表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

探偵駄話

作者: tethqr

僕の仕事は探偵だ。中年オヤジに頼まれてチャラい息子の素行調査をしたり、ババアに頼まれて情けなさそうな顔をした夫の素行調査をしたり、よくわからない建物に住む人間の素行調査をしたりする。

たまに旧友の捜索だったり、弁護士の信頼性の調査も頼まれる。


今日は世田谷区内でのメンマ嫌いな人の統計調査とかいうわけのわからん依頼をこなしたあと、とあるブクブクに太った冴えないクソジジイが社内で親しくしている女子社員が足繁く通うバーの店員に聴きこみ調査をした他、二件ほどそのジジイ関連の人間を当たって事務所に帰った。

メンマを嫌いな人間は現在のところ500人中12人と、予想通りどう評価すればいいのかわからない結果に。

そしてジジイが下衆な好意を抱いている若い女子社員には彼氏が二人いることがわかった。

そして二人共がサーファーであり、ジジイがサーファーでないことがわかった。


仕事は大抵、助手の水谷が取ってくる。水谷は街をブラブラと歩いては、勘を頼りに手当り次第に声をかけていく。20人程声をかけてみれば1人くらいは相談を持ちかけてくれるらしい。

彼女の仕草や声質や喋り方には人を癒す効果がある。そして美人なので客には男性が多い。

上述の報告を聞いた水谷は演劇のような高笑いをした。反応したのは当然ジジイの件の方。

激しい引き笑いをした後、テーブルをバンバンと叩いた。

荒い息遣いとともに発作が収まったかと思うと、笑いの波が再び彼女をその世界へ閉じ込めてしまう。


リプトンのティーパックにお湯と砂糖とミルクを入れていると、彼女はフーフーと息を漏らしながら上ずった声で一枚の依頼書を手渡した。


「そんなわけで、高校生の男の子wwwはいwwwこりゃ運命だねwwwこいつの一家悲惨だわwww」


目が細くて厚い唇は半開きで、頭の悪そうな顔の写真が貼り付けられていた。これに天パもあれば完璧だったのに。

偏差値50後半の進学校の高校二年生。帰宅部。

依頼内容は同校のいじめっ子への復讐。痛い目に遭っているところを見てスッキリしたいらしい。

いじめっ子は小学生の頃より野球をしており、スポーツ万能。足は陸上部より早く、腕は誰よりも太い。

先生のいる場では問題ないが、生徒だけの場になると暴力で我を通そうとするらしい。

しかし先生に暴行現場を目撃された事が数回あるにもかかわらず彼の手が緩まないということは、先生が彼の弱点であるわけではないそうだ。その他色々、彼女が彼から得た情報や感じた印象などがずらずらと書かれている。


こんなの空手の道場に通って自分で制裁下すなり椅子の上に画鋲置いとくなりすればいいじゃないか。下らないし面倒くさい。

何よりこんな奴と面と向かって話すなんて、どれだけ報酬を貰おうとも時間の無駄だとしか思えない。

なにより─


「なんでウチを紹介したの?」

「その子ねぇ、路地裏で友だち5人から二万ずつ受け取りながら歩いてたの。そう思ってみると、良い顔つきに見えないかしら」

「んー、いいカモフラージュかもしれないね。これだけ上手く無能顔を作れたら人を騙すのも楽そうだなぁ」

「かもしれないわ。いじめっ子から集金されたのかもしれないけど、そのお金については何も触れなかったし、私が探りを入れても何も漏らさなかった」

「気になるね」

「例えば校内で賭け事が行われていて、彼は金を搾取する側の人間。いじめっ子として紹介された彼はその賭け事を辞めさせようとする側の人間だとしたら、筋は通るわよね」

「確かに。今どきの学校事情は分からないが、10年くらい前では進学校でそんな低俗な暴力いじめなんてあまり聞かなかったなぁ。でもその考えは尚早だし、2つをいきなり繋げて考えるのは危険だ。君の思考は、前から言ってるけど、ファンタジーを望んでいる。彼が漫研などに所属していて、部室にパソコンを置きたがっているのかもしれない。もしくは別の誰かに今の件をお願いするつもりだったのかもしれない」

