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未知の既知

『貴様の選択は甚だ間違っている』

 声は空間内に響き、青白く淡い輝きが辺りを照らしていた。

『生かしておいて何になる。失敗作だったならば、”次”で新しく作りなおせば良い』

 ノイズすら走らぬ鮮明な映像は、ただ人の影しか映さない。宙空に投影されるそのホログラムは、微動だにせぬまま不満を垂れ流していた。

 ――各国の首脳。

 機関の恩恵を受け続けた彼らは、いずれ我物とする為の事しか考えていない。

 アメリカ、ドイツは国内に存在していた機関の壊滅の後始末に追われて反応は乏しいが、彼らとて同様だ。

『資金を出し、協力してやった恩を仇で返すつもりかな?』

 そんな彼らに送る映像はゼクトの姿だが、彼は贅を詰め込んだ肥沃な肉体を持て余し、それをブラウンの軍服に包んでいる。口元に生やす髭は白一色で豪勢に伸び、その格好はいかにも無能な司令官といった風情だ。

 誰も、こんな死神を想像はしないだろうし、彼らは時の操作によって時空を駆けるわけではなく、装置を利用しているだけに過ぎないと信じ切っている。

 無論、親切にも正しい説明をしてやってもだ。

 阿呆ここに極まれりといった具合だが――いや、正に常識人といったほうが正しいだろう。

 誰もがこんな馬鹿げた力が存在するとは思わない。確かにあったほうが便利だし、異能たる能力を欲する幻想に駆られる事もある。年頃の子供ならばそんな非日常に憧れさえするだろう。

 だけどありえない。

 しかし実際にそれは起こっている。

 彼らはその二つの認識を併せ持ち、その結果として”何らかの超技術を有している”ということだけを理解した。

 時間遡行は認識できず、加速も追いつけない。

 だから仕方がないのかもしれない――なんて納得するのは、今となってはひどく馬鹿馬鹿しい話で。

 なぜただの探しものが、これほど大規模になって最終的には各国首脳にへつらい媚び売ってご機嫌伺いしなきゃならんのかと愚痴りたくもなってくる。

 見方を変えれば、一国を背負う男たちがただ一人の男に頼りきっているのだが、どうにもそう捉えてせせら笑う余裕はありそうになかった。

 苛立たしく頭をかきむしれば、頭皮がずれる。

 長髪がつむじの位置を下ろし、そうして大量の毛髪は頭から自由落下した。

「ふん、クローンか」

 時衛士の言葉が不意に脳裏をよぎる。

「どこかの世界では、因縁以外でつながっているのかもしれないな」

 ――その空間の中央に鎮座する、円筒形の巨大な装置を見上げる。

 天井の高い部屋は、それなりに広大となっている。その装置の手前で立ち並ぶ首脳のホログラムや、彼らに対峙する巨漢さえ居なければ、まだ心穏やかだったことだろう。

 短く切りそろえられた頭髪を掻き上げ、装置を含めこの空間内全てに鑑賞できる操作パネルの上に、気軽に置かれているサングラスを拾い、装着する。

 黒衣を脱ぎ捨てればその下は、己のホログラムと同様の服装だったが、その体型は似つきもしなかった。

 顔も、若かりし頃はさぞかし凛々しかったのだろう風体。

 難儀なことだと嘆息して、彼は肩をすくめた。少しくらいは、そういった遊び心もあっても良いものだと思ってその時は作ったのだが、今となっては少し虚しい。

 笑える過去になれば良いのだが――。

 なんて戯言を胸中で呟きながら、またお偉い方の戯言を聞く。適当な返しをする己をモデルにしたAIは優秀なまでに、のらりくらりと現状の明言を避けながら事態を先へ先へと伸ばしていた。



