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最終決戦:第三陣

「時衛士が協会側に癒着しました」

 燃えるような紅い髪を翻し、インカムを耳に押し付けてアイリンは上層部へ伝達する。

 ややあって、数秒以内に聞こえたのは気の抜けるような嘆息だけだった。

『少しは役に立つかと思えば、結局は自分が成長するだけ成長したら飼い主に噛み付くか』

 しゃがれ声が自嘲気味に笑う。

 薄暗い司令室の中。無数の画面に様々な状況が映し出され、火器制御や弾薬管理が随時行われている。即座に隔壁を出現させたり、近場の建造物に安置されている弾薬を開放したりなど、その仕事は忙しない。

 また状況に応じる指示。

 怪我人の搬送、その処置など。デスクワークといっても頭脳労働はヘタな肉体労働よりも大変だった。

 だというのに――。

 アイリンは、マイクロフォンの向こうの老害どもに悟られぬような嘆息を漏らしてから、「はあ」と気の抜けた返事をする。

 歯ぎしりだけは誤魔化せないようだが、首根っこを噛み千切ろうとしている獅子を前にして、わざわざ差し伸べた指先に噛み付いてこようとする子犬に注意するわけもない。

『制圧しろ。時衛士もろとも、それに加担する全てをだ』

『そして』

 と、誰かが立て続けに口にする。

『優先的に時衛士の始末を伝令しろ。攻撃が通らないのはまだ対処のしようがあるが、こちらの手の内を読まれては困りものだ』

『確かに。しかし、時衛士の反逆に付き従う二名はどうする。特異点に加え、擬似特異点――打撃力で考えれば最も厄介だ』

『時衛士の厄介さはその能力だけだが……こちらは確かにそうだな。まあ、だが我々も予期し得ぬわけでもなかったろう』

『ああ』

『そうだな』

『作戦通りに行こう。我々の勝利を求めて』

 アイリンは暫くの間――されど支障をきたさない数秒だけ動きを止めてから、彼女にとっての最大限の反逆として、マイクロフォンに舌を鳴らした。

 上層部。

 何人で構成されているのか、どこの何人なのか、年齢、性別はもちろん外見さえもほとんどが不鮮明な者たちは、本当に存在しているのか。

 分からない。だが、従うしか無い。

 自分にはこの世界しか無いのだ。

 しかし、この世界はいずれ脆く崩れ落ちる……そんな気がする。

 装置が見せる未来は、未だこの機関の存続を映している。だが、これがいつ狂うかわからない。

 もし、自分の居場所が失われたら――いつでもありえるその可能性に漠然とした恐怖を覚えながらも、アイリンは無線を、最前線の部隊長へと繋いだ。

「時衛士が反逆した。作戦を従来のものから特殊対応へと移行」

 僅かな間が開いてから、了解の返事が来る。

 彼女はその後の対応を、補佐である金髪の少女に任せてから、その場を辞した。



「フナサカ」

 褐色の女が巨躯に言葉をかける。

 男は大剣を背負いながら、視線だけでそれに応じた。

「トキが寝返ったらしい」

「そうか。随分と判断が遅かったな」

 なんでもないような声で、戦友の反逆に首肯する。

 もとからそうするつもりだと知っていたように、その覚悟は、とうの昔からできていたように。

 その実、エミリアを含めて時衛士に関わってきた機関の構成員はその準備は出来るほどの猶予は与えられていた。

 元は、たとえ狂った犯罪者が行った惨殺事件にしろ、機関が関わらなければ未然に防げた事件である。

 青年の怒りの矛先はどれほど経過しても機関へ向くし、それがまだ一年近くしか経過していないというならばなおさらだ。

 この侵攻に乗じて、協会と協力して制圧する。

 かつて背中を合わせた戦友さえも、殺戮し尽くすかもしれない。

 彼にはその理由があり、その能力がある。

「死にたくなかったら殺せ。奴は元々、ここを潰すために入ってきたんだ」

 最初から敵だった。

 そんなのはわかっている。だが受け入れたのは彼の能力が有用であったからであり、彼を中心にした研究が成果を実り、擬似特異点を作り出すことに成功した。

 時間遡行よりも困難だった、人工的な能力者の育成。それを全て簡略化させる、装備できる特異能力。

 利用して、利用される関係だった。

 ゆえに青年は見違えるほどに強くなったが、それゆえに、彼に対する愛着も強くなった。なってしまった。

「復讐だ、などと」

 悲しいではないか。

 殴られたから殴り返す。

 殺されたから殺し返す。

 彼が持つ未来予知は、そんなものの為にあるのだろうか――。

「あまり綺麗な事ばかり吐くんじゃねえぞ。自分の思い通りになることばっかじゃねえんだ」

「しかし」

「復讐者には権利がある。俺はそう思ってるし――」

 巨躯は、前方から迫る幾つかの影を見て、大剣を構えた。

「――だからって、なんでも思い通りにさせるわけにも行かねえんだ」

 ただ、同情の余地だけはある。

 無論、それはこの世界に生きる人間の数だけ。掃いて捨てるほどの、その一つ。

 時衛士はただ力を持ちすぎた。復讐を実行できた。対象がでかすぎた。ただ、それだけの事なのだ。

 一人のカタルシスよりも、大勢の食い扶持を確保するほうが優先されるのは確か。

 船坂はただ、それを選択するだけだった。

 されど、エミリアは選べない。幾多の修羅場をくぐり抜けたとしても、傍らの男のような豊富な人生経験が足りないからだ。

 選べずとも、時が来る。


 ――発砲音が耳に届いたのは、腰あたりの隔壁から様子を見る為に顔出した部下の頭が爆ぜたのと同時だった。


 時衛士の反逆の銅鑼どらが鳴り響いた。

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