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希少保護生物指定女子。  作者:
Ⅵ.龍宮に嵐来たりて
26/41

 深い色のドレスを纏い、窓辺で微笑む女性。彼女の色彩はオレンジ色の光に紛れてよくわからない。それでも、洗練された顔立ちはユウとよく似ていた。聞くまでもないことだと知りながら、それでも言わずにはいられない。


「貴女が、王妃様ですか?」

「ええ、その通り。(わたくし)の名はエグランティーナ。とても希少なお嬢さん、貴女に会えて光栄よ」


 曇りのない、喜色を浮かべたまなざしが、この場にはひどく不釣り合いな気がする。とっさに言葉を返せずにいると、ユウが一歩踏み出して王妃を見つめた。


「母上、説明を。何故、こんな真似を?」


 王妃は微笑み、無邪気な少女のように小首を傾げて見せた。


「何故? そんなの、決まっているじゃない。私は龍の王の妻ですもの。私が考えているのはいつだって、この国と貴方のことよ」

「……馬鹿げてる」


 顔を歪めて吐き捨てるユウに、王妃は気を悪くした風もなく続けて言った。


「どれだけ馬鹿げていようと構わないわ。大事な国と、貴方と。それさえ正しい方向へ導けるなら、何も惜しむものはないの。それは陛下も同じよ」


 ユウの冷めた瞳が細められた。


「やはり、父上と共謀していたのですか」

「提案して、計画したのは私よ? でも、そうね。許可を与えて私が動きやすいよう状況を整えたのは陛下なのだから、共犯と言って間違いないのでしょうね」


 苛立ち、傷ついた表情をしているユウと、朗らかといっていい微笑を浮かべた王妃。向き合う二人は、同じ内容の会話をしているとは思えないくらいに対照的だった。


 けれど、王妃の言葉を聞いていれば、この状況を理解することは簡単だった。たとえ、その目的がさっぱりつかめなくても。


「全部、自作自演だったの……?」


 口に出すと間抜けだが、到底笑えない。

 王妃がいなくなり、宝が盗まれ、血相を変えた長たちの様子を知っている。あらん限りの時間を使って奔走し、憔悴しきったエルヴァの顔を知っている。あれは、“遊び”なんて言葉で片付けられるものではないはずだ。


「どうしてですか」


 思わず、強い口調になった。困惑した視線を受け止めた王妃は、笑みをそのままに頷いた。


「では、勝者のふたりに今回の経緯を説明しましょうか。これはね、私たちにとってまたとない好機だったの」


 そう言って、膝の上の本を横の小さなテーブルに置いた。


「最初のきっかけは、陛下の執務室に置かれた手紙よ。執務室に出入りできる者のことを秘密裏に探ったけれど、手がかりはまったくなし。差出人はわからなかった」

「あの手紙は、本物の脅迫状だったのか」


 ユウが呟くと、王妃は首を振った。


「宰相に渡したものは、私と陛下が文面を考えた偽物なの。本物は、これ」


 彼女はテーブルの上から白い封筒を拾い上げてみせた。


「『龍の王に警告する。我々の意に応じよ。さもなくば、龍の宝を害する』。こちらにはそう書いてあるわ」


 我々の意に応じよ。

 その意味はつかめないけれど、これが脅迫状であることは間違いない。悪意が本物だと知らされて思わずすくむ夏妃たちに、王妃はにこりと微笑んだ。


「差出人の正体も意図もわからないけれど、相手が龍の宝――つまり、龍玉を狙っていることは明白よね。もちろん、宝は決して奪われるわけにはいかない。守って、隠さなければ。そう思った時に、これを利用できないかしらって思ったのよ」

「利用?」


 脅迫状を受け取っておきながら、平然とそんなことを言う王妃の考えがわからない。ユウも同じようで、硬い表情のまま王妃を睨むように見ている。

 王妃は穏やかに彼を見つめながら続けた。


「ユウェル。私たちは、貴方の意思を尊重したいと思っているわ。でも、貴方以外の者が王になるべきではないとも思ってる。白龍の血を継いでいることはもちろん、資質でも王にふさわしいのは貴方だもの」

「だから、こんなやり方で王の座を継がせようとしたと?」


 押し殺したユウの声には、怒りがこもっていた。


「今回の貴女たちの独断で、城中の者たちが混乱した。招集した長たちにも負担をかけた。彼らのことも、脅迫状まで利用して、貴女たちは平然とそういうことができるんだ。私は、そういう風にはなりたくない。王になんてなれない」


