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最終決戦:捕獲

「僕はキミのためだけに存在するよ」

 装甲車から引き出した野戦服を身に付け、履いたブーツの踵を鳴らしながらナルミ・リトヴャクは囁いた。

 それは彼の狂気を増長するための言葉でもあり、また彼女の純粋な気持ちを述べるものでもあった。

 青年の考え、行いを根底から肯定する。彼を救援する、あるいは打倒するなどといったものではなく、単純に協力者だと告げたのだ。

 ナルミ・リトヴャクの病的な愛情は、この時を以て最大限に発揮され、衛士の精神状態はそれゆえに彼女を許容した。

 正そうとは思わず、否定もせず、拒まず、来るものはただ受け入れ、気に食わなければ撃破する――その彼の価値観に適応したのが、ちょうど彼女だったというだけの話だった。

「着いて来るのか」

「キミが居るところなら、どこでも行くよ」

「好きにしろ」

 戦況は芳しい――とは言い難い。

 なにせ、本来ある筈だった敵の軍勢は、ここに来て二つになったからだ。

 だが既に、レックス・アームストロングのレールガンによって、またスコール・マンティアの念動力によってほとんどが殲滅されている。

 総計二十を超える大轟音がコンクリートの大地を蹂躙した頃――それは遂に完遂し。

 彼らの視線が、同時に時衛士へと集中した。


 道路を挟むように立ち並ぶ商店の一つが、炸裂音を鳴らして壁を破壊する。

 そうして、ワンテンポ遅れて出現する機関員。先頭に立つ船坂は、肩に巨剣を担いだまま、路地裏や商店の中から硝煙と鮮血とが混じる道路へとあらわれる。 

 そこから、もはやお馴染みのように扇状に展開し――やはり彼らが構える銃は、余すこと無く青年へと向けられていた。

 総数五○を超える適正者。誰もが戦闘服のようなパワードスーツを身に着けており、ある程度の防弾性能はあるが、

「はい、エイジ」

 ナルミから渡された対戦車ライフルは、無論彼らの装備を無力化するには十分すぎる火力を誇っていた。

「どうするんだい?」

 男勝りというよりは、少年のような口調で彼女が問う。

 その時、拳を交わして吹き飛んだ二名が、全く息のあった同じタイミングで地に足をついていた。

 瓦礫が崩れ、煙が舞う。

 にわかな静寂の中、視界が晴れない薄暗い空間内で、蒼い鬼火が揺らめいた。

 陣形はごく自然に、ただ一人の敵を、複数人が囲むような形となっていた。

 そしてそれは、あながち間違いだと言い切れるものではない。

 ホロウ・ナガレはこれから先に進むにあたってこの男が、仮に協力関係を結ぼうと考えていたとしても邪魔に過ぎず、機関側には既に処分命令が下っている。

 レックス、スコール両名は青年の本心を理解しきれていないからまだわからないが、少なくとも青年の方が真っ先に敵視し苛ついた二人だ。その純粋な善意が通じないと理解するのは、いつになるだろうか。

「ナルミは、上層部がどこに居るか――」

 問いかけた言葉を飲み込み、衛士は舌を鳴らす。忌々しげに歪んだ表情のまま、己の命を狙っている連中の目の前で狙撃銃を放棄し、ゆっくりとパワードスーツの金具や固定具を外そうと手をかけ――衛士は息を呑んだ。

 視ていた未来が変異する。

 そしてその瞬間、全てを監視――それができていたのが己だけではないのを思い出す。

「アイリン……!」

 肉体が突如として拘縮する。

 そう錯覚してしまうのは、全身を覆う野戦服のようなパワードスーツが、ぎゅっと引き締まって肉体に貼り付いたからだ。関節が曲がらぬほど、融通の効かぬ加減で身体を締め付ける。気がつけば手のひら、甲を貫くように穴が開いたグローブさえも、指先までを圧迫した。

