~某月某日、とある一室の会話~
「黒龍の女の子?」
「そう。現れたらしいですよ」
ぱらぱらと、紙をめくる音に重なるように会話が交わされる。はじめの声が、それはそれは、と興味深そうに呟いた。
「本当なら面白いことだね。唯一無二の英雄の色の再来か。しかし、そんな報告は上がってきていなかったけどな」
「何とも不可解ですが、出生地も素性も不明のようですね。【九頭龍】に数えられるシルウァ島の長が保護しているそうですから、剣呑な存在ではなさそうですが」
「へえ、彼がねえ。ますます面白いな」
「そこで、私から提案があるのですが」
「うん、何かな?」
顔を上げた声の主に向かって、笑みをとともに提案を口にする。
「これは例の計画を起こす好機ではないですか? シルウァ島の長は、秋の定例会にこの娘を伴って城へ参内するはずです。彼女の存在は、知れれば良くも悪くも注目を浴びる。ことを起こすのは早いほうがいいでしょう」
黙って聞いていた声の主は、紙をめくる手をぴたりと止めた。
「……なるほど。それはそうかもしれないね」
ひどく嬉しそうに頷くと、手を組み顎に当てて提案者を見た。
「いいだろう、実行を許可する。詳しいことは君に任せてもいいかな?」
「ええ、任せてください。またとない機会とこれ以上ない役者が揃うのです。手抜かりなどいたしませんよ」
「ああ。頼むよ」
提案者が部屋を出ていくと、残った声の主は椅子を立ち、天井まである大きな窓の前に立って微笑んだ。
「楽しみだな。どんな娘なんだろうねえ」
晴れた空の下、とある一室で始まった物語を知る者は、まだいない。