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さようなら童貞、さようなら人間

前書いていた三人目の話の設定を変え、また話自体も大きく書き換えました。


 俺は、死ぬことも滅び行くことも許されない身体にされてしまった。この星が、世界が続く限り永遠に生き続け、守り続けることを義務付けられた、良く言えば終身雇用、悪く言うなら終身刑だ。

 雇用主は最悪だ。そもそも俺は無神論者だ。それが得体の知れない宇宙人か霊魂かもしれない何やら意味の分からない存在に労働という刑罰を与えられた、囚人に成り下がってしまったわけだ。奴は神を自称し、ガウリアと名乗った。あらゆる男を悩ませるだろうボディラインと、脳髄を甘く痺れさせる快楽を湧き起こすような声で俺を誘惑し、淫靡で切ない表情で「妾を守ってほしい」というものだから、ホイホイそれに乗っかってしまった俺が、グダグダアレの悪口を言うのもアレだろうが。



 夜勤が終わった。深夜のコンビニと言うのは魑魅魍魎がやってくる、まさに魔境だと思う。

 ケバくて化粧臭いブサイクな女。それを侍らせて下品な顔を世間様に見せつける馬鹿な男。仕事帰りに飲み屋で酔っ払ったんだろう、店員に無理を押し付ける理不尽なサラリーマンのおっさん。

 好きでこんな仕事をしているわけではないし、特に金にも困っていない。けれども何かしていないと気が狂いそうで仕方がないから、仕事をして、バイクに乗って風を浴びて、妹の世話をして、そんな生活をしている。

 春先の朝の風はとても冷たいが、それは夜勤明けの眠気覚ましになる。朝日が目に染みて気分が高揚する。わざわざ遠くの、山一つ越えたコンビニで夜勤をしているのは、この峠の道を独り占めするためだった。

 この家に帰るためだけの道を愛車で駆け抜けるのが、俺の楽しみの一つで、あのコンビニをやめられない理由だった。

 程なくして家に到着する。両親が残してくれた物の一つで、今は俺と妹の悠希と二人で暮らしている。妹は両親が死んだ事故で両足を失い、俺はと言うとほぼ無傷で助かった。苦しくて辛い思いもさせてしまった。せめて俺が、幸せにしてやらないといけないと思っている。

 義務感。何も持っていない俺が今、唯一持っている物だ。

 しかしその義務感が折れそうになることがある。例えば俺が家に帰ってきて、朝飯の支度をして、悠希を起こすと、頻繁にパニックになって俺に物を投げつけるのだ。俺はそれを、悠希のパニックが収まるまで耐え続けなければいけない。俺が守ってやれなかったせいだということは解っているが、それでも痛いし辛い。心が折れそうになる。

 次第に落ち着くとまず謝られる。また、勝手に部屋に入ったことを怒られる。そもそも俺の部屋で、俺の家のはずでお前の世話を焼いてやってるのは、と考えた所で俺にはどうすることも出来なかった。

 朝食を食べている姿はとても可愛らしく、まるで小動物のようだ。兄としてのフィルターさえなければ悠希はとても、いや不気味な程に美しくその瞳は、じっと見つめているとまるで魂を吸い取られそうなほどに深く、またこの世の物ではないかのように澄み切っていたが、性格自体は完全に俗物である。

 特に甘い物が好きで、甘ければコンビニで廃棄になったケーキでも全く問題ではない。甘ければいいのだ。またイケメンは好きである。男を嫌っている割に、イケメンは好きなのだ。つまり俺は嫌われているということだろう。女性と交際経験はないし、自分でもあまり格好良くは無いと思う。表情筋がまず足りていないのかもしれない。両親の死後、どんなに面白いと評判のテレビ番組で、面白いと評判の芸人を見ても笑えなくなった。

 ただそこまで自身の顔立ちを悲観しているわけでもない。そもそもそんなことは、悠希を幸せにしてやる事とは関係がないからだ、いや多少関係あるだろうが、そこまで重要視されるところではない。

