ。そんなものでは隠し通せないほどお嬢さんは美しい。」

 決まった。これは絶対ジュンってなるやつだぜ。この女落ちた、絶対落ちたわ。

「そういうお前は臭くて汚い。湯浴みと服の洗浄をする準備はしてある。立てるか?」

 残念ながら相手にされなかった。

「右足が何処か飛んでいって腐ったみたいだ。暫く肩を貸してもらいたい。」

「良かろう。しかしいつ以来だろうか、私を『お嬢さん』と呼んだ男は。」

 以外に効いているようだ。押すぜ。

「女性は皆お嬢さんさ、少なくとも俺にとってはね。」

 ニヒルに微笑んでみる。歯はヤニで汚れているだろうから、キラッというわけにはいかないだろうから、歯は見せずに口元だけを歪ませた。

「嬉しい事を言う。せいぜい後ろから刺されないようにな。」

 綺麗な花は棘まで美しいものだ。そう錯覚させられる程に彼女の声は美しく、またやわらかな響きをしていた。

 肩を貸してくれた彼女の顔はとても整っており、男が百人居ても皆が美人と言うだろう。つり目がちだが大きめの瞳と、高い鼻。唇もプリッとしていてむしゃぶりつきたいくらいだ。美人さんなら俺はだれでも好みなのだ。

 背丈は俺の肩くらいまでしか無いが、触れた彼女の身体は柔らかいものの、芯はしっかりと鍛えられているようだ。胸は手のひらサイズの大きさだが揉み心地は悪くなさそうで、くびれと尻のラインはとても良さそうである。

「スケベめ。」「それほどでも。」


 湯浴みと洗浄は同時に行われた。何を言っているのかわからないが、俺も何をされたのか分からなかった。

 湯浴みとは風呂の事だ。風呂なんて無かった。程よく暖かいお湯で、服も身体も一緒くたに、もみ洗いにされたのだ。

 どうやら魔術や魔法がかなり発達しているらしく、洗濯機に入ったかのように回されたり、ジャグジーバスのように水流を身体に当てられ、また乾かす際には竜巻状の温風の中に放り込まれてクタクタにされてしまった。当然頭もボサボサである。

 その後『湯浴みとはなんぞや』と連れてきてくれた彼女に聞いたが、「これがここのやり方だ」としか答えてもらうことが出来なかった。ちなみに彼女は風呂嫌いのようである。

 そりゃあそうだろう! 乱暴に洗われて乱暴に乾かされて、髪もボサボサのキシキシになってしまうのだから、嫌いになるのも当然である。これは如何ともし難い。問題がありすぎる。

 更に連れられて来たのは、外とは名ばかりの広い洞窟の中である。魔法か魔術による灯りが天井に張り付いていて、水銀灯のように熱を帯びた光を出し続けている。

 気温は暑くもなく寒くもない、とても過ごしやすい環境で、これは一年を通して変わらないのだという。

「これからお前を宮殿へと案内するが、決して驚くな。私が合図するまで喋ってはならない。また、絶対に私に従うことだ。良いな?」

「お、おう。偉い人と会うのか?」

「いや、お前が偉い人になるのだ。」

「……一体、何が始まるんです?」

 どういう事だろう。それ以上聞いても黙りを決め込まれて、答えてもらえなかったので諦める。

 だだっ広い長い階段の前に差し掛かると、俺は鱗の彼女に抱きかかえられる。お姫様抱っこされる女の子の気持ちが、今初めてわかった。かなり恥ずかしい。鱗の彼女は俺の恥ずかしさも余所に、階段を一段一段、しっかりと踏みしめ上がっていく。一番上の段を登り切って、一度立ち止まり、鱗の彼女は大声で、しかし怒鳴るような風ではなく、奥に居る者達に報告するように言うのだ。

「我らが王が、予言通り!」

 宮殿と呼ばれた場所に宮殿は無かった。大仰な柱が等間隔に何本か天井を支えるように立っており、その奥、中央にこれまた石で出来た大きな椅子、あれは王座だろうか。

 また異型の人型共が王座の脇から一番手前の柱の辺りまで、ズラリと二列になって並んでおり、こちらを見ている。王座のすぐ隣に二人の異型が居り、彼らは鱗の彼女の声を聞くと、こちらに歩み寄ってきた。

