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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

レニーの入院生活日記

魔王勇者ネタで書いてみました

作者: やまく

流血注意

前半と後半で温度差があります。

 

 

 召喚陣の光が消えると、そこには若い一人の青年が立っていた。

 軽装ながら武装しており、片手には剣。ところどころかすり傷や土埃がついていることから、どうやら元いた世界で戦っている最中だったようだ。澄んだ瞳は強い意思を秘め、手足にも力がみなぎっている。召喚対象として申し分ない存在だ。


「お待ちしておりました勇者どの」

「……勇者?」

 静かな返事。冷静だ。ますますよろしい。オレロはほくそ笑みたくなるのをこらえながら青年に歩み寄る。

「ようこそ、勇者どの。私はこの国で魔導師長をしているオレロと申します。わけあって貴方の力を貸していただきたく、この世界へお呼びいたしました」

「ここは俺のいた世界ではない、ということですか?」

 青年は突然の状況に混乱することなく事態を観察している。


「そうです。この世界はオウフェルといいます。勇者さま」

 背後の助手が口を出してくる。優秀そうな勇者に少しでも自分の印象を残そうというのだろう。

「へえ、世界に名前があるんだ。それで、俺が呼ばれた理由は?」

「魔王を退治していただきたいのです」

「ふうん、魔王ね」

 青年はふんふんと助手の説明を聞きつつ、間髪入れずすばやく質問を返している。頭の回転も良いようだ。余裕があるのか口元には笑みさえ浮かんでいる。


「千年に一度、この世界のどこかに魔石が出現するのですが、同時に魔王も現れます。それに合わせ各国が召喚術を使い勇者を呼び出すのです。そして一番最初に魔王を倒した勇者にはなんでも望みが叶う力を、勇者を呼び出した国はこの世界オウフェルを統治する力を持つことが出来るのです」

「もし魔王が生き残った場合は魔王が世界を支配するってこと?」

「ええ。魔王は大変危険な存在です。世界を支配させるわけにはいきません。それを防ぐためにも、是非わが国に勝利をもたらしてください」


 青年は腕を組み、答えに悩むかのように足元を見つめる。

「それで、この足元の図形で俺を召喚したってわけ?」

「そうです。」

「俺、元の世界でもこの図形を見たことがあるんだけど」

「なんと! それはきっと他の国が勇者を呼んだ跡でしょう。使う陣は同じですが、召喚者の能力に合わせて力のある者が召喚されるのです」

 呼ぶ相手は決められないと、オレロは説明する。重要なのは相手の実力だけであり、召喚元の事は誰も興味を持たない。世界の覇権を欲しがる国がこぞって召喚術を使うのだ。召喚元が重複することだってある。


「ですがご安心を。わが国を代表するオレロ師が精魂込めて作った召喚陣で呼ばれた貴方様の実力には叶いますまい。他国も力のある勇者を召喚していますし、きっとその者はもう存在しないでしょ」

 オレロの隣で誇らしげに語っていた助手の言葉が突然消えた。

「あのさ、質問があるんだけど」

 いつの間にか助手は地に伏しており、青年は変わらず笑っている。


「召喚陣の色に意味はあるの?」

「ど、どうされましたか勇者どの。なにか……」

 一瞬、オレロは室内に風が吹いたかと思った。右頬に違和感を感じ、手をあててみると何故か濡れており、ぬるりと指がすべる。本来なら側頭部にあるべき感触がない。床を見ると、いつも鏡で見慣れているそれが落ちていた。

「次は反対側だ。さっさと質問に答えてくれないか」

 突然の状況変化に思考が追いつかず、オレロはまだ痛みを感じない耳のあった場所を必死に押さえ、思わず叫んだ。

「馬鹿な! 召喚陣には支配催眠の効果も付随しているはずなのに!」


「支配催眠? そういえば足元が光っていたな。あれうるさかったから弾き飛ばしたけど」

 青年はあっさりと言い、剣をたずさえ近づいてくる。オレロは逃げようとしたが足がもつれ後ろに転んでしまい、胸を踏み押さえられてしまう。

「俺さ、今機嫌がめちゃくちゃに悪いんだ。ものすごく大事な子が目の前で消えたのに原因がわからないからって授業に出なくちゃいけなくって、腹いせいに実技稽古で50人目をぶっ飛ばしていたところだったんだ。ねえ、同じ召喚陣でも色が違うと、どういった意味があるんだ?」


