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希少保護生物指定女子。  作者:
Ⅱ.龍の村
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 とにかく龍の村に受け入れられることになった夏妃だが、またひと悶着あった。


 ケーキを一切れぺろりと平らげた夏妃に喜んだシルエラは、おかわりを皿にとりわけながら上機嫌だった。


「この村に住むならうちで暮らしなさいな。歓迎するよ」

「シルエラにまで懐かれた(・・・・)ね、ナツキ。この家に住めばとりあえず黒キルシェのケーキには間違いなくありつけるよ」


 ケーキを崩すだけで手を付けずにため息をつくウィルは、シルエラに笑顔で睨まれて苦笑した。


「でも、いいの? 今でさえここは大所帯なのに」

「失礼だね。ナツキを養うくらいの余裕はあるさ。それともウィル、あんたがナツキを引き取るとでも言うのかい?」


 不服そうなシルエラに、ウィルは平然と頷いた。


「うん、そのつもりだったんだけど。だめかな?」


 夏妃は驚いて顔を上げ、ウィルを見た。シルエラも目を剥いて彼を凝視する。


「……本気かい?」

「ナツキを拾ってきたのは俺で、村長に保護を依頼したのも俺だ。その責任をとるのは当然だと思うけど」

「でも、ウィル。私はもう十分良くしてもらったよ。これ以上迷惑は……」


 夏妃が口を挟むと、ウィルは首を振った。


「責任って言い方は押しつけがましかったな。俺は、ただの義務感から言ってるわけじゃないよ。ナツキと話して良い子だと思ったし、君と暮らすのも楽しそうだと思ったから、こうして申し出てる。幸い一人暮らしでスペースは余ってるしね。もちろん、決めるのは君だ」


 判断を委ねられて戸惑う。

 確かに、他の民家と変わらない大きさのこの家がすでに大所帯だというなら、夏妃がそこに加わるのは負担だろう。しかし、シルエラが心から夏妃を気に入ってくれていることも、その負担を厭わないだろうこともわかる。

