ここで そうび していくかい ?
世界を守る? セカイ系なんてもう時代遅れなんだよ。
神を救う? 俺を捨てた神が何を言う。拾う神だって待ちはしない。俺は無神論者なのだからな。
妹のために戦う? これも違う。悠希はきっと奴らの側だ。奴らを許しはしないし、しかし俺は悠希と戦えないだろう。たった一人の妹で、俺の守るべき存在なのだから。
なら傍観者になろう。死なない身体と言うのがどれほどのものかはわからない。老いないならば勇者達が自然に死ぬまでじっくり待って、それまでに力をつければいい。
老いる身体ならば、老いを止めてやろう。自分で歩くことが出来なくなっても、立つことすら出来なくなったとしても脳髄さえ生きていれば問題はないのだ。もし魔法があるのならば、老いを止めるどころかきっと若返る薬さえ作れるはずだ。
皆殺しにする。全て破壊してやる。愚行の末の八つ当たりだということは百も千も万も承知の上で、俺はあの雌犬のようにいつでもサカれる女神の首をもいで、無駄にでかい乳と尻の肉を削いで、生皮も爪も剥いでやる。そうだな、目の玉は片方だけ繰り抜いて、ヤツの見てる前で潰してやる。喰らってやるのもいい。
その後は指を一本一本折ってやるのだ。足の指なんかは潰してやるのもいいだろう。関節の一つ一つを丁寧に逆曲げてやる。
忘れていた。あの小奇麗な顔だ。汚くしてやるためにはまず鼻を削ぎ落としてやろう。その後頬の肉をえぐり取って、あの柔らかかった唇も喰らってやる。瞼だって必要ない。目を閉じられたら面白さは半減だ。
いや、こういうことはその時になってから考えるべきだな。ここで完結させてしまっては後の楽しみが無くなる。
とにかく優先すべきは、左腕をどうするかだ。無くなってしまったことをまず受け入れよう。もともと有った感覚が無くなった事実は受け入れることは難しいが、何か再生させる手立てを見つければいい。某宇宙人のように気合でズボッと生えてくるのが一番いいのだが、そんなに都合がいい展開などありはしないのだ。まずはこれのために動こう。何かしよう。超えるのは困難な壁かも知れないが、動かなければ始まらないのだ。
喋るバイクのお陰で、私と兄さんは街にたどり着くことが出来た。今まではただの乗り物としか思ってなかったけども、なんだかアイツはカッコいい。ちょっとときめいてしまいそうになったけど、あれはただの鉄の塊だと思うとそんな感情もす~っと何処かに消え失せてしまった。でも無事に宿で休むことが出来たのは、単にバイクのおかげだ。本当に助かった。
兄さんの腕は結果から言うと、見つからなかった。すごい勢いで殴られていたのに、兄さんは腕を失った以外傷ひとつないどころか、その腕の切断面まで治ってしまっていた。
きっとこれが、兄さんが授かった神様の加護なのかも知れない。腕が見つかっていたら、くっつけたら元に戻ったかもしれないけれど、兄さんは「もういいんだ」と力なく言うばかりで探そうともしない。少しムカついた。
でも左腕を失って、兄さんはとてもショックを受けているようで、街に戻る途中もずっと陰気な顔をしてため息をつくばかりだから病んでしまいそうになった。でもこんなに落ち込んでしまった兄さんを、私は見たことがないから出来る限り一緒にいてあげることしか出来ない。兄さんのことは嫌いだけれども、大好きなんだ。立ち直るまでは私が優しくしてあげないと。私しか、居ないんだから。
今は宿屋の主人のフェネルさんと話し合った上で、同じ部屋を使わせてもらってる。本当に目を離すと死にかねない。それほど落ち込んでいると思う。それに私は使い慣れた抱きまくらがないと上手く寝付けないし、久しぶりの感触で寝覚めはとてもスッキリしている。
「兄さん、起きてる?」声をかけてみる。しばらくするとかすれた声で返事が返ってきた。
「ああ。起きてるよ悠希。」
私は起き上がってベッドの上に立った。「ご飯、食べに行こうよ。ここのご飯美味しいんだから。お腹空いたでしょ?」そう言うと兄さんはゆっくりと起き上がって「腹が減って死にそうだ」と言ってから伸びをした。
考え事をするには、まず頭を働かせないといけない。腹がいっぱいになったら多少は幸せな気持ちにもなるものだ。腹が減っては喧嘩はできない。
そうだ、俺が腕をなくしたのも腹が減っていたせいだ。と、無理やり思い込もうとしたが無理だった。途端に悲しくなるし、虚しくなる。満腹になってから考えよう。
目の前には作りたての朝食が並んでいる。と言っても固そうなパンと、ベーコンをカリカリに焼いたような物、後は簡単なサラダだ。The朝食と言っても差し支えないが、量が少ない。現代人には少なすぎる。
「兄さんは、この世界に来たばかりなの?」と悠希が話題を振ってきた。もう既に食事にてをつけているし、なんだか悠希の方が食事が豪華だ。目玉焼きがついているが、色がなんかおかしい、黄身の部分がオレンジ…いや赤い。何の卵だそれ、食べられるのかそれ。
「頂きますは言わないんだな」と言うと、悠希は忘れていたかのように付け足して、またおなじ質問を俺にする。
「来たばかりだ。持ち物はバイクと煙草とライターと、この服だけだ。そういえばなんか臭い気がする。」
「そりゃあ土の上で寝てたら臭くもなるよ。で、なんで煙草なんか持ってきてんの?」と悠希は不思議そうに聞いてくる。一瞬間を置いて険しい顔になった。
「神とか名乗る女に、お願いしました……」「馬鹿じゃないの?!」やっぱり速攻で馬鹿と言われた。自分でも馬鹿だと思ってるんだからやめてくれ。と思ったが悠希の表情が少し曇った。
「ごめん……で、他は? もう一つなんか貰えなかったの?」と聞かれる。答えられない。貰ってないとも言えないし、奪われたとも言えない。返答に困ったが、結局「貰ってない」と嘘をつく他無かった。
俺はとても嘘が下手だ。多分看破されているだろう。もう白い目で見てくる。
「嘘だ。なんかあったんでしょ」と追求される。「ほ、本当は…お前を探してたんだ。悠希のところに行きたいと言ったんだ! 校門の前で待ってたが、一向に出てこないから心配したんだぞ! 俺がどれだけ心配したか!!」嘘は言っていない。我ながら迫真の演技である。騙したわけではない。決して嘘ではない!
