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任務:殲滅せよ 米支部編 ②

「おいHQ! 今の爆発音はなんだッ! 応答しろ! HQ!」

 インカムにがなりたてる。聞こえるのはあまりにも酷いノイズで、返事が来ているのか――自分の声が聞こえているのかさえ定かではない。

 けたたましい発砲音の中、ハーガイムは舌打ちをして障害物に隠れた。

 そこは入り組んだ米軍基地、格納庫へ向かう通路のちょうど真ん中あたり。機関の侵攻を薙ぎ払い撃ち殺し、侵し返したど真ん中である。

 燃料と弾薬のある格納庫は事前に遠隔操作によって爆弾を作動させておいた。そのため彼らは戦車、航空機、戦闘機など諸々の兵器を動かすことは出来ず、米軍の装備の一切は使用できない。

 ――こんなことなら、事前に整体認識IDを作り、火器制御システムを完成させておくべきだった。

 技術者でも何でもない彼は、そういったシステムの仮想があるのかさえ知らないがそうぼやいた。その存在を知ったのは、いつか読んだSF小説でのことだった。

「ぐあっ!!」

「た、隊長――」

 カービン銃の残弾を確認する。

 残り十二発。

 弾倉は八つ。

 ――感覚的に、部下が被弾し倒れたその場所。つまり、部下たちの方向へと銃を向ける。

 直後に、その能力で瞬時に転移してきた男が現れる。愛しく頼りになる鍛え抜かれたかつての仕事仲間たちを葬った張本人だ。

「はっ、てめえら――」

 発砲。

 火花が薄暗い辺りを眩く照らし、男の胸板に無数の穴を穿つ。血飛沫を散らし、男は口から血の泡を吹く。弾倉の中の弾丸を全て打ち込んだ所で、既に絶命した男は地面に引かれるように倒れ込んだ。

「敵陣沈黙! 生体反応、確認できません!」

 厳ついゴーグルを装備した一人が叫んだ。

「警戒を怠るな! ゴー、ゴー、ゴー、ゴー!」

 昂ぶる感情をそのままに男は吠えた。

 第三小隊まで引き連れていたつもりが、気がつけば既に小隊規模にまで収まっている。

 だが、良く訓練され特殊な、特異能力を有する装備に能力を持つ敵を相手にして、ただ訓練されただけの兵隊がここまで生き残っているのは奇跡的だと言えた。すくなくとも、ハーガイムの経験則上では。