 ウィルの申し出も嬉しかった。好感を持っているのは夏妃も同じだ。ただ、一方的に面倒を見てもらってばかりなのは気にかかる。


 夏妃は考え考え、彼に向かって口を開いた。


「私は、確かにこの世界では頼りない迷子だけど。それでも、何もしないで面倒だけ見てもらうっていうのは嫌なの」


 それは、この世界に立っていることを覚束なくさせる気がする。

 ウィルは応えて笑う。


「うん。じゃあ、この村でナツキができることを探そう」


 彼の言葉にほっとして頷く。シルエラが、残念そうに呟いた。


「やれやれ、振られちまったね。せっかく可愛い孫が増えると思ったのに」

「シルエラ、それでは子どもが拗ねているのと一緒だ。……だが、同感だな。私も可愛いひ孫が欲しかった」


 おどけるようにそう言うシルエラとエルヴァを見比べて、ずっと気にかかっていたことを聞くことにした。


「あの。もしかしてお二人って……」


 エルヴァが瞬いて、ああ、と笑み崩れる。


「言い忘れていたな。そう、シルエラは私の一人娘だよ」


 察してはいても、はっきりとそう聞くとやはり驚く。よく見れば、確かに彼らの笑った目元や仕草などには似通ったところがあった。


「私はね、高嶺の花の次期村長に惚れぬいた、平凡な村娘だった母親に似たのさ」


 シルエラが言い、エルヴァが懐かしむ目をした。愛しい相手を想う彼の表情はやはり魅力的で、見惚れるほど柔らかい。


「頑固で料理好きなところはシルエラと瓜二つだったな」

「はいはい、母親と違って料理の幅が狭くてすみませんね」


 軽口を交わす二人の間の空気は、慣れ親しんだ家族の間合いだった。

 見ているうちに自分の家族が思い浮かび、感傷的になる前に胸の奥に押し込める。今は考えてもどうしようもないことだ。


「ウィルに栄養管理は期待できないからね。食事の時間は家においで」


 彼に張り合うみたいにそう誘ってくれるシルエラに救われる。

 それにしても、エルヴァとその奥さんのエピソードは壮大なロマンスの気配がする話だ。いつか、詳しく訊こうと思う。

 楽しい決心を胸に刻んだところで、表情を改めたエルヴァと目が合い、背筋を伸ばした。


「では、この村で暮らすうえで大切なことを話そう。

 ナツキ、申し訳ないがここでは、龍として暮らしてほしい」


 突然、心臓に重石を乗せられた気分だった。


「……嘘をつくんですか」


 混乱のあまり、かえって声が平静になるのが不思議だった。ウィルが宥めるように言う。


「ナツキ。君は魔族でも妖族でも獣でもない。何しろ前例のない存在だ。それなら龍として扱うのが一番いい。ナツキの見かけは龍にしか見えないんだから」

「でも、私は龍じゃない」


 頑なな夏妃に、エルヴァが真摯な目を向ける。……その目はずるい。


「君を否定するような、ひどい提案なのはわかっているよ。だが、ここは身寄りもなく、どの種族にも属さずに生きていけるほど穏やかな世界じゃないんだ。私たちは、龍のルールの中でしか君を守れない」


 夏妃は反論できずに唇をかんでうつむく。エルヴァの気遣いがにじんだ声が胸に沁みた。


「何も、ずっと嘘をつき続けるわけじゃない。どちらにしろ、表向きは龍族だとして扱えても、我々には領内の異変は龍の王に報告しなければならない義務がある。その報告で嘘をつくことなどできないから、王にはナツキについて本当のことを言うしかないんだ。その後のことは、王のご判断と君の意志に依ることになる」


 それでも、突然「実は人間なのだ」と言い出せば混乱を招くことは想像がつく。はたして王がそんなことを許すだろうか。


「龍の王さまは、私を危険なものだとみなすかもしれない」


 龍は情に厚いと言うが、不審な者を安易に受け入れていては為政者失格だ。


「もちろん、その可能性も含めて、王は公正な判断をなさるだろう。だが私は、ナツキなら大丈夫だという気がするよ。それに龍の王は、「黒色」を無下にはできない」


 夏妃はつい、胡乱な目を彼に向けた。


「詳しく聞いていなかったですけど、「黒色」ってどうしてそんなに特別扱いされるんですか?」


 公平じゃないと思う、と口をとがらせると、ウィルが吹き出した。


「特別扱いされて怒るなんて、ナツキは変わってるな」

「聞こえはいいけど、それって差別でしょう?」


 冷たくウィルを睨むと、エルヴァが苦笑した。


「不快にさせていたならすまない。だが、龍の中で黒が特別なのは事実だ。あれを見てごらん」


 そう言って示された小棚の上の壁には、横長の額が飾られていた。その中には色が違う4つの龍のモチーフがある。村長の家の玄関に掛かっていたものと同じ意匠(デザイン)だった。


「龍族には緑、赤、青、黄の4種族がある。それぞれ気性や暮らす地域に違いはあるが、基本的に情が深く身内を大事にする性質だ。そう、それに子ども好きだな」

「……それは何度も聞きました」


 エルヴァは楽しげに笑って続ける。


「そして、どの種族にも属さないのが王族。龍の王は代々白龍で、王族以外に白色は生まれない。それと同じで、一族を持たないのが黒龍だ」

「珍しいんですか?」

「希少だよ。正確なところはわからないが、記録に残っているのは1頭だけだ」


 たった1頭。


「それだけ……」

「その黒龍は、ずっと昔、龍族を支配しようと侵略した魔族との戦争の英雄だった。劣勢に追いやられた龍の王の下に現れ、力を貸した。疲弊した龍族を鼓舞し、万の魔族を倒し、遂には魔族の王を退けたと言う。祝祭では定番の、子どもたちが演じる劇の有名な演目だ」


