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手紙

「具合はどうだい?」

 レックス・アームストロングは衛士の自室で優雅にコーヒーを飲みながら、眼を覚ました彼にそう声をかけていた。

 失われた左手の人差し指は義指の骨組み装備されていて、指先はしっかりと動く。良く見れば、表皮のシリコンカバーが株されていないだけである。さらに左耳は頭ごと包帯で固定されていた。

 衛士は自分の身体をそれぞれ点検するように全身をくまなく、頭の中で理解してから、身体を起こす。大きく息を吐くと、喉の渇きを覚えた。

「……おかしいな。転送したところまで記憶があるのに」

 なぜだか、自分が眠るまでの記憶がない。

 どこまで回帰してもあの光に自分が飲まれるまでの意識しか存在せずに、それ以降が見当たらない。ついに何らかの影響で記憶障害を引き起こしてしまったのかと不安に思うと、レックスがそれに補足した。

「キミはあの後、すぐにエミリアに寄りかかるようにして気絶したからね。聞く話によると、右目の限界が過ぎたせいらしいけど」

 寝癖で逆立つ髪をそのままに、衛士は気だるげに再び寝転がった。

 右目は常に閉じているクセのせいで気づかなかったが、眼帯はモスクワに捨てたままだったことを思い出した。つまり今、能力を発動させて眼を開けば、眼帯という障害が無いせいで発現してしまう。

 別にどうということではないのだが、割合に長い付き合いになっていたアレを失うのは少しばかり物悲しい気がした。新しい何かを買おうにも面倒だ。医療用の眼帯でも、適当に仕入れようか。

「お前はなんでここに居るんだよ」

「衣食住を提供してくれるって言われて、案内されてここに来ただけだよ」

「……それで、アンタは機関に手を貸すのか? 正直な所、あまり関わらないほうがいい」

「あはは、キミが勧誘しにきたんだろう?」

「ありゃ仕事だからな。建前と本音は真逆だ」

「ま、戦ってる姿みれば大体わかったけどね」

 戦う目的は、己の復讐のため。

 そのために機関を利用しているに過ぎないというのは、わざわざ彼が激白するまでもなく明らかな姿だった。

 ――にしても、と衛士は嘆息した。

 自分が強くなったと思っていた。

 限界など知るかと思っていながらも、無意識の制御のせいか、透視能力を使おうという発想すらなかった。アレさえあれば、時間をそう使わずに敵を殲滅できたはずなのに。

 自分の力というものに自信が持てない。

 勝てると言い聞かせるだけで、自分が自分の力でそうできていると思い込めない。

 敵を殺せるのは単なる幸運で、自分が生きているのはそういう運命さだめだから。衛士は、思い返せばこの機関というものに来てからずっとそうだったような気がした。

 次の任務が無いなら、またハーガイムに鍛えてもらおう。今度は妙な心配をされないように、適度に、技術面をくまなく。

「はあ……レックス、アンタは結局強いのか?」

「何を突然……どうだろうね。神様にでも生かされてるだけじゃないか? まあ、土壇場に強いって良く言われるけど」

「くそ、天才タイプか」

「そういえばエミリアがこれまでの医療費を口座から差っ引いとくって言ってたけど大丈夫なのかい?」

 流れるように話を転換するレックスだが、そんな不意な話題に衛士は反応する。

 そういえばここ最近カネに手をつけていなかったから、入院費やら何やらが一体どうなっているかわからなかったが、今まで機関が払っていてくれたのかとようやく理解する。と同時に、その料金がどれほどのものなのかと気になった。

「いくらぐらい?」

「そうだな……ざっと二○○万くらいって言ってたけど」

「うわー、すごいボッタクリ」

 最大で一千万を予想していたお陰で傷は浅い。

 一ヶ月ほどの入院に、義指だ。さすがに安いとは思わないし、普通とも思えないが妥当なところだろう。

「……今日は何か言われてたか?」

「ああ、仕事とか? 特に何も。何かあるときは人が来るらしいよ。あ、そういえば暇だったから洗い矢とかガンオイルとか、色々借りてボクのとキミの火器類をメンテしておいたよ。ロッカー無いから、壁に立てかけといたけど」

