出産
俊道が都に戻ってくる。
そう知らせを受けて私は宮仕えを辞めてしまった。
結婚して生活が安定したことで女房勤めを辞めるのはそんなに珍しい話ではない。しかも私はすでに夫がいて若い姪たちの後見人として高倉殿に参っていたようなもの。その姪たちも宮仕えに慣れたのだから私が無理に出仕を続ける理由はなかった。宮とその乳母にも、
「夫が任地より戻りますので」
と言うと、
「では夫婦つつがなくお過ごしなさい」
と、あっさりと退出を許可された。女が親や夫に逆らうと言う事はそのまま縁を切られても仕方がない。夫が戻ってきたので出仕出来ないと言えば普通無理に引き止められることはないのだ。しかし小弁の君は納得できないようで、
「あなたはまだこれから美しい歌を残したり、心躍る物語などをお書きになれる方じゃありませんか。邸の奥に引っ込んでしまわれては、良い歌も物語も創れませんでしょうに」
と言って私を引き止めようとする。
「才あふれるあなたにそう言っていただけるのは光栄だけれど、私は俊道の傍にいたいの。私が歌や物語を創らなくても、あなた方がもっと素晴らしいものを創ってくれるわ。それに私は奥に引っ込むわけではないわ。これからも行きたい所に行くし、会いたい人に会う。歌だって詠むわ。あなたが御休みの時はあなたの家も訪ねるし」
「だったら、このままこちらに仕えていればよろしいのに。ここならどんな所よりも華やかよ。きっと良い歌や物語が創り出せるわ」
私はそっと首を横に振った。
「違うの。私が求めるのは華やかな所ではないの。美しい山、ありがたいお寺、神さびた土地、そして親しい人の邸。私が行きたい場所はそんな所なの。そして一番くつろげる俊道のいる邸なのよ。それに最近母の具合も良くなくて私も傍にいてあげたいし」
「でも、御母上には御父上がついていらっしゃるんでしょう?」
「その父も七十を超えているんですもの。母を任せっきりでは心もとないわ。俊道も父や母の面倒見てくれるというのに、私が邸を留守になんて出来ない。それに私、歌を詠まないなんて言っていない。歌はいつでも、どこでも詠めるもの」
「それではせっかくの歌を御披露する場がないじゃありませんか」
小弁の君は不思議そうな顔をする。そうだ。これこそが私とここに仕えている人達との決定的な違いなのだ。
「ねえ、資道様と時雨の夜に『あからさま過ぎない、情緒』について語ったことを覚えているでしょう?」
「あの不断経の夜ね。もちろんよ」
「私にとって歌と言うのはね、華やかな場であからさまに多くの人に御披露して褒めて頂くためのものではないの。自然に心の中から湧いたその時の思いを、親しい人と分かち合うためのものなの。あの雨の夜にはあなたや資道様と分けあった。その前は自分の親しい家族と分けあっていた。今度はそれを俊道と分けあいたいの」
そう。私は昔こういう心は「花紅葉の心」として、自分の思い描いた理想の人と分かち合うべきものだと思っていた。それこそが私が歌を詠み、物語を語る価値なのだと。そしてそれを長く夢見ていた。だがそれは違っていた。それまでだって私は継母や、姉や、お義兄様と言う理解者と分かち合っていた。そう言う理解者を失うまでそれがどれほど素晴らしい事であったのかさえ気づかずにいた。
だが今は知っている。私はここで小弁の君たちと歌や物語を競うように創り出したいのではない。あの時雨の夜のように親しみを持った心で分かち合いたい。それをするにはこの高倉殿は華やか過ぎる。何もかもが露わになり過ぎてしまう。私は俊道や、折々に触れるであろうこうした友情や、親しみを持った人たちとそれを分かち合いたい。理想の理解者ではなく、互いの心を結べる人と分かち合いたいのだ。
私にとっての「花紅葉の世界」は、こんなにも私の身近にあったのだ。
「私、邸に閉じこもったりなんかできないわ。宮仕えだけが外の世界じゃない。東国はもっと広い世界だった。他にも大きな世界がいっぱいあるわ。私は色々な所のあわれを知りたい。いろんな寺を詣でても見たい。多くの人に褒められるより、そっちの方が大切なの」
「でも、あなたはここにきっと戻るわ。人目に立ったり華やいだりすることは望まなくても、あなたにはこの世界が必要よ。私も娘も、小式部の君だって待ってる。稀に来るお客だってかまわないじゃない。歓迎するわ。落ち着いたらこの場所に戻って来て」
こんな私にこんなことを言って引き止めてくれる人がいる。認めてくれる人がいる。今の私にはそれで充分だった。私は里の邸に戻った。
間もなく俊道は都に戻ってきた。私達は無事に嬉しい再会を果たし、自分の邸で母の世話をする事にした。俊道も戻ったばかりだと言うのに早速加持祈祷の手配を進めてくれる。
母は思った以上に弱っていた。父も本当に老いてしまっている。こんな中で俊道が帰って来てくれたことはとても心強かった。このことを自分だけで受け止めるのは苦しい物があったから。
特に母の事では後悔することも多かった。若いころにもっと母を理解しておけばよかった。姉を失った悲しみをもっと聞いてあげればよかった。その頃の私には余裕がなかった。それでも母は私の心を守ろうとしてくれて……。
それに母が怖がるのでとうとうあきらめたが、もっと物詣でなどに連れていきたかった。どうかすると「花紅葉のよしなしごと」ばかりに心傾ける私だったが、それでも寺などで母の後世を祈ってあげたかった。そしてその道行きなどで母との思い出を作りたかった。弱っていく母に懸命にそれまでの思いを語って聞かせたが、その心はどこまで母に届いただろう?
