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最終決戦:真実

 時衛士に覆いかぶさるようにして、ゼクトが語る。

 それらを見守るしかないナガレらは――だが、先ほどの”速さ”を見て、己らの力では恐らくついていけないだろうと悟る。

 レールガンでも間に合わぬだろう。

 空間に張り付ける前に、逃げられるかもしれない。

 そんな想像が、そのひょろ長の相貌を見て脳裏に浮かぶのだ。

 それは恐らく、衛士も同様なのだろう。

 彼らはただ、声を聞き。

 ゼクトから紡がれる言葉を真実として傾聴した。


「てめえがオレを殺せと命じたんじゃねえのかよ」

「ああ、その通りだが?」

「なぜてめえがここに居て、何かをのたまおうとしてんだよ!」

「気が変わったからだ」

 鼻を鳴らすが、ゼクトの微笑みは骸のような顔に穏やかさをもたらさない。

 ゾンビか何かで、もしかしたら時間遡行なんてほとんど関係のない方向性の力を手に入れたのではないかと不安に思いを馳せながら、ささやかな抵抗として舌を鳴らす。

 ――青年の双眸から蒼い鬼火が爆発した。

 が、動きは変わらない。

 されど青年の体感する時間は加速した。

 常人が感じる一秒を、数十から数百倍にして体感し――そしてその倍加した時間が、実際に肉体に影響を与える。つまり一秒間が、衛士にとっての数十秒となり得るのだ。

 時の加速は、先程手にした能力だった。

 しかし、それを実行しても、何も変わらない。

 眼の前の男に何が通用するのかも、思いつかない。

 それもそうだ。なにせ聞かされているのは、この男が時空干渉能力の先駆者。他の能力ならいざしらず、この状況では抵抗することすらできない。

「それで」

 とゼクトが言った。

「詳しく話してやろうと思ったが、まず何から聞きたい?」

 悪戯に頬が吊り上がる。笑みはやはり不吉にも程がある悪辣な、あるいは死神のソレである。

 やや顔が動けば覆いかぶさる髪が揺れ、にわかに垣間見える左顔面は皮膚を削ぎ落したかのような火傷跡が目立っていた。まぶたが肌とくっつき、思わず視線がそこに集中する。

 勘付いたゼクトは、軽く笑った。

「こいつは貴様の左目と同様だ。眼球自体は腐り落ちてしまっている」

「知ったこっちゃねえよ」

「出来れば貴様にはここいらで気づいてもらいたかったがな……どうにも阿呆で、仕方がないか」

 左目の動かぬ義眼を眺めながら、ゼクトが舌打ちをする。

 それから――時衛士が両手の解放感を認識した。

 手のひらを打ち付けていた柱か杭か分別の付かぬ鋭く図太い拳が、不意に離れたのだ。

 これ幸いと指を鳴らそうと中指の関節を折り曲げた時、額に冷たい金属の感触を覚える。

 電光石火の一撃と等しいその速度で抜かれた拳銃の銃口を、およそ常識はずれの速度で、その黒衣を翻すこともなく、長髪を振り乱す暇も無く、だが”元からそうしてあった”かのように、青年の額にそいつを押し付けていた。

 既に引き金に指がかかる。そこに僅か数キロの重さがのしかかるだけで人を容易く殺められる兵器は、時間をどうこうする能力を保有していようとも、他と同様に青年を殺せるのだ。

