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任務:傭兵『レックス・アームストロング』と交渉せよ

 十二月十二日。

 時衛士はロシアの首都モスクワに転送とばされた。

 任務の為である。その内容は、例の傭兵と接触し、交渉して引き入れる、あるいは協力体制を構築つくること。

 黒いハイネックの上に白のトレンチコートを着こむ彼は、さらにギターケースを背負っている。中には簡単に分解されたM700と呼ばれる狙撃銃と、無数の弾薬。コートに内装されるホルスターには9mm拳銃だ。

 装備はそれだけで、彼は着の身着のままここに来ている。ひとまず長居をするつもりはないから日本円にして十万円ほどを持ってきたが、ソレ以外の荷物は装備だけである。

「寒ぃな……」

 今日は協会の殲滅任務ではない。それゆえに少しばかり気怠さがあったが、今ではそれも気にならない。

 途方もなく幅広い道。そこは常に濡れて、濃いグレーに染まる。それ以外の地面には雪がつもり、往来はみな頬や鼻頭を赤くして居る者ばかりだが、本格的な防寒具ばかりを身につけていることに驚くと同時に、やはりな、と納得した。

 毛皮のコートに、耳までを覆う帽子を被る面々。いくら昼日中とはいえ、いくら日が出ているとはいえ、東京十二月の早朝より遙かに寒い。やはり慣れなのか、と衛士は思う。

「しかしまあ、平和だな」

 ロシアは治安が悪いと思っていた。少なくとも下手に行動すれば日本より物騒な場所ではあるかもしれないが、それでも早々人柄の悪そうな男達に絡まれることはなさそうだった。

 歩いていると、彼は自然的に『赤の広場』に来ていた。

 途方もなく広大な広場だ。円形に広がるのではなく北西から南東に長く広がる。大聖堂や塔などが遠目に見える世界遺産の一つ。仕事ついでに観光も、と考えていたが、やはりこういった景色は良いものだ。

 衛士は頷きながらも、いい加減寒さに堪えてきた。頭が冷えて耳が痛い。ブーツのお陰で足はまだ平気だが、このまま外に居たらまるで雪山に遭難した気分になってしまう。

 そもそも、傭兵のような人間がこんな広場ところに居るのだろうか。

 観光か、地元住民か。割合に広場には多くの人間が居るが、その中には青い都市迷彩を着る警備兵なのか、軍人なのかよく分からない連中が散っていた。

 下手に関わるとまた面倒そうだ。

 彼はそう考えて、足早にそこを後にする。


 衛士は手のひらサイズの通信端末、携帯電話のようなそれを捜査し、回線を繋げる。

 通信衛星を介して行われる地下空間ジオフロントに繋がるが、都内で友人に電話をする程に快適な通話を楽しめる。これも全て機関の技術力の賜物だ。

「こちら時衛士、今、大丈夫か?」

『いつでも大丈夫です。後方支援バックアップは任せてください』

 ミシェルはあれから、専属のオペレーターになっていた。

 元々前線には出ず、機関にこもって通信援助やら何やらが主な業務内容だった彼女である。衛士の専属になったことで、下手に休みをとることも出来ずに疲弊が募る。あまり負担をさせずに速やかに帰還するのが、今回の目的でもあった。

「例の目標が何処に潜んでいるかわかるか?」

『いえ……中肉中背で黒髪、赤眼で、それ以外で特に目立った外見的特徴はありません。ただ、モスクワに居るという事は間違いないようです。エイジさんなら、あるいは向こうがエイジさんの雰囲気を感じて近づいてくるかもしれません』

「類友ってやつか。しかし共通点なんてカケラも無いだろうに、期待薄だな」

『傭兵といっても、現在ロシアでの仕事はあまりありません。東のほうから来たところを見るに、恐らく北欧あるいは東欧の移動中かもしれません』

「なるほど。ならここで宿をとっているかもしれないって訳か」

 外で待ち伏せていたほうがいいだろうが、それは自殺行為だ。寒さに慣れていないのに、何の対策も無しに夜を明かしでもしてみれば、翌朝には冷たくなっていることうけ合いである。

