最終決戦:第二陣 ②
レックスが胸のやや上にある突起を親指で押し込んだ。
ぶん、と鈍く電磁が乱れる音が響き、彼の身体から電撃が迸る。即座に注ぎ込まれだ電力は手の中の鉄骨に帯電し、彼はそのままバックパックから一つの鉄塊を取り出した。
鉄骨の間に挟み込み、照準。
同時に、眼前から噴出するような弾丸の豪雨が彼らへと襲いかかり――予期しえたそれらを、それぞれが散り散りになることによって回避する。
神父――スコール・マンティアは大口径の拳銃を、文字通り振り回しながら弾丸を撒き散らして横っ飛びに回避する。アクション映画の見過ぎだと切り捨てられる行動だったが、弾一つ彼を掠ることがないのには、”さすが”だとしか言いようがなかった。
だが。
その半ばあたりから、回避した二名を追撃する射撃は一点へと集中した。
タタタ、と連続する射撃音は数をまして轟音と成り、走り回る青年の足元から袈裟懸けに、閉鎖された空間内では無限の射程を持つ剣戟を振り払い。あるいは横から一閃、そして免許皆伝の剣術家も真っ青な刹那による刺突。
予知しても回避は限りなく困難なそれらを、それぞれ寸でで避け続ける青年は、五分前に見えていた攻撃がようやく来たか、とうんざりした。
轟く銃声。撒き散らされる硝煙、排莢した空薬莢が床を鳴らす。
男どもの怒声。射撃と共に、たった三匹のネズミを撃ち殺すことに躍起になる彼らは、即座に陣営を作る。
弾倉を入れ替え、またより効果的な能力を有する者はそれに適した位置へ移動し――杭が、弾丸と共に足元を穿つ。コンクリートに亀裂が入り、欠片を散らして深く食らいついていた。
鋼鉄製の棒。それが不意に空中から出現し、己目掛けて襲来した。
思い切り後退すれば、壁が絶望と共に背中を叩く。思わず息を呑んだが、無論予知済みだ。構わず壁を蹴り飛ばして横に回避すれば、継いで閃光が破裂した。
瞬くライトを認識すれば、すぐ脇をレーザーが通り抜ける。そのまま力強く振り払うレーザーは、即剤に屈みこんだ衛士の頭上を過ぎていく。
「まだか!」
レックスへと怒鳴り散らせば、彼は逃走しながらその鉄骨を白熱させている。今にも爆発しそうなそれを見て、声に気づいた彼は衛士を一瞥した後、にわかに眉をしかめていた。
視線が促すよりも早く、自身が声を上げたことにより変異した未来は既に脳に刻み込まれていて――故に、変異した五分先の未来で敵の軍勢を確認したという事実が、彼の怪訝な表情を理解たらしめた。
つまり衛士は気がついたのだ。
射撃が、能力による攻撃に変質した理由を。
そして、その理由というのが――百を超えていただろう敵の数が、既に半数以下に減っている事に。
転移能力者が仲間を連れて、この閉鎖空間から脱出した。
それを理解するのはあまりにも容易で。
ホロウ・ナガレがその能力で隔壁を停止させなかった理由を掠めたような気がした。
――大気を全てかっ喰らう爆発音が反響する。
空間内にあった全ての物質が軋み、鼓膜が破裂しそうな熱と衝撃とが入り混じりながらも、一秒と経たぬ内に思考を行動に移せない付焼刃を蹂躙し、
「……これは」
レックスが唸る。
白熱した弾丸が、男の十歩ほど手前で動きを止めていたからだ。
鉄塊はやがて熱に侵食されて尚、数秒間その空間に固定されていて、その間にナガレとセツナは飛び退き、回避する。
音もなく能力から解放された弾丸は、そのまま以前までの勢いで、その虚空に眩い輝きを一閃、残像を残して――彼らが居た背後に爆裂。けたたましい衝撃音と爆発音と、爆散する欠片と暴風とが一挙に抜ける。全てを巻き上げる衝撃波が、欠片と共に衛士へと殺到した。
残る敵は二名。
血肉となる以前に蒸発した十数人は、跡形もなく消失し。
残る二人は、あの一撃で生き残っているからこそ異彩を放っていた。