 指を鳴らすより早く鉛弾は青年を殺害するだろう。

 漆黒と同義のフォルムを持つ自動拳銃は、おそらく既に、対象に襲いかかる寸での獣のように準備が万全だ。


「貴様はわたしの研究成果で、貴様の家族はこの機関の一員だったということにも、貴様はもしや気づいていないのか?」


「――何、言ってんだ。てめえは……?」

 唐突に暴露される出生の秘密。

 ゆえに脳が、理解を遅らせる。

 痺れに似た冷気が全身に迸る。

 息が詰まる。

 視界に砂嵐が撒き散らされた。

「わからないか? 特異点に至るにはその素質と副産物――能力の主体となる道具――と、絶望なのだよ」



 今年の六月。

 時衛士は殺人鬼に十七年間全てを共にしてきた家族を殺され、機関と出会い、招かれた。

 この機関の基地が存在する地下空間に訪れた時、人知れず時間が遡行し――。

 今年の三月。

 青年は三ヶ月の時間を巻き戻ることも知らずに、この機関での成長を図った。

 八月。

 巻き戻ったがゆえに、青年の因果に飲まれなかったがゆえに、家族は死なず生きていた。それと出会い――眼の前で殺されていくその惨劇を見る。

 能力が迸り、左目に鬼火が灯ったのもその時だった。

 十二月――現在。

 順調に追い詰められた精神はついに限界を超えて、絶望に失望に憤怒に悲哀を湛えた青年は能力を成長させた。


 確かに絶望を視た。

 自暴自棄にもなった。

 連中を殺せるならばなんにでもなってやろうとも思った。

 だが――いや、まさか。

 衛士は首を振る。

 そんなわけがないと、理解を拒む。

 もし、それが……この”十七年間、現在に至るまでの全てが仕組まれていた”事が真実だとしたら。本当に、どうにかなってしまいそうで、だけど耳は、頭は、戯言かも知れぬ男の声を、なぜだか真実のように聴いていた。

 なぜだろうか。

 この男がそうであるように、己はただ記憶を棄ててしまっただけで――この季節を、この十七年目を幾度か繰り返してしまっているだけなのだろうか。

 ありえない話だ。

 戯言と言うよりは、妄言に近い。

 だが違うと言い切れない事は、つまりそうなのかもしれない。

 極端にしか揺れぬ振り幅に翻弄された思考は、どうせなら、と。

 ただ己を追い込む選択肢だけを選び続けていた――。



「貴様を育んだあの三人は、この機関からの解放と同時に十七年後の死を確実にしていた」

 ミシェルが砂時計を持ってきた時から、彼らはその覚悟をしていた。

 だが青年が去った瞬間、時空は三ヶ月巻き戻る。巻き戻った先では、青年が存在していなかった場合の家族が構成されていた。

「わたしからの、最後の贈り物だった」

 機関の存在も、使命も忘れて全うする人生。

 本来怯えるはずの死の恐怖も喪失して生活する三ヶ月間は、その為のものだった。

「ただ、腐っても機関員だ。時空に……いや、貴様が孕む重力子によって貴様に引かれた貴様の姉が、因果に飲まれて記憶を回想させた。これはまったくの予定外だったが――この存在が、特異点へ至る契機でもあった」

