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任務:障害を排除せよ ②

 時衛士は僅か齢十七にして、傭兵さながらの修羅場をくぐり抜けてきた。

 そういった物珍しさや、人当たりの良さ、そして認められる確かな実力から多くの人間が彼に寄ってくる。

 だがそれと同じくらいに、敵も多い。

 それは、例えば今のように。

「軍まで動いてるみたいだけど、どうなの? もしかしてテロリストと間違えられてる?」

 後ろからはサイレンを鳴らすパトカーが三台ほど連なってついてきている。さらに交差点から合流した二台、パトカーの尻に食いつき、さらに正面から新たに二台やってきた。頭上からは警察のヘリコプターが飛び、住民の避難がなされた通りは閑散としていた。

「軍なんて知らん。警察ばっかだろ」

 そうして彼らは今、レックスが見事なテクニックで放置されていた大型バイクを上手く活用してくれたお陰で、なんとか追いつかれずに済んでいる。

 全身に突き刺さる寒波を物ともせず、彼らは数十分にも及ぶカーチェイスの結果、いよいよ建造物の少ない一帯へと出てきた。

 レックスは前を向いてハンドルを握り、背中合わせに座り込む衛士は、そこでようやく狙撃銃を構えてみせた。

「なあレックス、もういいんだろ?」

「そうだね。やるならここいらが良い」

「たく、手がかじかんで反応が鈍いぜ……」

 体感温度が既にゼロに近いせいで、指先の感覚は失われている。

 衛士は手のひらでコッキングレバーを何とか固定すると、肩で銃を固定し、手首に押し当てるように力一杯引いて弾丸を装填した。これでは引き金を弾けるか少しばかり不安だ、と思いながらも、照準器を覗き込めばそんな意識の一切が消え失せた。

「キミ、言っておくが――」

 発砲。

 慣れた衝撃が木の銃床ストックを介して肩を打撃する。同時に銃口から散った火花が、その硝煙が熱をもって顔に掛かる。にわかな暖かさに、衛士は思わず大きく息を吐いた。

 7.62mmの弾丸はいつものように飛来する。パトカーの前輪に触れると、間もなく分厚いゴムを貫いてホイールに突き刺さった。パトカーは走行中に地面に火花で軌跡を描きながらホイールからゴムを引き剥がし、そして破裂音と共にハンドルの自由が利かなくなる。