 俺と鱗の彼女の目の前まで来ると、彼らは立ち止まって跪き、言う。

「よくぞ御いでなさった。祖霊達も喜んで居られます。」

「王となる貴殿に、一つ試練を受けて頂きます。」

 彼らはそう言うと俯いて、言葉を待つ。鱗の彼女が続きを紡ぐように言った。

「王の剣たる我が、王の器に足る御仁か、身を持って確かめて信ぜよう。我が名はカリサ、我らが一族の由緒正しき最強の剣士である。名を!」

 跪いている二人の間を抜けて、階段と王座の凡そ真ん中に立ち、俺を下ろす。俺も立ち上がろうとするが、右足を失っているために上手くはいかない。

 また発言を許されたようで、沈黙を続ける俺に、カリサと名乗った鱗の彼女は俺に目配せをした。

「えー、っと、あー、俺は藤岡壮志、えーっとまあその、冒険者に、なろうとしてた? あーなんとい言いますか、異世界人です。」

 たどたどしくなってしまったのだが、これは立ち上がろうと苦労しながら言ったためだ。けれども言い終わって少し考えてみると、魔装を使えばいいと気付く。

「吸着!」

 俺のこの言葉をトリガーに、魔装は構築されていく。失った左腕と右腕は、俺のイメージ通りに構築されてくれない。流石にぶっつけ本番で失った二つの機能を補うのは難しいか。

 だがここはもう足と腕の機能だけを優先する。戦うのだ。王がどうたらなんて知らないが、目の前に敵意を持った者が居る。戦う理由は、この世界ではそれだけで十分だ。

 身を守る事が出来ねば死ぬ。弱いものは食われる。ジェイもヨシュアも、老師もいないこの場で、自分の身を守れる者は己自身しか居ないのだ。

 失ったはずの左腕と右足が痛む。幻肢痛のようで激しく、静かに疼く痛みが走っている。奥歯を噛み締めて堪えるが、泣きそうなくらい痛い。

 同時に怖い。三人は何処へ行ってしまったのか。死んでしまったのだろうか。同じ釜の飯を喰らって、同じ敵に立ち向かった、一緒に居た時間は短いが、戦友で仲間だった。どうして今の今まで気にならなかったのか。

 そもそもこの世界は何だ! 常に危険が身の回りにあって、人が直ぐに死ぬ。人が死ぬ場面を直接目にしたわけではないが、ベースキャンプを作る使命を帯びた人間達は、皆死んでしまっていた。どうして恐怖を覚えなかった?

 元の世界、現代の日本において、全てが異常だったのに、何故小指の爪の先程も、違和感を覚えなかった?!

 駄目だ、戦え。疑問は、その後でいい!!

「があああああああああああ!! バッチコイオラァアアア!!!」

 痛みと疑問を堪えるために、叫びで気合を入れる。俺は鉄の心で土の拳を振るうだけでいい。今は、それでいい。

 拳を打ち鳴らす。腰を重心の中心に据えて戦うための構えで、敵の攻撃を待ち構える。

 馬鹿になるのだ。戦うためだけに身体を創れ。

 鱗の彼女は何処からとも無く剣を取り出した。黄金色の刀身を持ち、ゆらゆらと蜃気楼を纏ったかのような不可思議な剣だ。

 一歩、また一歩と、ゆっくり俺の姿をしっかりと捉えて向かってくる。次の瞬間、鱗の彼女は目の前に居た。構えは無く、しかし殺気による重圧で気圧されそうになるが、知ったことではない。命のやりとりの練習は、もうやったのだ。獣か人かの違いでしか無い。