悠希はぽかんとしてる。いや恥ずかしい。俺がシスコンだと思われたらどうしよう。そもそもあまり好かれては居ないはずだ。ああ恥ずかしい。やだ恥ずかしい。
ああ俯いてしまった! キモいと思われているはずだ! 死にたい!!
「……ごめんなさい。黙って居なくなって、ごめんなさい。」
くっそお何か恥ずかしいけど何かしおらしいから良い許そう! お兄ちゃんこそごめんなさい!!
「で、悠希は何を貰ったんだ?」とクールにキメる。あわよくば利用させてもらおうと言う魂胆もあった。あの熊のような怪物を倒したから悠希がこうして無事なわけで、つまり悠希があれを倒したということなのだろう。何か特別なものを持っているに違いないと睨んでいた。
「私は、その、自分の足で立って歩きたいと思った。足は義足なの。けど外れることはないし、段々と自分の足になっていくからって。それと、えーっと……」
何か言いよどんでいる。「何だ? 言ってみろ」と言うと、少しビクリとして、恐る恐る続けた。
「立って歩けた事に浮かれちゃって…甘いものが無限に出てくる袋を…お願いしました。」「馬鹿じゃないの?!」
人に馬鹿と言っておいて自分もつまらないものを要求していたのか。ふざけるのも大概にしてもらいたいものだ。
「もう一つは、その…兄さんと行きたいって、言った。」「え? なんて?」
俺と行きたいと言った? 聞き間違いでなければ確かにそう言ったが。ああ、俯いてプルプル震えているぞ。俺の妹が怒りに震えているぞ。
「…馬鹿! もういいでしょ、さっさとご飯食べよう」と悠希が怒って言った後直ぐ、「あ、後我々の世界にようこそっていう何か修学旅行のしおりみたいなのと剣貰った。」
ずるい。でもこれは使えそうだ。そもそも俺はこの世界に関して何も知らないんだからな。
「そのしおり、後で俺にも見せてください。」
朝食も終えて、そのしおりを見せてもらうことになったのだが、それはもう正しく修学旅行のノリが伺えるしおりだった。ポップな表紙絵に、なんかちょっといい感じのざらざら加工が施してある紙を使っている。これは間違いなく修学旅行のしおりだ。
いや違う、あの後の話では金の稼ぎ方や、普及しているメジャーな武器に関しての事、呼ばれた理由などが書いてあるとのことだったが、はて如何程のものだろうか。
悠希は「仕事があるから」と言って朝食の後、これを俺に渡して直ぐに何処かに出て行った。宿屋の部屋には俺一人だ。
渡されたそのしおりを開こうと思ったが、やっぱり左手がないことが不便でならない。そもそも俺は右利きではないのだ。朝食を食べるのだって少し危うくて、悠希に手伝ってもらうハメになった。その時の恥ずかしさと来たらもう思い出すだけでたまらない。穴があったら埋まりたい気分だ。
とりあえずページを捲る。目次が出てきた。上から順にこの世界の概要、この世界の歩き方、勇者としての仕事、お金の稼ぎ方など書いてあるが、まずはこの世界の概要からだ。
とりあえずどんな世界なのかを知ることが出来なくては、一歩も進むことままならない。
もう一度ページをめくると、世界地図のようなものが出てきた。この世界はどうやら5つの大陸に分かれているらしく、ここは人間が住まう大陸、ウィルステル大陸というのだそうだ。これを著したウィルステル神が強く信仰されており、人間の間ではメジャーな神様らしい。また大陸には偉大なる五柱の神々の名がついているとのこと、ガウリア大陸もあるのなら滅ぼしてやりたい。
で、更にここはウィルステル大陸のほぼ真ん中に位置するマダと言う国のマガーテという街なんだそうな。まずはこの街にほど近い山を超えるのがオススメと書いてある。ついでに危ないから気をつけろと。
ただ、この通りに進んでいくことが本当にいいのかどうかが分からない。読み進めてみる。この世界には天上界に繋がる『塔』と、一際大きな迷宮である『大穴』という物があるという。塔を登って天上界へ行けたなら何らかの「ご褒美」があるというが、『大穴』に関しては『よくわからない』という結論であった。この世界は神々が創造した世界なのだから、きっと誰かが創ったのだろうと。誰が創ったのかはわからないし、古き神々の誰かが、何かの目的のために創ったのだろうとされている。そして神が入ることの出来ない領域だから、その調査も勇者の使命のようだ。
また各地にあるダンジョンは神の意思と関係なく現れるという。踏破するか、若しくはダンジョンの主を倒せば消えると書いてある。だがこのダンジョンも神が入ることの出来ない領域とされて、各地のダンジョンを消滅させることも仕事の一つのようであった。
金の稼ぎ方は色々ある。冒険者として魔獣を狩り、その死体から採れる魔石と共に討伐部位を『冒険者ギルド』という、まあお馴染みの所に持っていけば買い取ってもらえるようだ。また魔獣には薬や食料となる部分、武器や防具の素材となる部分もあり、とここまで読むとまるで元の世界にあった飛竜を狩るゲームのような印象を受ける。
冒険者ギルドではとりあえず報酬部位、客が欲しい部位を欲している数だけ持って帰ればいいとのことで、その他はギルドに売ってもいいし、自身で商売してもいいということである。とりあえずモンスターをハンターすれば金が貰えるのだ。
だがそれには一番重要な問題がある。小さな頃に古武道をやっていた経験があるものの、そもそも装備がないし左腕がない。だがこれを解決してくれそうな事を、ご丁寧にもこのしおりにはしっかりと書いてあった。それは冒険者パーティーの大まかな編成であった。
攻撃役、言うなればダメージディーラーと、防御役、つまり敵の攻撃を自らすすんで受ける役職だ。そして魔法師や魔術師が居れば後方からの支援が期待出来、また魔法師には怪我を治癒させるような魔法を使える者も存在するようだ。俺には必要ないだろう。そしてパーティーの要は、運び役だと書いてある。大きな荷物を持ちながらも素早く動けることが重要だと、つまり俺はこの運び屋ポジションを目指せばいいのだ。