 スリップ。

 仲間のパトカーを巻き込み、盛大な衝突音を響かせて追手の警察は、頭上のヘリコプターのみとなる。

 背後のミニバンは、器用にその隙間を通り抜けてやってきた。

「何か言ったか?」

「いや、なんでもない」

 レックスは肩をすくめるように笑って、勢い良くハンドルをひねった。

 エンジンが唸り声を上げ、マフラーからの排気が増幅する。振動が尻を叩き続け、加速した。

 雪が溶けていない道路を走り、舞台は郊外へと移行する。

 バイクが徐々に速度を落として――やがて停止したのは、それから間もなくの事だった。

「まあ、避けられないことだったと思うよ」

 彼は力なく言った。

 そして衛士自身もそうだと思っていた。

 バイクの先には装甲車が一台。背後からは協会のものと思われるワゴン車が四台。

 こればかりは、さすがに八方ふさがりだと言わざるを得なかった。

 この状況から逃げ出す案は無いし、生き残る可能性すら低いことを悟っている。

「どうした? 突然無口になって……ビビったのかい?」

「……っ」

 口ごもる衛士に、レックスは軽く笑った。

 バッグパックに無造作に突っ込んだM16を抜いて構える。さらにそのバッグから無造作に、長方形の手榴弾を取り出した。

「見るからに向こうの方が強そうだけど、寝返らないのか?」

「……キミは何を言ってるんだ?」

 声は、呆れ返ったような彼の心境を孕んでいた。

「さっきのは見学コース。これは体験コースだろう? まさか、こんな”イイところ”で帰れなんて言うわけじゃあ無いよね?」

「能力者が複数人に、装甲車相手だぞ?」

「……キミはボクを無礼なめてるのか? 次そんなふざけた事を口にすると……ははっ」

 妙なまでにノリノリでそう告げた後、装甲車のドアが開く。

 その刹那に、レックスは握っていた閃光手榴弾を作動させ、力一杯装甲車の方へと投擲してみせた。

 衛士の頭を強引に突き伏せて、そのままバイクの陰に隠れること数秒。装甲車の中、そしてワゴン内が少しだけ慌ただしく感じられて――波紋のように広がる衝撃波と共に、爆発的な閃光が周囲を包み込んだ。

「キミはさんざ粋がっててたのに今になってコレって、ギャグか何かかい?」

 空気が重くなったのか。

 あるいはあまりの衝撃に鼓膜が麻痺してしまったのか。

 ともかく、レックスの余裕綽々な台詞はこもったように鈍く聞こえて、まぶたを透過して瞳に突き刺さった閃光のおかげで世界は白と黒とを反転させていた。

 有能かつ有名な傭兵は、幼子の手を引くように立ち上がらせる。

「幸運なのはキミが居ることだ。後ろを向いて、キミは後ろだけに集中してくれ」

 言いながら彼は装甲車から飛び出て、開いたドアに隠れる陰へと射撃する。

 衛士も、言われるがままに麻痺する視覚、聴覚をそのままに伏せて、構え、照準し――発砲。

 身体に染み付いた感覚やクセなどが手助けし、弾丸はフロントガラスに突き刺さり、貫くこと無く停止した。ガラスは白く染まるように粉々に砕けていたが、飛び散ることはなく、一応ガラスという形状を維持している。

 ――胃が痛くなる。

 どうやっても、どう行動しても”死”しか見えない。

 コッキングレバーを引く力が、引き金を弾く意思が薄れていく。

 装甲車の向こう側から異質の駆動音を、振動を感じながら彼は大きく息を吐いた。

 ミニバンからは、ようやく総数十四名となる覆面の男達を吐き出した。構えるのは、このロシアの地を意識したのだろうAK-107だ。銃身バレルの下には砲筒グレネードランチャーが装備されている。