 身体が何一つとして動かない。

 だが視線は、ドアを開け放してある装甲車を一途に睨んでいた。

 喉が絞まる。

 声帯が押さえつけられ、気道が塞ぐ。

 どれほど唇を動かしても声が出ない。徐々に、顔はうっ血するように赤紫色に染まり始めていた。

 ――ドアの奥、その社内で衣擦れの音が聞こえる。

 それに気づかぬ機関員は、無防備にも程がある青年を照準し、エミリアが保身の台詞を紡ごうとした、その時。

「ずいぶんと、恨みがましい視線ねえ?」

 白衣を翻す女は、軽々とそこから飛び降り、軽い着地音を鳴らす。

 火焔のような淡い真紅の髪を振り払い、インカムを押さえつけながら、アイリンはそうして時衛士の正面まで歩み寄る。

 その姿に、誰よりも驚いたのはナルミだった。

「な……なんで、あなたが……?」

「あなたの重力子の振り幅が大きくなってたからね。そもそも、病院の前にキーが挿しっぱなしの装甲車に何の疑問も抱かずに乗ったことに驚きよ」

 もっとも、彼女はそうすると信じて潜んでいたのだが。

「気分はどう? ねえ、エイジくん」

 爛々と輝きを放ち続ける鬼火の勢いは、やがて失われ始める。

 パワードスーツは彼らの肉体を強化する効果があったが――同時に、機関に飼われている証拠なのだと、この時誰もが理解する。

 答えられぬ青年に、彼女は一瞬、陰りのある笑顔を貼りつけた後、軽く苦笑するように息を吐いて腕を組んだ。

 そうして――青年の双眸から噴出する蒼い鬼火が、姿を消した。

 眼帯からの保護を失われた焦点が合わぬ義眼が虚空を見つめ、また片目は白目を剥いたまま、意識の吹き飛んだ肉体だけが、ゆっくりと傾き始めていた。

 緩慢な、まるで建築物が倒壊するような穏やかさで倒れていく青年の身体を、ナルミは抱きとめ支えてやる。途端に彼の身体を締め付けていたパワードスーツは膨らみ、柔く青年の肉体を包む。呼吸は停止したまま、だが脈は異常なまでの速度で跳ねているのを確認したナルミだが、

「この場はあたしに預からせてもらうわね。ほら、ナガレ……あなたも招いてあげるから来なさい」

 この状況で青年の命を優先するならば彼女に従うしか無く、促されるままに、ナルミは脱力した青年を担ぎ、装甲車へと押し込んだ。

 左右に伸びるシートに青年を寝かせたナルミは、そのまま彼の隣に沿うように座る。

 それを確認したアイリンはナガレを手招き、彼は膠着したままのセツナを一瞥。彼は短く頷き、それに応じたようにナガレは肩をすくめ、ただ一つの選択肢を選ぶかのように装甲車へと乗り込み、ナルミの正面のシートに腰を落とした。

「アイリン……何をするつもりだ?」

 褐色の女は銃を下ろしたまま、前に出て声をかける。

 そこでようやくエミリアの存在に気がついたように彼女は視線を向け、ああ、と唸るように頷いた。

「決着を、ね。あなた達はもういいわ、好きにしてて。もう銃はいらないから」

「……これから、どうなるんだ?」

「さあね。あの子が最終的にどんな判断をするかが問題だけど、十中八九このまま存続するわよ。あの子……時衛士という不確定要素さえ介入しなければね」

「ならば、今のうちに処分しておかないのか?」

「殺したいの?」

 直球な問いに、エミリアは口をつぐむ。

 誰も率先して仲間を殺したいとは思わない。特に青年への思い入れがある彼女ならばなおさらだ。

 ややあって、言葉もなく首を振る。

「それは上からの命令か?」

 そう口走るのは、巨剣を担ぐ船坂だった。

 エミリアを押しのけ、今度は彼女の代わりに前に出る。

「独断よ」

「ならお前に従う理由はない。あの装甲車ごと、目標を撃破する」

「反逆しない限り、彼はあたしたちにとって有用なサンプルなのよ。時間遡行、加速の能力を有していたとしても、その五分間に自由がなければ遡行も意味が無いし、そもそも戦闘能力的には脅威たりえない。殺すことは簡単だけど、これほどの逸材はもうあらわれない可能性さえあるのよ。わかるでしょう?」