自身の体の回復力ならば防御役が向いているかも知れないが、足や、一本だけとなってしまった腕が飛んでいってしまえばもう戦闘不能で行動不能、つまりリタイアだ。戦闘は極力避けるべきだと考えた。
悠希と一緒に行動するならば、荷物も持てて防御役にもなれることが一番良いだろうが、正直戦うことを考えるだけで背筋が凍りそうだ。昨日の事を思い出して吐き気がしてきた。少し、眠ることにしよう。
昨日倒した熊みたいな魔獣の、使えそうな部分を持って帰っていて正解だった。私の冒険者ランクでは、その魔獣の討伐依頼を受けられないどころか、上級者のパーティーで何とか倒せるレベルの魔獣だったみたい。毛皮は高値で取引されていて、多少焦げてはいたけれど買い取ってもらうことが出来た。その魔獣はもう一匹丸々が様々な素材に出来るようで、ワザと、と言うわけではないけれどバラバラにしてしまったことが惜しかったなぁ。リュックサックには何か難しくてよく分からなかったけど、素材を新鮮な状態で保存できる魔法みたいなのがかけられているらしくて、肝や内臓の一部を持ち帰っていたならもっとお金になったんだろうなぁと思うと、本当に悔しい。でもこれで装備は新調できるし、兄さんは何も持ってないから、何か装備を買ってあげられることが出来るくらいの余裕が出来た。これはとても嬉しい。
お金も沢山稼げたので今日の仕事はこれでおしまいにして、私は宿に戻ることにした。兄さんが身体を張ってくれたのだから、このお金はまず兄さんのために使いたい。帰ったら使い道を相談しようと思ったのだ。
宿に帰ると、バイクが子どもたちどころか大人の男にまで絡まれていた。子どもたちには乗っかられて、大人たちも少し離れてじっと見たり、またペタペタ触っていたりする。その度にバイクが「やめろ!」とか「触るな!」とか「乗るな!」とか言っているものだから可笑しくなって、そのまま少し眺めてから部屋に向かう。
部屋では兄さんが眠っていた。しおりは広げっぱなしだったけれど、やっぱり疲れているんだろう。昨日の今日で一応の平和を取り戻せたんだから、文句は言わないけど叩き起こす。 前々から一度やってみたいと思う方法を、今試す時だ。
「兄さん起きてー!」と、私は眠っている兄さんにダイブした。今までは足が無かったから出来なくて、でもずっとやってみたかった。
「ぐぇええ…」と力なくうめき声をあげる兄さんが面白くて笑ってしまう。「ねえ聞いて。昨日の熊ですんごい稼げたんだよ!」と言うと「そ、そうか。それより、悠希、重いんだ」と言われてしぶしぶ退いた。確かにリュックを背負ったままだったし重かったかもしれないけど、女の子に重いというのにはカチンときた。
「そんなに重くないですー、バーカ」と言ったら呆れ顔で「ああ、はいはい」と言われて更にムカつく。
「で、仕事はもう終わったのか?」と兄さんは気だるそうに起き上がりながら言う。
「うん、今日はもう終わり。でね、兄さんの装備を買いに行こうと思うの。自分でお金稼げないと大変でしょ?」
「そうだな。それに着替えも欲しい。厄介になるよ」と申し訳無さそうに、バツが悪そうに頭を掻きながら兄さんは言った。
兄さんと街を並んで歩くのがすごく新鮮で嬉しい。背が高くてカッコいい。でも立ち上がって歩くまでに、やっぱり腕が一本ない事でバランスをとるのが難しいみたいで今も少しふらつきながらも歩いている。
「手、繋ぐ?」ちょっと期待を込めて言ってみたけれど「大丈夫、一人で歩ける」と断られてしまった。残念。
「どんな装備ほしい?」「動きやすいけどある程度防御力を確保したい。武器はなんでもいい。手にとって気に入ったならそれにする。」
即答だった。フラフラしながらも、ずっと遠くを、空の果てを見ているような眼差しを兄さんはしていた。眉間に皺を寄せて、怒っているようにも見える。
「顔、怖いよ?」「あ、いや。ごめんな。」
考え事をすると顔が怖くなるのは変わらない。でもなんだか、怖い。
「どこにも行かないでよ。行くなら連れて行ってよ。」「ああ、悪い。ごめんな。」
断られている、気がする。考えすぎだろうか。兄さんはタバコと愛用のライターを取り出して、「あっ、悠希悪いけども火、着けてくれよ。」
こうしてこの会話は煙に巻かれてしまった。文字通り煙草の煙に巻かれて、私もむせた。
悠希の紹介で来た武具屋には様々な物がある。悠希の着ていた皮と鉄板の複合鎧のようなものは結構安物のようで、同じデザインのものが沢山置いてある。とりあえずはこれを着る事になるだろう。サイズの手直しは有料だろうか。
武器は様々に剣や槌はもちろんのこと、生活に必要な鍋や釜といったものも作っているようで、武具屋と言うよりは金物屋という方が相応しいのかもしれない。店の規模はコンビニエンスストアよりも少し小さいくらいで、所狭しと物が並んでいる。そんな中、俺はひとつ気になるものを見つけた。プレートメイルの右腕だけを掻っ払ってきた上に前腕部をすっぽりと覆い隠す大きさのカイトシールドが一体化している。カイトシールドの裏側には剣が仕込まれており、ギミックで飛び出してくる様だ。刃渡りはそれほど長くないものの実用に足る太さで尚且つ鋭く、拳を突き立ててからギミックを動かせば深々と突き刺すことも容易だろう。肩当てや籠手の部分には鋲がついており、殴ったり体当たりをしても良し、鋲に敵の武器や攻撃を引っ掛けて受け流すも良し。ただ扱いには熟練を要するだろう防具が飾ってあるのだ。どうも歪で違和感がある面白い防具だ。
「かっこいいな…」あふれんばかりの機能美。この世界で通用するかどうかは分からないが、機能の全てを使いこなすことが出来ればこれほど面白い防具は無いだろう。俺の中の『男の子』な感情が疼いて止まらない。
「兄さんあれ欲しいの?」と悠希に聞かれて、「欲しい、とても良い」としか答えられず、もうついに店主を呼びつけるまでに至った。
店主は筋骨隆々の男で肌は煤に汚れているが、もともと浅黒い肌をしているのだろうと分かる。常に眉間に皺が寄っており、また男らしい顔つきをしている。彼にこの妙ちくりんだが興味をそそる防具の事を尋ねてみた。
「それは習作でな。これからの時代はからくり装備の時代だと思ったのだが、どうも評判が悪い」らしい。この鍛冶屋、解っているじゃないか。