 彼らは見事に狙撃を意識して車の陰に隠れたまま、二人組の様子を伺っていた。

 装甲車も同様だ。レックスの射撃は威嚇程度の効果しか発揮していない。

 これで弾切れにでもなってしまえば……。

「く……くそっ……!」

 そうだ。

 助けを呼ぶしか無い。

 どうあっても死ぬわけには行かないのだ。この状況なら、すぐにでも誰かを送ってくれるはずだ。

 衛士が、敵を照準しながらコートのポケットから通信端末を取り出す。凍えた指先で操作し、焦りを抑えてダイヤルを回した。

 少しばかりの無音が続き――。

 発砲音。

 壁となるドアの脇から突き出された銃口から放たれた弾丸は、衛士の左耳、そして左手の人差指と共に通信端末を吹き飛ばした。

 ぞわり、と背筋が粟立つ。

 心臓に冷血が送り込まれるように、息が詰まった。

 それからややあって、指先に、そして左の失われた耳たぶがチリチリと焼けるように熱く、常に刃物で斬りつけられているかのような激痛を覚えた。

 悲鳴を押し殺す。

 呼吸が不安定になって、衛士はそれでも手を入れ替え、引き金を中指で操作した。

 発砲。

 弾丸はドアに穴を開ける。それだけだ。敵も殺せない。役目も果たせず、己の命を守れない。

 ――ミシェルが異変に気づいたとして、仲間を送り込んでくれたとして。

 果たして、それまで生きていられるだろうか。

 ここで五分を巻き戻したとしても既に手遅れだ。

 駄目だ。

 また、死ぬのか。

 オレは――。

「なあキミ、何勝手に絶望しているのかわからないが、まだ生きていたいというつもりならさっさと働いてくれないか?」

 レックス・アームストロングは力強く意思を持つようにそう告げる。

 彼は前を見据えたまま、背後の状況など音から察するしかしていないはずなのにもかかわらずそう言った。

 敵を威嚇したまま、さらに応援の装甲車を見ながら、衛士を激励する。

「思考を停止ころすな。キミは多分、未来を視るだとか、感じるだとかしているんだろう。そしてそれがキミを手助けしてくれているのだろう?」

 敵の襲来を察知している所からそう考えたのだろう。妥当な判断だ、と衛士は思う。それがどうした、とさえ思った。

「だといのにキミは諦めた。未来を知る事ができるのに、結果を変えられるのにもかかわらず、過程だけみて諦めてしまった。愚かだよキミは」

 もっとも、まだ子供なキミには仕方のないことなのだろうが。

 レックスはそういって、大きくため息を付いた。

 射撃をやめ、バックパックから弾倉を取り出す。すると装甲車から飛び出した三人程が一斉に衛士ら目掛けて射撃を開始して――衛士が今にも消え入りそうな声で指示する。レックスは言われた通りの位置に、そして跪いた姿勢で待機すると、弾丸は全身に掠るが直撃することは決して無かった。

 出来るじゃないか。

 満面の笑みで、威嚇を再開しながらレックスは口にした。

「どんなに余裕でも、どんなに絶望的でも思考だけは常にフルスロットル、走り続けろ。考えないことは生きることを放棄するのに等しいから」

 口角を吊り上げ、その気持ちの悪い励ましの言葉に全身の毛という毛を逆立たせながら、獰猛とも言える笑みを衛士は浮かべた。

 第二関節から先が無い人差し指を眺めながら、そこから滴った鮮血が雪の大地に紅い斑点を作るのを視界に収めながら。耳から流れた血が首を沿ってインナーを血まみれにする、具合の悪い着心地の悪さを覚えながら、衛士は大きく息を吐いた。

 右手で眼帯を外す――否、その強引な所作は引き剥がすに相応しい。

 限界など知るか。

 言葉にはならず、されど口はそう言った。

「オレの後頭部を撃て」

 続けてレックスに命令する。

 右手に握るソレを投げ捨てる頃には既に、右目には凶猛な蒼い鬼火が、眼窩から溢れんばかりに滾っていた。

 狙撃銃どうぐを抱えて立ち上がる。もとより右利きだ。彼は左肩に当てていた銃床ストックを右肩に当て、引き金を右手に任せる。

 その刹那だった。

 不意に、窓からその陰をのぞかせていた男の姿が消える――刹那、消えると認識するよりも早く、男の気配は背後に迫った。

 撃発。

 戸惑い、躊躇いすらないレックスの発砲は、見事に瞬間移動してきた男の後頭部を撃ちぬいた。

 頭蓋骨に穴を開け、流血と共に脳髄を垂れ流して男は倒れる。

 感慨もなく、風景の一つとして彼らはその姿を見送りながら。

 衛士は続けた。

「相手が動くまで待て。相手が自分から有利な陣形を崩してからがオレたちの仕事だ」

 ――果たして。

 そう告げてからの均衡状態は、そう長く続かなかった。

 痺れを切らしたのは、あっけらかんとしていた軍人、ではなく。

 己らの能力者なかまの死をにわかに受け入れられなかった、その上で能力者という”絶対上位”的存在である自分たちがそう容易く死ねるはずがない、負けるはずがないという一種の信仰じみた思想に駆られた付焼刃スケアクロウだった。