 また極度の天邪鬼だ。俺の仕事が休みの日には、決まってハンバーグを作ることにしている。何故なら俺が好きだからだ。そしてそれに毎回文句を付ける。週三回和牛の切り落としや細切れをミンチ状にしつつも肉々しい食感を殺さない、手の込んだ俺のハンバーグに文句を言うのだ。一度それが嫌になって、悠希にはハンバーグ以外の食事を出したことがあったが、結果だけを述べるならば泣かれてしまった。

 悠希が言うには「兄さんと同じ物食べちゃダメっていうの?!」とのこと。同じものがいいなら文句を言うな。俺はジュウシィな俺の手捏ねハンバーグが食いたいんだし、お前も食いたいのなら文句を言わず静かに食べておくれよ。

 他にもある。コンビニの廃棄のケーキ、無ければ買って持って帰らねば物が飛んでくるのだが、それを食べたことがある。結果を述べるならば泣かれてしまった。

 悠希が言うには「どうして半分でも残してくれなかったの?!」とのこと。お前は俺に半分でも残しておいてくれたことがあったか? いや無い。無いのだ。いつも帰ってきて甘いもん食って寝ようと思ったら無いのだ。お前だけが食べたいわけではないのだ。俺だって甘い物が食べたいのだ。そしてこれは俺の心の叫びなのだ!

 また俺が休みの日は決まって俺と一緒に寝ようとする。どころか引っ付いて離れようとしない。口を開けば悪態をつく割に、俺の膝の上で眠ったりする。それはいいのだが男としては少々つらいものがあることを分かっていただきたい。いくら兄が不細工だからといって女性に興味がないわけではないのだ。若い綺麗な女の無防備な姿というのはそそるのだ。危機感を持たねばいけない年頃なのだ。幸いにも近所の市立の名門女子校に通わせているので変な虫がつく心配はないが、美貌が強すぎるので恐らく女性でもいちころなのではないだろうか。

 しかしそんな鬱憤や葛藤や悩みでさえ、悠希の笑顔を見れば全て消えてしまう。甘い物を食べている時の笑顔は、それはもう大層美しく、可愛く、庇護欲をそそられるものだ。

 そして今日は仕事が休み。愛車を駆り大自然の中で昼寝をしたら、夕方に肉を買うついでに悠希を迎えに行こう。そうしよう。

 この計画は順調だった。妹を車で学校まで送り届け、家に帰ってすぐにライディングジャケットとグローブ、フルフェイスのヘルメットを装着し、愛車である大型のネイキッドバイクでツーリングに出かけ、夕方に家に戻ってきた。一日のタスクを予定通りにこなしていったのだが、車で妹を迎えに行くと、一向に出てこない。もう陽も落ちきって、街灯の光だけが寂しそうに光っているだけだ。車内禁煙と厳命されたが、何とか交渉してドリンクホルダーに置かせてもらった灰皿に、何本吸い殻を投入したかわからない。

 いつもならば校門の反対車線に車を停めて、妹が見えたなら車を降りて迎えに行く。自力で車椅子の車輪を回していたり、友人に押してもらっていたりするのだが、まあ時間はまちまちだ。しかしこれ程迄に遅かったことは一度もない。

 あまりにも遅いものだから心配になり、俺は助手席に無造作に置かれた携帯電話を手にとって、目の前にある学校に電話をかける。男子禁制の花園に踏み込む勇気は流石になかった。

 電話が繋がり、二年四組の藤岡悠希の保護者だと名乗り出たものの、そんな生徒はこの学校に在籍していないと言われる。何がどうなっているのか、全く理解が及ばない。

 元来気の強い方ではない俺は、「そ、そうですか」と言って電話を切ってしまった。その後、何故強気に出なかったのかと自分を責めて後悔したが、意味のないことである。

 何故なら俺も、妹が行った世界へ飛ばされてしまったからであった。


 気が付くと真っ白な空間の中に、何か綺麗な装飾の施されたテーブルと、ティーセットが置かれており、椅子が二つ。一つには先客が既に茶を嗜んでいるようだった。

 妹は人形のような、言うならば刺のある無機質な美しさというのだろうか、そうだとしたら目の前の先客はそうではない。俺を含めて男ならば、一目見れば虜になるほどの圧倒的フェロモンを無造作に放出しており、『女』の部分を性的に誇張させるようなドレスは布面積が少ないのではないだろうか。谷間も、腰のくびれも、尻の丸みも、どれも俺の性的な欲求を刺激するものだった。妹を除いて女っ気が無い生活を送っていたからというのも有るかも知れないが、それは正しく理想の『女』だ。

