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最終決戦:第三陣 ③

「エイジくん、僕はそもそも、この機関に憧れて入りたいと望んでついてきたわけじゃないんだよ」

 レックス・アームストロングは鉄骨に手のひら大の徹甲弾を装填――というよりは挟み込みながら、その手の中の鉄塊じみた鉄骨に電撃を迸らせた。

「純粋に、キミの力になりたいと思ったんだ」

 レックスの語りに、重ねるようにスコールが口を開く。

「わたしは色々なものが守れなかった。だから、あなただけでも守ってあげたいと、私はそう考えていた」

 無垢な、どこにでも居る青年が死の味を覚え血の滲む訓練を経て、再び死へと誘われる戦闘を繰り返す事を強要したのはどこのクズだ。

 彼が、果てのない復讐に駆られた理由は誰が創りだしたのか。

 許さない。

 懺悔すらも許容しない。

 ただ己の正義に則り、断罪する。

 誰でもない、この哀れな青年のために。

「俺はてめえが気に食わねえ。てめえをぶち殺してえ。それだけだ、衛士なんか、正直どうでもいい」

 悪意を吐き捨てる先には、何食わぬ顔で忍者刀を構える男。そのセツナも同様に、イワイを睨んでいた。

 だが、セツナから何か因縁があるというわけではないのだろう。彼の心情とすれば、振りかかる火の粉を払うだけに過ぎない。

 されど、彼がナガレの近くにいる限り、物理攻撃しか手段を持たぬ連中は全てが無力だった。

 無論、予知を可能とする衛士さえもだ。

「ボクは正直な所、キミの仲間なんてどうでもいい。牙を剥くならへし折ってもいいくらいに」

「そして実を言えば、あなたにはそこでじっとしていて欲しいとも思っています」

 実力面では衛士の遥か上を行く二名が、本気で彼の行く末を拒むというならば、彼自身抵抗する暇もなく押さえつけられるだろう。なんにしろ、予知できても体が動けぬほど連中は速く、あるいは不可視の力を有しているのだから。

 彼らがそうしないのは、青年の意思を優先したいから。

 救いたいのだ。その歳で世界に恨み言を呟きながら死していくような人生を。この世界に掃いて捨てるほど居るとしても、目の前にいるかぎり、彼だけは。

 ――だからこそ、なのかもしれない。

 青年は彼らがこれからしようとしていることを、無論視ている。それを認識し、理解せざるを得ない。

「冗談じゃねえぞ」

 故に、そう吐き捨てるのは必然だった。

 仲間を護るために闘っている。

 だというのに、仲間などどうでもいい? その代わり、己を救いたい?

 ふざけるな、と怒鳴り散らしたかった。出来るのならば、蹴散らしてやりたかった。

 なぜそこまでして邪魔をするんだ。妨害するのは、協会だけでいいのではないか。

 どうして放っておいてくれない。復讐者だというなら相応に阻害して取り除いて立ち向かってくれば良い。ガキだと笑うなら切り捨てて殺せば良い。

 なぜ手を差し伸ばす。

 どうして救おうとする。

「なんで、今更になって――てめえらは!」

 不意に、感情が沸騰した。

 救うべきなのはオレじゃない。

 救われていいのはオレじゃない。

 眼の前で殺されていった、自分が救いたかった者たちだけでいい。

 救おうと祈った人間が不甲斐なく死んだって仕方のない話だ。

 だが、不条理で死んでいった者たちこそが、救われていいと、誰かが救わなければならないと思われなければならないのではないか。

 死しているからこそ触れ合うことが、救うことが不可能でも、誰かがそう想っていることこそが、大切なのではないか。

 既に肉を得て血を滾らせる生者を重んじてなんになる。

 もはや物言わぬ死者を軽んじて、誰が彼らを想ってやることが出来るのだ。

 どうせ想うことしか出来ないのだから、そんなことをしてしまうような、どうせ掃いて捨てるほど居る一人のガキの戯言なのだから、黙ってやらせて――黙って死ね。


 青年の双眸で猛る蒼い鬼火が、不意に爆ぜた。


 音もなく、対の瞳はその火焔に飲み込まれて眼窩から炎を噴出させ。

 何かを知覚する――危険だと警鐘をかき鳴らしたのは、ナガレの本能だった。

 故に発動する。

 周囲を、己の半径十メートル以内の無機物を空間に固定する能力が、青年の銃を、パワードスーツを張り付ける――筈だった。

 指を鳴らす、音がする。

 それを聞いた時、にわかな意識のズレが生じた。

 それはほんの僅かな違和感だった。

 踏み出した一歩が踏み出されていない。上げた筈の腕が下がっている。銃の構えが少しズレている――そんな、気のせいだと捨てられるそれを、唯一”その現象”を知覚できる男は、無視できなかった。