「わかりますよ。格好いいしこう、剣がジャキッと出てきたら格好いい!」とうんうんと相槌を打つ俺に、「そうだろう、そうだろう! わかってくれる人間がやっと現れたか!」と、ハードボイルドを体現したような男は目をキラキラさせながら俺の手を握る。
「そういやお前さん、腕を一本無くしてるのか」と、俺の左腕に鍛冶屋のおっさんは気が付いたようで、俺に聞いてくる。
「ちょっと魔獣にやられてしまって。義手も探しています、金は無いんですが」と言うと、「うちは義手も作れる。金が無いならそのまま盾を固定する位にしか出来んけれどな。」
それは思ってもないことであった。今はなき左腕に盾が付けば、多少のバランスも取れるようになるのではないだろうか。何せ体の左側が軽すぎて困っていたところだったのだ。
「ならそれで頼みたい。盾はどんなのがある?」「色々だ。ただ腕に固定するってなると円盾が一番いい。使い勝手はコイツが最高だ」と言って彼が取り出したのは、木を鉄で補強した円盾であった。重量は思っていた以上に重いが、身を守るための物だと考えれば軽い方ではないのだろうか。
「ではこれと、腕への固定具と、さっきのカラクリ腕鎧でいくらになる?」
あの腕鎧だけはどうしても欲しい。どうしてもあれを使ってみたい衝動が止まらない。
「そうだな、銅100枚でいいぞ。さっきのは鉄くずかき集めて作っただけの習作だ。使い勝手を教えてくれりゃあいい。参考にもなる。」と鍛冶屋のおっさんは笑いながら言うが、ふと悠希を見てみると、怒っていた。
「なんで怒ってるんだ?」と悠希に聞く。「高いから。今日稼いだ分の半分がなくなるから!」とのことで、怒りでプルプルしながら言っている。
「いくら位なんだ…?」と恐る恐る聞いてみると、「10万円位!」と涙目になっている。でも半分ということは買えるということだ。今まで散々尽くしてやったのだからつまり決めていいということだ。
「決まり、買いだ!」と俺が勢い良く言うと、勢い良く悠希のゲンコツが飛んできたが、無事俺は当分の装備を手に入れたのだった。
その後早速左腕に盾を固定するためのベルトを作るために採寸をされ、またカラクリ腕鎧は俺の体格に合うよう手直しが始まった。その間に悠希と俺は服を買いに行くために衣料を売っている店に入っていく。明日には手直しが終わるだろうということだった。
麻で出来たシャツはとてもゴワゴワしている。元の世界の服と比べると着心地は物凄く悪いが、これしか無いのだから仕方がない。デニム地のズボンなんてのはもちろん無く、これまた麻で出来たズボンを数点、悠希に買ってもらった。
暫くは悠希の仕事を手伝って金を稼ぎ、この世界のことを把握でき次第、旅に出よう。武者修行の旅だ。復讐のための旅をする。キングに乗って何処までも行くのだ。適度に金を稼ぎながら…。
と、考えながら宿への帰路についていた俺と、結局装備を新調できずに半泣きの悠希だったが、悠希はふと思い出したかのように顔色を変える。
「兄さんも冒険者やるの?」とワクワクしているようだ。「当面はその予定だ。金が貯まったら魔法かなんか覚えるために旅に出ようと思う」と話すと、悠希は「それ、連れて行ってくれるよね?」と言ってきた。少し心配そうで寂しそうな顔をして。
「さあどうかな。俺がお前の足手まといになるようだったら、置いていくかもしれない」
本当なら直ぐにでも一人で行きたいところではあるが、戦うための力を養わなければそれも難しいだろう。そもそも妹は、悠希は敵になるかもしれない女だ。妹だからと言って気は許せない。それに神とやらを信頼しているようでもある。長らく一緒にいることはあまりに迂闊だ。そもそも神と名乗る奴らと関わりのある物を壊して回るんだから一緒に連れて行くことなど勿論できない。
「一緒がいいよ、兄妹なんだし。」
寂しそうな笑顔を浮かべて俯く妹を見るのは、心が苦しい。けれどもやらねばならない。神様なんてのは人類の進化を遅らせるだけの、古ぼけたシステムの一部にしか過ぎないのだから。
「とりあえず冒険者ギルドってのに所属してみようと思うんだけど、何か特別な手続きが有ったりはするのか?」と、これまでの会話を流すように、次の話題を悠希に振る。そうすると悠希はまた顔色を変えて直ぐに答える。少し得意げだ。
「簡単な仕事を積み重ねて、それなりに働けるとギルドに認められたら登録できるようになるんだよ。私はもう登録してあるから、そういう人のパーティーに入って実績を積んでも入れるらしいよ?」ちらっちらっと俺の顔色を伺う辺り、一緒に来て欲しいのだろうか。一人でこの世界に来て寂しかった反動もあるだろう。
「ああ、じゃあ悠希の仕事を手伝うよ。仲間は居るのか?」と、なんとなく聞いてみた。
「居ない」と無表情で返す辺り、はやり男が苦手なのは変わっていないか。あんな事があれば嫌いにもなるだろう。俺にだって触られたくないんだから。
「そうか。ならこれを期に仲間を集めてみたらどうだい。冒険だって楽になるし、悠希はもっと人間を知ったほうがいいと思うんだ」
「そうだね」
一言だけを冷たく返した悠希。とある事情にて人間嫌いとなってしまった悠希に、元いた世界でも友達と呼べる人間関係が出来たことが奇跡のようなものだった。しかし新しく来た世界で、人間と新たな関係を築いていくのは、きっと一人では難しいだろうと思っての提案であった。
俺も一人で、一から人間関係を上手く築くのは辛いと思っていた。と言うよりも人間と接することのなんと疲れることか、しんどいことか。つまりこれは俺のためでもある。いざというときに知り合いが居たほうが、頼れる可能性もある。打算だけの人間関係を作るためには、共に仕事をして実績を積み重ねることが重要である。そのためにも妹とは言え利用する。鬼畜生の所業だが馬鹿をやった結果の現状だ。今後、悠希に迷惑をかけないための布石にするのだと、自分に言い聞かせる。落され、腐った左腕はもう元には戻らない。これ以上取り返しの付かない誤ちを犯す訳にはいかない。なら取り返しがつく部分から手をつけていくまで。