 しかし――この広大な街で、特別目立った様子もない格好の男一人を探すなんて、無謀だと改めて思った。

「まあ、虱潰しでもしてみる。じゃあ、またな」

『はいっ! が、がんばってくださいね』

「おう」

 通信が切れる。

 衛士は端末をポケットに入れると、近場の外套を背にして立って、あたりを見渡した。

 地元民が楽しげに話しながら歩いていたり、あるいは犬を散歩している婦人や男性なども居る。スキットルを口に運びウィスキーを煽る中年男性は、日常風景のように紛れ込んでいる。が、それは確かに紛れも無く日常風景なのだろう。確かにこう寒くては、体温を上げなければ寒くて仕方が無いものだ。

 白く染まる息を吐き捨てながら、少しだけ呆然とする。

 手がかりの無い探し人がこれほどまで面倒だとは思わなかった。

「おうあんちゃん」

 そんな折に声をかけてきた男が居た。

 声の方に首を回すと、隣に立つのは頭が白くなり始める年齢の老人だった。コートを着て襟を立てる、どこにでも居そうな男である。

「ギター弾けるのか?」

「あ、いや。これ預かり物なんで、手をつけられなくて」

「模範的な回答だな。下手に弦が切れてるだの弾けないだのと答えていれば、そのケースの中身を見せろだの貸してみろだの言われる可能性が生まれるからな」

「……ちょっと、何言ってるかわかんないっすね」

 飽くまで老人の目を見て首を傾げて、最近の若者らしく彼を嘲笑するように言ってみる。

「はっ」

 が、彼はそれを一笑。

 突き詰めるように大きな一歩で歩み寄った。

「まだ若く見えるが、キミは軍人だろう? 潜入し単独行動で何かをしでかしにきた日本人だ。日本人に限ってこういう事は無いと思っていたがね」

「いや、軍人じゃないですよ。まだ十七ですし。日本は自衛隊しかないですし」

「聞いたことがある。軍とは何が違うんだ?」

「単純に防衛を目的とした組織ってだけです」

「そういうものか。ならキミがその自衛隊員であったとするならば説明がつかないな。だが銃を持ち歩いているキミは何者だ?」

「ら、ライセンスを申請していますので」

「ヤケになるな。何もキミを警察に突き出そうとか、そういう訳じゃない。ただ純粋に、ボクに危害を加える敵かな、と思っただけさ」

 口調は、まるでバラバラのトランプを整えていくように丁寧になっていく。老人の背筋は、徐々にすっと伸びてやがて目線が同じ高さになった。

「何か探しものかい?」

 最終的に、声は穏やかに、若者のソレになる。

 変装しているのだと衛士はそこで気がついた。

 顔にはシリコンマスクを、恐らく白髪が混じる髪はウィッグかスプレーだろう。なかなか手の込んだ格好だ。探偵か何かなのだろうか。

「ええ、ちょっと人を。あんたは地元の人?」

「いや、ボクはちょっと観光にね。ホテルをとって、今日はそろそろ帰ろうかと。思いの外寒くてね」

「ですよね。いや、日本人に堪えますよ。コート着てもすげぇ寒いんですから」

「ボクはアメリカだからね。十分共感できるよ」

 身を抱くように彼は身震いしてみせる。

 衛士はそれに軽く笑ってやると、彼は手を伸ばしてきた。

「キミは良い人そうだ。街に居る間でも仲良くしてくれると嬉しい。後二、三日くらいしか居ないしね」

 手を返し、握る。軽い握手を交わしながら衛士は言葉を返した。

「ああ、そっちさえ良ければ。でも、世界一周旅行中か何かスか?」

「ま、似たようなものかな……と、もう気づいてると思うけど、この顔マスクなんだよね」

 言いながら、男は上向いて顎の皮膚を指でこすり始めた。すると皮膚らしきモノがべろりとめくれ、彼はそこに指を強引に潜りこませるように摘む。引っ張り上げて掴むと、そのままシリコンを顔面から引き剥がしていく。