俊道が戻って僅かの間にとうとう母は亡くなった。母は彼岸の向こうで姉と再会しているのだろうか? そしてどんな話をしているのだろう? 心残りな事など無ければよいのだが。
母が亡くなると父もがっくりと来てしまった。母のための忌籠りの服喪なども身体がきつそうだった。休むように言っても父は頑として受け入れず、四十九日を終えた頃にはすっかり身体を弱らせていた。私は再び看病の日々を送ったが、まるで母を追いかけるように父も亡くなってしまった。年齢からすれば十分長生きした父だが、俊道が現れるまで誰よりも私を愛してくれた人を失ったのはやはり悲しかった。
小さい頃からこれまでの思い出が数々思い浮かんでくる。初めて歌を父に詠んで聞かせた事。可愛い人形をいただいた事。東国への旅路。裳着で父に腰紐を結ってもらった事。早く都に帰りたいとわがままを言った事。父が荷をほどくと現れた薬師仏。都への旅路。太秦詣で。今生の別れかと思われた常陸への旅立ちの日……。思い出せば出すほど悲しみが募って胸にあふれて来る。ああ、やはり宮仕えを辞めていて良かった。こんなに涙にくれていては、とてもお仕えなど出来る心情ではなかっただろう。
そう思っていたら私も悲しんでばかりはいられないことになった。私は自分が身ごもっていることに気がついたのだ。
私が子を身ごもっている間に色々な話を聞いた。この年の寛徳二年、源資道様はついに参議となられた。小弁の君達が高倉殿で資道様をお見かけする機会はとても減ってしまったそうだ。身が重くなられて、あまり内裏の外に足を運ばれる事が無くなっているのだろう。
そして資道様には相模の君と言う女房との関係が噂されるようになった。噂とは言えあの気真面目な方のこと、噂になったからには決して浅からぬ仲であるのだろう。高倉殿の若い女房達は気落ちする人、逆に自分も負けじと張り切る人色々らしいが、資道様に他の女房との噂は立たなかった。
小弁の君と小式部の君は相変わらず互いに軽口を叩きあっているようだ。私の様子を見に小弁の君が邸を訪ねて来た時、
「私がね、いつも遅れ癖の抜けない小式部の君に歌を贈ったの。
なほざりの空だのめせであはれにも待つにかならず出づる月かな
(あなたの空約束はいいかげんだけれど、待っていれば必ず月は出て来てくれるわ)
ってね。そうしたら彼女なんて返したと思う?
たのめずは待たでぬる夜ぞ重ねまし誰ゆゑか見る有明の月
(約束だから毎夜待っていたのでしょう? 誰のおかげで有明の月を見られたのかしら?)
ですって! もう私悔しいやら、おかしいやらで、歯がみしたり、笑ったりしていたのよ」
などと言って高倉殿の様子を伝えてくれた。私もその話に笑ってしまう。あの胸を張って歌を掲げ私に見せた時の表情で、小式部の君は小弁の君をやり返したのだろう。その時の小弁の君の悔しがりようや、それを見て人々が笑う姿が容易に想像できた。皆相変わらず元気なようだ。
「あなたがいなくてさみしいわ。お子様が生まれたらますます宮仕えは遠のいてしまうわね。でも待っているわ。あなたも必ず有明の月のように私達に姿を見せに来てくれるわよね?」
小弁の君はそう言って高倉殿へと戻って行った。私もいつかはまた、あの華やかな場所に身を置く日が来るのだろうか? 今は目の前の出産が無事に済むかで頭がいっぱいだけど……。
私は男児を出産した。俊道の喜びようは大変なものだった。もちろん私も嬉しかった。正直年齢的に子を授かれる自信がなかったし、授かった後も無事に産める自信がなかった。その時私はすでに三十七になっていたのだ。激しいつわりの中、出産のため若くして亡くなった姉の事もあるので自分に何かがあったら二人の姪の事は俊道に任せたいと私は頼んだ。するとこっぴどく叱られ、
「そんな事になったら私は姪たちの婚儀に一切かかわらないぞ。あなたは生まれる我が子や育てた姪達が可愛くはないのか? 何事が起きることも許さない。必ず無事に子を産むように」
と、珍しく彼に命令されてしまった。それが幸いしたのか無事に安産で男の子を産む事が出来た。後から聞けば俊道は霊験があると言う大変徳の高い僧に無理やり頼んで、加持祈祷をさせたそうだ。多くの侍達に弓弦を鳴らさせる中、まるで僧を車から引きずり降ろすようだったと女房が笑っていた。生まれたら生まれたで、
「丈夫で心根の良い乳母を探さなければ」
と言って、目の色を変えて片っぱしから知人に聞いて回っていたと言う。
「勢いのある方の御邸にお願いに回る、任官運動中の時よりも必死の形相でした」
と言って、女房が目を大きく見開いて腕を振り上げる俊道の様子を真似したものだから私も新しく来た乳母も大笑いしてしまう。私は本当に母と父を失ったあの悲しみが嘘のように幸せに包まれていた。