 姉の無残な姿。

 男たちの手によって衣服を剥ぎ取られ、鮮血にまみれた凄惨極まるあの肢体が脳裏によぎる。

 もはや指を鳴らそうとも思わない。

 固く握った拳が、骨を軋ませた。

「そして貴様は何も知らず、家族の仇を討とうと機関に招かれ、成長した。今この時は、わたしでさえ未だ体験しない未知だ」

 感情は熱を持たず氷点。

 口にしながらもどこかに没しつつある意識は、恐らく衛士にすら予測できる一点に集中していた。

 この先の事。

 この男は、ただ前だけを進み続けた。

 循環する世界の中で、結末は自分の手で変えぬ限り全く同じ終幕となるこの世界で、幾度も終焉を見続けてきたその男が見るのは、やはり未来の事だった。

 時間を手にかける二人の決定的な違いは、やはりそこだった。

「クローン、なのか」

 不意に衛士が口走る。

 考えて言った言葉ではない。青年の知能は、そこまで優秀で秀逸ではない。

 だが直感というものは、かくも正しいものである。

 ゼクトは驚いたように目を見開いてから、穏やかな、しかし青年が赤子ならば泣きだしてしまいそうなほほ笑みを浮かべた。

「少し違うな。貴様は正真正銘、赤の他人だ」

「なら?」

「そもそも貴様の真の両親はわたしとて知らん。要らぬと捨てられた子である貴様を、わたしが拾い有効活用したまでだ。根っからの研究材料だというわけだ、貴様は」

「今更、そんな話……」

 驚くに値しない。と言うよりは、興味がなかった。

 愛着がないのは記憶にないからだろう。

 あの家族が仮の存在であった事、そしてこれまでがすべて仕組まれていた事が、なによりも堪えていた。

 精神は痛烈なダメージばかりを負って、もはや何も感じない。痺れてしまったのか、死んでしまったのかさえもわからないが、どうでもよかった。

「ならばなぜ貴様はその極地へ至れたか、と言えば――わたしの因果律に触れたからとしか言いようが無い」

「……意味がわからねえが」

「簡単にいえば、貴様の姉の死を例に挙げよう」

 時衛士の姉は、本来死に至る六月を乗り切った。それはその契機となる筈だった衛士の存在がその世界から一時的に抹消された形にあったからだ。

 だが彼女は今年の夏に青年と邂逅した。

 そこで死に至る選択肢に触れ、本来起こる筈だった”衛士による死の因果”が復活した。

 前回の死は殺人鬼による偶発的な殺害だったが、今回は青年の姉だからこそ至ってしまう死であった。

「本来出会うはずでないものと出会った。一瞬であれ、一時であれ、貴様がわたしを認識した時点で、本来歩むはずの未来が変わった」

 無論、この男が時衛士と出会うのはこれが初めての時空ではない。

 だが幾度も時衛士という稚児との出会いを繰り返したことにより、彼との関わりが因果律として強く結び付けられたのだ。

 徐々にずれ始めていた未来が、結果的に大きな傾きとなる。

 故に青年はその出生以前から素質を刻むようになり、故に青年はある種サラブレッドのような存在へと成長した。

 後天的とも、先天的とも言えるその能力は、だからこそ仕組まれたものなのかさえも、正直な所曖昧だった。

「今も、その影響を受け続けているようだがな」

「……今も、だ?」

「貴様の強さは、無自覚に前回の時空から引き継がれる。以前の貴様はアフリカで死んだようだが、時間操作の能力であるがために、誰よりも強く成長した。ただの高校生が、たった半年でこれほど成長できるわけもないだろう?」

 そしてぽっと出の青年が、なんの戦歴も目を見張る点も無いただの子供が、これほどまでに機関に目を付けられるわけがない。

「それで?」

 挑発気味に促す衛士に、ゼクトは眉を顰める。

「なにがだ」

「オレがどうのこうの言ってたが、だからなんなんだよ。最終的に、オレをどうしたいんだ?」

「そうだな……まず始めに、褒めてやりたい」

「なっ――」

 言うが早いか、その細く長い指先が衛士の前髪を掻き上げた。

 そのまま髪を滅茶苦茶にかき乱し、頭を撫で回す。

 慣れぬ奇妙な感覚に翻弄されながらも、だが額に押し付けられ続ける銃は油断なく、銃爪ひきがねに指がかかっていた。

「貴様は良くやったよ。ただ一度の人生で、よく力を自分のものにして、わたしをここまで追い詰めた」

 三つある機関は二つが壊滅。

 うち一つは協会の仕業だったが、しかし青年の存在が協会を刺激しなければ、ホロウ・ナガレらとてこれほどまでの成長性は無かっただろう。

「出来るならば殺したくはない。貴様には生きる資格があり、強さがある」

「ならいい加減銃を離してくれはしねえのか? あんたにこうされちゃ、生きた心地がしねえんでな」

「ならば考えを改めろ。貴様に装置を破壊されては、わたしが”困る”のでな」

「今回は失敗だと思ってまた繰り返しゃいいだろうが」

「なに、そうも行かんのよ」

 手を離して、肩をすくめる。銃口で額の皮膚をにじってから言葉を紡いだ。

「わたしもいい加減疲れてな。この世界の特異点に至る前に、過労死してしまうかもしれない」

「だったら死ねよ。天命だろ」

「死ねぬから貴様を殺すんだよ」

 だがそれも惜しい。

 考えなおせと、ゼクト・プライムは言った。

 隣に並べ。

 従順になれ。

 所詮お前は、わたしのモノなのだから――。

「てめえは何がしたい」

「ちょっとした、探しものがな」

「……探しもの?」

「それを探すには、この世界はあまりにも厳しすぎる。だからひとまず、掌握する。この機関はそのための存在だ」

 探しもの――ただそれだけの為に。

 力を欲し、世界を没する。

 何を探しているのかわからない。だが、どうでもいい。

 ふざけるな、冗談じゃない。

 てめえも私利私欲じゃねえか――。


 振り上げた手のひらが、動かぬ銃身を力強く掴みあげた。

 手首を捻り上げ、銃口がにわかに浮く。同時に引き金に加重がかかり――耳につんざく発砲音が反響した。が、弾丸が穿つのは青年の側頭部の肉と、その背後にあるスチールデスクのみ。