鼻につく瘴気が如く、その雰囲気は纏わり付く嫌悪感となって、突如として噴出した。
彼らしか残っていないのだから当然だが、しかし視線が外せなくなるほど、警戒せざるをえない。
未来を視ても安心ができない。
恐らく、連中の額に銃口を押し付けても、永久の安堵は望めない。
奴の息の音が止まっても尚、その肉体が形を保っている以上は。
「ようやくまともな話ができる。なあ、時衛士?」
腰に手をやり、まるで旧友のような気軽さで声をかける。対する青年は、肩から下ろした対戦車ライフルで、男を照準していた。
「んなもん効かねえっつってんだろうが」
「なぜお前はここに留まった。最初から抜け出すことも出来ただろう」
「お前ともう一度、話がしたいと思ってな」
「はん、どうせ時間稼ぎだろう。正直、お前の率いた部隊は脆弱だ。あんな付焼刃な能力者じゃ、オレがいても居なくても、制圧し切る事はできない」
最初の狙撃と、爆撃による前衛部隊の撃破が大きく出たのが、その要因だった。
だがそれは青年の勝利とはなり得ない。
彼の勝利は、目の前の男の死滅。
そして――機関の滅亡なのだから。
「強がりが言えるようじゃ、大したもんだと誉めてやれる」
「強がりしか言えないようじゃ、大したもんじゃねえな――ってか」
自嘲気味に一笑し、衛士はそのまま引き金を弾いた。
発砲音が響き。
弾丸は、やはり男に触れる寸前で停止した。
「なあ、エイジ。お前と俺は最終目標が合致している。どうせ死ぬなら、効率良く行こうじゃねえの?」
「効率良く死ねっつうのか? ピタゴラか何かかよ」
「違う」
「アルゴリズムでも作れってか」
「なあエイジ、俺は真面目な話をしてるんだが――」
視界の隅で影が動く。
目の前の男は、それを狡猾にも認識し。
セツナは既に、起き上がったイワイへと動き出していた。
「ブッ殺――」
言葉は続かず、刃は男の喉元につきつけられる。鋭く冴える煌きが、いつでもその生命を刈り取れるという意思表示をしているようだった。
「部外者は少し黙ってろ」
「部外者、だとォ……?」
ショットガンの銃口が、セツナの顎下を突き上げる。
ソレを赦すセツナはされど、何かの危機意識を覚えた様子はなかった。
「話を戻そう」
決して視線を逸らすことのなかったナガレが、指を鳴らして注視を促す。
衛士は忌々しげに視線を投げながら、弾丸を装填した。
「ここでの関係は、ここでの生活が終われば解消される。決して、これまでのように持続することはできないってわけだ。当たり前だろ? 動物園から追い出された獣が、外でそれまでと同じような暮らしができるかってんだ」
お前は、と。ナガレは、口を挟む余地もなく捲し立てる。
「さすがのお前も、それくらいはわかってるはずだ。この機関が潰れたとして、死んだ事になっている人間が地上で、元の生活を営めるわけがない。残っているのは闇の世界か、死か」
そもそも機関が潰れなければ、ここにいる人間は誰一人として解放されない。
それが良いと判断するものも、大半のはずだ。
反逆者はただ一人であり、最終的な目的を機関へ向けている者はただ一人。
全ての構成員は、己が住処を護るために銃を手に手にとって反逆している。矛先はブレること無く、固定機銃のように前だけを向いている。
「お前は選択できていないだけだ。機関を潰すことは即ち、仲間を捨てることだ。だが、今はその仲間を護るために戦っている。機関の最期の、その先を見ようともせず、な」
「黙れ」
「修羅場をくぐり死線を抜けながらも、お前の精神は柔いし、頭はガキだ。選べもせず、選べぬまま最期へ至る」
乾いた笑いを漏らしたナガレは、一瞬だけ、哀憐を帯びた眼で青年を見て。
「二兎追うものは一兎をも得ずと、先人はよく言ったもんだな」
