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対話

「傭兵? PMCか?」

 仕事の時と、眠る時と、起きた時と変わらぬ迷彩服姿で、時衛士はアイリンの前に居た。

 施設内の食堂で、皆が昼食をとっている風景に溶け込んで話し合う。それぞれの前には空になった丼がひとつずつ。食後の歓談だが、両者にとってはそれが本題だった。

 ――服装にも気を使わなくなった。ミシェルのお陰でいくらか血色が良くなっているが、それだけが唯一の救いだろう。あとは単純に、筋力などの身体能力は変わっていないのに強くなったように思う。

 迷いがなくなったというのだろうか。

 そして慣れだ。

 自分の戦い方に、自分の能力を上手く組み込めてある。彼の能力は予知であり、それは常に彼の脳みそに”未来の情報”を与え続けているのだ。それと同時に、現在進行中の情報を得る。二つのそれらを処理して尚利用する。一時的ならばいくらでもできるが、これが死ぬまで続くとなれば頭が痛くなる話だ。アイリンはイメージして思わず頭を抱える。

「どうした」

「いえ、なんでもないわ。そう、傭兵の話だったわね。彼はPMCじゃないし、そういった会社や組織に属していない。個人でどちらかについて、働いて、報酬を得て、またどこかへ行く。そんな生活を繰り返しているみたい」

「命知らずの変人だな。戦闘で飯を食うなら集団のほうがまだ安全なのに」

「貴方が言える立場じゃないでしょ?」

 知るか、と捨てるように衛士はコップの水を煽るように飲み干した。

 やはり以前より変わっている。アイリンは改めてそう思う。

 何よりも思いやりや、気遣いや、他者に向けるそういったものが一切なくなったのだ。

 少し寂しい気がした。

 いや、この衛士不在の二日間で再認識した感情は、そんなしおらしくいい年して乙女チックなものではなかった。

 少しつまらなくなった、というのが正確であることを理解したのはついこの間で、その事に虚しさを覚えた時などは寝込みたくなるほど落ち込んだ。

「ところで、さっきの食事の味はどうだった?」

 話を変えてみる。

 重要な話は確かに続けるほうが良いが、確かめて置きたいことがあるから食事に誘ったのだ。外食なんて柄じゃないから食堂での食事だが、別にあこがれの男性と、というわけではないのだ。気にする必要など無い。

「……普通だ。いつもの牛丼の味だった」

 疑問に首を傾げるが、それでも衛士は不意の問いに何かを察したらしい。

 彼は親切にそこから続けた。

「アイリンさんはいつもの、白い肌に、赤い髪でいつも通りに見えるし、認知機能がどうかしたという変化は無い。安心してくれ」

「そう。なら良かったけど」

「オレが変わったように見えるんだろうが、これが本来のオレだ。繰り返すようだが……」

「いいわ。耳にたこができるくらい聞いた話は」

「そうか」

 感慨もなく、残念そうでもなく、彼は頷いた。

「貴方、誕生日はいつだったかしら?」

「誕生日? ……二月の……、中旬だ」

 何か考えがあって訊いたのであろうアイリンに答えてやる。が、月は思い出せても正確な日数が思い出せない。十日だった気もするし、よく考えれば二十日だった気もする。間を取って、なんて誕生日を教えるにあたって明らかにおかしい返答だ。

「そう。じゃあ貴方は当分十七歳なわけね」

「そうだ」

「仮に、貴方が眠っていた時間が一ヶ月じゃなくて、一年や二年だったらどうする?」

「どうもしない」

 一拍もおかず、彼は即答した。

「協会が動いていないならオレは潰すだけだし、機関がまだ機関として存在しているなら働くだけだ。どれだけ時が経とうとも、状況が変わらなければオレの役目も変わらない」

 その通りだ、と勢いで質問したアイリンが頷いた。

 それで、と衛士が問う。その後の言葉はないが、本題のことを指しているのだということは良くわかった。

 それが今の”彼らしさ”ならば、もはやなにも言うまい。

「ごめんなさい。話を戻すわ」

 その傭兵、『レックス・アームストロング』の情報は割と簡単に手に入った。

 彼はアメリカ人で、アメリカで生まれ育つ。ハイスクールを卒業した後海兵隊に入隊し、その後一等兵として様々な紛争に参加する。趣味の狩猟が良い方向に活躍し、その周囲への注意力や警戒、反応、判断はすこぶる調子で成長し、九ヶ月目、上等兵へ昇進する前に除隊。

 理由は一般市民の殺害による現行犯逮捕。その後留置所から脱走し、行方不明に。

 その後様々な民間軍事会社を転々としながら、一時期はフランス外人部隊に身を置いたこともあった。が、今では個人活動の傭兵だ。そして名もある程度広がるほどに有名で、有能な傭兵だ。

 傭兵という稼業はただの筋肉馬鹿では務まらない仕事だ。

 あらゆる環境に適応し、あらゆる作戦を随時状況により変更して、そして無駄なく行動し限りなく自分に利己的でなければ生きていけない。ある種の野性味を、そして野生で生きるすべての知恵を持たなければならない仕事だ。つまり、普通の頭の出来でここまで名を広める事は殆ど不可能と言えよう。

 そして普通の頭の出来で、超能力なんてモノを使用する敵を撃破することはできないはずだ。

 初見殺し。生き残っても、追い打ちを掛けられるだろう。

 だが、付焼刃スケアクロウという存在を初めて知っても尚生き残った例外は機関にも居た。

 それは目の前の少年だ。

 その能力は風を起こして弾丸を弾く程度のものだったが、それだけでも十分に脅威になり得たはずだった。だが彼は生きている。あまつさえ、その敵を皆殺しにしていた。

 その点は似ている。

 秘めたる才能というのだろうか。アイリンにはよく分からないが、直感的にそう思った。

「能力持ちではないんだろう?」

「ええ。現在観測した限りではその様子はないわ。それに、仮に能力を持っているとしたら特異点以外に考えられないし。付焼刃は、協会の特別な施術があって初めて能力が使えるっていうのは、知ってたかしら?」