「まぁ、そんなつまらない考え方もあるわね」

「この顔つきを見ろよ。漫研の話がすごい妥当に見えるだろ?」

「だとしても、外で10万持って歩いてる高校生に何かを期待する私の気持ちもわかるでしょ?今時そう珍しいものでもないかもしれないけどね」

「まあ、そんな体験を与えてくれた礼として、じゃあこの件も取り組むことにしようか」

「私は彼と実際に話して、喫茶店でこの依頼書を書いてもらったんだけど…、相手を値踏みするような話し方だったわ。少し強気で、自分の意思はしっかり言うタイプ。」

「しかし決してリーダーにはなれないタイプ。副参謀あたりって感じか?」

「えぇ、まあ、そうかしらね」

「点取りゲームが上手いもんだから成績も鼻も高々な典型的秀才君か。ことさら関わるのが面倒くさいなぁ。分をわきまえない人間は。水谷君がやる気はない?こういうプライド高い人間を丸め込むの得意でしょう」

「丸め込むの?」

「それだけ金を持っているなら、適当な人間に依頼すればいいだろう。君の知り合いにそういうの快く受けてくれる人の心当たりくらいあるだろう?」

「もし本当にあなたの言うとおりなショボイ依頼だったら、そんなことに私の人脈使うの嫌よ。でも、プロレスラーにはどんな下らない仕事でも引き受けてくれるのがいるらしいわ。そちらに頼めばいい。」

「じゃあそうしよう。相手が自分の小さな頭脳を示すために場違いな提案をしてきたら、何とかしてくれ。交渉には君が当たり、僕はその右隣で、そうだな、頭の悪い本を読もう。彼のインテリ心を傷つけないために、うーん、ボボボーボ・ボーボボでも買ってこようか」

「なにそれ」

「読むに耐えない本さ」


僕はいつでも悪い方の事を考える。依頼人の性格がそんなインテリ野郎だなんて確信してはいない。悪い方に予測を立てておいたほうが後々楽なのだ。

名前がないと不便なので書いておくが、その依頼人の名前は野口と言う。



    ◆      ◆



後日、彼は四人の仲間を引き連れて事務所へやってきた。

僕達を含めた6人が席につくと、水谷は早速話を切り出した。


「暴力でギャフンと言わせればいいのでしょう?知り合いにプロレスラーがいるわ。彼に頼んで一仕事してもらう、ということでどうかしら」

「すると、費用はどれ程になるのでしょうか」


野口が答えた。ろくに相手の目も見ずぼそぼそとしゃべる。

しかし考えてものをしゃべっているような口調だ。


「プロレスラーへの報酬で5万。私たちは1万でいいわ」

「そんなお金、申し訳ありませんが持ちあわせておりません」


あっそう。


「そう…。予算はどれくらいなの?」

「三万円です」

「じゃあ、外部の者への依頼は難しいわね。で、どうするの?」

「どうって…、それを考えるのはあなた達の仕事ではないんですか?」

「なら別料金が発生するわ。どうする?三万円の予算じゃあそれは厳しいわね」


高校生たちは顔を見合わせた。野口は少し考える仕草をした後、差し出されたコーヒー見つめながら言った。


「彼にはゾッコンの彼女がいます。失恋でもさせれば私たちの気分もいくらか晴れるでしょう。」


謎の間が開いた。彼の顔は遂に真下を向いてしまった。


「で…ですね…。ええっと…」


うつむいている状態でも、彼の目が泳いでいるのがあからさまに分かる。


「…ああ、なるほど!私に仕掛け人になれっての?wwww」


含み笑いと共に彼女は応えた。体中にみなぎる好奇心を隠そうともしない。

この手の依頼は得意分野なのだ。


「OK!問題無いわ!まかせといて!」


なんだこの自信。自分がろくでなしであることに誇りを感じる使い勝手の良い人間だ。

高校生の顔色には安堵の色が見て取れる。

彼女は続けた。


「でも、私達のような立場の人間ってば、そういう評判悪くするようなことってあまりしたくないのよね。つきましては、こちらの依頼同意書の依頼内容としては"そのいじめっ子への聞き込み調査"ということでお願い。ちょっと今書いてちょうだい。ハンコもね。」


そう言ってテーブルに伏せてあった紙を渡した。


「当然費用も聞き込み調査と同じだから、まあ数回会うとしても、3万くらいでいいわ。こちらで行うのはそのいじめっ子との接触のみ。それを写真にとって彼女に送りつけるなりするのはそちらの仕事ね。まあサポートくらいならしてもいいけど。

