俊道、帰る
『同じ心に、かやうに言ひかはし、世の中の憂き(う)きもつらきもをかしきも、かたみに言ひ語らふ人、筑前に下りて後、月のいみじう明かきに、かやうなりし夜、宮に参りて、会ひては、つゆまどろまずながめ明かいしものを、恋しく思ひつつ寝入りにけり。宮に参りあひて、うつつにありしやうにてありと見て、うちおどろきたれば、夢なりけり。月も山の端近うなりにけり。覚めざらましをと、いとどながめられて、
夢さめて寝覚の床の浮くばかり恋ひきと告げよ西へ行く月
(互いに同じ心を持ち、あのように便りを交わし合い、世間の悲しみも辛さも喜びも互いに語り合った人が筑前に下ってしまった後に、月のとても明るい日に、このような夜には宮家に参上すると、その人に会っては露ほどもまどろむ事もなく月を眺めて語り明かしたものだと、その人を恋しく思いつつ寝入ってしまった。すると宮家に参上した私がその人に会って、現実に会っているように思えるような夢を見て、あっと驚いて目覚めると、それは夢だった。月も西の山の端に沈みかける頃だった。古い歌のように『覚めざらましを(目覚めたくなかった)』と思うと、いっそう物思いに沈んで、
夢から覚めると寂しさの涙に床が浮き上がるほどに
恋しく思うと伝えておくれよ 西へと向かう月 )
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宮仕えには私と心同じくする「花紅葉の心」を持った人が幾人かいたが、やはり心通う友と言えば高陽殿の「冴えし夜」の人と、「小弁の君」。そして思い出話に出てきた「小式部の君」だった。その小式部の君は今は遠く、夫に付き従って筑前の空の下にいる。
こんな風に友情のありがたみをひしひしと感じていると、彼女の事も恋しく思えてならない。
月がとても美しく、明るく輝く夜などには、
「以前、こんな夜には高倉殿の局の近くで、小式部の君達と一緒に月を眺めたものだわ。月の情緒を語りあったり、たわいもない話をしたりして、一晩中眠りもせずに過ごしていたのに」
と思うと、彼女に会って思うさま愚痴をこぼし、励まされて、笑いあって過ごしたいと思ってしまう。いつも自信ありげに陽気に笑う彼女を見ていると、それだけで私は元気が出たものだった。時にあの笑顔が無性に恋しく思われる。
そう言えば彼女が下った筑前の大宰府に、あの源資道様が大弐として下向されている。彼女は以前、資道様が御前にいらしたときに応対をしていて、局でおしゃべりに興じていた私達に、
「何でもない時に御前に控えて、こんなときにいらっしゃれないなんて、皆様ついていないわね」
と、自慢げに言って来たのだった。今度も私達は置いてきぼり。彼女なら、
「私は資道様の近くにいるのよ。皆様またもや残念ね」
と胸を張って笑っていそうな気がする。資道様も西の地でお元気にしていらっしゃるだろうか?
そんな事を思っていたからだろうか? 私はある晩夢を見た。私は高倉殿に参上していて、美しい月を見上げていた。そこに小式部の君がやってきて、
「あら、今夜はあなたも運が良いわね。これから資道様がいらっしゃるわよ」
と言う。
「まあ、資道様が?」
「だからそんなくよくよした顔をしては駄目よ。今夜は三人で月夜のあわれについて語り合いましょう。小弁の君には内緒よ。後で羨ましがらせてあげましょう」
そう言って、私の良く知っている笑顔を見せてくれる。私はそれだけで嬉しくなってしまい、小式部の君に聞いてもらいたかった愚痴も忘れて、
「良いわね。小弁の君はさぞかし悔しがるでしょうね」
と笑ってしまう。すると車が到着した気配がする。以前は小弁の君と資道様とで月のあわれを語り合った。今度は小式部の君を交えて、あの楽しい心を分かち合えるのだわ。
私はそう思いながら月を見上げる。その月はとても明るくて……
私ははっと目を覚ました。私は自分の邸にいた。見慣れた邸の中にいつも通り子供たちが眠っている。寝る前に美しい月が見たくて、ほんの少し明けた格子から明るい光が覗いていた。
私は格子を押し上げて空を見た。もう夜明けが近い。うっすらと明るくなっていて、月が西の山の端の方に沈もうとしているところだった。
鮮烈な夢だった。本当に目の前に小式部の君がいたようであった。あまりに現実的な夢に私は軽く混乱していた。それが夢だと心が受け入れると、私は無償に寂しさを覚え、思わず涙してしまう。古今集の古い歌で、
思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを
と言う歌を思い出した。夢と分かっていれば、目を覚ましたりしなかったのに。
夢さめて寝覚の床の浮くばかり恋ひきと告げよ西へ行く月
(夢から覚めると寂しさの涙に床が浮き上がるほどに
恋しく思うと伝えておくれよ 西へと向かう月)
ああ、出来る事ならよけいな物思いなど考えずに済んだ、昔に戻りたい。
そんな事を考えながら、その春は過ぎて行った。
初夏を迎える頃、私は葵祭りの前の休みで邸に戻っていた。いつまでもこのままでいい訳がない。この休みの内に俊道と会って話をしなければと思っていると、意外にも俊道がひょっこりと帰ってきた。
「お前が邸に戻ったと聞いたので」
という俊道を私は迎え入れた。何より俊道からこうして折れて帰ってくれたのが嬉しかった。だが戻った早々に俊道は言う。
「しばらく向こうの家に入り浸るようになる。お前には悪いと思うが目を瞑っていてはくれまいか?」