「どうでもいい」

 それは質問に対する答えではなかった。

 どうでもいい。たしかにその通りだ。どのみち殺す相手だ。特殊な能力を持っていたとしても、それはただ殺害の障害になるだけ。どうやって力を手に入れた過程なんて関係ないし、幼子が居るから見逃してくれ、なんて命乞いも彼には通じないだろう。

 だからなんだ、と切り捨てられるに百万でも一千万でも賭けられた。

「それで? オレはそのレックス・アームストロングをどうすればいい。聞く限りじゃ敵にも味方にもなるんだろう? 殺すのか。そうやって何でも殺せばいいと思って。無害な人間に、オレは手を出さないぞ」

「でも彼が協会側に回ったら?」

「殺すさ。何を言っているんです」

「……貴方、もしかしてふざけてない?」

 言われて、嘲笑じみた笑いを漏らした。蔑む形でも、見下す形でも、彼の口角が上がるのを見たのは久しぶりのことだった。

「一応まとめておこう。オレは協会の人間以外殺さない。それだけだ」

「じゃあ無関係な人を殺さざるを得ない状況になったら?」

「より協会の人間を逃さないように殺して、殺す」

「……なんだか貴方と話してると気分が滅入るわ」

「殺すだの殺さないだのの話しかしないからでしょう?」

 不安定に、彼は思い出したように敬語を口にする。

 アイリンは肩をすくめて話題を転換した。

「オレだって、突然こんな本能的な部分しか考えられなくて混乱したが、今ではようやく慣れてきた。大丈夫だ。ユーモア豊かに会話できる」

 それこそが冗談なのではないかと思えてしまうのが、悲しいところだった。

 アイリンはコップの水を口に、喉を少しだけ潤してから言葉を返した。

「なら仕事以外の事を考えられるかしら?」

「くっ……!」

「出来れば詰まらない欲しいんだけどねぇ」

 妙な事で落胆するように彼はうつむいた。

 つまらないというのは訂正しよう。少しは面白いかもしれない。

 アイリンはまたいつものような微笑みを取り戻して、彼の傾向も随分とわかったことだし、と重い腰を持ち上げた。

「ねえ、貴方のもつ予知って能力は――」

 食い気味に、というよりは殆ど遮るように衛士は言った。

 内容すら述べていないその台詞に対して、ごく正確に。

「アイリンさんが”言った”という未来を知りながら、オレはアイリンさんが何も”言っていない”現在を過ごすだけです。ですが基本的に予知できるのは確実に起こる事です。今述べた仮定は決してありえません」

 彼女が尋ねようとしたこと。

 ソレは、アイリンが訊ねるという事が決定した未来を予知した瞬間に、それを反故にして何も口にしなかった場合はどうなるか、ということである。

 そしてその返答は彼が言ったとおりである。

 予知は予測ではない。時系列的に起こっていないことを知る能力ではあるが、彼の能力に至ってはより確実性が高まるソレだ。己の行動については少し”融通”が利くらしいが、他者の場合はありえないらしい。

 つまり、起こる事を予知したら、その起こる事は確実に起こるのである。他者の意思でそれを覆すことはできないが、その起こるという未来を、運命を変えられるのは予知が出来る人間のみ。つまりはこの少年だ。

「それで、貴方は目覚めてからその能力に異変はないのかしら」

 死を垣間見た人間の性格が変わることは、割と一般的かもしれない。

 そしてまた、一度死を見た人間の力、特にそういった本来持たざる超常的な特異能力は特に強化される傾向きらいがある。

 彼ならそれが顕著であるはずだ。彼女はそう信じていた。

「ありませんよ。予知に遠隔視、透視……他に増えたら、いい加減オレの頭では処理しきれなくなりまし」

「予知の時間は?」

「五秒間の未来です」

「遠隔視の範囲は」

「オレを中心に上下左右半径十メートルほど」

「透視は」

「特に。変わらずオレが透視したものは透過したものとして干渉できるようですが」

 返答全てに虚偽を放つ衛士は、それでもしれっとした態度で、テーブルの上で指を絡めるように組んで、アイリンを見据えていた。

 満足か? とでも言いたげな表情は、先ほどの少しばかり軽くなった雰囲気を再び重くしてくれる。まったくもって忙しい奴だと言ってやりたい気分だったが、彼女の理性がそれを飲み込ませた。

 予知は五分先の未来。

 遠隔視は上空、雲の中までだからおよそ五キロ前後だ。

 だから、この地下空間ジオフロントに居ながらも地上を見ることが出来た。必要がないから滅多には使わないし、負担が高く、変わらず集中の限界は五分で来た。だからソレが可能な右眼はいつでも眼帯で、適当で簡単に封印してある。

 唯一真実に近いのは透視だ。

 今までは透視は念じることによって遠隔視と切り替えられた。まるでゲームの、サブウェポンのようだと思ったが――今では全ての眼、その能力に干渉した。

 遠隔視が使えない代わりに透視をする。それが今までだったが、今では透視を使いながら遠隔視が使える。

 使い方は様々で、使いこなすにしても衛士自身に強い疲労をもたらすものばかりだった。

 アイリンが嘘を見抜いているかは知らない。だがそれがどうであれ、関係のない話だった。

 彼女は立ち上がったまま、捨て台詞のように言った。

「任務の説明は明日するわ。今日はありがとう。帰って休みなさい」

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