「案内はここまで」

 そう告げる赤髪の女は、階段を降りたところで足を止めた。

「このまままっすぐ行けば、目的の場所よ」

 二人並んで両手を伸ばせばようやく壁に手が着くほどの広さの通路を目の当たりにして、やはりこの地下空間というものは規格外に広大らしい事を認識する。

 もっとも――間もなくここは本来の役割を果たせずに廃墟になるのだが。そう夢想しながら、それを己が実現させるのだと腹に力を込める。失われた骨格が身体を支え、引きちぎれていたはずの筋肉が全身に活力をみなぎらせる。

「あんたは……アイリンさんは、全部知ってたんですね」

 空元気に近い様子で眼力を入れて口にする。

 声にして出すのも憚れようとするそのセリフを、だが青年は自身が怖くなってしまうよりも早く言ってしまう。

 だというのに、そんな努力を一笑するような微笑が鼻先を掠めた。

「まだあたしを、そう呼んでくれるのね」

「……どうなんです」

 茶化されて、少し緊張感が和らぐような感覚に安堵する反面で、苛立ったように彼は返す。

 彼女が憎いわけでもないし、できるなら不必要な恨みは抱きたくはない。だがもしこの問いが思った通りのものならば、その心情たるや自暴自棄では済むまい。そう意気込んだのにも関わらず、微笑混じりに話題をいなされては、少々居心地も悪くなる。

「そうね。少なくとも”あたしは知ってた”わ。司令補佐として、なにより技術者として」

「他は、ミシェルや、エミリアさんは?」

「言っておくけど、キミの出生は直接ゼクト・プライムが関わっている時点で機密事項なのよ。ただ一介の戦闘員やオペレーターが知る権利なんて無いわ」

 腰に手をやり、視線を鋭く衛士に注ぐ。

 嘘はない――そう信じろと言わんばかりの真剣な眼差しに、彼は疑いなく頷いた。

 証拠はないし、確かめるすべもない。だが現状、大切なのは真実では無くどう捉えて何を信じるか。

 正直な所、あの戦いから間が開いたせいで随分と溜飲は下がっている。本当にこれ以降の戦闘が必要なのか、己が本当に成し遂げたいのは時間遡行ではなく復讐なのか、考えれば考えるほどにわからなくなってくる。

 思考を放棄したいのはやまやまだ。

 だが曖昧で終えていいような問題ではなかった。

「行ってみれば、すべてが解決するはずよ」

 彼女は察したように肩を叩く。

 衛士はただ頷き、踵を返そうとして――アイリンへと、ぎこちない笑みを浮かべてみせた。

「出来れば、みんなに別れを告げたかったですね」

 ミスをしてしまったという風な引きつった笑顔。

 以前まで見てきたごく自然な、八方美人な表情はそこにはない。ある意味、様々な感情に飲み込まれたがゆえに不浄が流れて純粋になったというべきか。あるいは怒りが染み付き過ぎて、笑うことを忘れてしまったのか。