 俺の胴を真っ二つにせんとばかりに斜め下から剣が振られる。鋭い殺気を纏う速さで。しかし完全な魔装である左腕が十分に対応できる。

 剣筋を少しずらして回避したが、非常な熱を帯びているようで刀身の触れた部分が溶けてしまった。実物の腕があったならば泣き叫ぶほど痛かっただろう。

 鱗のカリサはまるで踊り子が、舞を踊るかの如く動きで、直ぐに次の剣撃が俺を襲う。弾いた剣の速度はそのままに、今度は脳天をかち割らんかのような剣筋を、殴って躱す。

 未だ俺は一歩も動かない。本当なら逃げ出したい。あの剣の熱に少しでも触れたなら、俺の身体はきっと溶け切れてしまう。怖くて死にそうだ。心臓が早鐘を打って命の危機を知らせている。だが引かない。逃げない。投げ出さない。

 今はその時ではないからだ。人生は戦いだ。今まで色んな物から逃げて、負けてきたのだ。

 姑息ないじめに負け、強くなったと思えば両親の死に負け、妹の悲劇を救うことも出来ず、求められて怖くなって、逃げた。

 立ち向かわずして、何だというのだ。今戦わずして、俺の手の中に何が残るというのか!

 左足で一歩踏み込んで剣の間合いを殺し、拳の間合いを展開する。知りうる最小限の動きで鱗の彼女の腹部に左の拳を決めた。威力のあまりに飛び上がり、しかし容赦はしない。右拳を大きく振りかぶり、横殴りにする。特に狙いはつけなかったが、顔に当たらないようには注意した。女性の顔を殴る男など最低野郎だからな。

 鱗のカリサは見事に飛んでいき、柱に打ち付けられて、そのまま崩れ落ちた。

「そこまで!!」

 聞き知った声がする。老人特有の嗄れた声で、俺の師であった人間の声。

「ようやった。魔族になって早々に魔王の誕生を見ることが出来るとは、長生きはするものじゃ。おい、鏡を持て!」

 ゆっくりと振り返ると、やはり老師であった。白目は赤く、また死人のように肌が白い。全体的に若くなっていて筋骨もたくましい壮年の男で、まるで別人の様相ではあった。

 けれども俺には理解が出来る。気配と、もはや隠しもしない魔力の感じ。

「老師……なのですか?」

「然様。今は身体が変わって来ておるせいかこんな成じゃが、いずれ元の形には戻れるようじゃ。しかし、お主はしっかりと型を破り、力を手にした。今の姿は魔を司る王そのものじゃよ。」

 何処からとも無く侍者のような者二人が、縁に多少の装飾を施された、大きな鏡を持って俺の前に立つ。

 魔装を纏った俺は、まさに異型だった。大きく、逞しく、また醜い。

 鎧だというのに皮膚を排除したむき出しの筋肉がそこには有り、そして今までとは考えられない位に大きく膨らんでいる。胸の部分には悪魔の顔と言っても通じるで有ろう禍々しい装飾が施されており、右の腕鎧は魔装に取り込まれた様に、しかしその機能を損なうことはないようである。

 左腕は生態的な成を呈して入るものの、部分的には妙に機械的で、肘からは、鋭い杭のような物が生えていて、拳は大きく、また中指を中心に二つに割れており、指は六本になっている。また指のそれぞれは、全て同じ長さ、同じ形に統一されている。

 魔力によって駆動する義腕なので、魔力を込めれば込めるほど、握力、腕力共に向上する為に、振り回される可能性も無いではなかった。

 拳の割れている部分からは肘の杭を放つことが出来るようだ。剣を躱した時に溶けてしまった部分も、少しずつではあるが修復が始まっていた。

 そして俺はこの機構のもう一つの使い方を知っていた。と言うよりも無意識化において作られ、それが知識として植え付けられたのだが、それはさておいて、この杭は飽くまでもアタッチメントの一つに過ぎないということだ。

 手首はジ○ン軍の薙刀を持つ○ビルスーツのごとく高速回転したりもする。つまり万能機構なのだ。武器を持ちながらも指を使うことが出来るというアドバンテージをここで手に入れたのだ。

 右足の方はふくらはぎの辺りから魔力を噴出できるようで、それを推進力に出来る。膝、かかと、つま先にはそれぞれ攻撃に転用できそうなプロテクターが付いており、これもまた刃を付けたり、ドリルを取り付けたりしてもいい。膝のドリルは男のロマンなのだ。