「ひぃ、ま、魔石を使用すると色が、かわ、変わり、ます」

 オレロの身体は勝手にふるえ始めていた。間近で青年の目を見て、顔に張り付いた笑顔の裏側で吹き荒れている壮絶な嵐にようやく気がついた。

「へえ、そうなんだ。じゃあ、魔王も俺と同じ人間で、同じ世界からきた存在ってこと」

 オレロは必死に首を縦に振りながら青年を見上げ、青年は笑い、剣をオレロの顔の左側にそえる。

「まどろっこしい会話はもういい。隠している情報、洗いざらいすべてを吐け。さあ、耳の次は目玉にしようか。それとも鼻?」







 眼を開くと見知らぬ部屋に立っていた。壁や床は素朴だがしっかりとした作りの石で出来ている。

 確か私は横になっていたはずなんだが。あれ? 何か大事な目的があって横になっていたはずだが、何だったのか思い出せない。なんでだ?

「召喚できましたでしゅ!」

「やったでしゅ!」

「我々でもできたんでしゅ!」

 なんだか目の前に毛玉の塊のような生き物がたくさんいるぞ。しかも喋っている。


「なん……ごほ、ごほごほっ、うぐっ」

 なんだかやたら苦しい。くらくらする。

「わー魔王しゃまが倒れられたでしゅ!」


 召喚されて十日間寝込んでしまった。しかも最初の三日は意識がなかった。

 すこし小康状態が続くようになり、布団に包まりながらもふもふの毛玉達から説明を聞くに、どうやら私はこの毛玉達に召喚された魔王という存在らしい。


「魔王さま、無理しないで休んでいてくださいでしゅ」

「いやしかし、勇者が来たら立ち向かわなければならないんじゃないか? 早く元気にならないとこの国が危ないじゃないか?」

「未熟な我々が呼んでしまったからなのでしゅ」

「偶然見つけた魔石を使ったのがいけないんでしゅ」

 そうやって皆してかわいい姿でしょげかえられると胸が締め付けられるじゃないか。

 あ、また波が……

「せ、洗面器……」

「はいでしゅ!」


 この毛玉達はモフス族といって、顔と身体が一体になったような丸い体型をしている、淡い色合いの巻き毛に覆われた種族だ。小さい足でぴょこぴょこはずみながら移動する。もちろん手も小さいので、物を運ぶときは基本頭の上に乗せる。食べることと跳ねることとお喋りが大好きで、口の動きと一緒に耳も動く大変愛らしい生き物たちだ。その見た目からか人間の国に毛皮やペット目的としてことごとく狙われて、現在は希少種族なのだそうだ。


「わがモフス族の地位向上のために欲を出したのがよくなかったでしゅ」

「元々ちいさい国なのでしゅ。潔く散るでしゅ」

 漢気のある毛玉だな……。なんとか応援したいところだが、この身体ではなんとも……


「魔王しゃま! 勇者がきましたでしゅ!」

 なんだって! ちょっといきなり過ぎやしないか!

「え、ど、どうしようか! 戦わなくちゃいけないのか?」

 武器とかないし、魔法だか魔導だかも、寝込んでいたので使えるのかどうかすら確認していない。本当に何もないんだが。手ぶらで立ち向かうのは失礼になるだろうか?


「我々が足止めしゅるうちに、逃げるんでしゅ!」

「そんな!」

 君達をおいてはいけない! だが連携のとれたモフス族に足元からすくわれ、あっという間に別の部屋に運ばれてしまった。

 ど、どうしよう。

「魔王しゃま、落ち着くでしゅ。これでも飲むでしゅ」

 わたわたしていると、モフスの一匹が木の実をくりぬいたコップに暖かい飲み物を入れて持たせてくれる。ああ、あったかいな……ふう


「あ、いた」

 入り口にモフスの毛にまみれた見知らぬ青年が立っている。おそらくぜったい勇者だ。

「よ、よく来たな勇者よ!」

 魔王である私をじっと見ていた青年は、声をかけると足早に近づいてきた。


 ついにその時がきてしまった。これでこの国は終わり、モフス達も人間に狩りつくされてしまうのだろう。できればあっさりと、一瞬でケリをつけてほしいものだと、思わず目をつぶる。

 

 だが予想していた衝撃は何時まで経ってもやってこなかった。

 不思議に思い、そっと目を開くと、目の前に青年が立っていて、その目には涙が。

「よかった、無事で……ものすごく心配したんだよ」

「そ、そうですか。それはどうもすみません」

 見知らぬ勇者に心配されるほどに私は弱そうなんだろうか。


「身体は大丈夫? 治療台の上で突然消えて本当にびっくりしたんだから」

 あれ?

「あの、ところでどちら様でしょうか? 実は魔王になる前の記憶がないのですが、もしかして貴方と私は知り合いなのでしょうか」

 もしや顔見知りなのか?