 こちらに気がついたのか、「おう、こっちこっち」と言わんばかりに手招きをされて、極度の、局部の緊張と共に向かい合って座らされた。

「さて、妹が何処へ行ったか、貴殿はさぞ不思議なのではないか? 妾はそれを知っているし、また貴殿をその妹と会わせてやることも出来る。来ると言うならば連れて行ってやることもやぶさかではないし、来ないならば来ないでいい。来たら来たで退屈はさせぬし、また来ないなら今後貴殿は元の世界で平穏だが退屈な人生が待っている。妾は貴殿に守ってほしいのだ。また強制しているわけでもない。どうする貴殿よ。」

 その者は名乗らず、また艶やかというよりも淫らな微笑みを浮かべて俺にそう言った。その美しい四肢とまさに最高の女を目の前に、俺は完全に魅了されていた。頭を働かせるとか、もうそんなことが出来る状態ではなかった。通常の精神状態ではなかったのだ。そしてそんな魅力的な女に、『守ってほしい』なんて言われでもしてみろ。もうダメだ。耐えられない。

 今から思えば問いただしたいことが山ほどある。突っ込みどころが無数にあったが、その時は「はい、行きます」と目の前の美しい女に言うことしかできなかった。それも顔の筋肉を完全に弛緩させてまたデレデレと下品な照れ笑いを浮かべながらだ。

「そうか、妾は嬉しいぞ。なら貴殿が心よりほしい物を三つ言うがいい。また無いのならば無いで良いのだが。」と嬉しそうにまた微笑むものだから、また考えることを忘れてしまう。

 一番の後悔は、そこで言ってしまった言葉だ。

「このタバコの箱からタバコが減らないようにしてほしいです」と言い、ズボンのポケットから煙草とライターを取り出して中身を見せる。

「これは何に使うものか? ただの棒きれにしか見えん」と言われたので、一本を取り出し、Zippoの音を披露し、着火した。紫煙を口から吐き出して、「こういうものです。嗜好品」と付け加える。

「良かろう。その煙草とやらは貴殿が生きている限り何本でも吸えるようにしよう。妾にも一本おくれよ」と言われたために、箱からまた一本タバコを取り出して彼女に渡し、火を着けてあげた。よく初めてタバコを吸ってむせるという描写が漫画やアニメにあったが、割りとそんなことはないのである。俺もそうだった。そして暫くタバコについて質問攻めにあったが、やっぱり彼女の世界にもタバコに似たものはあるとのこと。

「あと俺の自慢のバイクを給油しなくても走るようにしてほしいなぁ」と言うと、「はて、バイク?」と言われたので、口で説明はしたものの、結局彼女はこの真っ白い空間に俺の愛車を呼び寄せた。

 GSX-1300BK、通称はB-king。その名の通りネイキッドバイクの中では最高と言うに相応しい排気量を持ち、200馬力にも迫るパワーを持つじゃじゃ馬である。しかし走りだせば乗り手の思うままに走り、止まり、曲がる足回りがあり、300キロ近い重量を全く感じさせない走りをしてくれる。自慢の愛車であった。

「これはどうやって走るのか? 外見ではどう見てもへんてこな物にしか見えんのだが」と言われたので、エンジンに火を入れ、八の字に回ってみると彼女も感動したのか「素晴らしい! またブラボーな物を持っているな貴殿は」と褒められてしまった。

「良かろう、バイクとやらはよくわからんが、何処まででも走れる様にしておこう。壊れもせぬようにな」と言ってもらえて、その場で小躍りさえしてしまった。

 俺は3つ目の願いを、こう告げた。

「何よりも、目の前の美しく淫らなあなたが、欲しい!」

 愛の告白などこれまでの人生でしたことがなかった俺の、最初の告白である。一番の後悔がこれである。俺の愛車はよく走るし、タバコにも一生困らない。なにせどちらも最高に気に入っている物だ。だが、なぜ最後の願いを武器や防具にしなかったのか、どうして目の前の素性も知れぬ女と身体を重ねたいと思ったのか、最早その時は頭がフットーしていてもうどうしようもなかったことだけは覚えているのだ。だが、これだけは本当にまずかった。