 つまり。

 ホロウ・ナガレが能力を発動させる一瞬前へと、時間は回帰していたのだ。

 ――誰も救えず、誰かを救いたかった青年の、偏った一方向の強い願いが、狂気と化す。

 己へと差し伸べられた手を見て、なぜ己しか助からなんだと叫ぶ。

 ホロウ・ナガレはそれを理解せざるを得ず。

 この状況での、およそ最終段階への能力の成長――五分以内ならば、自在のタイミングに時を戻す能力――に驚愕こそするが、だがまだ制する術があるのを知る。

 今発現したからこそ、その扱いは未熟である。

 このタイミングだからこそ、彼はその能力に頼るだろう。

 とんでもない能力ちからを得た者の、驕りを利用する。

 彼は考えながら、前へ進み、反応する暇もない付焼刃の頭を豆腐のように弾いていく青年の背に、銃口を突きつけ。


 刹那。

 

 思考を引き継ぐ肉体は、されど銃を下ろした姿勢のまま、青年の背を見つめていた。

 銃声がけたたましく反響し、誰かの頭が血飛沫と化す。

 ――時衛士の視界は全方位に至っている。あるいは背を見ることが可能であるか、本体より遥か後方から視覚情報を得ている。

 完全に死角となる位置から銃を向けたのにも関わらず時が遡行したというこの事実は、そういった事でしか説明できず。

 そしてホロウ・ナガレは、正確なまでに彼の能力の一つを見抜いていた。

 ゆえに、まだ確認するべき事項がいくつかある。

 男は呼吸でもするような自然さで銃を突きつけ、発砲した。


 意識は引き金を強く絞ったまま、されど身体は気をつけの体勢で維持されている。

 先ほど殺された付焼刃は、まるで最初からそうだったかのように、頭を喪失した肉塊を地に這わせている。誰もが僅かに遅れてそれに驚愕し、恐怖し、戦慄する中で、ホロウ・ナガレは付き従うかのような従順さで、衛士の背後に歩み寄った。

 眼の前で、己が創りだした能力者が殺されていく。

 それを無感情に眺めながら、集団の外側で、全てを把握し得ぬまま、また何が起こっているのかいまいち認識していないような顔で、その殺戮を見守る三人を一瞥する。

 視線が交錯する、その全ての男たちは、敵意を持って睨み返したのを彼は理解し、短く息を吐いた。

 この僅かな時間での意思疎通は不可能である。

 青年は果たして正気なのか否か。それすらもわからぬ現状では、誰が彼を止める事が可能なのかもわからない。

 どうすればいい、どうすればこいつを止められる。

 何をすれば――目的を優先させられるんだ。

 ホロウ・ナガレは、この状況に到来してようやく理解した。

 この青年は、かつて友だった男とは決定的に異なっていることに。

 別人となるほどの成長を、遂げてしまった事に。

 この世界は”過去”なれど、自身が体験した過去とは異なった”未来”になっている事に。

 ――最初から、一人でやるべきことだった。

 仲間を作らず、友人を求めず、孤独に破壊を望めば良かったのだと。

 その男は最後の時に至った今、本来始めに認識し思考すべき事を、胸に抱いた。

 ならば、と想う。

 全身全霊を以てこの青年を殺すことで、かつて友人だった男の手向けとしてやらなければならない、と。

 これ以上の恥はかかせぬ。

 間違ったことを正せぬならば、今己がそうすることを目的にするように、この男をそうしてやろう。

 壊し、殺し、なかったことにしてやろう。

 マシンピストルを抜いたまま、また片方の脇から拳銃を引きぬく。

 リボルバーは素早くシリンダーを回転させ、弾丸を装填。

 瞬く間に火花を散らし衝撃を、発砲音をかき鳴らしたそれらは――背後から、正確に時衛士の両手を撃ちぬいていた。

 横へ飛び込むような機動の中。

 青年が、軽々と片腕で構えた対戦車ライフルの引き金にかかる手を手首から、また胸の前で、柔く拳を作るような形の左手を真横から、弾丸を撃ちこみ、鮮血が爆ぜるように噴出した。

「ぐ、ぁあっ――」

 指を鳴らすことが契機でなければ、時間は巻き戻る。

 痛みで僅かなタイムラグがあったとしても、それは確実に起こる。

 だが。


「おい、マジか、お前――ッ!?」


 不意に、青年の姿が視界に飛び込んでくる。

 まるで、瞬間移動でもしたかのような速度で。

 油断するホロウ・ナガレの顎下へと、既に素手となる右腕の肘が、叩き上げられ――。

 視界が鈍り、意識が滞り、激痛を鮮烈に知覚する。

「お前、まさ、か……」

 たたらを踏んで後退。選択するのは身構えだけであり、身体は反撃へと移ることはできなかった。

 おかしい、ありえない。

 青年の力は、予知と、精々五分の時間遡行だけだったはずだ。成長して、体感した五分以内を自在に巻き戻せる能力に成長しただけだと、思っていた。

 瞬間移動など覚えるはずがない。

 ならば、なんだ。

 一体全体、どうやって”時間を操り”やがったんだ。


 ――鬼火が尾を引き、残像を空間に焼き付ける。

 蒼い瞳が、ホロウ・ナガレを一瞥した。

 全身の肌が粟立ち総毛立つ。

 この男はその時、確かに恐怖を抱いていた。

 そしてそれを悟る勇敢な身内の一人が、果敢に牙を剥く――。

 横から飛び出してきた黒い影が、対照的に忍者刀を眩く煌めかせる。そのまま無防備な青年の腹を貫き、押し倒すように組み伏せた――刹那。

 ようやく理解に至った三人が、その状況に介入した。

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