「一体どういう事? これまで便り一つくれなかったのに」
自分の方から連絡しなかったことを棚に上げて、ついそう言ってしまう。しかし俊道はそんな事を気にかけてはいないようで、
「向こうの女が病なんだ。下野で身体を弱らせたが頼りにできる者を失って、娘のために私を頼って無理に旅してきたんだ。都に着いたら枕から頭も上げられぬ重体になってしまった」
「まあ……」
東国からの旅の険しさは私も知っている。しかもそんな女では同行してくれる男もいなかっただろうから、まさに命懸けの旅であっただろう。娘を連れてでは危険も多い。身を削って旅したことがうかがえる。
我が子可愛さに身を削って旅した揚句、床に臥す。私は子を産んだばかりで私との約束を果たそうと、都までの旅をした後に病で亡くなった自分の乳母を思い出した。
「今まで看病していて、お前達の事はおろそかになってしまった。決してお前を軽んじたわけでも、子供たちの事を放っておきたかったわけでもない。単純に病人から目が離せなかったんだ。どうにか一時持ち直したようなので、こうして帰る事が出来た。お前が心穏やかでいられないのは分かっているが、どうかしばらく、向こうの親子の事は目を瞑ってはくれないだろうか?」
「目を瞑るも何も、あっちは病でいるならどうしようもないわ。持ち直したと言うなら病状は良くなっているの?」
俊道は暗い表情で首を横に振った。
「意識を取り戻したが、衰弱がひどい。これから夏の暑さに耐えられれば良いが」
女の身体は夏を耐えきれなかった。秋を迎えるとその女は儚く亡くなった。身寄りのない女の弔いは俊道と娘が行うしかない。俊道はしばらく邸に戻れないと言う。
「忌籠りもあるが、忌が明けたら少し早いが娘に裳着をしてやろうと思う。そしてどなたか大人の男に嫁がせようと考えているのだ。それなら夫が親代わりにもなってくれよう」
「嫁がせる? その娘をどなたかにお預けになるの?」
「母親も亡くし、田舎育ちで婿を迎えられるような娘でもない。それが一番よかろう」
婿を迎えられない育ち。まったくの庶民として育っているのだろう。幼い子なら継子とはいえ私が躾けて育てると言う事もあろうが、裳着を迎えようと言う年頃ではそれも難しい。私が宮仕えに導くなどもっと無理であろう。そのような育ちの娘では都の邸などに勤めに出しても、苦労するのは目に見えている。都も世間も知らぬ娘が躾けもないまま勤めに出ても、人並みに扱われず、悪くすればタチの悪い男達の慰み者にもされかねない。それならいっそ、そこそこの身分の大人の男君のもとに嫁いだ方がずっといいのだろう。
しかしその娘には何の罪もないこと思ううと、実に哀れである。私は見ず知らずの死んだ女にはそれほどの憐れみは感じなかったが、その薄幸の娘には同情心を持った。裳着が近いと言うのなら、私が乳母を亡くした頃と同じくらいの年頃だ。
「私もその娘に、一度会った方がいいのかしら? 一応は継子なのだし」
励ましの言葉の一つもかけてやろうかとそう聞いたが、俊道は、
「あ……。それはしなくていい。いや、会ってもいいが、いい気分はしないんじゃないか?」
「何故? もう母親は亡くなっているのに」
「……娘は、母親によく似ているんだ。私には似ていない」
なるほど。その娘の顔を見ると言う事は、娘の母親の顔を見るようなものか。俊道が躊躇するはずだ。俊道の面影の無い娘の顔を見て、私は冷静でいられるだろうか?
「では、私が出来ることはないわね。それなら私、しばらく兄の所に行こうかしら?」
「定義殿の所に? 定義殿は今、任国に下られているんじゃなかったか?」
「ええ、和泉の国にいるわ。私があなたと別居している事が向こうにも伝わってしまって、心配して文をよこしてくれたの。悩んでいるなら気晴らしに和泉に来ないかって。文で事情を知らせようと思ったけれど込み入った話だし、誤解があっても困るわ。あなたがしばらく向こうの娘にかかりきりになるのなら、その間和泉に滞在して兄に説明しようと思って」
「そうか。そのほうがいいかもしれんな。私が娘の縁談を探せば、また世間はあることない事騒ぐかもしれんし」
俊道も私が出仕先で色々な噂に巻き込まれた事は承知していたようだ。夫の方でも色々といいように噂されていたのかもしれない。少なくとも夫は私にそう言う気配りを見せる心があるようだ。私も夫を無駄に追い詰めるつもりはなかった。
そして俊道は女の弔いと娘の縁談に心を尽くし、私は子供達と和泉へと旅立つことになった。
『夢さめて……』の歌のくだりは、一説では主人公が源資道に恋していて、大宰府へ下った彼を想って詠んだ歌という説もあります。しかしここでは歌の相手との関係を、『かやうにいひかはし』と、その前の友情の歌を踏まえた言い方をし、『かたみに言ひ語らふ人』つまり、「お互いに語り合う人」と言い表しています。恋人に対しての婉曲な表現と取れないこともありませんが、ロマンチストな主人公にしては恋の相手にこの表現は物足りない気がします。ここはやはり友情を懐かしむ心が勝った歌と考えたいところです。
俊道の娘は誰かのもとに嫁いでいます。当時は婿を取って男性が女性の邸に通う通い婚の時代ですが、平安中期も過ぎる頃には、事情によっては男性が女性を保護する目的も兼ねて、妻として自分の邸に最初から迎え入れる結婚も行われていました。この妻子は名もない母娘ですから、何らかの事情のもとで娘は誰かに嫁いで行ったのでしょう。