 弾倉を入れ替え、コッキングレバーを引く。

 還暦を過ぎた男の戦いは、さらに熾烈を極めた。


 ハーガイムが指示した六○秒後、誰かが止まれと叫んだ。

 喉が裂けんばかりの声は、遥か前方から響いてきて――凄まじい爆発音。強烈な衝撃に、周囲の部下が、前方で走っていた仲間たちが吹き飛んで襲いかかってくる。

 眼前に迫る灼熱の業火。その薄暗い空間でナイトヴィジョンを装備していたら、視覚は白く染まり上がっていたことだろう。

 また彼が先頭を走っていたら、爆弾か榴弾か――そういったものの爆発を直撃していたはずだ。

 部隊で唯一、特異能力を有する彼ならばその存在を知覚するのは容易だったろうが、不意打ちを避けるのは至難の業だっただろう。

 ――結果としては、小隊のほとんどは使い物にならなくなった。

 加えて通路は破滅的なほどに崩壊し、進行方向は黒く焦げて塞がれている。

 生きているものは居るだろうが、動けるものは誰一人としていない――否、数に入れるとすれば、ハーガイムただ一人だ。

『聞こえ……か――ガイム。応……ろ、ハー……ム……!』

 ノイズ混じりの声が聞こえる。

 声による判断は難しかったが、おそらくは本部からの応答だ。

「来たかッ!」

『聞こえる……ハーガ、ム。聞こえるか、ハーガイム、応答しろ!』

 声がやがて鮮明になる。

「ああ聞こえているッ! 何が起こった、ヤコブはどうしたッ?!」

 かつて協会の創設者の右腕だった男は、焦りを隠さぬまま叫ぶように状況を説明した。

『全部隊が掃討された。連中は手練の”特異点”だ。総勢ニ八人の能力者が、貴様のもとに集結しようとしている!』

「何千人居たと思ってるんだッ!? いや、何万――」

 前方で爆発。

 ハーガイムは本能的に身を伏せ、飛来してくる瓦礫をやり過ごす。

 その直後に、光の尾を引く弾丸が無数に頭上を過ぎていった。発砲音は爆発の余韻に飲まれ――曳光弾は老兵の動きを牽制する。

「……たかが、五人か」

 男は知覚する。

 感覚を研ぎ澄まし、周囲の空気を、気配を、音を、衝撃を――その全てを自分のものとする。

 もっともそれを操作できるのではなく、感じることが出来るだけだ。

 彼はそれを、絶対知覚コンプリートと呼んでいた。

 ハーガイムを軍から追い出し、異形たらしめた異能の力。そして多くの危機から己を救ってきた、唯一の能力だ。

『ファルコン――いや、ヤコブは死亡した。敵の心理戦に飲まれて殺された。爆発は、その屋上を崩壊させるために爆弾を作動させたためだ』

 腰から手榴弾を抜き、間髪おかずに投げる。

 男たちとの距離はおよそ八○メートル。相手はハーガイムの姿を認識できていない。

 ――手榴弾は弧を描いて地面へと向かう。そのなかで、歴戦の勇士たる老兵は狡猾に照準を合わせ、引き金を弾いた。

 フルオート射撃ではなく、僅かな一発。

 その正確無比な弾丸は瞬時にして手榴弾の横っ腹を貫き、瞬く間に凄まじい爆発を巻き起こした。

 無防備な五人は破片と共に爆発に飲み込まれた、かに見えた。

 だが、完全に戦闘不能になったのは先頭の一人。

 残りの四人は、その男を囮にしたのか――発砲音から即座にハーガイムの位置を特定し、射撃で牽制しながら前進してきた。

 伏射で応戦。だが、影に隠れたり、角度的な無理が祟ったりなど、環境がハーガイムの敵となった。

 硝煙で視界はゼロだ。そして地の理はお互いに五分五分と考えて間違いはない。

 ならば、この空間すべてを知覚するハーガイムの方が分はある……はずだった。

 二人が前にでて、そこからやや離れた位置の男が小声で指示を出す。その後方で、一人が狙撃銃を構えている。そう知覚する。

 短い嘆息。

 その巨躯を気怠げに引き上げ、ハーガイムは立ち上がった。

「おい、クソ共!」

 声に反応する二名。

 筋肉を硬直させること無く、狡猾にアサルトライフルを構え、引き金を絞ろうとしている男たち。

 だがハーガイムの方が、僅かに早かった。

 射撃音は交差すること無く、素早く二名の頭部を破壊する。脳髄が吹き飛び、声もなく脱落する。

 地面にたたきつけられる音も待たずに、狙撃兵がハーガイムを狙った。

 飛ぶように大きく回避し、深く屈んで狙撃兵へと照準する。

 だがそれを許さぬように、残った一人が牽制した。

 そして――不意に業火が、巨大な塊となって飛来した。

『ほとんどは自爆で道連れにした。残ったのが、この連中だ――背後から十人。気をつけろ』

 真正面の壁に飛び込むようにして回避し、すかさず応射。

 能力の使用に慣れていないのか、先ほどの火焔で隙を大きく出した男は胸を射抜かれ、血を吹き出して殺害される。

 制圧してきた通路から、けたたましい程の足音と怒鳴り声が響いてくる。

 もはや隠密行動は必要ないと判断したのだろう。

「ここで死ぬかもしれん」

 知覚できたとして、体が動くかは別問題だ。

 体が動いたとして、攻撃を避けられるかも別問題だ。

 適切な判断、即座の行動、そして運――それだけでは足りない。

 なによりも物量が足りなかった。

「だがわたしは――やらねばならん」

 ここで命を落すことになったとしても。

 米軍本隊の援軍が来ないにしても、だ。

(トキと共に、戦ってみたかった)

 そういう心残りだけはあったのだが。

 壁を背にして、背後からやってくる敵陣へと牽制射撃。誰かに被弾したのか、悲鳴が聞こえた。

 そして――不意に、目の前に影が現れた。

 音もなく照準。

 発砲。

 頭が吹き飛び――その腹部が、突如として高熱を発し始めた。

「爆弾かッ!?」

 生体反応の変化によって反応するのか、あるいは、誰かの能力か。

 なんにせよ関係ない。

 ハーガイムは狙撃兵の方向へと飛び込んで……爆発。

 瞬時に空間は眩く輝き、瞬時にして、その通路を含む一帯が爆発した。



「やれやれ、これでいいのか?」

 全身を特殊な強化装備パワードスーツに包む男は、その手に短めのショットガンを提げてつぶやいた。

 薄手の、タイツのような脆弱そうな装備。だがそれは肉体を効率よく、また人間の持ちうる最大限まで強化させてくれるものであり、防弾、防刃など、様々な衝撃から身を守ってくれる。

 機関の産物だった。

 祝英雄いわいひでおは機関から追放された身だ。日本支部の希望たる少年を殺害したからだ。

 それと引き換えに得たものといえば、特にはない。 

 だが――拾われた先では、随分と働いてやった気がする。今回だってそうだ。

 能力者集団を殺戮し、今度は死体の腹に爆弾を仕込んで瞬間移動させた。転移能力を持つ男はつい先ほどまで目の前にいたが……今では散弾によって肩口から上をすっかり吹き飛ばされて、跡形もない。

 割合に近くで巻き起こった爆発の衝撃波を受けながら、男は応答を待った。

『……手段を選べ、と言ったはずだ』

 これまで敵だった男、刹那は静かに発言する。節々から伺える震えた声音は、怒りを抑えているようだった。

「八ニ○人が殺されてんだぞ? 生き残ってるったってよ、数えるほどしか居ねえはずだ」

 実包を装填し、イワイは爆発の起こった方向へと走りだす。

 強化装備に付属する無線機能は、まだ男の言葉を紡ぎ続けていた。

『たった一人の生き残りがそこに居た。座標は、ちょうどそいつの目の前だった』

「情にほだされてんのか? おい司令部、冷静に物事を判断しろ。戦局を見極めろ。てめぇ様はそれでも、オレたちを煮えたぎったクソみてえに苦しめた敵の幹部か?」

『……司令部とて、我一人しか居ない。米軍は基地と一個大隊を託して逃げ帰ったさ』

「飼い猫に噛み付かれた程度でそれか。ま、この基地じゃ装備も兵器もろくに使えねえんじゃ、しょうがねえけどな。米軍の恐ろしいところは物量だし」

 建造物の横腹に巨大な穴が開いていた。そこから吹き飛んで倒れている、人だった何かが無数にある。

 遠くの方から罵声が聞こえてくる。爆発音を聞きつけた残党なのだろう。

『残り十三人』

「一分後にゃ、何人になってるだろうな?」

 イワイは不敵に笑い、引き金に指をかけたまま、その通路に開いた風穴へと飛び込んでいった。

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