「とりあえずギルドに、明日の仕事を取りに行こうよ。この時間帯ならもう貼りだされてるからさ」
所変わって冒険者ギルド内部である。木造建築の三階建の建物の一階に俺と妹はやって来ていた。建物の規模は大きく、また田舎の都会だろうなという印象を受けるこのマガーテでは恐らく一番大きく、高い建物ではないだろうか。内部は一見ただの酒場にしか見えないが、壁一面に張り紙が張られている。つまり張り紙だらけの汚い酒場ということになる。
広いスペースが確保されているはずなのだが、所狭しとテーブルが置かれており、その一角では夕方だというのに既に出来上がっている男たちの群れが有ったり、まだ幼そうな女の子が軽食を食べながらこちらを一瞥してきたり、また仕事帰りのサラリーマンの如く、酒瓶を片手にテーブルに突っ伏して、精も魂も尽き果てたかのごとく疲れているのだろう青年の姿が見える。
また壁際にテーブル等は置かれておらず、張り紙を見るために通路のごとくスペースが空けられているようで、張り紙を手にあーだこーだと話している連中も何組か居る。
「らっしゃーい…お、ユーキが男連れたあ珍しい。」とカウンターの中の男が言う。
「ギルドマスターがなんでカウンターの仕事してんの」
今俺達は、ギルドカウンターと呼ばれる、あー言うなればバーテンカウンターのような、後ろに酒瓶が並んでいるカウンターの中の男と話をしている。瓶はどれも同じ酒のようであった。またこのギルドマスターと呼ばれた男、スキンヘッドでタンクトップ、そしてガチムチと言うホモ好みのしそうな格好をしているが、背はあまり高くない。年齢は中年を少し過ぎた位のものだろうか。
「いつものゲムト翁じゃなくて悪いな。もう帰っちまってよ、腰が痛いとか何とか。まあ仕事の方は任せておけよ。なんせ期待の新人とあっちゃあ粗末な真似は出来ないからな。」
ここで俺の登場である。この会話に入り込むためのチャンスをものにするのだ。根暗を悟られないよう、礼儀を忘れずフランクにをモットーに話してみよう。割りと話しやすそうなオッサンだし。
「うちの妹がお世話になっております。兄の壮志と言います、よろしく。」
良し。自己紹介のタイミングはバッチリだ。しかし悠希が期待の新人とは恐れ入る。それほど素質があるのだろうか。
「おお、話は聞いてる。旅の途中で迷子になっちまったんだってなガハハ。で、あんたもここで仕事をする気が?」とタンクトップスキンの男は言う。
「ええ、暫くは悠希と組んで、それに仲間を迎えたい。二人じゃあとても心許無い上、いざという時人は多いほうが良いでしょう?」
「それもそうだ。ユーキはあまり話をしたがらないから、そう言う提案は無言で断られていたんだ。うちとしても貴重な新人を一人で仕事にほっぽり出すのは気が引けるってもんでさ。なんせ四半期に一度しか無い登録会で、他の候補者を全員投げ飛ばしての入会だったからな。そりゃあもう凄まじかったぜユーキは。」
怪力と言うのは本当だったようだ。熊には負けたが、そこいらの冒険者とはひと味もふた味も違うようだということが、おしゃべりタンクトップスキンの話から分かる。
「ホント、話を聞く限りじゃあギルドで仕事をしたことがないっていうんだから驚いたぜ。50年に一人の逸材かも知れねえ。まあ初対面の俺に饒舌なお兄ちゃんも、逸材かもしれねえがな。大体新人は俺の筋肉にビビっちまうものだから。オットそうだった、仕事の話だったな。丁度いいのがあるんだ。」
と、マシンガントーク気味に喋っていたタンクトップスキンは、カウンターの下から一枚の紙切れを出してきた。うん、文字が全く読めない。何やら色々と書き込みがあるが、ミミズが這ったようにしか見えない。
「私達、読めないから説明して」と悠希が言う。声に抑揚は無く冷たい声だ。
「ああ、そうだったそうだった。オーケー、手短にいくと暗澹の森に潜って魔獣を討伐する。また森には強力な魔獣が出現するとの分布予報だ。今日、Dランク以上の奴らは朝からこれに行ってもらってる。既に知っては居ると思うが、ユーキとお兄ちゃんが狩ったっていうアイツは、ブラックウォーベア。本来ならばBランクからでしか討伐依頼を受けられない強い熊だ。そいつが出てきたってことは、近々暗澹の森そのものがダンジョンに、若しくは既にダンジョンとなって広がりつつあるということだ。これは街の一大事であり、ギルドにとってチャンスとなり得る。手短じゃなくなったが、先発隊を追って行って欲しい。同行メンバーも集めている所だ。出発は明後日。どうだ?」
タンクトップスキンは仕事の話だと急に口調が丁寧になった。こういう性格なのだろう。しかしマシンガントーク気味なのは変わらず、割りと早口でまくし立てる。
「オーケー、手短じゃないけれど分かりました。その中に未来のパーティーメンバーが居るかも知れませんからね。願ってもない話です。」
「しかしお兄ちゃん、腕が一本足りないみたいだが大丈夫なのか? ユーキのサポートとは言え、それじゃあ難しいと思うんだが」とタンクトップスキンは少し困っている。そりゃそうだろう。ギルドへの登録も無い俺が勝手に話を進めてしまうのだから。
「悠希の荷物持ちと、新人らしくサポートに努めますよ。妹の後ろで勉強をさせてもらうつもりです。知っての通り悠希はあまり話したがらないものでね。」
悠希は黙って俺とタンクトップスキンの会話を見ていた。人形の如く美しい顔に表情はなく、無機質な美をまき散らすだけの木偶の坊と化している。割りと恨みの篭った目で俺を見ている辺り、やっぱり人と行動を共にするのが嫌なのだろうが、仕事に不満はないと言ったところか。
「兄が一緒なら行く。明後日出発なら問題ない。帰る。」
悠希はそう言って踵を返した。
「ではそういうことで、今日は俺も帰ります。」
そうタンクトップスキンに挨拶をし、俺も踵を返すとしよう。
タンクトップスキンも「お、おう。じゃあそういうことで」と言うばかりで、俺達を止めることはしなかった。
その後は宿に帰り、いきなり話をポンポン進めて尚且つ人と行動を共にすることを勝手に決めてしまったことを、小一時間ほど怒られた後、夕食となった。