「妾が欲しいと言ったな。恐れ多くも己の欲求に忠実なのは人としてあるべき姿ということか、一晩だけなら妾を楽しませてやっても良いぞ。妾は痛いのも激しいのも、またゆっくりと撫で回されるのも好む。貴殿の好きにするが良いぞ。また妾を求めるというならば、それ相応の覚悟があってのことと見受けるが、本当に良いのか?」

「はい! オナシャッス!!」

 こうして俺は自身の童貞を捨てることに成功し、また異世界で愛車を乗り回すこともできるようになったし、煙草の箱から煙草は減らなくなった。ただ俺は、大きな間違いを犯してしまったことに気が付かなかった。柔らかい女性の身体を犯すことに夢中で、その他の事など考える余裕もなかった。

 俺の犯した誤ちは直ぐに露見した。それは異世界に飛ばされて直ぐのことで、熱い一晩の後、俺は森の中に、愛車と煙草と来ていた服だけを残して置き去りにされた形で、真っ白い空間から放り出された。

 辺りには獣か怪物か、聞いたことのない声や音がする深い森だ。「おう、起きたか」と中年男性のような声がして、驚きのあまり飛び上がってしまった。

「だ、誰だ?!」と挙動不審に辺りを見回して警戒するが、「俺だよ、俺俺」声の主はなんと俺の愛車だったのだ…。

「あの女が不調があれば自分で喋って直してもらえとか言ってたからよ、俺に命を吹き込んだんだ。ただのバイクじゃあ無くなって悪かったな。つーかどっか悪くても俺を修理する技術があるかどうかだってのに」と、如何にも『俺は悪くありません』という態度をとられたが、まったくもってその通りである。

「た、確かにな……。なにせ精密部品の塊だもんな。喋るようになったんだから何か名前をつけないといけないんじゃあないか?」と意思疎通を経ってはみるが、バイクと喋るとなるとなんだか気恥ずかしい。バイクに向かって独り言を言っていたにも関わらず、会話が出来るともなるとやっぱり違うものだ。

「名前ならもうある。俺はキングだ。お前がそう言っていたんじゃねえか。」

いや確かに言っていた。もしかして覚えているのか?! 俺が信号待ちでタンクをさすりながら「キング、愛してるよ」とか、ツーリングから帰ってきて「ありがとう、楽しかったよ。やっぱりお前は最高だ。」とか言ってたのを覚えているのか?!

「人格っつーかよ、バイク格が女じゃなくて、なんつーかよ、悪かったな。」

俺が犯した誤ち、その一である。だがこの後悔なんて大したことはなかった。愛人だと思っていたのが、友人だった。俺はただの痛い奴だったと思えば、精神的ダメージは大したことはあったが。

「まあ乗れよ。動けはするが、何か載っけてないと力が出ねえんだ」と、キングは大きく排気音を吹かして、乗るように促した。

けたたましい排気音が、鬱蒼とした森の獣たちをシンとさせた。


 オンロード用に作られたタイヤやサスは、森の中を走るようには作られていない。そう思っていた時期が俺にもありました。しかしキングはタイヤの空気圧やサスの減圧なども全て自分で考え、調節出来るようになっていたのです。

 森の中をバイクで走るのは流石に辛い。凸凹しているし突き上げられる度に内蔵が腹からせり上がってきそうになる。リアタイヤはガンガン滑るが、キングが挙動をアシストして俺の乗り手としての技術を支えてくれる。人馬一体とはこの事なのだろうかとふと思った。

「俺もまさか森の中を走ることになるとは、夢にも思ってなかったぜ」とキングは言う。

「そうだろうな、お前は道路の上を走るように作られたバイクなんだから。無茶はするなよ」と俺が言うと「心配すんな、これくらいヨユーだぜ」と返ってきた。頼もしい相棒だ。