 しかしなんと言っても一番の異型は頭だった。光の加減で七色に輝く髪がボサボサと背中の辺りまで生えていて、額には一角獣のような鋭い角が、耳のあるはずの辺りからは山羊の角のような物が生えている。

 鼻を覆い隠している癖に、口だけは本体、俺のものが露出しており、また目も覆い隠されているのに、首を振らずとも360度どこでも見られる様になっているので、自分の視界の広さがとても気持ち悪い。

 これが本当に俺の魂が、身体が、心が生み出した形なのだとするならば、とんだゲテモノ好きである。ロボットは好きだったけれども。

 そして何より、失ったはずの左腕と右足がとても痛いのだ。魔装となって今あるその部分が疼くような痛みを発しているのだ。

 外からチクチクと無数の針で突かれているような痛みであり、心臓の鼓動に合わせて中から突き破らんとするような痛みでもある。この痛みだけが、異型となった今の魔装を客観的に眺めさせる精神安定剤であった。

 痛みがあれば、あれこれと無駄に考える余裕を持てないからこそ、あえて自分で痛みを作っているのかもしれない。

 痛みがあるから生きているのだと考えることにした。それ以上深く考えても辛いだけだ。

「いや、外見は二の次でいいのです。魔王とは何のことです? ダンジョンの攻略は、それよりも老師が乗ってたはずのキングは一体、何処へ行ったのです?」

 ズボンのポケットがあるはずの部分から、煙草とジッポーが浮き出てくる。吸いたいと思えば魔装が勝手にやってくれた。とりあえず一段落済んだのだから、一本位いいだろう。

「あれはこの世界では妙な乗り物ですが、俺にとってはかけがえのない相棒で、数少ない友達なんです。」

 俺はそう言って煙草を口に咥え、火をつける。

「あやつは凄まじいのう。壁を真っ直ぐに駆け下りるのじゃ。危うくわし、落ちそうになったし。」

 老師はそう言って腕を組み、頷く。

「あやつなら今、解析を主とする奴らに拉致られておるよ。何でもコードなテクノロジーのケッショーなんだそうじゃ。わしも何処に連れて行かれたのかは知らんが。」

 それを聞いて少し心配になる。分解されてやしないだろうか、タイヤに穴でも開けられたりしたら、この世界の技術では塞ぐことも難しいのではないだろうか……。

「ま、滅多なことはされんじゃろうけどな。今は『魔王』の乗り物じゃし。」

「その魔王なのですが、一体?」

「ここに来て死んだものは、魔族としての身体へ魂を移し替えされるのじゃ。わしは死んでおらんかったが、寿命が近かったから元々の物を作り替えて貰ったというのが正しいか。百二十年も生きてりゃあ身体もガタが来るわい。」

 百二十?! とんでも無いジジイだと思ってはいたが、お歳までとんでも無かった。

「ヨシュアとジェイもそろそろ起きるじゃろう。穴に落され地面に打ち付けられてもなお、生きておったお前じゃから、魔王の素質があると見込まれたのじゃろ、知らんけど。」

 ううん、この件はもっと別の詳しい人に聞いたほうが良さそうである。鱗のカリサは未だ伸びており、起きてくる様子はない。

 王座の辺りから歩いてきた二人が、口を挟む。

「そちらのお方の仰るとおりで御座います。穴から落ち、生きている者が王となる、と我々魔の者に伝わる予言には有ります故。」

「我々は一度死んだ身なので御座います。この穴は悪しき神が覗くことも出来ぬ大穴ぐらなれば、旧き神々の拠点でもあるので御座います。」

「死んだ人間の身は、旧き神々の恩寵を受けて、魔の者となり復活するのであります。輪廻転生から外れ、皆が使命を帯びて暮らしております。」

「地上の神々は紛い者の偽物にて御座います。人の心を弄び、営みを停滞させ、平和な世を演じさせて、人類を進歩させないためにそうしておるのです。旧き神々達は篝火を囲み、彼奴らに対抗するための軍勢を、大穴ぐらの中にて生み、育て、人間から本物のヒトへと進化を促進させておわすのです。」

