魔法使い、始めました。
「突然ですが、問題です」
唐突に、しかも拍子抜けするようなことを言われ、青年は思わず
「…は、はい?」
と答えるしかなかった。
まずシチュエーションがおかしいだろ!
と突っ込みたいところだ。椅子に縛られ、目には布を巻かれ視界を潰されている。四肢もガムテープでぐるぐる巻きに固定され、身動きはまったくといっていいほどとれない。
この状況は所謂監禁である。
唯一動かせる口で、相手にコンタクトをとってみる。
「あのぅ…この状況は一体…」
「問題です」
返ってくるのは、問題ですの一言だけだった。質問の余地などないと言うことなのだろうか。
仕方ないので、その問題とやらを聞くことにした。
「もしも、最強の力が手に入るしたら、どの力にする?」
それは問題なのか?ただの心理テストなどではなく?
質問されている意味は、深からず浅からず図りかねた。――だがこの選択が彼の――可児江弦の運命を左右するであろうことは、彼自信にもわかっていただろう。
弦の前に立つ、白ローブの男は質問を続ける。
「一、勇者みたいに世界を救えるだけの力。二、悪魔と契約し世界を転覆させるだけの力。そして最後、三、不死身の身体を手にした、自由な魔法使いの力…。さぁ選べ!」
どれも強大で、信憑性のない胡散臭いものだな。
一つ目の力は、小学校の時にRPGにガンはまりしていたときに、少し夢見た力ではある。圧倒的な力で魔物を、屠り、蹴散らし、市民の耳目を集め称賛を受ける。
実に魅力的であった。だが、夢見たのはあくまで小学生の頃だ。もうそんなものに興味はない。
二つ目の力も、まぁそこそこ興味深い。これはそうだな、中学生の頃だったか。厨二病真っ盛りの時期に、『俺は悪魔と契約して世界を支配するだけの力をてにいれた。グハハハハ』と痛いことを言い続けていたこともあった。今思えば『右手が疼く!?封印した悪魔が暴れているのか…!!』とか言って何が面白かったのだろうか。あの頃にタイムスリップできるのなら、躊躇わず跳び蹴りをお見舞いしてやりたいくらいである。痛い頃の記憶を掘り返すということもあるので是非遠慮したい。
ならば三つ目、不死身の自由な魔法使いか。
魔法使い。魔法かぁ。これもまた非現実的なやつだなぁ。
確かに日常生活で、あったらいいな程度には思うけど。空とか飛んでみたいしな。しかも不死身だろ?他の二つよりは全然楽しめそうだ。
決まりだ。答えは――
「三、不死身の身体を手にした、自由な魔法使いの力、だな」
しばしの静寂が訪れ、徐々に緊張感が増していく。
「ファイナル…アンサー?」
「ファイナルアンサーだ。」
変に間が空き、急に心拍数が上がりだした。
ドクンドクンと他の人に聞こえるほど脈打つ心臓は、なおもはやくなり続ける。ゴクンと唾をのんだ。
クイズ番組でもあるまいし、こんな間いらんだろ!
突っ込みたくなる気持ちを、必死にこらえ答えが出されるのをひたすら待った。
「選んだ答えが正解だと思ったなら、それがあなたの生き方の『正解』です!というわけで、今日からあなたは"不死身の身体を手にした自由な魔法使い"になったわけです。おめでとうございまーす!」
パチパチパチ。小さな拍手が目の前で聞こえた。問題を出していた奴が拍手をしてくれているのだろう。
何処か遠くで、名前を呼ぶ声が聞こえる…。
「可児江!!起きんかコラァ!!」
後頭部に激しい痛みを感じ、可児江弦ははっと目を冷ました。
寝起きに怒鳴り付けるとは、なんとも不躾な仕打ちだ。
伏せていた顔をあげ、辺りをキョロキョロと見回す。ここは弦のクラスの教室だ。どうやら居眠りしていたらしい。
ジンジンと痛む頭を擦りながら、授業を受ける体勢を整える。
クソッ、あの白髪教師強く叩きすぎなんだよ!体罰だろあれ。今度訴えてやろうか…。
睡眠中に書きそびれた板書を、急いでノートに写しながら、心のなかで弦は毒づいた。心地よい睡眠を妨げられたことと、頭を叩かれたことにイライラしている。
昨夜は遅くまで、ラノベを読んでいて、睡眠をあまりとっていない。そのせいで今日は一日身体にだるさが残っているのだ。
「…あーあ、時が止まればいいのになぁ…」
何気なく、深い意味などまったく考えず、ただ思い付いたことを口にした。
だが、その何気ないワンフレーズが――現実になってしまった。
現実から、音と色と光が消え世界は――動きを止めた。