 だがそのうちに俺はキングに振り落とされてしまった。俺の技術だとかどうとかではなく、ケツを突き上げられてハンドルを離してしまい、そのまま放り出されたのだ。

 決して遅いとは言えない速度で走っていたものだから、俺は勢い良く背中から木にぶつかり、体内に響く嫌な音を聞いた。何かが割れるような、折れるようなそんな音だ。激しい痛みが脳髄を駆け巡って、のた打ち回ることも出来ず、死を覚悟した。

 しかし俺は死ねなかったのだ。キングが何か言っているが、脳みそは言葉を聞き取る余裕などなかった。激痛に意識を失い、目が覚めるとまた強烈な痛みに襲われる。それを何度か経験した後、痛みは徐々に収まっていく。痛みの感覚しかなかった身体が、己の在るべき姿へと回復していくかのような、自身の体内の変化を顕著に感じた初めての体験であった。

 激痛は永遠のように感じた。身体の中から痛みの権化が皮膚や内蔵を破って出てくるかのような、苦しくて辛い痛み。いや寧ろ言葉で表すことは絶対に出来ない痛みだろう。気が狂いそうで、けれども脳がそれを許さず意識をシャットダウンさせる。そんな感覚だ。だがキングに聞けば、「ほんの一時間くらいで立ち上がった」という。

キングでさえ「ありゃあ完全に死んだ」と思ったらしい。俺だってもうダメだと思ったんだ。それが生還したということだから、つまり異世界のチートということだろうか。しかし痛いのは本当に勘弁して欲しい。海外の漫画のイタチの名前を冠した男は、きっとこういう痛みと戦っているのではなかろうか。

「いいかキング、もうちょっとスピードを落とそう。さっきはもう死ぬほど痛かった。機械のお前にわかるかどうかはわからんが、死ぬほどだ。死んだら死ぬんだ! OK?」

「お、OK。」


 その後、陽が暮れるまでキングを駆って森の中を走ったが、集落はおろか人一人見つけることも出来ず、その日は野宿になろうとしていた。森の中はお天道さまが空の天辺にあっても、空気は冷たい。木の葉に光を遮られているためだろう。だが日が暮れると更に冷たくなる。寒さとの戦いであった。

 キングは起きている時はエンジンを止めることは出来ないようで、そのエンジンの熱で暖をとりながら寒さとの格闘をしていた。サバイバルのための道具なんてライターくらいしか持っていないし、また周囲の環境を見ると焚き火をすると山火事になってしまいそうで恐ろしい。キングが疲れたように「眠い」と言い始めて、だんだんとアイドリングの回転が下がっていく。俺は、二度目の死を覚悟した。



 元いた世界と違う世界というのは、私にとって新鮮だった。小さい時に失った足は、神様からもらった義足で歩けるようにも、走れるようにもなった。魔獣との戦いだって、神様の加護っていうので出来るようになった。

 神様の加護はすごくて、細いし小さいし筋肉ない私でも怪力が出せるようになった。神様が言うには「炎のように強く熱い勇気があなたにはある」らしい。名前が悠希だからとも言っていたけど、よくわからない。

 あとなんかこの世界で便利に過ごせる指南書みたいなのと、強くなったら使える魔剣というのをくれたので、今は魔獣を倒しながらお金稼ぎをして、夜は勉強をしながら暮らしている。ただひとつ心配なのは、兄がどうしているかということ。

 携帯だって繋がらないし、お別れの言葉も言えなかった。酷いことだっていっぱいしたし、後悔もたくさんしてる。だから最後に謝りたかったけど、それが出来なくてモヤモヤしている。本当は大好きだったんだって、優しくしてくれてありがとうって言えなかったのが、最近になって本当に辛い。

 神様が三つの願い事を叶えてくれるっていうから、最後の願いことを「兄さんと一緒に行きたい」って言ったのに、叶う様子は一ヶ月経ってもなさそうだ。勇者は5人しか呼べないらしいから、選ばれなくったってしょうが無い気はするけども。

 でもそんなある日、一人で暗澹の森と言う暗くて深い森の中で魔獣を探していると、エンジンの音のような物が響いてきたのだ。

 それは聞いたことのある響きで、そんな音の違いなんて他のバイクじゃわからないけども、その音だけは確実に、絶対に間違えなかった。兄さんのバイクの音だ。

 私は確信する。兄さんは来ている。バイクと一緒に、この森の中に居るんだ。きっとどうしていいかわからないに違いない。兄さんが私を迎えに来てくれたように、今度は私が兄さんを迎えに行かなきゃ。