 ユウは顔を歪め、俯く。何も言えず見守っていると、王妃は満足そうに頷いた。


「貴方のそういうところが美徳なのよ。驕らず、自分を過信せず、限界を知っている。国を背負うことを恐れない王なんてろくなものじゃないわ。そんな王は玉座につくべきじゃない。その点では、貴方は正しい王にふさわしい気構えを持っているの」


 確信を持って語る彼女の言葉にはよどみがない。利己的な気持ちではなく、国を治める者として、そして母として言っているのだということは感じ取れた。


 それでも、夏妃は彼女の言葉を認められなかった。何より、追い詰められたような表情で黙り込んだユウを、見ていられない。

 考える前に、体が動いていた。


「待ってください」


 ユウを庇うように王妃の前に進み出て、彼女と対峙した。まっすぐに向けられた強い視線に一瞬たじろいだけれど、もう後には引けない。両手を握りしめ、訴える。


「私は部外者ですけど、ごめんなさい、言わせてください。


 王妃様たちが国やユウのことを考えて今回のことを起こしたことはわかりました。でも、ちょっと勝手すぎるんじゃないですか? 周りやユウ本人の意見も聞かずに次の王様を決めてしまうなんて、横暴です」

 黙って聞いていた王妃は、怒り出すでもなく、静かな視線のまま首を傾げた。


「そうね、私たちは多くの者たちの心を無視しているわ。でもね、お嬢さん。統治のために少数の者を切り捨てなくてはならない状況は、とても多いの。その覚悟を陛下も私も決めているだけ。どれだけの者を苦しめても、未来の安定のためには正しくふさわしい王が必要。そうでしょう?」

「……王に覚悟が必要なら、ユウにも必要でしょう。彼に覚悟ができるまで待つことはできないんですか」

「覚悟ならできるわ。今の状況なら、せざるを得ないもの」


 光る瞳に、気圧される。彼女は夏妃の背後のユウをとらえて、続けた。


「城中の者を、長たちを混乱させて、このまま間違いでしたと終えるわけにはいかないわ。今の状況を万事うまく収めるには、どうすればいいか。貴方にならわかるでしょう? ユウェル」


 笑顔で、そう言った。

 目を見開く夏妃の耳に、ユウが息を呑む音が届いた。瞬間、爆発するように怒りが湧いた。


「脅して、王にするんですか。彼を」

「一番手っ取り早い方法がそれだと言っているだけよ?」

「同じことです」


 内心に反して声が冷めるのを自覚しながら、王妃を見つめた。


「私は政治のことなんてわからないし、大きな覚悟が必要だって王妃様が仰るなら、そうなんでしょう。でも、幸せじゃない王様が治める国に住む人が、幸せになれるとは思いません」


 王様が幸せになるために、民が犠牲になるようなことはもちろんあってはならない。でも、その逆だって同じくらいの悲劇なのだと思う。


 はじめて、王妃の視線がほんの少し揺らいだ気がした。笑みを苦笑に変えて、嘆息する。


「……思っていたよりは、賢いみたいね。なかなか痛いところをつくわ」


 だいぶ失礼な台詞だが、今はそんなことにいちいち気をまわしていられない。とにかく、と目に力を込めた。


「私は王子の友人ですから、彼の意志が無視されるようなことは認めません。今回の宝探しの勝者に何らかの権限があるというのなら、陛下にだって抗議しますから」


 完全に勢い任せの宣言だったけれど、本気だった。これで不敬罪になろうと、龍族の保護を取り消されようと、今回のやり方に納得なんてできない。

 夏妃が言い切って肩で息をした、そのとき。


「勇ましいことですね。ご友人のためにそこまで体を張られるとは。まあ、向こう見ずは否めませんけれど」


 突然背後から、ユウとは違う声が割り込んできた。一拍遅れて振り向くと、ユウが先程入ってきたドアのほうを振り返っていた。肩の線が硬く、緊張していることが窺える。

 そして、目を向けたドアの前には、見覚えのある姿があった。


「お目にかかれて光栄です、龍の王妃様。随分と探しましたよ」


 そう言って、お仕着せのスカートをつまんで一礼して見せたのは。


「ウィオラさん?」


 この城で、夏妃の身の回りの世話をしてくれている彼女だった。


 けれど、その雰囲気が違う。笑っているけれど表情は冷たく、彼女の方からぴりぴりとした空気を感じる。それに、いつも控えめな態度だった彼女にしては饒舌だ。

 王妃の嘆息が聞こえた。


「あら、まだお話しの途中なのに無粋なこと。やっぱり賊は賊だということかしら」


 賊?