何度か殴られたけれどまあ仕方が無いだろう。両頬は腫れて鼻血も出てしまった。たんこぶもいくつも出来てしまったが死ぬことはない。多分鼻の骨は折れていたし、治癒能力が無ければ顔面崩壊は必須だっただろう。あえて妹と俺のバトルシーンは省かせてもらう。見せられないよ。
「次こんなことしたら殴り殺すから覚悟してね。兄さんじゃなかったら手加減しなかったんだから。」
恐ろしい。いや普通の人間ならば間違いなく死んでいただろう。逆らう気は勿論無い。治るとは言え痛いのだ。すごく。
そして俺の食事である。悠希は肉や野菜をたらふく頼んでいるのに、俺には朝に出てきた固そうなパン一つのみであった。
「あの、俺も肉食べたいです」と悠希に涙目でせがむと、「罰です。それに今日は兄さんにいっぱいお金使ったんだから」という言葉しか帰ってこなかった上、目の前でウマそうに肉を頬張るものだから、さっさと食事を済ませて部屋で神様がくれたと言うしおりを読んでいるのだった。
今読んでいるのは魔法や魔術に関してのページである。簡単な魔法の使い方を文章と絵でレクチャーしてくれている。
そして簡単にこの二つの違いを言い表すとしたら、魔術は個に影響を与え、魔術は多に影響をあたえることができるという特色である。魔術は自身の魔力を使って自然のマナに命令を与えるが、魔術は自然に漂うマナを触媒を通して働きかけるという違いであった。魔術は行使する人間の持つマナの大きさ、つまり生命力の大きさによって限界があるが、魔法は属性を持ったマナに対する親和性が重要ということだった。つまりここまで語れば分かるとは思うが、魔法や魔術は素養が無ければ使うことが出来ないようで、それを簡単に見分ける方法がしおりには書いてあった。
まず両手を握り、右手を熱く、左手を冷たくするよう念じるらしい。ハイアウトです。左手がありません。しかし試してみよう。
右手の五本の指のうち、小指と薬指を熱く、人差し指と中指を冷たく、親指はそのままで。目を瞑って集中する。そうすると徐々にではあるが変化が起きる。冷たくと念じた指は冷気を感じ、動かなくなってくる。逆に熱くと念じた指は少しずつ熱くなり、次第に燃えるような熱さを感じ始めたが、それは苦痛を伴うわけではなく、どこか気持ちのよい熱さであった。
と、これらの事象が起これば魔術に向いており、どちらか一方に事象が起これば魔法に向いているということだ。
但し、突き詰めていくと魔法と魔術は見分けがつかなくなる。魔法は自然が生み出した「マナ」という素粒子? 思念? を行使する。つまりそのマナの持つ意思を動きたいように動かす術なのだ。それに相反するかのような魔術は人の知識であり、知恵であり、自身の持つ生命力を使って自然のマナを従えさせるのであるが、また人間さえも自然の一部なのだ。高度になればなるほど魔術は魔法になり、魔法は魔術になっていくと、この診断方法はまずどちらの入り口から入るかを見極めるための物だということを、しおりは語っていた。つまるところ、俺に素養はあるということで、剣と魔法の世界でどちらかしか使えないなんてことになったら、つまらないの一言に尽きるだろう。つまり勇者プレイをしても良いのだ。それがわかっただけで俺は満足に浸り、時に悠希が帰ってきた。
ということで悠希に「俺魔術の素養あるらしいわ!」と嬉しそうに言ったところ、目を逸らされてなんだか落ち込んでいるようになってしまった。
「羨ましい。ずるい。」と言うので詳しく話を聞いたところ、悠希には全く魔法や魔術の素養がないことが発覚し、そして悠希は俺に対して嫉妬のあまりヒステリーを起こして、また何度か殴られた。ボディーブローを喰らった腹は内臓が押し上がって口からゲロと共に出てしまいそうにもなったけど、俺は元気です。
翌日、まだ悠希は機嫌が悪かった。朝食は例のごとくパン一つだけ、悠希はやけ食いをしていた。そもそも起こし方が問題であった。妹の怪力から放り出される拳を、俺は腹に食らい、危うくベッドが大破するところであった。この妹、恐ろしい。俺の目覚めは最悪だった。
ただ朝食が少なかろうと、内臓が口から出かけようと、今日の俺は機嫌が良かった。何せ装備が出来上がるのだ。ともなれば悠希と少し訓練をして、明日の仕事に備えることができるというもの。寝起き最悪だが気分は晴れやか、まるで本日の晴天のごとくである。
また散々な扱いを受けても、俺には悠希が使えない魔術の素養があるのだ。誇らしい事この上なかった。怪力の妹を攻略する糸口を、俺は既に掴んでいるのだから。
陽も大分昇った所で、俺は宿から出かけることにした。悠希にはお小遣いと、装備の受け渡しの際に支払う金を預かって、晴天の田舎の都会を一人で散策することにしたのだ。
悠希も悠希で明日の仕事への準備があるようで、俺も「一緒に行こうか?」と言ったのだが「ウザい」と冷たく返されて一人でスタスタ行ってしまった。足を手に入れる前はずっと俺がついていたから、なんか新鮮な感じだ。向こうもきっとそうだろう。これまではずっと柔らかい態度で接してくれていたが、やっぱりこの方が自然で落ち着く。腕が無いため俺の歩き方は不自然なのだが。連れ添った相方が居ないようなチグハグ感だ。慣れないなぁ。まだ二日目だからっていうのもあるだろうが。
そんな風に考え事をしていたら、いつの間にかあのおっさんの居る鍛冶屋の前に到着した。そういえば名前を聞いておこう。短い付き合いでも気の合う人間の名前というのは知っておきたいものだから。
「こんちはー、昨日防具と盾を買ったんですが!」と、鍛冶屋の奥に向かってあのおっさんを呼ぶ。カラクリ好きの風変わりな鍛冶屋を。
奥からのそっと現れた筋骨隆々のいかつい風格。あのおっさんだ。「ようよう、待ってたぜ。寝ずに調整と整備をして、さっき終わった所だ」と、そう言って更に「油代が嵩んじまった、それだけの物になったはずだ」と、目の下に深々とクマを作ったが、その顔には満足気な表情が浮かんでいる。