 道中、聞いたことのない音に怯えた魔獣たちが逃げてきていたので、さっさと殺しておく。安い剣でも思いっきり何度も何度も突き立てれば大体死ぬものだから。兄さん、兄さん待ってて兄さん。兄さん。


 何か音の方も近づいているような気がする。私は歩みを進めるごとにそう思った。ゆっくりだけれど確実に近くなってる。バイクから出る排気の臭いもしてきた。もうすぐ兄さんと会える。嬉しくてたまらなくなって、胸がドキドキしてくる。

 けれども現れたのは兄さんのバイクだけだった。「妹じゃねえか?! 俺に乗れ、アイツが死にかけてる!」

 いきなり喋ったのでびっくりして飛び上がってしまった。なんか変な声も出ちゃったかも知れない。すごく恥ずかしくてたまらなくなって、剣を抜いて「何だてめえコラあ!!!」と言うと、「あ、ちょっと、違う。やめて」というのでやめてあげた。

 なんだか乗せてくれるらしい。兄さんが死にかけてるらしい。バイクが言うには、「載っけてこようと思ったけど腕がないから載っけられなかった」ということだ。そもそも魔獣とか魔法とかのファンタジーな世界に喋るバイクが居ることに少し可笑しくなって、ちょっと怖かったけれど乗せてもらう。森の中で凸凹してるのに、バイクはそれを諸共せず、走ってくれる。それに激しい揺れを全然感じさせなくて、「お前いい子ね」と言うと、「野郎か女かで言ったら、やっぱ女に乗って欲しいもんだからな」とぶっきらぼうに返事が返ってきた。

「そりゃそうか。男の子だもんね」と言ったところでちょっと恥ずかしくなった。男の子に載ってるわけだから、そりゃ年頃の可愛い女の子としては意識せざるを得ないよね。

 それから夜通しで一晩、バイクは走った。バイクもへとへとになって眠っているようだけど、目の前に横たわっている男の人は紛れも無く、私の兄さんだった。

 息はしているけど、眠っているようで、起こすのも申し訳ないので、背負っていたリュックから人一人が寝られるくらいのテントと、保存食の干し肉、寒さを凌ぐための魔獣の毛皮で作った羽織とを出して、一晩をここで明かすことにした。

 兄さんが寒そうだったので毛皮の羽織をかけてあげると、すごい勢いで丸くなって眠っていたので、微笑ましく思いながら夜明けを待った。



「寒い…」

 自分の寝言で目が覚めた時の喪失感というか、アレは心に来るものがあるなぁと常々思っていたんだ。寒さで身体が震えているので起き上がり、温めるために身体を動かす。

 なんだか長い間眠っていたかのように筋肉が凝り固まってしまっていて、動きづらい。と、周りを見てみると小さいテントが張ってある。それに足元に落ちている毛皮の何かを俺にかけてくれたようで、俺が目覚めるのを待っていたのかもしれない。いい人も居るものだなあと感心して、起きたことを知らせるためにテントを叩くと、女の声がしてドキリとする。またキングも起きたのかセルモーターの回る音がした。

「起きたのか」とキングに言うと、「テメエマジで何日寝たら気が済むんだ」と言われた。

「何日って?」「三日間も起きねえから一人で人を探しに行ったんだ。ちゃんと拾ってきたんだぜ。」

 三日……? 指摘されて初めて喉が物凄く乾いていることと、腹が死にそうな暗い減っている事に気がついた。のた打ち回る元気があったから、多分まだあの時は死ぬほどでは無かったのかもしれない。

「兄さんだよね」

 それは聞き覚えのある声だった。離れ離れになって、一人で人生を歩いていけるようになって、どうしてもっと早く迎えに行けなかったのだろうと後悔して、一生かけて背負っていこうと思っていた妹の声だ。

 振り返ると、妹が居た。ハイファンタジーに出てくるような、皮と鉄で出来た防具をつけて、背中には大ぶりの、腰には短めの剣を携えてはいたが、紛れも無く俺の妹、悠希が居た。