それと、あまり長期にわたるようなら延長料金かかるから、心しておくように。これでもサービスしてんのよ?」


働くお姉さんのマシンガントークにウブな男子高生はビビりっぱなしだ。

比較的素直な子供で助かった。

それからは水谷が実際に誘惑するに当たり、そのいじめっ子や付き合っている彼女に関する色々と細かな情報を収集した。



    ◆      ◆



そのあとは順調だった。

水谷は普段の清楚っぽい装いから一転、色々と塗りたくったガチガチの白ギャルに扮し、そのいじめっ子─石井という─にラッキーハプニングと共に接近したところ、効果てきめん。

都会にそびえる下衆い建物へ入城する様を高校生たちに激写させることができた。

一方で水谷の方でも石井はいろいろな意味でお気に入りらしい。確かに彼は容姿端麗で逞しく、長身で、高級そうな服を身にまとっていた。

喋り方や仕草がどうにも汚かったが、水谷はそういうランクの低い男が大好きなのである。

それに加え、彼は金使いが豪快だった。

祖父がある会社の会長なので毎月高額のお小遣いをもらっているらしい。

どれくらい高額かというと、初夜を過ごした彼女が、見たこともないほどの笑顔を浮かべながら大きな紙袋を携えて事務所に入ってくるほど。

中身はブランドの塊。総額50万。


「あんな馬鹿みたことないわアハハハハハハハ!!!ハハハハハハハハ!!」


最近彼女が笑わない日が無い。


一週間後。

野口からメールが届いた。例の告発写真を石井の彼女に送りつけたが、6日経っても二人の関係に変化なし。

今朝彼女の下駄箱に写真の入った封筒を入れ、さらに彼女が中身を確認しているのを目撃したが、下校まで何も二人の関係に何も変化なし。仲良く昼食を食べ、手をつないで帰っていったという。

つまり、その彼女も水谷と同類ってわけだ。

金が結ぶ悲しく強固な恋人関係。

こいつは手強い。と思ってとりあえず水谷に相談してみた。


「いいねーwww。見込みあるよ、そいつwww」


なにこいつ超ニタニタしてる。超嬉しそう。普段そんな顔絶対しないくせに。


「多分私と同じタイプだ。私と同じ生き方を教えてあげるよ。そしたらそんな馬鹿にこだわる必要もなくなる。彼女の問題も、依頼も、解決だ。これでいいでしょう?」


人としては激しく間違っているが、便利なので僕は何も言わない。


次の日、水谷は件の女性を連れてきた。さらってきたそうだ。

名前は平戸と言う。

化粧バリバリのスカートアゲアゲの髪の毛染めまくりのギャル系だった。

彼女はそこで非道徳的なB級メロドラマみたいな実体験を長々と語った。

合間合間に入る「スゴイっすね」という頭の悪そうな相槌に軽くイラッとしたが、軽薄な反応とは裏腹に、水谷の語る虹色のお話に完全に引き込まれているのがその横顔から見て取れた。

そして水谷は最後にこう言った。


「さて、じゃあ君に一つ仕事を斡旋しちゃおう!私は君みたいな人間が大好きだ!

今ウチで引き受けているチョーつまらない仕事がある!"世田谷区にメンマ嫌いな奴がどれだけいるか"って依頼だ!」


女子高生の甲高い笑い声。


「メンマって何チョー受けるwww」


依頼内容を他人にばらすと言うありえない行為については、僕は何も言わない。


「今のところ500人に調査を行ったが、依頼者は2000人に対して調査を行えなんて言ってる!ありえん!バイトを雇おうかとも思ったが、『バイトなんて信用ならない』で駄目だって!ってなわけでこちらとしては調査を打ち切りたい!退屈で死んじゃう!しかし!依頼者は見た目超真面目なのでそんな提案受け入れてくれない!っていうか店のラーメンにメンマ入れる入れないでそんな依頼するなんて、融通聞かないバカ以外ありえん!」