 王妃の言うことが理解できない。それなのに、ウィオラはあっさりとそれを認めてしまう。


「申し訳ありませんね。この通り教養のない賊ですので、多少の無礼は大目に見ていただきたいですわ」


 微笑む彼女が一歩踏み出すと、彼女の影が付き従うように動く。


「何者だ」


 ユウが鋭く誰何すると、ウィオラが彼に目を留めて笑みを深めた。


「何って、王妃様が仰る通りの賊ですよ。ああ、王子殿下には御礼を申し上げなければなりませんね。ここまで案内してくださって助かりましたよ。なにしろ城が馬鹿に広くて複雑なので、困り果てていたんです」

「案内? ……まさか」


 ユウと一緒に夏妃も青ざめた。では、隠し通路でユウが感じたという気配は、彼女だったのか。

 王妃様のところに、自分たちが本物の敵を招き入れてしまっていただなんて。

 続いて、夏妃に視線を向けたウィオラの顔には、見慣れた柔らかな表情の欠片もなかった。


「貴女もです、ナツキ様。貴女を見張っていれば、いずれ殿下と一緒に動くだろうと思っていました」

「知って……」

「ええ。初日から随分親しくされていましたね。予想通り、殿下には王妃様からの接触もありましたし、貴女の働きは期待以上でしたよ」


 城に着いた日、ユウと出会ったところから、ずっと見張られていたのか。敵だったウィオラにも、気づきもせず無防備に行動していた自分にも、腹が立つ。

 ウィオラは、椅子に腰かけたまま静かに見守るばかりの王妃に視線を転じた。笑んだ口元に反して、瞳がますます冷ややかな色を帯びる。


「しかし、残念ですね。龍の王に我々との対話の意志はない様子。こちらが手荒な手段に出ることもやむなしと、そういうことでしょうか?」

「勝手なことを。脅迫しておいて、対話も何もない」


 ユウが低く吐き捨て、ウィオラを睨む。

 夏妃はじりじりと後ずさり、王妃を背にして立った。


「私を庇うの?」


 不思議そうな問いに、小さく返す。


「確かに、私は王妃様のやり方には怒ってますけど。だからって敵に差し出すほど、心が狭いとは思ってほしくないです」

「そう。嬉しいわ」


 こんな時だというのに、彼女は呑気そのものだ。対するウィオラは、眉を寄せて苛立ちを表す。


「悠長ですね。状況を理解していらっしゃいますか?」


 唇を歪め、短く何かを言った。聞きなれない響きのそれは意味もつかめず、耳にも残らない。

 しかし、それに答えるように彼女の影がうごめき、いくつにも分かれて天井にまで達した。漆黒のその影は実体を持って、ゆらゆらとこちらを見下ろしている。


 予想もしていなかった事態に、夏妃は恐怖より驚きの方が勝って、ぽかんと口を開けて影を見上げた。

 これは、もしかしなくても魔法というやつだろうか? さすがは異世界、やっぱりそういうのもアリなのか。

 かえって感心してしまっていると、ユウに慌てた声で呼ばれた。


「ナツキ!」


 我に返ると同時に、複数の影が伸びあがってこちらに迫ってきた。とっさに動けずにいると、背後から腕を引かれてたたらを踏む。近くで王妃の声がした。


「下がっていなさい。彼女の間合いに入るわ」

「は……?」


 戸惑う夏妃の視界の端で、カーテンが翻る。続いて、目の前に迫っていた影が霧散した。

 伸びた影が途中から断ち切られたように平らになっていて、その先が消えてなくなっている。……なんで?


「やれやれ、やっと敵の登場か。正直言って、待ちくたびれたよ」


 ハスキーで凛とした、女性の声。聞き覚えなどないはずなのに、なぜか耳になじんだ響きである気がしたのは何故だろう。


 翻ったカーテンが元に戻ると、そこには先ほどまではいなかったはずの、背の高い女性の後ろ姿があった。癖のある髪は肩口までの長さで、ランプの光を浴びてなお赤い。ちらりとこちらを振り向いた瞳は、琥珀色に光って見えた。


「では、賊退治といこうか」


 表情を険しくしたウィオラに向き直り、不敵に告げる彼女の背中は頼もしい。


 うわあ……。魔法に続いて、リアル騎士様にまでお目にかかれるとは。


 状況を忘れて、けっこう本気で彼女にときめいてしまったのは、たぶん仕方のないことだ。一応、乙女ですから。


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