「ありがとう。早速装備してみたいがいいかい?」「もちろんだとも。着けてもらわないとやりがいが無いってもんだ。」
装備の整備は完璧と言っていいだろう。カイトシールドから剣が飛び出すギミックも勢いよくしっかりと出てくる。また飛び出た後はしっかりと固定され、解除機構を作動させない限りはそのままとなっている。親指を伸ばしたまま拳を作ると剣は飛び出て、そのまま親指を握りこむと剣が引っ込むという作りだ。
またこれは、片手が不自由な俺のためにこしらえてくれた新たな機構であるという説明も受け、この鍛冶屋の技術の高さに感心をするばかりだった。
習作との事だったのでカイトシールドの部分は心許無い厚さであったものが、各所に補強が加えられて、盾部分もかなりの分厚さになっている。重さはその分増していたが、逆にこの重さが頼もしく思える。
こうやって間近に見てみると、手のひらや各所関節部には分厚い皮で補強されており、また鎧の鉄板部分が互いに干渉しない様に工夫されている。蛇腹やスライド可動等、言うなれば技術の塊だ。すっぽりと右腕が鉄板で覆われているのに、どんなに動いても隙間が出来ない。並みの鍛冶屋の仕事っぷりではないだろう。そして一番の特徴でもあるショルダーパッドの鋲だが、これも鋭く研がれており、また反しがついていた。超接近戦での敵の足止めを、自身の身体を使ってできるように、尚且つ敵を逃がすこと無くできるようになっている。両手に盾を持つディフェンシブスタイルな俺には丁度いい。ただ他の部分の防御力が少なすぎるので暫く使うことは無いだろう。足や、それこそ首なんかを飛ばされたら本当に再起不能だ。
また目玉がもう一つ、途切れた左腕に固定される盾だ。固定具は革のベルトと鉄の輪で、構成されていて、簡単に着脱できる上、装着したならしっかりと固定される。ずれた時は少し痛そうだが、隙を縫って元に戻せばいいだけのことだ。左腕の残った部分と、肩や腋を通して固定するため、ショルダーガードのような風貌にもなっているが、バランスは幾分取りやすくなった。
「いや、素晴らしいよ。ぱっと見ではこれほどの作り込みだとは分かりませんからね」と俺が感動を込めて言うと、おっさんも満足気に「理解して貰えるだけで有り難いよ。今後もこの腕鎧の整備は俺に任せてくれ。そもそも俺でないと出来ないんだがな。そういえばあんた、名前は?」と、調度良く店主が名前を聞いてくれた。
「俺は藤岡壮志。壮志でいいよ。」と答えると、店主も子供のような、悪友に見せるような笑顔で「ダチは皆俺のことをビリーと呼ぶぜ。俺はお前をダチだと思ってる。よろしくなタケシ」と、笑顔で握手とハグを交わし、この日は別れた。
「明日から仕事で街を発つ」と言うと、「絶対に帰ってきて、装備の使い心地を絶対に報告しろ」とのことだ。見知らぬ土地での、初めての友人ができた。
ちなみにこの鍛冶屋の名はベルタス鍛冶屋というらしい。文字が読めないので看板も分からなかったが、そもそもこの世界の言葉がなぜ理解できるのか不思議でたまらない。クソの神でも役には立つということか。
何せ文字は勉強しなければならないことがわかった。店の名前すら分からない様ではこの先一人で歩いて行くことは困難と言うよりも、無理だ。この世界の本も読めないとなると暇つぶしの道具もありゃしないということになる。装備の次は文字だ。心配事は一つ一つ潰していった方がいい。明日、仕事から帰ったならもう一度あのしおりに世話になろう。恐らくだが文字一覧とかいう項目があったはずだ。
その後は街をぶらぶらして、市場では保存食、と言っても干し芋と干し肉を買って、宿に戻った時には既に夕日が眩しい時間帯となっていた。もちろんお小遣いで買い食いなんかもした。鶏肉のような感じの串焼きは美味かった。塩味がとても効いていてあっさりとした油と肉の旨さを引き立てていたな。それに市場で買った桃のような、というかまさに桃だったんだが、味も桃だった。そんなこんなで俺は今日一日を堪能した。キングの顔を見に行くともう子どもたちの玩具になっており、宿屋の裏手を子供を乗せて走り回っていた。
俺のバイクなんだから他の人間を乗せるなよ…。放っておいた俺も悪いんだけどさ。ということで明日の仕事の件で話をし、またキングは子供の相手に戻る。割りと楽しそうでよかった。と言うよりもアイツもまだ買って4年位、つまり4歳だ。同年代なのだから楽しくないわけは無いんだろう。ライトの灯りが少し暗かったような気がしないでもないが、まあいいか。壊れないんだし。
今日は一日、明日の仕事に向けての補給で終わってしまった。どうせなら少し遊びたかったけど、補給が終わったら懐が急に寂しくなったような気がして、宿に戻ってきた私だった。
兄さんはどうしただろう。まだ謝ったって許さないし、謝られたって困るだけなんだけど。でもいいなぁ、魔法の素養があるっていうだけで、あの顔のニヤつき様だもの。本当に嬉しかったに違いない。
兄さんはファンタジーが好きだった。主にSFだったけれども、サイエンスファンタジー? 良さが分からない。私は無趣味だったので、ファンタジーな小説を読んでみたらどうかとも言われたことがあった。でも文章を読むのは何か億劫で、時間を無駄にしているような気もして、長くは続かなかった。
けれども得たものはあった。豊かな妄想力が私に芽生えたのだ。兄さんと二人っきりであんな世界を旅してみたいなぁという願望は間違いなくあった。しかし兄さんはとても打算的というか、効率的に冒険の準備を始めている。装備はともかく置いといて、あの感じはかなりの手練みたいな雰囲気だった。
私は男が苦手だから、ギルドマスターを始めてみた時には緊張で舌も回らず、ただ突っ立ってるだけだったのに。登録試験も男ばっかりだから触られるのが嫌だったから、ちょっと本気を出した。でもそうすると人は直ぐに骨を折ったり、血を吐いたりする。
自分の力が異常なんだと知ってやったものだから、その後の罪悪感ったらなかった。三日くらい男に触ってしまった嫌悪感と、私のせいで怪我をした他の人達に申し訳が無くて寝込んでしまった位に。でも兄さんの居ない世界は新鮮で楽しかった。一人では何度も危ない目にあったけど、こうして生きてる。何かするまではきっと、私も死ねないのだと思う。