 火花がまたたき、硝煙が鼻を掠める。

 衛士はそのまま滑るようにしてデスクから落ちて屈み、銃を掴み続ける腕を、拳銃ごと引いて引き寄せた。

 たよりなく差し出される顔面に、容赦なく鉄拳を撃ち込んだ。

 確かな固い手応えが伝わり、皮膚が裂け、鮮血が迸る。

 甘酸っぱい血の臭いが硝煙に継ぎ、だがうめき声もなく、捉えることなど出来ぬ速度で飛来した拳を頬で受けた。

 骨が軋む。悲鳴をあげる。

 口の中いっぱいに鉄の味が広がり、視界が赤黒く明滅する。

 身体が浮かび上がり――力任せに吹き飛んだ。

 蹴散らすものは何もなく、衛士はただ壁に背中を打ち付け、張り付けられる。

 僅か数秒だけの静止。

 その間に、静寂は訪れず。幾度とも無く噴出した銃声が、一度としか捉えられぬマズルフラッシュを輝かせた、が。弾丸は、その一瞬のうちに四度空間を引き裂いて、青年の両肘、両手を貫いていた。

 発砲音。壁への炸裂音。

 一度に収束したすべての音が、爆発的にその室内で喚き散らす。

「てめえは結局、自己満足じゃねえか!!」

 痛みは既に超越し、気にならなくなっていた。

 壁を背にして、だが寄りかかるなんて怠惰な姿勢はなく、やや猫背のまま、青年は壁からずり落ち、立っていた。

「自己満足以外でこんなことをするほど、わたしは献身的な男ではないのでね」

「てめえの傲慢さで、何人の人間が――」

 構え、照準。

 発砲――が、弾丸は衛士を穿たない。狙ったはずの肩がにわかに落ち、ただ壁に穴だけが開く。

「貴様とてそのような大層な思想をもとに動いていたわけではないだろう」

 復讐。

 その醜悪な最終目標が、彼にとっての全てだった。

「……ああ、そうだ。てめえの探しものよりよっぽど生産性の無い復讐だ。装置を壊せば、てめえを殺せば全てが終わる!」

「そして、どうするつもりだ?」

 その後は。

 殺して、壊して。

 全てが終えた後。

 青年の物語は、まだ続くのだ。

 鬼火が、僅かにに揺らめいた。その火力が、少しだけ弱まった。

「オレも終わる……それだけだ」

 この男が居なければ、誰も循環を認識できない。

 それはつまり、繰り返さない事と同義であり、縛り付けられた運命からの解放を意味する。だがそれを確実だと断言できぬのはやはり、観測者が居ないからだ。

「貴様の家族は作り物だったというのにか?」

「オレにとっちゃそれが全てだった!」

「決められた運命をただ辿る事に、疑問も抱かず?」

「てめえを殺す事が運命なら、喜んで殺してやる!」

「思考が停止している……やはり貴様も失敗か――」

 そういって、男の中で熱が迸った。

 失敗などではない。この男は、十分に成功だというのに。

 一つの思考に囚われ、過去に縛られ、前に進めない。だからこそ、出来ることが出来ず朽ちて終えることだけを選んでしまう。

 それが、どうしようもなく気に食わなかった。

 ふざけるな、冗談ではない。

 貴様とて自己満足の極地ではないか――。

「改めろ、前に踏み出せ――愚図がッ!」

「てめえは退いてろ、老害がッ!」


 両者の邂逅から、新たな真実が紐解かれ――。

 先に進む男と、過去に執着する男。交われば無へと帰すだろう二人の憤怒が、爆発した。

 そこに世界の命運は無く。

 そこにはただの、怒りしかない。

 誰かを救うこともなく、誰かを傷つけるためではなく。

 ただ純粋に、己のために。

 二人の戦いが、開始する。

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