「地上の人類を開放せんがため、我々は神々による研究の助力をさせて頂いておる次第に御座います。無自覚の内に自由を奪われた、同胞たちの為に。」

 二人は鏡写しのようにそっくりな、双子のようであった。交互に俺の知りたいことを教えてくれた。

「今までは群れの長が我々魔の者達を率い、導いておりましたが、旧き神々の一柱を蹴散らす魔王の顕現されし今、我らが主は貴方様にて御座います。」

「旧き神々の加護は貴方様に御座います。魔の者が逃げ、隠れる時代が、貴方様の顕現により終わりを迎えたので御座います。」

「「王よ、我々をお導き下さいませ。また旧き神々もそれを望んでおいでです。」」

 知りたいことを教えてくれはしたが、さっぱり話についていけない。神を倒した? 人類を救え? 冗談ではない。と言うよりも、整理させて欲しい。

「ガウリアを殺すのは確かに目的の一つではあったけれど、俺は王という器などではない。弱い自分を思い出したのはつい先程の事なんだ。そんなことを言われたって、俺は逃げ出すしか方法がない。」

 俺は言うと、鏡写しの二人が言う。結構おしゃべりだな彼ら。

「そう、それが悪しき神のかけた暗示が解かれた証拠に御座います。地上の同胞たちは皆勇敢で、魔獣との戦を繰り広げております。強大な魔獣が出現したと思えば、その度に勇者が現れて、魔獣に勝ち、人間は強いのだと驕らせておるのです。」

「人間はこの世界で、非常に矮小で脆い生き物に御座います。しかし力があると錯覚する彼らの日常は、非常に貧しく、進歩のない営みを繰り返しておるのです。旧き神々はそれに対向されんがために見守る事をやめ、我々に力をお与えくださっておるのであります。」

「悪しき神は魔獣を操り、人の世界を停滞させておるのです。矮小にて脆いからこそ、武器を使い、防具を纏っているというのに、歴史や文化を発展させ、新たに作ってゆくというこことをしなくなったのです。」

「「何故ならそれは、悪しき神が最低限のものを同胞たちに与え、その最低限のものが最高なのだと錯覚しているからであります。信仰は甘美なる毒なのであります。」」

「けれども信仰しているのは君らも同じなのではないのか? 旧き神々を敬愛し崇拝しているのではないのか?」

「「それは有りませぬ。旧き神々は我らと道を共にする者、人の中に在りて自身の神で有りますが故。」」

 さて、わからない話がますます分からなくなった様に感じる。混乱していると老師が口を開いた。

「魔道は己の全てを使うために己を律する修行を主としておる。わしも魔道に気づき修行を重ねておったが、七十の半ばで肉体は歳をとることをやめた。老いの衰えが止まったのじゃ。心、肉、霊の全てを鍛え、磨き、そうすることで旧き神々の存在に気がついた。彼らはわしらの行く末を見守っておるだけじゃよ。」

 えーとつまり……。

「自分自身が神になるという事ですか……? 旧き神々はこの道を極めて人生を全うした英霊だと?」

「「その通りに御座います。」」

 なるほど、一歩間違えば完全に邪教であり、密教だな。けれども彼らからは少しの危険も感じさせない。何故ならば、この考えを信じている者達が皆、その宗教における『僧』の立場に居て、また教義があるのかどうかは知らないが、厳密に厳格に守り通し、厳しい修行を経てこの場に居るのだろう。

 神になるための修行が、間違いなくあるのだと確信出来るほどに彼らの存在が、悍ましく鬱々としたこの暗闇の中で、松明に照らされる人型の異型達が、神秘的に見えるのであった。

 少し、乗っかってやってもいいと、本当に少しそう思った。話を聞く限りでは、俺だってこの世界にやって来た当初から、思考と自由を奪われていたのだ。

 今は違う。元の世界に帰りたいし、やり直したい。単純にこの世界に闊歩する脅威、魔獣が恐ろしいわけではない。ただただ、生まれた故郷に帰ってやり直したいのだ。

 けれども今、俺の手には掴みとってしまった物もある。力と、それに対する責任であった。

 俺はノーブレス・オブリージュを信条としているところがある。所謂、持てるものの責任という奴だ。

 しかし時間が欲しい。少しばかり考える時間がだ。情報だって集めたいし、彼らだって何かしらの問題を抱えているだろう。まあ外見の問題が一つと考えて間違いは無いのかもしれないが。

