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任務:殲滅せよ 米支部編

 世界抑圧機関アメリカ支部の主な敗因としてあげるとすれば、それはその圧倒的な技術の粋をそのまま軍事力の強化に使用したことにある。簡単にいえば、成り上がりの小金持ちのような存在になったことにあるのだ。

 普段ならば購入を視野にさえ入れない火器類、車両、航空機をところかまわずカートに入れて購入した。そして戦闘は機関の職員を半分、残りの半分を米軍に頼っていた。

 そしてその装備全てにはSF映画よろしく生体認証機能が付与されていて、その使用の有無は機関が握っている。対立した今となっては、その高級な装備を米軍が使うこともできないし、あの身体能力を強化してくれる夢の様な耐時スーツも、見ることすらできない。

 しかし――。

『作戦は順調だ。そちらはどうだ……ファルコン・ワン』

 機関は米軍に依存している。それは決して、機関が圧倒的な資産と技術力を有していても覆ることのない事実だった。

 だから機関の基地はとある米陸軍基地を増設する形で建てられたし、今ではそのほとんどの機能を相手側、つまり機関握られていて仕えるのは米兵しか存在しなかった。だがそれでも米軍が有利だと断言できるのには、理由がある。

 インカムからの音声に、米軍基地よりやや離れた鉄塔隣の、少し低めだが周囲より目立たない、夜の暗がりに溶け込んだ建造物の屋上で待機していたヤコブ・ロデム=スカヤは愛銃の照準器から、基地外で辺りを警戒する機関員を狙撃しながら、ややってから答えた。

「問題ない……といいたいところだけど」

『なにか問題か?』

 イヤフォンの向こう側から、今まで対峙していた協会の男――刹那の姿を思い浮かべながら、ヤコブは軽く笑った。

「以前より少し痩せてしまったせいで、うまい具合にいかない。そもそも本業はデスクワークだったんだけど……」

『この作戦が終われば自由にすれば良い。我らは、機関以外に手を出さない』

 ――ヤコブは五年前までは妻帯者だった。三つになる子供も居て、ハッキングの趣味さえ除けば幸せな家庭を築いていた。しかしちょっとした興味本位でFBIのサーバーにアクセスして、逮捕された。離婚したのはそれがきっかけで、それから軍……ハーガイムにスカウトされて現在に至る。

 これが終われば、恐らく死なない限り時衛士らも全てから解放される。今は、これが終わってから何をしようか楽しみにしていたが、ひとまず彼らと会ってみてから考えようと、彼は考えていた。

 もうパソコンをネットに繋ぐ予定もないし、軍で貯めた預金もある。エリザベス……娘が携帯を使いすぎても払える余裕はしっかりある。妻が奮発してダイヤの指輪が欲しいと強請ってきても、久しぶりに男気を見せて勝ってやる事もできる。

 軍をやめたら銃を返して、でも未練ぶかくSVDのモデルガンを飾って、お守りに7.62mmの軍用弾を一発だけもらって……よりを戻すためにブランド物のバッグでも買ってアリゾナへ行こう。ヤコブはそれを視野にいれていた。

 引き金をひねれば、覗いた筒の先にいる人が跳ねて倒れる。そんな生活はもう終わりだと期待していた。

「あんたは、日本支部にいくのかい?」

『いや。全てはナガレに任せてある。我はここで、貴様らを生かす努力をして終わりだ』

「そう。ま、頑張って」

 それだけ言うと、通信は途切れる。

 ヤコブは嘆息しながら、わらわらと扉から溢れるように出てくる装備を整えた機関員の首、あるいは胸を撃ちぬき続けた。

 が……。

「ん……」

 照準器の向こう側で、一人の男が一枚の紙切れをあらゆる方向に掲げているのが見えた。そして徐々に、ほとんど一定の感覚で発砲を続ける中で、その行為をする者が増え続けていた。

 不審な行動だ。いつものように撃ちぬけば良い。あの様子なら、何かに”かま”をかけているだけであるのが丸見えだ。

 だがヤコブは倍率を上げた。その紙切れをズームした。

 その行動を、彼は生涯で一番後悔することになった。

「……ッ?!」

 息を呑む。

 反射的に銃口がぶれた、強張った指先が引き金を絞る。

 弾丸は初めて、男の太ももを貫通し――たった一発で対象を殺害できなかった。

 位置が発覚される。

 被弾した男がヤコブの方向に指をさして、数人の男達が集結した。

 ――その紙片は写真だった。

 鮮明に盗撮されたらしい、そして最近のそれらしい写真だ。生活感あふれた背景に、自然な笑顔の少女が写っている。歳は十二、三だろうか、小学生か中学生ほどに見えるが、やや大人っぽい女の子だ。そしてそれは見覚えのある顔で――つい一年前の面会日に見た、娘の姿だった。

 男は写真に指を突きつける。そして促すように隣を指した。

 ヤコブは流れるように銃を動かして隣を見る。するとその傍らの男はメモ用紙をひらひらと揺らして、見せびらかすようにしているのが見えた。

 ――娘は可愛いか?

 男達が言いたいことは、それだけだった。

 指は無意識に引き金を弾き続ける。集まっていた男達の頭を撃ち抜き、そしてなめらかなまでの照準を二秒以内に抑え、射撃。射撃。射撃……。

 基地内部の制圧から逃げてきた兵士はやがて失せたが――。

 背後の扉が強引に蹴り開けられた。激しい衝突音と共に扉が勢い良く開扉し、そしてばたばたといくつもの足音が押し寄せた。

 振り返るヒマもなく腰に弾丸を撃ち込まれ、対のふくらはぎ、そして左肩を被弾する。

 思考あたまが真っ白になって、視界が真っ赤になる。振り返ろうにも身体が重すぎて動かなかったが、

「くそがッ! くそどもがッ! よくも、よくも――」

「お前は幸運だ」

 喚き続けたヤコブの後頭部に、銃口が突きつけられた。

「本来ならお前のような狙撃兵ひきょうものはより痛めつけるのだがな」

 乾いた発砲音がした。

 それとほぼ同時に粘り気の強い血糊が辺りに吹き飛び、ヤコブだった残骸が地面や、複数の男達に付着する。その直後にヤコブの、銃を構えていた腕はだらりと垂れて、支えを失った狙撃銃は無音のまま断崖となる屋上の向こう側へと落ちて――。

『……さらばだ。ヤコブ・ロデム=スカヤ』

 ヤコブにつながれたその通信を最後に、屋上にしかけられていた爆弾が全て起動した。

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