「マジか、ありがとう。分解は?」

「いや、さすがにそこまではしてない。自分のはやったけど、狙撃銃って繊細だし。組み立てた人によって変わるからね」

「ホントに助かる。そう思うと色々と申し訳なくなってくるな。勝手に巻き込んで……」

 そうだ。

 勝手に巻き込んで、人生が大きく変わる。

 自分がそうだった。だからせめて、そういったことだけはしないようにと思っていたのに――。

 衛士は身体を転がして、壁を向いた。

 テーブルに付属する椅子に腰掛て足を組むレックスに背を向ける形になったが、彼は特に気にした様子もなく、カップを口に運んだ。

「そういう事はあまり深く気にしないほうがいいよ」

「ああ、そうだな……」

 ミシェルもそうだった。

 今の自分と同じような気持ちを、ずっと消えることも忘れることもなく抱いていたのだろうか。

 そう思えば、なかなかに辛かっただろうと思う。

 だから、あの時の自分の行動は正しかったのかもしれない。今も、目覚めて自暴自棄になっていた時も接してくれたのを思えば、確かにそうだと思える。それに加えて彼女がやさしいこともあるのだろう。

 良い人ばかりに恵まれた――それと同時に、何か、大切な事を忘れているような気がした。

 なんだろうか。

 疑問に思い、記憶の海に潜り込む。

 そうしようとした刹那に、来訪を伝える玄関チャイムが音を響かせた。


「……ホロウ・ナガレが、オレに?」

「ああ。そしてまた一つ、不穏な空気があってな」

 エミリアは、レックスが差し出したコーヒーを含み、飲み下す。衛士は寝台に座り、椅子に腰掛けるエミリアに視線を投げながら、渡された手紙の封筒を一瞥した。

 ホロウ・ナガレは協会の創設者だ。そして特異点と呼ばれる、唯一成長性を持つ特異能力を持つ存在であり、数年ほど前に機関を脱した男である。

 協会の目的は機関の妨害であり、最終的には機関を壊滅することだ。

 そしてホロウ・ナガレがそうする理由は、未だ判明していない。

 そもそも彼の出自も不明であり、機関にはいる前は一体どこで何をしていたのか――それすら分からない。

 適正者として勧誘された男だが、既にその時点で特異能力を有していたのではないかという可能性すらあるが、それは飽くまで可能性に過ぎない。そしてまた、だからどうというわけでもなかった。

「ドイツに協会の姿を見たとの事で様子見に行った際に接触し、この手紙を渡されたわけだが……セツナが居たらしい」

「セツナ……って、あの石膏仮面の?」

「やはり知っていたか。『我の名前を出せば分かる』と言っていたが……そいつから言伝だ。『お前の判断が全てを決する』らしい。随分と、私の知らないところでお前の存在は大きくなっていたようだ」

「……なんつーか、オレが何したって話だよ」

「さあな。その能力ちからが欲しいんじゃないのか?」

「迷惑な話です。殺しあった仲だっていうのに……」

 セツナという男。

 彼が協会に深い恨みを抱くきっかけとなった作戦に参加していたが――なぜだかその時、命を守ってくれたことがあった。だから心を許しているというわけではないのだが、殺すべき人間の中には入っていない。

 なんらかの形で、協会や機関とは全く関係のない場所で生きていて欲しいと思うだけだ。

 衛士は内心にそう漏らしながら封を開ける。

 中から引き出す便箋は一枚であり、封筒の中にはそれだけが入っていたようだった。

「本当に手紙だな……」

 レックスが関心があるように手紙を見つめる。

 機関のある程度の情報を受け取った彼にとって、機関にとってもイレギュラーであるこの接触は非常に興味深いものだろう。この内容によって、また自分がどこに行くべきかを決めることになるかもしれない。

 もっとも、既に気持ちは固まっているから、相当のことがなければ気持ちは揺るがないのだが。

「えーと、なになに……?」

 広げると、その味気ない便箋には小さな文字が列の最後まで書きこまれていた。それに少しばかりげんなりして紙を近づけ、凝視する。それから衛士の表情が強張っていくのを見て、彼らは内容を推して量った。

「あー、ひでぇ話だなこりゃあ……どうなってんだ?」

 誰にともなく独りごちる。

 これがまずはじめにエミリアの手に渡ったのならば、恐らく彼女の配慮から中身は確認されては居ないのだろう。もっとも、こんなものが衛士以外の眼に入れば、確実に彼のもとに届くことはなくなる程の内容だった。