 口を挟む容赦すら無くそう告げ、アイリンの目は次に青年を救済しようとした二人へと向く。

 青年のためならば機関すらも欺くと言い切った彼らである。その善意を拒絶されているのはいささか哀れだが、機関がまだ機関として存続している以上、彼らが害をなす存在と認められた現在、放置しておくわけにもいかない。

「言質はとってある。きみらも、着いて来るよね。もちろん?」

 彼女の誘いに、彼らは顔を合わせることもなく頷いた。

 促すまでもなく二人はそそくさと装甲車へと乗り込み、最後にアイリンがドアを閉める。

 別れを告げることもなく早速運転席へと乗り込んだ後、装甲車は鈍いエンジン音と共に稼働し、その場でゆっくりと切り返してから、きた道を戻るように発車し――。



「かはは、決着……だとよ」

 過ぎ去っていく装甲車を視界の隅で捉えながら、乾いた笑いが零れ落ちた。

 祝英雄が武器として持つのは肉体のみ。

 だがセツナとて、それは同様なのだが――彼には複数の特異能力を有するという、それこそ特異点じみた能力を武器にしていた。

 現在観測されているまでで、火焔を出し、氷塊を出し、虚空で二度目の跳躍を果たし、武器の強度を高めるなどをした。短刀の射出とて、能力の一つかもしれない。

 だが、それでも敵に回しているイワイが生存しているということは、即ち、能力を含めても戦闘能力は同等だという事だった。

「つけるか、決着を。我らも」

「テメエは、もうヤケになってやがるな?」

「なに、役目を終えて自由の身になっただけだ。どうせ恨まれているなら、ここで清算するのも良いと主ってな」

「はん、そうかい。なら、ちゃっちゃと始めようぜ」

 何をするでもなく、ただそれを見守る機関員らを煩わしく思いながらも。

 両者は静かに、背を預けた、にわかに崩壊する商店から身体を引き剥がした。

 瓦礫がぼろぼろと崩れ始める。

 身体は、先の一撃で――たったの一発で、かなりガタがきてしまっている。

「くく……貴様、膝が笑っているぞ」

 既にスタンガンで一度気絶させられている身だ。それも致し方なし、と弁護の余地もある。

「テメエは身体が震えてるじゃねえか」

 セツナの場合は、単純に耐久値の低さから来る体力の低下だ。その身軽さと軽快さを維持するために最低限に抑えた筋力が、ここに来て仇となった――と言えるが、イワイの拳があたったのは顎である。そもそもその一撃を喰らって意識を保っていることがやや異常だった。

 なんにせよ、長くは続かないだろう。

 接触して、ぶちかまして、最低で一発。最大で二発。少なくともどちらかの全力が一度当たれば、立て続けに相手が倒れるまで拳は敵を喰らい尽くすだろう。

 ――もはやそこに、恨み辛みなどは存在せず。

 純粋な決着を望む二人の兵士の、最後の戦いはやがて開始した。


 跳躍に似た足の運びで大地を駆る。

 疾走するニ者が交わるまで刹那だけの時を要し――。

 圧倒するほどの速度で肉薄したセツナの拳が、迷いなくイワイの水月へと食らいつく。速度と体重と、その腕力を乗せた強烈な一撃が男の内蔵を圧迫するように炸裂する。

 同時に真っ直ぐ伸びた鉄拳は、弧を描く軌跡でセツナの側頭部を穿ち――硬い感触が柔くなる。

 力任せに振り払えば、セツナの肉体は脱力したように体勢を崩して地面に叩きつけられた。

 イワイは地面を踏み込んで衝撃を耐え忍ぼうとするも、腹の中で響く骨折音による怪我の自覚と、折れた骨が内蔵に深く食い込む激痛に堪え切れず、尻もちを付くようにして倒れこんだ。

 薄暗い蒼穹を見上げながら咳き込み、そして口の中いっぱいに広がる鉄の味を理解する。

 一方で、頭を不安定な、まるで水を含んだ袋を地面に置いたかのように変形させるセツナはほんの僅かな動きさえ見せず――拳に張り付く、頭部を叩き潰したその感触を噛み締めながら、イワイはゆっくりと目を瞑る。

 目が覚めた時には、全てが終えているだろう。

 そういった確信を持ちながら、イワイは耐え難い脱力感に抗う事無く、全てをその流れに任せて弛緩した。

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