「少し、時間がほしい。俺は異郷の人間だから、まだ君達をよく知らない。それに俺は国を束ねられるほど器の大きい人間では無いんだ。自分のことで手一杯なんだよ。」

「「仰せのままに。」」

 いちいち大袈裟な人らだなぁと思ったが、とりあえずこの話を煙草の煙に巻くことは出来たようだ。するとまた別の従者が現れて、俺に言う。

「魔王、お部屋をご用意いたしました。ご案内いたします。」

 うーんこの、なんていうか、貴方様とか魔王とか、そういう風に呼ばれるのは困るな。恐れ多いというか、困る。

「貴方様とか魔王とか仰々しい。やめてもらえないか。」

「で、では何と……。」

 俺の言葉で周囲が困惑してしまった。双子の異型も目を見合わせている。

「あー、壮志と。呼び捨てでいい。様とかつけられても困る。」

 その瞬間、辺りがざわついた。「魔王を呼び捨てるなど恐れ多い」とか、「ご自身の立場を理解っておられるのか」等聞こえてくる。

「あの、お願いします。ホント。」

 俺はもう頭を下げることしか出来ない。本当にたまらないのだ。むず痒く、虫唾と悪寒が背筋に走るのだ。俺はそんな大層な人間ではない。崇められるのは本当に御免こうむるのだ。俺のハートはただの小市民でしかないのだから。

 流石に土下座をしたら皆黙ってくれた。

「で、ではタケシさ……いえ、タケシよ、こちらに。」


 魔装を解いて、従者に案内されるままに到着したのは、おそらく10帖位だろうか、広いとも狭いとも言えない微妙な部屋である。

 そしてまたこの部屋にはベッドや簡単な棚と言ったものだけしか置かれておらず、非常に殺風景に見えた。

「ここが魔お……タケシの寝室となります。」

 恭しく頭を下げる侍者であったが、俺の頭の上には?が浮かんでいた。魔王の寝室なんだから、もっとこう、飾り気とかがあってもいいのではないか、ちょっとこれ偉い人が寝るには狭い部屋なんじゃないかという疑問が浮かんでいたのだ。仰々しい所だと想像していたために、そんな部屋なら断ろうと思っていたのだが、侍者が口を開く

「ここが王宮において一番広い部屋となっております。」

 エスパーかこやつ?

「はい。私めは心を読むことが出来ます。多少離れていてもタケシの心の中は聞こえるために、御用があればなんなりとお申し付け下さい。直ぐに参ります。」

 あ、ああ……じゃあとりあえず、なんか魔力使いすぎてお腹空いたみたいなんで、食べるもの、何かないです? それと、俺と一緒に落ちてきた物とか一緒に持ってきて頂けると助かるのですが……。

「承知いたしました。」

 侍者はそう言って下がっていたのだが、本当に俺は声一つ出さず、通じあってしまった。魔族は、凄かった。


 その後の生活と言うのは、まさに質素の一言である。一週間ほど地下で暮らしたが、もう我慢ならない。

 食事は一日二食、それも魔術で生成したクソ不味くて硬いパンと、トマトのような果物の果汁をふんだんに使ったジュースである。

 食べ物といえばそれくらいしか無いのだ。地下なので陽の光は当たらず、唯一栽培出来るのがそのトマトのような果物だけだったのである。

 この植物は、周囲のマナの濃度によって成長速度が決まり、また陽の光を必要としない、地上ではとても稀有で貴重な植物なのだという説明を受けたが、これがまた栄養価が高いらしく、これほど美味い果物は早々見つかるまい。