「うるせえ、お前が目障りなんだよ!」
発砲。装填。
発砲。装填。
発砲――そこで思わず体勢が崩れ、身体はそのまま背後の壁にもたれかかる。
対戦車ライフルの衝撃に耐え切れず、右肩に鈍い痛みを覚え、衛士は思わず小さく唸った。
弾丸を、装填……が、排莢がない。
よく見れば、男の眼前で停止している弾丸は二発。つまり、一発目で弾は最後だったのだ。
弾丸をベストから取り出して再装填する暇もなく、ナガレは黒衣を翻して拳銃を抜く。先端に缶を被せたような拳銃――それは短機関銃であり、三ニ連装弾倉を二秒たらずで全弾を撃ち尽くす武器だった。
大量の弾丸を短時間で目標に撃ちこむことを理想とする短機関銃。頭部を狙うだけならば、大口径の拳銃よりも有用性の高いソレだ。
「お前だけが抗い戦い苦しんでいるのかと思っていたのか? とんだ悲劇のヒーロー様だな」
「ああそうだ、オレは誰よりも不幸で誰よりも努力をして――誰よりも死んできた。だからオレは強くなくちゃいけないし、オレが決着をつけなくちゃいけない」
「選択も出来ないくせに」
「掴みとってやるよ、全部」
「戦うことしか脳のないお前が、ここにいる全ての人間の衣食住を確保する、というのか?」
「世界に干渉してんだろ、この機関は。どうにかさせるさ」
「どうにも出来ないことっていうのは、往々にしてあるんだが……お前も、薄々は勘付いているんじゃないのか?」
不敵な笑みが。
隠したかった、己の気づいた不安が。
恐怖が。
自分では、腕力では、技術では、能力ではどうにもならぬ現実が。
突如として、一挙に襲いかかってくる。
「お前が望んだものは全て、過去にしか存在していないということに」
そして、
「お前は、過去しか望んでいないんじゃないのか?」
本当に守りたいと思っていたのはもう失われていて、それを忘れるために今の場所にあぐらをかき続けている。
この世界に思い入れなど存在しない。
ここの仲間が、己の心の底を触れることはない。
「お前が戦う理由は結局のところ」
――復讐だ。
「それで全てが終わるわけじゃないのにな」
「終わらせてやるんだよ!」
「死ぬ気か」
「ああ、これが終わるなら地獄でもどこでも行ってや――」
炸裂音は、気がつけば下腹部から身体に直接響いていた。
言葉を遮る、というよりも、その衝撃によって言葉は空気となって口から吐き出されていた。
鮮血が飛び散る。内蔵が吹き出る。骨が砕け、命が削られる。
――ナガレの所持するイングラムM10が、全弾を己の肉体、その左の胸の下あたりを強化装備ごと貫いたのを認識したのは、衛士の意識が鈍くとろけたその瞬間であり。
力が抜ける指を鳴らす。
意識が、吹っ飛ぶのを知覚した。
壁に電磁加速砲――レールガンが炸裂する。
爆音。衝撃。破片、熱風。全てが一度に殺到し、これでもかという具合に青年の肉体を嬲って過ぎた。
衛士は銃を構えたまま、鉄塊を回避したその先で立ち尽くすナガレへと発砲。
弾丸は、それでも寸でで止まる――それすら認識せず、ポケットから取り出した弾丸を装填し、レバーを引いて射撃準備を完了する。
そのまま背後に飛び退き、すぐに背中を打撃する壁を蹴り飛ばし、垂直に跳躍。
一瞬だけ重力から解き放たれるその刹那を利用し、パワードスーツのもたらす馬鹿げた力と姿勢制御で正確無比な狙撃を試みる。
発砲。
成功――されど、着弾はしない。
「時間遡行か! エイジ!」
衛士の機動に沿って視線を動かした男は、狡猾にも彼を見失わず、そうして叫ぶ。
時間遡行してきた男が、僅か五分の逆行でも認識できぬわけはないらしい。
「死んだのか、お前ェッ!」
「てめえが殺したんだろうが!」
自由落下から壁を弾くことによって軌道変更し、衛士はナガレから離れた位置に着地する。