「悠希か……? 本当に?!」と言うと、とたんに悠希は泣き出してしまった。寂しかったのだろうか、そりゃあ違う世界に飛ばされたのなら、心細いだろう。そう思って俺は号泣する悠希を抱きしめた。

「……て……。」「寂しかっただろう悠希、遅くなってごめんな。」と悠希の頭を撫でる。

 こうして居ると小さいころを思い出すなぁ。転んで怪我をしたら、こうやって頭を撫でてやると、コイツは

「ちょっと離して、向こう行って。」

 いい思い出が台無しだ。

「魔獣が来てる。大きいのが居るから、兄さんは下がってて」

 真剣なその表情は、恐らくソレと命のやりとりをするのだろう。先ほどまで泣いていて、少し赤くなった悠希の目には闘志が宿っていた。

「いや、それなら妹に戦わせるわけにはいかない。俺がやる、剣を貸せ」と言うと、「無理だよ。私強いし大丈夫。今度は私が兄さんを守るんだから」と言って聞きやしない。ソレならばと思い悠希の腰にぶら下がっている短めの剣を勝手に抜いた。鉄製だろうか鈍い輝きをしている。

「ちょっとダメだって」と悠希が言うが、俺は一歩も譲らない。

「キング、悠希を乗せて離れていてくれ。俺は戦う、妹に戦わせるなんて兄貴として終わるからな」と言うと、キングも「分かるぜ。妹、乗りな」と、悠希に逃亡を促してくれた。

「私がやるって言ってるじゃん!」と悠希は怒る。が、悠希は後ろからキングに突かれて諦めたようで、「じゃあ私も一緒にやる」と譲歩させた。

 森の中を駆けて来る影は大きかった。小便をちびりそうだったし、物凄く怖い。三度目の死を覚悟したが、妹の手前、逃げるわけにもいかない。俺は勇気を奮い立たせて仁王立ちに、その大きな影に立ちはだかった。

 熊より大きいかもしれない。そんな熊に似た印象を受けるモンスターは速度を緩めることなく、俺に突進してきた。案の定宙高く跳ね飛ばされ、また背中から木にぶつかって激痛が全身を襲う。妹が鞘に収まったままの大きな剣で応戦しようとするが、熊は意にも止めず俺の方へ向かってくる。

 大丈夫、前のほうが痛かった。今のほうが痛くない。奥歯はガチガチ鳴っている。でも俺の闘志は消えていない。意を決して俺は熊のような怪物の懐に潜り込み、剣で斬りつけた。

 一瞬だけ怯んだ熊は、怯んだままの姿勢から素早く、するどいツメで俺を斬りつける。チャンスだと思い更に剣撃を加えようとしたところに一撃を食らって、またふっ飛ばされた。畜生、死ぬほど痛いぞこれは。肋も折れてしまったかも知れない。息苦しくてたまらない。

 こんな所でくたばってたまるかと、起き上がろうとしたが上手く起き上がることができない。何故か爪での一撃を食らった左半身が持ち上がらない。ふと見てみると俺の左腕が、無かった。

 そういえば事故で悠希が両足の膝から下を失った時、自分の足を見て大泣きしていたことを思い出した。あれは足が無くなって悲しかったからではなく、足が無いことに恐怖して泣いていたのだ。

 俺もそれに似た気分だった。怖くて、痛みも忘れて全身に寒気が走る。傷口からは血がどぱどぱと流れ出て、もう戦う気力を全く無くなってしまった。飛ばされた俺の腕を、剣もそのままに這いながら探すことしか出来なかったが、それも直ぐに意識を失ってしまったのだった。



「兄さん!!」と、叫んだ時にはもう遅かった。兄さんの腕がどこか飛んで行くのが見えて、兄さんの身体も宙に舞った。両足をなくした時の事を思い出して、少し怖くなったけれど、もう戦えるのは私しか居ないんだ。今は立って、歩けて、走れる足がある。兄さんを守らなきゃいけないんだ。

 兄さんは腕をなくした事に気が付いて、泣きながら辺りを見回している。剣も置き捨てて這いまわって、そんな兄さんを眺めることしか出来なかった。でもずっとこうしていては、兄さんが死んでしまう!