 だがともあれ、青年がそうした事に偽りはなく。

 笑顔が輪を乱すことなどはありえない。

 ――彼がしようとしている事と、彼が今望んだことが相反する事は、今回の事情を知っていれば誰もが理解する。その複雑そうで簡単な心理に、アイリンは静かに首を振った。

「この世界が続く限り……キミがあたしらに関わった以上、別れは存在しないわ」

 少なくとも、仮に世界がもう一巡だけしたとして。

 だがたった一度の繰り返しで、彼と彼女らとの関わりが解けるほどに優しい繋がりなどではない。

 加えて青年は、これほどまで立派に成長したという事実が、彼がこれほど機関を大きく揺るがしてしまったという現実が、その因果が彼を手放しはしないだろう。

 別れたくても別れられない。

 居なくなったとしても、それは一時のことである。

 そういった言葉の意味を、感覚で理解する青年は、そうですねと小さく頷いた。

「じゃあ」

 そう言って衛士は踵を返す。

 それを見送る彼女の耳に床を響かせる足音以外の音が届いたのは、とてつもない炸裂音だけだった。


 ――目の前にする巨大な鉄扉。

 行き止まりかと思えば扉だった。そんな冗談みたいな、考えなしの規格の扉を前に長く息を吐いた衛士は全身に力を滾らせた。

 パワードスーツが機能するのはごく一部。強化機能は残っていながらも、上半身はパワードスーツというよりはボロと同義である。

 だからにわかに膨れ上がり擬似筋肉が本来の数倍から上の力を蓄えさせるのも、脚力のみであり。

 接地するような柔らかさで足を上げ、靴底を扉に押し付ける。腿が胸を圧迫する窮屈感が、かえって心地よかった。

 己の力を感じる。

 実感する。

 両目の瞳孔に芽生えた鬼火が、そうして双眸から荒れ狂う蒼い火焔とかして噴出した。

 肉体が加速する。体感時間が間延びする。

 一秒が、細く細く、二秒にも三秒にも――やがて一分、二分ほどに感じられるほどに伸び、故に放たれる蹴りはおよそ音速。青年にとっての一、二秒で穿たれるそれが、現実に反映されれば刹那的の速さとなった。

 手応えを与えずに吹き飛ばされた巨大な鉄扉は、ややあってから大気を引き裂くような大音響を響かせた。



 両開きの鉄扉が盛大に爆ぜたかと思えば、それは力任せに蹴り飛ばされ、その身を壁に叩き付けているだけだった。

 その中央には、ボロ布となっているパワードスーツを着るというよりは引っ掛ける青年の姿。

 血まみれで薄汚れてはいるものの、怪我はすっかり完治しているらしい。

 操作パネルの前で待ち構えていたゼクト・プライムはなんの感慨もなく、ゆっくりとスピーカーの音量を上げていき、そして同時にどんなささやかな悪態すらも拾う指向性マイクを起動させた。

 ――妙だ、と思ったのは、その青年の堂々たる出で立ちだったが。

 奇妙に見覚えがあると思ってしまう己の頭に、その違和感を覚えていた。

 既知感は、いよいよ未知の領域最終地点というところに来て、なぜだか再発していたのだ。

「どうした、待ってる間におめかしでもしてきたのか?」

 挑発じみた台詞。

 男はただ鼻を鳴らす。

「貴様だけに見せる姿だ。もう少し感想が欲しかったが――」

「そうも行かねえわけか」

「外野がやかましくなるからな」

 言って、即座にスピーカーから耳につんざくハウリングが金切声をあげ始めていた。


 AIの自動返答を遮断。

 故に彼らの目に映るのは、でくのぼうの肥満男でしかない。もはや、しわがれた合成音声を放つことは未来永劫ないだろう。

『そこに居るのは誰だ!』

 そう叫ぶさまは、まるで誰も聴こえなかっただろう声を自分だけが捉えたぞ、というような自慢気な声。どうでもいいと思ってしまえば、どうにも滑稽にも程がある様子には、もう笑いを堪えるほかなかった。

『ゼクト、誰を呼んだのだ。答えろ!』

 だが答えがない事に苛ついたのか、ややあってから、同じ男はがなりたてていた。

 ――友達の友達として呼ばれた己が、目の前で知らぬ相手と友人が話し始めて妙な疎外感を覚えたような不快感が、腹の底から沸き立った。

 青年はただそれだけで怒りする。

 気に食わない。先ほどの、アイリンと対峙した穏やかさが嘘のように、握りしめた拳は固く、もはやソレ以外の形を作る気配はない。

 誰だか知らないが、こんな時に首を突っ込むような不躾で空気の読めない奴が居るなんて。

『まさか、トキか。おい、ゼクト。なにをしている――』

 トキ、だなんて随分と馴れ馴れしいものだが。

 ホログラムがキョロキョロと辺りを見渡すような所作をする。それが同時に五つも六つも、そこに在る全てが同じような挙動を取るのだから面白いものだ。恐らく通信者の動きを投影しているらしいが……それでも消え去らない総数七名を見て、衛士は思わず苦笑した。