 甘酸っぱくジューシーで、食べるだけで身体から力がみなぎるような感覚にもなるので、ジュースはもう何も言うこと無く美味かった。

 しかしながらパンだけは許すことができなかった。とにかく硬い。口の中の水分を全て奪っていく上に味もろくすっぽ無いので、ただ食い物を胃袋に詰める作業となっていたのだ。

 俺は決めた。ああ、一週間ほど迷ったが、もう後戻りはしない。振り返ったりもしない。

 この世を、侵略する。

 肩書だけだが、魔王となった俺は、地上への攻勢に出ることにしたのだ。

 一週間の間、ただただ寝て過ごしていたわけではない。ヨシュアやジェイとは姿は違えど再開を果たし、マルダー老師との修行も続けている。

 またカリサやその他武家の者共とは、近接戦闘の訓練を積んでいたのだが、これにまた俺は不満を抱えている。

 何せ型ばかりで、実戦を想定していなかったのだ。

 地下の人は皆温厚で、心に揺らぎが無く、争いの起きる余地は無いのである。

 また魔獣も現れることが出来ないほど、神さえも操るどころか、窺い知ることの出来ない深い場所だ。

 戦いそのものを知らないのである。身体能力は高い割に、ひどく弱い。お話にならないので老師に言付けして、今俺は、キングに跨っている。

 老師曰く「ヨシュアとジェイとわしで何とか使い物になるようにしてみよう」とのことだが、どうなることやら。

 とりあえず老師に促されるまま、ウィルステル大陸中央の国、ミランダ皇国の首都であるミランデーテという街に向かうことにしよう。女の名前のようだが別にどうだっていい。

 その都市のギルド本部に、老師が冒険者を引退する旨を伝える手紙を渡すついでに、力を誇示してこいとのことだ。

 何故わざわざ力を誇示する必要があるのか。神に反逆するのは俺だけで十分なのだ。魔王だか予言だが知らないが、そんなものは俺と、関係はない。

 ただの復讐でわがままで、ってうるせえ!!

 俺には力がある。力に溺れているとか自分勝手だとか、そんな言い分は甘んじて受けてやろう。

 ただ俺を操り、悠希まで操る。それが許せないのだ。

 ムカつくぜ。苛つくぜ。今直ぐにでも帰って日本で退屈な生活を送って静かに朽ちていきたいんだ!!

 帰りたいという感情が湧いてきたのは、死にかけた時でも、初めて魔獣と対峙した時でもない。

 地下へと潜ってから様々な感情が湧き出てきたのだ。恐怖、戸惑い、帰郷願望。

 こんな訳のわからん世界に唐突に落とされて、冷静に戦って、あり得ないんだ!!

 ムカつく!

 どう言葉にしていいかわからない。何と言っていいかわからない。とにかく当たり散らしたくなってきた。

 畜生め、ド畜生め!!

 おもいっきりキングのスロットルを撚る。今は、とにかくかっ飛ばしたい気分なのだ。たとえ相棒が「うえああああ!」と間の抜けた声を上げても、俺はスロットルを戻しはしない。

 キングのタイヤはしっかりと地面を掴み、大穴の壁を螺旋状に這い上がっていく。真っ直ぐ登っても落ちると痛いし壊れそうなので、遠心力を使って駆け上がっていく。

 何でもいい、当たり散らしたい。無意味だということは、これ以上無く俺自身が理解しているが、それでも、何が悲しくてこんな世界に落とされねばいけないのか。

 考えたくないのに、不思議と思考は明瞭で同じことを何度も何度も、ぐるぐるぐるぐると繰り返す内に、俺は地上へと戻ってきた。

 雄叫びを上げる。排気音をもかき消す大音量で、憤怒と郷愁と悲哀の雄叫びを、俺は上げた。

 キングは俺の心持ちを察してだろうか、何も喋りはしない。

 きっとこの時、俺は本当に、本物の感情で、現状を理解したのだ。自身が短い間にしてきた全ての行為、行動に嫌悪し、憎悪してしまったのだ。

 心が、死んでしまいそうだった。

俺の脳みその出来が悪いんだ

気が狂いそうだこんな駄文をインターネット上に垂れ流しているのだと思うと、気が狂ってしまいそうだ

世界よ、世界よ俺を滅ぼせ

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