 それこそが、付焼刃などと呼ばれる所以なのだとも知らずに。

「くらえ、豪雪ナダレッ!」

 親日なのか、あるいはただのマンガファンなのか。

 男は格好良く叫び、ドアから飛び出て腕を前に突き出した。

 それとほぼ同時に、衛士が引き金を弾く。弾丸が飛来し、簡単に男の胸に血華が散った。

 足元の踏みつけられて固められた雪がにわかに増量した所で動きが止まり、男は吐血し、崩れていく。

 動揺してドアから飛び出て、その男を介抱、あるいは救助しに飛び出てきた妙に華奢な覆面姿の側頭部を、迷わず撃ちぬく。

 数台分の列を成すミニバンの後ろの方から、甲高い悲鳴が聞こえた。

「軍の方は殺すなよ。そっちはある意味被害者なんだから」

「わかってるって。そっちは手伝おうか?」

「いらねえ」

 そっけなく告げて、声の高い、明らかに女性であろう姿が半狂乱に銃を乱射して現れたのを見る。何の阻害も無く、車を穴だらけにして、また衛士らの足元に弾丸を突き刺しながら走ってくる。哀れだと思う、痛々しい姿に衛士は、その姿がもう少しだけ近づくのを待った。

 発砲。

 良い感じに協会連中全員に頭を撃ち抜かれた姿が見えるように、額を撃ちぬいた。

 彼女は痛みを覚える間もなく逝ったのだろう。不意に声は消え、どさりと背中から倒れこんだ。

 ――上空からの視界は、未だ敵を監視している。僅かな所作すら見逃さず、それ故に片手での装填作業に余裕が持てる。

 衛士はくたびれたように、細々く息を吐いた。

「あと八人」

「いい加減、今日は撤退してもらうように頼んでみれば?」

「冗談。んな弱みでも見せてみりゃソッコーで蜂の巣だ」

 そんな折に、先頭の陰が砲筒を衛士らに向けるようにドアの隙間から突き出していた。

 アホだ。

 すごいバカだ。

 衛士は思わずそれを一笑してから、狙い、撃つ。

 さすがの衛士でもその砲筒の中に弾丸を打ち込むことは出来なかったが、その腹に銃弾を叩き込み、銃自体を破損させる。銃身もひしゃげて半壊し、使い物にならなくなる。ついでに男の悲鳴も耳に届いた。

 そして自暴自棄に飛び出てきて、その身体から電撃が迸る瞬間、同時に胸を撃ちぬかれて鮮血を吹き出した。糸の切れた操り人形のように膝から崩れ、顔面を雪の中に埋める。

 後七人。

 能力は便利だ。

 それこそ相手に有利に立てる。

 だが、飽くまで有利に立てるだけであり、相手より強くなったわけではない。

 だからこそ、彼らのように能力ありきの戦い方ばかりに徹していれば、こうして相手を追い詰めたつもりが追い詰められたことになった場合に対処できない。

 衛士らも、彼らから見れば今こそ僅かな隙も無く、逆にほんの少しでも隙を見せれば殺してくるような強敵だ。だが本当のところは違う。攻め方、能力の活用方法さえ変えればいとも簡単に形勢逆転することが出来る。

 彼らはただ、それを考える余裕を与えず、さらに何をしても殺してやれるぞという余裕を見せているだけだ。衛士が学んだのは、己自身が弱音を見せた時に畳み掛けられそうになったからである。

 かっこいい戦術も戦略も持ち合わせない。堅実でもない。

 それでも、これが現状で考えられる最善の状況打破の戦術であり、賭けでもあった。

 ――戦いに勝つにはまず考え、相手を崩すこと。

 あるいは最初期の勢いを以て掛かることだ。猛禽が急降下して獲物の骨を打ち砕く刹那、つまり敵に掛かるその刹那に、それまでに蓄積した全てを放出する。

 もっとも、一番良いのは戦わないことだ。

 その上で勝利する。

 戦闘とは作戦があって初めて起こりえる事象であり、それを防ぐには作戦の意図を挫けさせばいい。

 もっとも、何らかの暗殺や殺害が目的であった場合は、覚悟をしなければならないのだが。

 開かれたドアの上から二本の腕が突き出た。

 衛士はその間を撃ちぬくと、怯えた声が聞こえてきた。

「ま、まってくれ!」

 ドアの陰から、恐る恐るといった風に出てくる男は、覆面を脱ぎ捨てて、やがて姿を表した。

「こ、降参だ。これ以上、もう殺さないでくれ」

「随分と都合の良い台詞だな。分が悪くなったら手を上げて、動物よろしく服従の意を示せばいいのか? なら、仮にさっきオレがそうしていればお前らは手を出さずに生かしてくれたのか?」