 彼らが逃げる理由はないが、だが釘付けになっていたとしても何かできるわけでもない。

 だから見物気分なのだろうが、だったらなぜそれほど慌てているのだろうか。

 青年は考えて、ああなるほどと合点が行く。

 つまりこの機関に直接的に関係していたのはアメリカやドイツだけではなく、他にも多数の国々が出資していたのだろう。

 だからこそここは国際機関足りえているし、ああいった装置がある以上、利用しない手はない。

 この装置がある部屋は彼以外立ち入り禁止らしいし、だからこそ自由に発言する彼らが一定以上――少なくともこの機関の司令官やら当主やらなんと形容すべきかわからぬ、つまりはトップであるゼクトと同等程度であるのは明らかで。

 ならば誰かと考えれば、国のトップからそれに準ずる何かと考えて間違いはない。

 出資者だからこそ、監視する権利はあるという具合にゴネて現状を得たのだろうが……音しか届かぬ現状で満足したのかは定かではない。

 いまだ叫び続ける声に、始めに言葉を返したのは衛士だった。

「うっせんだよ、糞どもが!」

 叫べば、その場が徐々に静まり返る。

 まるで騒ぎ立てる教室内で、教師が怒鳴り散らしたかのような惨状。

 しん、とする空間内で、誰が誰だか判別の付かぬ誰かが口を開いた。

『……なんだと?』

「キャンキャン吠えがやって、構ってほしけりゃここに来やがれ!」

 声と共に、動きも静止する。

 今の己ならば、どんな軍隊にも負けぬ確信を得て。

 だがそんなものなど無くても、恐らく青年は挑発しただろう。

 頭に血が上って誰かれ構わず喧嘩を売るのは衛士の悪癖だった。

『貴様』

「黙れ」

 直接放つ罵倒。

 だが、彼らはそれがゼクトの声だとは認識できぬだろう。わめき続ける彼らの言葉を受け流しながら、男はゆっくりと物理キーを叩いて己のホログラムを消した。

 さらに腰から拳銃を抜き――虚空ホログラムに発砲。

 七度ほど空気を引き裂いた後、残る余韻の中で男はゆっくりとマイクを遮断する。

 これで、彼らが得られる情報は皆無になった、という事になる。

「ついにおかしくなったか」

 その様を呆然と見ていた衛士が言えば、ゼクトは拳銃を投げ捨てて軽く笑った。

 頭の上のほうで状況説明を求める声が複数重なるのを聞き流しながら、ゼクトが口を開いた。

「少し、話をしようか」

 ――既知。

 それは幾度も感じるうちに、もはや日常となった感覚だったが。

 知っている。――これほどそれを、違和感として覚えるのは初めてのことだった。

 己がそう発すると、なぜだか己は知っていた。――されど知っている理由がわからない。そういった経験をは、これまでになかったからだ。

 既視感なのではないかと考えられるが、否と断ずるのはその既知感だった。

 もはや逆らうべくもなく、その流れに身を任せて男は紡ぐ。

 既知の未来は、未だに手探りのままなのだから。


 ゼクトは穏やかな笑みを湛えて大きな箱のような形の操作パネルに寄りかかり、衛士はその提案に眉をしかめた。

 何が目的なのか。そう考えても答えは導かれず、どちらにせよ自分の中で答えを出しても意味が無いことに気づく。

 加えて無視を決め込めば黙りこくったままの火傷顔を前にして、いよいよ時間が無駄になっていく感覚を覚えた衛士は、舌を鳴らして頷いた。

「好きにしろ」

 気分が削がれたような感覚に陥りながらも。

 だが、これから始めようとしていたものが先送りにされた事で生じた、安堵を自覚した――。

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