 そういう風習はどんな世界にでもあるものらしい。だが、「英雄」という言葉はなんとも作り物くさい。


「それは、本当に実在した龍なんですか?」

「史実書に残っているし、赤龍の長老が幼い頃に会ったことがあると言っていた。あれももう2000歳近い化け物じみた方だからなあ」


 呆れる風に言うが、それ以前にありえないだろう。龍の年齢は人間の5倍。ということは、人間換算でも400年近く生きているということになる。

 さすがは龍。人間の常識では測りきれない。異世界の不思議を今さら再認識した。


「だから黒龍はほとんど神聖視される希少生物だ。「黒色」自体珍しいんだ、ナツキがニンゲンだと分かったところでそんなに差はない。どちらにしろ、龍族にとって保護する意義がある存在なんだよ、君は」


 希少生物。保護。

 レッドリストに載る野生動物になった気分だ。動物扱いが嬉しいわけはないけれど、ここまで話がぶっ飛んでいると怒りも湧いてこない。


 ヒト科ニンゲン属準黒龍種、学名シーナ・ナツキ(♀)。希少保護生物に指定されてしまいました。


 冗談のつもりでそんなことを思い浮かべてみたが、頬が引きつるばかりだ。

 笑えない。なにが悲しくて、想像上の生き物のはずの龍に希少生物扱いされているのか。


「めちゃくちゃだよ……」


 力なく呟く夏妃に、ウィルが笑う。


「だから言ったじゃないか。覚悟したほうがいいって」





 いつの間にか部屋から姿を消していたシルエラが、妙齢の女性を連れて戻ってきた。淡い銀緑色の髪に少し色の濃い若葉色の瞳。誰かに似ている、と思っていると、当人が彼女のスカートの裾から顔を覗かせた。


「あ、ティリオくん」

「はじめまして、ナツキさん。息子がお世話になったようで」


 彼の頭に手を置いて、彼女はオレアと名乗った。優しそうで、それでいて芯の強さが瞳に表れている女性だった。

 夏妃は挨拶を返し、ティリオに報告する。


「約束は守ったよ。この仔、飼ってもいいって」


 クッションの上で眠る仔犬を示して言うと、彼はぱっと笑みを広げて駆け寄ってきた。

 今は寝てるから静かにね、と言うと、神妙に頷いて不器用な手つきで仔犬の背を撫でる。夏妃を見上げて、嬉しそうに言った。


「ありがとう、おねえちゃん」


 笑みを返す夏妃の隣にやってきて、オレアが眉を下げた。


「ごめんなさいね、面倒をかけたみたいで」

「いいえ。私が自分で申し出たんですから」


 オレアが微笑んで、きちんと折りたたまれた衣類を差し出した。


「私のもので悪いけれど、着替えを用意したわ。お湯も用意したから、良ければどうぞ」

「ありがとうございます」


 正直、部屋着でいることにかなり抵抗を感じていたので本当に助かる。彼らの気遣いに感謝だ。お言葉に甘えることにして、風呂場まで案内してもらう。


 説明によると、風呂は薪で火を焚き沸かすタイプらしい。しかし、ひとりになるともの珍しさへの好奇心よりも心細さが勝って、オレアが渡してくれた衣類をぎゅっと抱いた。元の世界との唯一のよすがである教科書も一緒に抱えている。


「これは現実で、夢じゃない。私は異世界で、できることを探して生きていく」


 確認するように口に出して呟いてみる。納得のいかない思いは残るけれど、前よりはずっとましな気分だった。

 夏妃は意志に刻むように、小さな飾り窓から見える夏の空を仰いだ。



   ◆◆◆



「さて、どうなるだろうね」

「さあ。しばらく様子を見ないことには何ともなりませんよ」

「とにかく、彼女から目を離すな。それがお互いのためだ」

「それはもちろん。上手くやりますよ。できれば、こんな真似はしたくないんですけれどね」


 雲が一時、太陽の光を遮る。明度を落とした鈍い光を受けて、焦げ茶の瞳が硬質な色を帯びた。


「すべては、彼女次第です」


 再び日射しが現れ、静かな応接室に二人分の影が戻っても、それ以上の会話はなかった。


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