全面同意。弁に熱が入りすぎたのか、水谷はここで水を飲みクールダウンした。


「と、いうわけで今度調査500人達成祝いに中間報告会を行うことにしましたー。しかし普通に報告しても何の意味もありません。そこで、私は考えてみました。まず9時集合と伝えます。そして依頼者がここの駅に到着した当たりで、待ち合わせ時間が6時間ほどズレると連絡します。そこであなたの出番です。6時間かけて依頼者に天国を見せてあげます。童貞能無し真面目野郎のことだから、多分余裕です。適当にイチャコラして金使わせるだけでいいです。そして6時間後、中間報告回。あぁ無情。500人中12人。こんな結果に何の意味があるのか。こんな結果に調査料20万を払う必要が果たしてあるのか。と、新しい人生の景色を見たジジイは考えます。そして調査を打ち切ってくださります。みんなハッピー。私もハッピー。どうかしら。報酬は5万」

「いいよ!」


こうしてまた新たなコマが増えた。喜ばしいことだ。

そんな業務連絡のあと、水谷の話はいよいよ本題へ。例の彼へ移った。


「ところでさー石井って子いるでしょー?あんたのクラスにさ」

「うん」

「イケメンだよねー。彼女とかいるの?」

「いるよ。私」

「え、マジで!?いいなー。金使い超良いらしいじゃん」

「うん、毎週変なの買ってくれるから、換金してんの」

「へー」

「うまいもの食えるし、こんど一緒に行こうよ。最近はゲームでパーっと使ってるの」

「うん行こう行こう。ゲーセンはあんま好きじゃないけどなー」

「ゲーセンじゃないよ。ギャンブルだよギャンブル!あたしバカだからいつも負けちゃうけど、それでも楽しいんだ。」


「カネかけてんの?学校で?」

「なんかパズル・ゲーム部ってのがあって、友だちに誘われていったんだけど、いろんなカードとかボードゲームとかコインとかあって、お金をかけてバンバン盛り上がるの!」

「部員に野口っている?馬鹿みたいに地味な奴」

「知らない。でも男の子は半分くらい地味な子だったから」

「ふうん。石井のこと、好き?」

「お金くれるから好き。でも貯金も結構貯まったしもうどうでもいっかなーなんて思ってる。水ちゃんの所にたまに来ていい?」

「いいよ。ここにいたら馬鹿も治るわよ。多分」


まず声のでかさを直してもらわないとな。


ちなみに水谷の立てた作戦は見事に撃沈し、5万円は羽を生やして飛んでいってしまった。



    ◆      ◆



2週間後、破局完了のメールが届き、依頼料受け取りのために久しぶりに野口と会うことになった。

喫茶店に入るとすでに野口はオレンジジュースを飲んでいた。申し訳ない、と小声で言いながら席に着いた。

そして言ってやった。


「ギャンブルは良くない」

「なんで知ってんですか!?」


若者が驚いた顔は本当に面白い。


「探偵だよ。僕は」


野口は、開いた口が塞がらない、といった様子だった。

平戸の話を聞いた限りじゃ、近いうちに教師にもギャンブルがバレて廃部ってオチしか無いと思うのだが、そこまで頭が回らないのだろうか。

それとも教師の目を欺く自信があるのか?そのヘボそうな脳ミソに。

でもとりあえず言っておく。


「"僕は"顧客の情報は絶対に漏らさないから、安心して頂戴」


水谷は知らん。


「あ、ありがとうございます」

「いじめって話も嘘だろ。あの平戸って子が本命か?」

「本命なんて、誤解を生むようなこと言わないでくださいよ。なんであんな奴」

「自分の部活を荒らされくないからか?」

「…そうですよ。あんな節操なく場を荒らす奴とは関わり合いたくない。」

「声もでかいしな」

「え、ええ、まぁ」

「それで資金源を絶ったわけか」

「…は、はい」

「なぜ石井と平戸を別れさせるよう依頼しなかった?」

「それじゃあまるで俺がアイツと付き合いたい低俗な男みたいじゃないですか」

「頭が良いのもプライドが高いのも勝手だが、馬鹿を過剰に拒絶すると世界が狭くなるぞ。この本はそんな君へのプレゼントだ」


ボボボーボ・ボーボボ。


「あ、これ、もってます」

「あっそう。さっきも言ったけど、このことは誰にも言わない。はい、お金頂戴」

「どうぞ」


野口は財布から三万円を抜き、僕に手渡した。


「はいありがと。それとこれは忠告なんだけど、デカイ金のやり取りをするときは周りをよく確認しておけ。万札握る高校生なんて色ボケ姉さんの格好の餌食だ。そして稼いだ金でお父さんにサーフボードを買ってやるといい。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