 私は鞘に収まったままの剣に祈った。ここで力を貸してくれないなら、こんな魔剣なんていらない。「お願い、抜けて!!」と思いっきり鞘を引っ張ると、スルリと抜けて拍子抜けした。これで戦える!

 剣は鞘から出たことで熱を持って、やがて炎を纏った。すると心臓の動悸がすごく速くなって、力がどんどん吸い取られていくような。でもアイツを殺すまで倒れるわけにはいかない。

「剣よ! 力を貸しなさい!!」私は意味もなく叫んでいた。まるでその剣の使い方を知っているかのようで、剣はそれに直ぐに答えてくれる。

 炎の蛇に似た何かが剣の先から飛び出して、クマを締め付けたと思ったら、そのまま焼き切ってしまって、私の方は力を使い果たしてしまい、膝から崩れ落ちるように倒れてしまった。なんか体中の力が抜けきってしまったように、ぴくりとも動かない。剣も熱を失って、刀身の青い、珍しい色の剣になってしまったようだ。とりあえず脅威は去ったし、動けないしで眠ることにした。兄さんの身を案じながら。


 気が付くと、俺は熊のような怪物をまず見た。奴は黒焦げにされ、またいくつかの大きな肉片と化していて、動く様子はもうない。空きっ腹に肉の焼けたウマそうな臭いが染みる。だがそんな場合ではない。俺の腕は、左腕はどこへ行った。傷口は完全にふさがっているようで、しかし新しい腕が生えてくる様子もない。全身の痛みもどこかへ消え失せ、とりあえず立ち上がって、失意のまま腕を探し始める。俺が飛ばされた方向と反対側に歩いて行くと、腕のような物がそこにあった。

 しかしそれは『腕のようなもの』でしかなく、シュウシュウと音を立て、また腐臭をまき散らして、凄まじい勢いで腐ってゆくのだ。やがて白い骨だけがそこに残るが、恐怖をこらえて拾い上げようとすると、パラパラと粉となって崩れ去っていった。

 また左腕の傷口を見る。肘から少し上を切られていて、しかしそこはもうすっぽりと皮膚で覆われてしまっていた。

 何も入っていない胃から、酸が逆流してくる。やたらと気持ちが悪くて、口の中はカラカラで、冷や汗は止まらないし、とりあえず喉から上がってきたものを吐き出すよりできることがなかった。

 そう、俺は大きな誤ちを犯してしまったのだ。それは神を犯した罪で呪いだった。最早俺は人ではなく、死も許されず、しかし失った四肢は元に戻すことも叶わない。

しかしこの時点では、俺はそのことを知らない。この日、妹の泊まる宿まで辿りつけたようだったが、全く記憶がない。

 だが、その夜見た夢だけは、はっきりと鮮明に覚えているのだった。


「言ったであろう。覚悟はあるのかと。」

「こんなことになるなんて、聞いちゃいない! そもそもお前は誰なんだ!!」

「妾はこの世界の大地の神、ガウリアである。何も聞かなかったのは貴殿ではあるまいか。また私は何も聞かれなかった、故に説明をしなかった。つまり妾に責任などない。」

「お前が俺を魅了して、自分の都合のいいように虜んだんだろう!!」

「貴殿が勝手に妾の虜になったのではないか? 妾は貴殿の望む三つの物を与えた。煙草と、バイクという乗り物と、妾の身体。与えられるものはこれで全てであろう。またアフターサービスやクーリングオフなんて期待はされても困る。既に取り返しの付かない快楽を獲たのだからの。てゆーかー? お前ウザいからこれで終ーわり。

あーし帰るわ、あー疲れた。ま、ウチの世界ちゃんと見張っといてちょーだいな。殺されないし、死なない生き地獄の中で狂っちゃえ、アハハ!」


 次の日の朝、今である。

 俺は決心した。あいつを殺して、この世界を破壊し尽くしてやると。

 その為にはどんなことだってやってやる。死なない身体があるんだ。どんなことをしてでも奴を殺してやると。

 地の果てだって、空の果てだって追い続けて、その後バラバラに引き裂いてやる。

 俺はグレてやる。

重い話をコメディチックにやっていきたいと思います。

ついでに死なない設定は元からありましたが、今回さっさとわかりやすくしました

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