 一通り目を通し、理解する。

 衛士はそうしてから深く嘆息して、便箋を封筒に戻す。

「口外出来る内容か?」

 エミリアは問う。

 衛士は少し考えてから、眉間にシワを寄せ、困ったような表情かおで頷いた。

「簡単に言えばそうだな、まず一つが――」

「ちょ、ちょっと待って」

「ん、どうしました?」

「一つって、紙一枚にいくつ内容が書いてあった?」

「二、三程度ですかね。……あ。良い報告と悪い報告、どっちから聞きたいですか?」

「そういうの良いから」

 彼女は意気込むように、コーヒーを飲み下す。それから胸の奥から息を吐いて、衛士へと向き直る。

 レックスは頬杖を付いてまさに他人ごとだが、視線は彼へと向いていた。

 じゃあいいか? と衛士が問えば、二人はそろって首肯する。

「まず一つ、『ドイツの機関が協会の手に堕ちた』。きっかけは、オレが特異点を勝手に殺したからだそうだ。おかしな話だよな、向こうから依頼があったとか聞いたのに」

「……それは、オモシロイと思って言ってるのだとしたら一度思い切り殴り飛ばすぞ?」

「そう言いたいのは山々ですが、分かってますよね? 話を聴いてください」

「うそ、だろう?」

「少なくともこの手紙に書いてあることが全て真実なら、本当なんでしょうね」

 顔の前に封筒を持ち上げてアピールする。

 彼女は、にわかには信じられないという面持ちで、されど驚きを隠せずに目を見開く。焦点は合わずに足元へ、そして窓の向こう、天井とを行き来する。

 確かに信じられない内容だと思う。そしてこういった動揺や疑いを持たせることが、彼らの作戦なのかもしれない。だが、だとすれば何故わざわざ衛士にそれを渡せと命じたのかという疑問が残る。

「『時間操作という技術を持っていて、なぜ未来から人が来ないのか、と疑問に持ったことはないのか?』と書かれている」

「どういう意味だ」

「なぜ、ナガレが機関を去って、機関を潰そうと画策しているのか。そして僅か二、三年で、なぜこれほどまで手際よく付焼刃スケアクロウという存在が生まれたのか……オレは知りたくはありませんけどね」

「……っ!」

 衛士は続ける。

 これが最後に綴られている内容だ。

「”お前は誰かを守りたかったんじゃなかったのか?” というのがオレに対する言葉です」

「キミは、その意味がわかったのかい?」

「ああ、身にしみるくらいな。オレは今から一週間後、ドイツへ飛びます。不安だからハーガイムさんとスコールにもついてきてもらいます」

 そして今日から一週間の間は、ハーガイムにみっちりと鍛えてもらうことにしよう。

 場合によっては、狙撃技術を鍛えてくれたヤコブもつれていくことにもなりそうだ。

「ドイツへ行ってどうするつもりだ」

「オレは連中に合わなければなりません。今まで戦った協会よりも、まだまともな連中に」

「罠だろう?」

「だとしても。行かなければ何も始まらない。実際にドイツがどうなっているか確認する必要があるだろうし――心配なら、今回みたいに転送で助けに来てくれるんでしょう?」

 引きつったような笑みを見せると、釈然としないようにエミリアが首を振る。

「血迷っている! そんな手紙を……」

 信じるのか? 口にしようとして、思わず止まった。

 信じるも何も、ようやくして伝えられたその内容には信じるも何も、ドイツの機関のくだり以外に何かを伝えようと意図しているものはない。

 そしてまた、エミリア自身が思わず反応してしまったこともあって、強く出ることが出来なかった。

「協会が動いているんです。誘っているんでしょうが、少なくともこの手紙が来たということは、そういうことです。均衡状態だったのに、協会が動いた……これは機関が対応すべき機会だ」

 何かが――決定的なまでに変異する。

 そういった予感がする。

 とてつもなく悪い予感だ。直感に過ぎず、信ぴょう性や何やら以前の問題だが、こんな所で留まっている理由はない。

 衛士は立ち上がって、手紙をテーブルに置く。それと共に、壁に立てかけられた狙撃銃を肩に担ぎ、足元の机から部屋のカギを取り出した。

「オレは訓練所に篭ります。ハーガイムさんの都合があえば、彼と」

 それから、と、カギをレックスの前に落とす。しかし彼は、衛士から視線を外さなかった。

「部屋は好きにしていい。戸締りはくれぐれも気をつけてな」

「おい、エイジ! 任務の命令はまだ無いし、あったとしても貴様が選ばれるとは限らないぞ!」

「そうなった場合は、ここがどうなるかわかりませんけどね」

「……そうか。ナガレはこの位置を知っているのか……」

「ええ、それじゃあ」

「おい、待て……!」

 手を伸ばして腕をつかもうとするエミリアを避け、制止もきかずに衛士は足早に部屋から出ていってしまう。

 二人はその姿を為す術もなく見送ることしか出来ず――ややあって、エミリアは手紙に手を伸ばした。

 そしてその内容を拝見して、絶句する。

 この内容をよく掻い摘んで説明できたと感心できる言葉が並ぶ。それを見て、また協会が動いているとがどうしようもなく確信できて……。

 ポケットの中で、通信端末が着信を告げるように電子音を鳴らした。

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