罵詈雑言が銃弾の代わりに飛び交い、衛士が視る未来で己が死んだ。先程と同様に、視たのにも関わらず回避しきれぬ速さでの奇襲だった。
ふざけるな、こんな所で死んでたまるか。
だが――青年は、まだ選択しきれずにいた。
眼の前の男が言っていることは事実だ。機関を潰す限り、結局は今守っている仲間を裏切ることになる。
だが機関に手を出すのは、今この時しか無い。
この際、ホロウ・ナガレの信念だとか生死だとかはどうでも良かったが――。
「くッ!」
苦言にもならぬ苦痛の声が漏れたのはその瞬間、眼前に立ちはだかる人影が突如として出現した時だった。
眼の前の、神父服が翻る。
同時に響きだしたけたたましい発砲音が、男の胸に無数の風穴を開けていて……。
怪我は次の繰り返しに引き継げない。
されど、死だけは決定的に、どの時間軸でもへばりつく。
「スコール――」
声もなく。
小気味良い指を鳴らす音だけが響き。
意識は間もなく吹き飛んだ。
――耳につんざく炸裂音。
衝撃と熱風とが脇を吹き抜け、到来する壁の破片が頬を掠めた。
残弾ニの狙撃銃に弾薬を装填――空になった弾倉が地面を叩くよりも早く、銃口に付属する円形のマズルブレーキが火を吹いた。
鈍い衝撃。
大気を揺るがす発砲音。
弾丸が、男の額手前で停止する。
構わず大地を蹴り飛ばし、時衛士の身は飛び出した。
「レールガンだ!」
目もくれずにがなりたてる。その圧倒的な威力を誇る射撃は相手に、どのタイミングで来るかを知られようとも無意味な情報となるのだが――相手が相手だけに、それだけで不利になる。
されど、それが無駄であるのは知っていた。
要は、この眼の前の敵が一度だけでも他の事に、確実に能力を使用しなければならない状況で。
この男が、確実にそこに対処する為に集中しなければならぬ事象を起こせれば十分なのだ。
「瓦礫をぶち当てろ!」
スコール・マンティアに指示すれば、彼は即座に壁の崩落した瓦礫を能力で持ち上げる。
人を丸々潰せるほど巨大な瓦礫は、勢い良く男の頭上から落とされて――停止する。
バチバチと電撃を迸らせるレックスは、照準したままの体勢で動きを止める。その背後に回り込んだセツナの忍者刀が、対となって両腕を貫き――脇を切り裂き、体内で切っ先同士が触れ合った。
むくり、と起き上がったイワイはそのまま大地を弾いて突撃し、動きを能力で拘束されて硬直。
その効果範囲外に留まる衛士だけが自由の身だったが――。
「次はその壁を破壊しろ。いいな」
無感情に告げるホロウ・ナガレの言葉に歯軋りし。
時間は再び、繰り返した。
発砲。
発砲。
発砲。
全ての弾薬を使用してホロウ・ナガレを誘導し、隔壁を背にさせた所でレックスにレールガンを照準させる。
白熱、高電圧が空間を歪ませ、電撃が周囲に迸る。
鉄骨から射出された徹甲弾はそのまま無防備なホロウ・ナガレへと迫り、停止。
回避したその先、虚空となるその空間を貫いて、着弾。
白熱した弾丸が隔壁にぶち当たり、衝撃は、まるで豆腐のように容易く壁を撃破した。
衝撃が、熱風が、コンクリートの破片が切迫。思わずたたらを踏むように後退し、運命のように頭部へと迫った瓦礫を、寸でで回避する。
もうもうと巻き上がる煙の中、浮かび上がっていた二つの影が徐々に薄れて――。
「お前が仲間に手を出さないなら、力を貸してやる」
その背を追った青年に、男はふざけたように一笑した。
「だったら力づくで止めてみろ。俺の部下が、もう皆殺しにしてるかもしれねえがな」
「そんなヤワな連中じゃねえよ」
「お前にはそう見えるわけか」
「ああ、今でもそう”視え”てる」
強制的に結ばれた協定は、ただ一つ、決められぬ青年の選択させるためのものであり。
青年の目標は、現段階から最終目標へと移行した。