「え? じ、冗談はやめてよね、レニー、俺だよ。ミリオンだよ」

 青年は限界まで目を見開いている。まつ毛長いな……

「み、みりおんさん? ええっと、はじめまして?」

 

「ぎゃー!」

 いつの間にか勇者の右手には暴れるモフスが一匹わしづかみされている。

「つぶれるでしゅ! 割れるでしゅ! かち割れてまうでしゅ!」

 なんだかモフスの身体のあちこちからミシミシと音が!


「ゆ、勇者さん、すみませんがその子を返してくれませんか?」

「……とけ」

「はい?」

「暗示を解け」

「頭のモフス耳バンドを外しぇば解けるでしゅうぅう!」

 モフスが叫んだ。


 頭? あ、なんか私の頭についてる! なんで今まで気付かなかったんだろう。しかもこれぴょこぴょこ動いてるぞ! 

「……あまりに自然で気付かなかった……くっ、なんてことだ。この耳を外すなんて、俺にはとてもできない!」

 勇者ミリオンはなぜか激しい苦悶のなかにいる。口の端からはなぜか血が流れ出ている。唇を噛みしめすぎて切れたらしい。

「とりあえず、私がこれを外せばいいのか?」

 バンドに耳付いているだけだから、自分ですぐ取れるぞ。

「あ、駄目! 待って! お願いだからちょっと待って!」


 結局、勇者の友人が開発したという記録装置の前で少しの間じっとして、それから外してもいいと許可が出た。


「あ、ミリオン」

 モフス耳を外した途端、目の前の青年が幼馴染のミリオンだとわかった。なんで今まで思い出せなかったんだろう。

「レニー! 会いたかった!」

 そうそう、私は治療中に召喚されたんだった。


「身体は大丈夫?」

「実はあんまり大丈夫じゃないんだ。相変わらず寝こみがちだし……」

「そう。じゃあ一刻も早く元の場所に戻って治療を続けないとね」

「そうだな」

「その前に、レニーを召喚したの、こいつら?」

 ミリオンがちらりとみると、モフス達は一斉に転がり(走る時は転がる)私の足元に集まった。ふかふかだ……


「いいんだミリオン。この子達に悪気はなかったんだ。それに私の夢がかなったから、もういいんだ」

「夢?」

「生きたもふもふをなでまくることだ」

 そしてブラッシングをするんだ。入院前もしてからも、全身ふさふさした生き物に触る機会がまったくなかったからな。夢がかなって幸せだ。

「寝る時もずっとそばにいてくれるんだ。やわらくてあったかくて、ふかふかなんだ」

「うあぁああ! なんで俺はふかふかじゃないんだ! レニー、俺に添い寝させて! 俺、全身モフ毛になるから!」

 何をいきなり言い出すんだ。せっかくの幸福を! 大丈夫だ。モフス達はいっぱいいるからミリオンが堪能できるモフ毛もあるぞ。って

「お前、居座る気なのか? ここには世界中から勇者達が私を狙って集まって来るらしいから、早く逃げるんだ」

 お前は優秀だから、元の世界に帰る方法をきっと自力で見つけ出せるだろう。だからまずは生き延びるんだぞ。


「大丈夫」

 ミリオンは微笑むと、ゆっくり私の足元にひざまずいた。

「ど、どうしたんだ? ミリオン」

「どうかご安心ください魔王さま。俺が来たからにはもう安全です」

「は?」

 ど、どういうことだ?

「お前は勇者じゃないのか?」

 混乱してきた。もしやこれは罠ではないかと思って後ずさってしまう。


「俺は勇者だよ。レニー専属のね」

 ミリオンはそう言うと私の手をとり、微笑む。

「君に仇なすものは全部消し炭にするから、安心してゆっくり休んでね」

「ちょ、ミリオン」



 その後、世界各国に召喚された勇者達はあっという間に駆逐され、魔王の勝利で終わる。ちなみに勇者ミリオンは魔王レニーに跪いた瞬間に敗北認定されている。

 魔王専属勇者はその間に魔王を看病したり守ったりモフスを睨みつけたりしながら元の世界へ戻る方法を見つけ出し、勇者と魔王は無事元の世界に帰ることができた。

 

 そしてモフス族によるオウフェルの統治が始まる。後の世に言われる前期モフス時代の始まりである。

 「目指せ一億総モフスでしゅ!」

いきおいのままに書き上げました。勢いがつきすぎてモフスがモフスでモフスになりました。

今回でてきた固有名詞はエスペラント語からとっています。

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