 毛髪は果たしてウィッグだった。

 シリコンマスクと一緒になる髪の下には、闇のように黒いソレがあらわになる。灰色の瞳の下には、燃えるような紅い瞳があった。

 まだ若い男の顔、その頬には擦り傷のような薄い傷痕があるだけの、優男風味の甘いマスクだが、嫌味にならない、好感の持てる顔だった。

 衛士の息がにわかに詰まる。

 その刹那に、男はコートを翻したと思うと即座に内ポケットからナイフを抜いた。

 深く踏み込み、折り曲げた人差し指を喉仏に押し付けるようにして刃を首に突きつける。

 男の眼光は、先ほどの穏やかなものとは一転していた。

「どうした、ボクの顔に何か見覚えがあるのかい?」

 ――レックス・アームストロングは、衛士のほんの僅かな動揺を見逃さなかった。

 それは恐らく、あまりに小さすぎるものの、疑念、疑惑として最初から存在していたものなのだろう。だからソレを確信に変えるためにわざわざ接触したのだ。そしてなかなか化けの皮を剥がさない衛士に、最終手段として顔を見せた。

 反射的にコートの下に腕を忍ばせたが間に合わない。死ぬ前に拳銃で仕留められるかもしれないが、首を切り裂かれた時点で死が決定する。

 選択肢は全てが潰えていた。

 もういい、そもそも探す手間が省けただけだ。隠す必要は一切ない。ここで心証を悪くする意味はないのだ。

「レックス・アームストロング、オレはあんたを探していた……!」

「キミは何者だ。まず名乗れ。ボクをどこまで知っているんだ?」

「あ、ああ……オレは時衛士。世界抑圧機関から来た。あんたは大変有能な傭兵だということくらいしか知らん」

「世界抑圧……? なにか、マンガか何かに出てきそうだ。冗談か、と言いたいところだがな。ボクに襲いかかってきた”妙な連中”が口にしていたのに覚えがある。機関がどうのこうのって言っていた」

 何やら納得したようにレックスは唸るが、それでも首に食い込ませる力は緩めない。完全なる身の安全や、心の底から納得がいくような説明がなければ彼は離れてくれないだろう。

「ああ、その機関だ。機関は世界掌握を企てていて、あんたを襲ったその”妙な『能力』を持つ連中”はオレたちの敵だ」

「ほう、なるほどな。どうやらあながち嘘ではないようだ」

「そうだ嘘じゃない。オレたちはあんたのその働きぶりを見て、勧誘しにきた。それがダメなら、協力してくれるという姿勢を見せてくれるだけでもいい」

「たかが個人を? たった一人が入るだけでどうにかなってしまう組織なのか?」

「オレたちは軍じゃない。戦闘員は居るが、まともに戦争なんてしないし、あんたが今までしてきたような戦闘は一切ない。個人と個人がCQCをかましあうような戦闘だ。そもそも敵が常に範囲攻撃をしてくるような連中ばっかだから、あんたの世界での常識で戦うと痛い目に遭う……っていうのは知ってるよな」

 知っているはずだ。

 その戦闘を行ったという情報は聞いている。

 その上で生きているから、有用性が高いという事で勧誘しろと命令しているのだろう。

「まあ確かに。あんな連中とばかり戦っているんだとしたら、同情するよ」

「な、なら――」

「話は後だ。ここだと目立ちすぎる」

 ある程度の信頼が得られたのだろうか。

 レックスはナイフごと腕を引き剥がし、すかさずコートの中へとそれを収める。衛士もコートのボタンを閉めて、大きく息を吐いた。

 蒸気のようなそれが空気に流れ、やがて溶けていく。

 彼は先ほどと同じような距離で対峙し、肩をすくめた。

「キミ、行く所があるのかい?」

「いや。ついさっき来たところでね」

「ならウチに来るといい。信用するにしろしないにしろ、少しだけ興味が湧いた」

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