「あ、ああもちろ――」

 引き金に掛ける指に力を入れる。

「口先だけの言葉はよせよ。問答無用で殺すぞ」

「……生かさなかった」

「命令か?」

「そ、そこの男だ。そいつが、俺たちの仲間を殺したから……」

「私怨か。それだけで随分と動いたな」

 まあいい、と衛士は引き金を弾く。

 弾丸は、力強くミニバンのドアを叩いて穴を開けた。

「一人だけ死ぬかもしれねえ所に出して交渉させて、他の連中は安全な所で返事を聞くだけか?」

 衛士は狙撃銃を捨てて、コートの中から拳銃を抜く。

 男は少しだけ安堵したように、口元を緩めた。

 ――そしてぞろぞろと、衛士の言葉に応ずるように姿が現れる。

 自主的に手を頭の後ろに回して、その男の横に並んだ。七人は既に武装を解いてそれぞれ覆面を捨てる。男女入り混じるその中で共通しているのは、誰もが怯え、表情を引き攣らせているということだった。

「おい、死にたくないなら一つだけ、素直に答えろよ?」

 レックスは意識を衛士に向けながら、依然として戦闘に参加してこない装甲車を威嚇する。が、既に射撃はやめており、銃をつきつけるだけの形だった。

 付焼刃は喉を鳴らす。

 衛士は少し開けてから、言葉を紡いだ。

「今から約四ヶ月前……八月に日本で、ある少年に百人ほどで襲いかかった、そういう作戦に参加したやつ。黙って手を上げろ。五秒以内に、素直にだ」

 五、四……数えると、意図がわからないのか、それぞれが目だけで互いに相談する。

 そうして間もなくゼロになる、その直前に二人の手が上がった。

 黒く長い髪を後ろで一つにまとめる女と、その隣に立つ短髪の男だ。それぞれ迷彩服にタクティカルベストを着こむ姿で、緊張の面持ちで衛士を見ていた。

「おい、キミ。分かっているだろうが、彼らは降伏している。決して次回は無いとは言い切れないし、恐らく彼らも今回さえ生き残れば懲りずにこういった場に参加する。だが、今はどうしようもなく無防備なんだぞ? その上でキミがしようとしていることはとんでもなくゲスでクズだ。分かっているのか?」

「……オレの、唯一の人生の目標なんですよ。復讐する。それが今の、オレの生きる希望でもあります」

「虚しいだけだぞ。生産性がない」

「いいんスよ、終われば、オレの物語の幕を落とすだけだ」

「ともかくだ。今引き金を引けば、キミの中で唯一保っていたであろう何かが崩壊する。理解できているのか?」

 ――炊きつけたのはレックスだ。

 それを重々承知しているし、お陰で今生き残れている。だが、まるでタガでも外れたように衛士は今行き過ぎている。単なる殺戮を楽しんでいない事だけが救いだが、心の中の闇ならば、ただの殺戮衝動に駆られるよりもはるかに深い”復讐”というソレだ。

 泥沼に、どっぷりと首元まで使っている。だというのに彼は笑っていた。

 この少年は、この若さにして戦える。こんな所で潰れるべきではないし、戦場でなくとも生きていける。素質がある。だからこそレックスは、本来ならば放って置く惨事を咎めていた。