昨日の晩だって、今日の朝だってかなり苛ついていたけど、兄さんは文句を言わずに殴らせたくれた。家では暴言を吐かれたりほっぺたを叩かれたりしたけど、あんなのは全然痛い内に入らないのだとこの世界で教わった。殴られて、蹴られて、噛まれて、生き物の本気の力って本当に怖いんだと思い知った。その生き物を殺して、金を稼ぐなんて人間もほどほど怖いけれど、私はその方がいいと思ってる。なにせ知恵があるんだから、人間は戦いをやめられない。
明日の仕事が怖い。どんなに怪力だからって、どんなに剣を振り回せたからって、ブラックウォーベアみたいなのがもう一度出てきたら、私はきっと腰を抜かしてしまうだろう。守って貰いたい。側に居て欲しい。
実のところ今日はすごく寂しくて、なんで一人なんだろうとふと思うと悲しくなって、無理やり考えないようにしていたけれど、こうして宿に帰ってくると途端に辛くなる。なんでウザいなんて言っちゃったんだろう。一緒に来てくれれば、きっと重い荷物も一人で背負うことなくて、話しながら街を散歩出来たはずなのに。
やだなぁ。自分が嫌いだ。まともになって、強くなりたい。私は兄さんの剣になりたい。なんて思っているうちに部屋のドアが開いて、兄さんが帰ってきた。
「お帰り!」と、強く反応してしまったけど、私は犬じゃない。寂しかったけど帰ってきてくれて嬉しい訳じゃないし、寧ろ居心地が悪くなる。
「遅くなって悪かった。少し手合わせしてくれよ。もう直ぐ陽が落ちるから、それまで。」
兄さんは困ったようにはにかんで、私に頼み事をするのだった。
宿屋の裏手、子どもたちが見ている中で手合わせをすることになった。獣舎があるために宿の裏手は多少広いスペースがあったので、そこを使わせてもらうことになった。
腕鎧と盾を装備した兄さんは、左腕が無いために何処かチグハグな格好だったけれど、それなりに冒険者としては見れるようになったんじゃないかな。気合は十分で私も愛用のショートソードで立ち向かう。
「じゃあ、行くよ」「さあ来い」と、まるで私が兄さんの胸を借りるようなやりとりなのだが、私が胸を貸してやっているのだ。なんかそれ違うよなぁ、と思いながら剣を突き出すように突進する。
兄さんは咄嗟に左の盾で私の剣を受け止め、滑らせて空振りにさせる。一瞬のことで顔からつんのめってコケてしまった。ムカッと来た私は更に剣戟を加えるけれども、右腕鎧に弾かれ、付属品の盾に止められ、肩の鋲で引っかかったと思ったら、私の剣は自分の手から勢い良く抜き落される。あの腕鎧、かなり硬い。
がむしゃらに殴ると、今度は兄さんが飛んでいってしまった。加減をしたはずなのにここまで力が出るとは思わなかった。
でも兄さんは立ち上がり、今度は攻撃をしてくるようで、仕込み剣をジャコッという音と共に出したと思ったら、私が最初にやった時のように剣を突きつけて突進してくる。
でも自分がやった手段、対応できないものではなかった。剣を絡めて、鍔迫り合いに持って行こうと画策すると、結果失敗に終わってしまう。
剣は囮だった。私の剣と兄さんの仕込み剣がぶつかる直前、兄さんは剣を引っ込めてゲンコツで殴ってきたのだ。剣で受け止めたけれど押し返されて、また次の瞬間には足払いをかけられてすっ転んでしまった。
「強い……。」
片腕がないのに、ここまで人間は動けるのか。まだ二日と経っていないのに、ここまで身体は対応してしまうのか。それとも兄さんの戦闘に関するセンスが高すぎるのか。私の覚えたての剣ではまるで歯がたたない事を私は思い知らされて、その日の訓練は終わった。
短かったはずなのに、とても長かった。思いっきり負けたことが悔しいというよりも、なんか兄さんがカッコ良かった。でも悔しいけど。
その日の晩御飯は少し奮発して、大皿の肉料理を兄さんと分け合って食べている。兄さんはさっきの訓練の、私の動きも含めた反省点をうだうだと言いながら食事をしているけれど、どうでも良かった。兄さんの盾は、きっと私を守ってくれる。
もし強い魔獣と対峙した時、きっとその盾で私を守って、剣を魔獣まで届けさせてくれる、そんな予感がひしひしとしていた。
「だから怪力を振りかざすよりも、効率的にヒットアンドアウェイを繰り返したほうが、悠希の力に合っているんじゃないかと思う。がむしゃらにやってもあれだけの力があったが、それだけじゃきっと足りなくなる時が来ると思うんだ」と、兄さんが得意げに言っている。
私に勝って嬉しいんだろうけど、殴り飛ばした時絶対に何処か骨を折ってた。バキッて音が、もっと鈍かったかもしれないけれど、そんな音を聞いてたんだから間違いない。
「俺ももっと効率的に動かないとなー、そうだ効率的になー。」
そんなの簡単なことじゃない。昔古武道の先生が「身体を効率的に動かせ」というのが口癖だったみたいで、私も小さい時から兄さんに何度も言われたことがある。運動神経がなくて、鈍臭かったと自分でも思ってるけれども、その言葉を口にされるとなんかむかつく。
「冒険者の先輩としていうけど、魔獣はあんなもんじゃないから。私なんかよりずっと強いからね。」
兄さんはいい気になって「ハハハ、ヨユーヨユー」なんて言って余裕ぶっこいているけれど、一度痛い目を見てるんだから油断しない方がいい。あのクラスの魔獣が出てきたら、きっと兄さんも今の装備では太刀打ち出来ないように思うからだ。
さっきは守ってもらえると言ったけれど、やっぱり不安は拭い去れるものじゃない。私の奥の手が使えなかったら、きっと兄さん諸共死んでいたんじゃないかと思うと、背筋がゾワゾワしてくる。
「大丈夫だ。腕を飛ばされたこと、忘れた訳じゃない」と、急に真剣な顔で言うものだからドキリとする。黙っていたりこんな顔をいつもしてくれたら格好いい兄さんなのだけど、もう少し何とかなってほしいなぁ。
そんなこんなで夜は更けていって翌朝、兄さんは寝坊した。
一話より長くなった。
なんか筆が進まないこともあったけど、ぼくは元気です。