 時衛士が今仇を殺して、その途端に何かが変わるわけではない。

 ただ、その殺害や殺意が日常化するだけであり、さらに彼の言葉が誠になる。本当に、全てが終われば最後に殺すのは己になってしまう。その可能性が極めて高まる。

 彼には救いがない。希望がない。だがそれは無いのではなく、彼が求めず作らないだけだ。

 だから、今だけはこれを止めなければならない。

 その刹那だった。

 ――不意に、衛士と付焼刃の間の虚空に光球が生まれたかと思うと、不意にその光が膨張した。

 まるで閃光手榴弾が展開していく様をスローモーションにしていくようであり、それと同時に、妙な気配が増えたのをレックスは感じていた。

 網膜を焼き尽くすような輝きが失せる。

 それぞれの戸惑いの最中に、ソレは現れていた。

「……これは、どういう状況だ?」

 褐色肌の娘は、その空気を肌に感じて同様に戸惑って、思わずそう訊ねずには居られなかった。

 長い白髪で左顔面を覆うようにして、身体に張り付く全身タイツのような装備――『耐時たいじスーツ』と呼ばれる、身体能力強化、その他諸々の特殊効果を備えるソレを着こみ、またその上にタクティカルベストを着込んだ格好で、腰に手をやる。

 黙りこくって喋らない衛士に肩をすくめて、今度はレックスへと視線をやる。

 彼は頷き、かいつまんで説明してやった。

「まあ、協会が降参してきたわけですが、彼が復讐のために”例の時”に居た二人を殺そうとしたんです。ちなみにこちらの前の連中は軍です。頭上のヘリは警察ですが、どちらにも死人は出してませんし、足止め以外でこちらからは手を出していません」

「……エイジらしいといえば、エイジらしいな。まあいい、この場の決定権は私に委ねてもらうぞ」

「ご自由に」

「エイジもいいな?」

「…………、いいえ」

 視線を流し、困ったように口をへの字に固めてから、衛士は短く答え、首を振る。

 エミリアは一歩踏み込み、そのまま構わず、胸ぐらを掴み上げた。

 衛士は驚いたように目を見開いてから、そのまま両腕を垂らし、抵抗を諦める。

 言葉は彼の目の前から突き刺さった。

現在いまの貴様の目的はなんだ? 言ってみろッ!!」

「れ、レックス・アームストロングとの協力体制を結ぶ事……です」

「貴様は今何をしようとしていた?」

「……オレの、あの作戦に参加していた奴を、殺そうと」

「貴様はそのクセに”私怨”がどうのこうのとご高説をのたまっていたのか? 随分偉くなったな貴様はァッ!?」

 ――全てを聞いていたのだろう。

 あるいは、来る前のこの状況の全てをミシェルから聞いてきたのか。

 どうであれ、エミリアはこれまでを知っていても尚わざとらしく彼らにこの状況を訊いていたのだ。

 そして丁度いいタイミングで現れた。

 随分とまあ、手の込んだ連中だ。

 レックス・アームストロングの機関に対する評価は、微妙な位置へと登り始める。

 エミリアは衛士を突き飛ばして振り返ると、そのまま一人ひとりを睨みつけ、眉間にシワを寄せたままで吐き捨てた。

「顔を覚えた。足元の肉塊ゴミと同じになりたくなかったら、二度と私の前に現れるな」

 次いで、ポケットから通信端末を取り出すと、何の警戒もなく耳に押し当てた。

「転送を頼む」

 短く指示し、端末をしまう。

 振り返ると、今度は呆然としつつも自分の荷物をまとめる衛士を他所に、今度はレックスへと照準を合わせた。

「貴様の身柄を一時保護する。乱暴にするつもりもないし、強要するつもりもない。敵を作りたくはないからな。衣食住を提供しよう。その後の判断は、貴様の自由だ。それでいいな?」

「文句のつけようがないですな」

 肩をすくめて返事をする。

 エミリアは仏頂面のままうなずいて――。

 閃光が瞬いた。

 そしてソレが収まり、三人の姿が消え失せた頃。

 戦闘は終了し、傷だらけの付焼刃と、半ば被害者である巻き込まれた軍だけが、互いに標的を失って虚しくその場に残っていた。

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