任務:殲滅せよ③
記憶したマップを現実に反映させ、耐時スーツに搭載された機能を発動。すると間もなく、顔にはゴーグルもヘルメットも装備していないのにも関わらず、視界の右上には蛍光色に光る地図が表示された。
「にしても……」
視覚は強化されていて、可視光線の幅が大きく広がっていた。それ故に景色は白黒なれど、その暗闇の中ではしっかりと全てを見ることができていた。
「面倒だし――敵が居ないにも程がある」
分岐点から目的地へと通路を曲がると、すぐに道を塞ぐ隔壁が降ろされていた。
レックス・アームストロングは隔壁近くの壁に向かい、張り付いている操作パネルに手を伸ばす。するとその掌から伸びた青白い閃光がパネルに走り――電子的干渉を可能とした。彼が放つ電気は瞬く間にその隔壁の機能が作動する。
パネルはその液晶部分を輝かせて起動し、見る間に、パスワード確認の画面がスルーされていく。入力の間もなくやがて画面はオールグリーンにまたたいて、意識し、電力を流し込んだ。
すると隔壁は緩慢な動作で大きく口を開け始めて……。
それを幾度か繰り返した。数メートルの間隔で閉ざされていた隔壁はそれぞれ連続したものではなく、一つ一つ仕様が異なっているために同時に全てを開けることは出来なかったのだが、それでもその行為に苦労することは決して無かった。
マップには生体反応が確認されない。
本来ならば、この機関を守るべくそこかしこに配置されていてもおかしくはないのだが、それがなかった。
だとすると、既にここは放棄されたのではないか?
あるいは、ここに誘い込んだ事自体が罠で、最深部に入り込んだ時点で、逃げられない地点を通過した時点で何かが作動する。それが爆発物である可能性は大いにあった。
経験則上、そういった場合はまず不審点を探しだして、この建造物を効率よく崩壊できる位置を探して爆弾を探しだす……爆弾処理の技術は持ち合わせていなかったが、このあまりにも便利な耐時スーツがあればなんら問題はない。
だが――。
「あるいは……」
敵はこの人選を見抜いていたのではないか?
機関でも重要視される特異点二名の排出。この作戦はそれほどに重要であり、また困難である機関の奪還だ。もちろんそれを防ぐために協会は、おそらく機関の装備や人員さえも最大限に活用して抵抗してくるに違いない。
だからこそ、日本支部は最精鋭を贈ろうと考えた。決して比喩ではない一騎当千の実力を持つ三名を送れば、機関奪還は容易ではないが、可能となる。
しかしもし協会が、この三人が出てくると”予測”していたのならば――日本の機関から、最も邪魔な三人が居なくなると、機関の技術を持って予測されていたのならば。
――やがて最後の隔壁が口を開ける。
レックスはその向こう側へと滑りこんで、通路を掛ける。最奥には頑強な錠前をつけた鉄扉が格納施設への道を塞いでいた。
先ほどと同様に鉄骨銃を構え、鉄塊弾を装填する。
右肩の突起を親指で押し込むと、全身から溢れる電撃が爆発的に増幅されて、バチバチと、意識する間もなくそれらは一挙に銃へと押し寄せて凄まじい電圧をはらんだ。
「ふう……」
張り詰めた肺から少しだけ空気を吐き出して、意識する。
引き金のない銃は、その直後に電撃を周囲にまき散らして真っ白になるまで加熱された弾丸が放出されて――刹那、鉄塊は鉄扉の土手っ腹に撃ち込まれた。錠前は瞬く間に砕け散り、扉はひしゃげて半壊し、両開きのソレの半分は、向こう側の空間に吹き飛ばされていく。
途端に閉鎖的な空間に全身を嬲るような暴風が流れこんできた。
レックスはまた鉄骨銃に弾丸を押し込んでから、腰の専用ホルスター……と言うよりはベルトで固定するだけの固定器にそれを戻してから――選択。
彼は次に、右胸の突起を押し込んだ。
今度は全身に蒼い閃光がまとわりついて、それが徐々に両腕に集中し始める。貫手を作ると流れこむように電撃がバチバチとほとばしり――やがて諸手に、対なる電撃の刃が出来上がった。
「どちらにせよ、もう遅いか」
考えても仕方がない。
彼はそう頷いて、格納施設に走りだして……足を止める。
思わず息を飲んだ。
考えても仕方がない。だが、今から行動するのは、あながち遅すぎるわけではないのではないか。
全ての攻撃的手段を一時的に破棄して、彼の肉体から放出される電撃を停止する。
彼は念のために腰に提げていた、電気伝導率の高い物質で構成されたバトルナイフを抜く。それは、電磁作用によって刀身が高速振動し、いわゆる高周波ブレードとなる武器だ。
それを握りながら、近くの壁を背にして屈み込む。耳のイヤホンを指で押しこむようにして、周囲の状況を確認しながら発信した。
――その数分前。
同様に隔壁に阻まれた通路を、念動力で強引に全開にして進み、全ての通路を探索していたスコール・マンティアはこの現状に、一つの仮定を上げていた。
敵は既に撤退し、この施設を放棄している。
あまりの閑散さを見て、彼はそう思わずには居られなかった。
あの入り口や滑走路に居た敵は、およそ通常通りに襲来に対応していた。だがそれは、まだこの施設が敵、つまり協会にとって重要なものであると錯覚させるためなのではないか。
話では、先日この機関の特異点が協会とつながっていることが発覚したそうだ。その彼はついこの間に、時衛士の手によって抹殺されたが――その、協会と繋がっていると知ったのが、逃げのびて今日本支部にて保護されている二名の男だとしたら。知っていたのが、その特異点だけではなく、彼ら以外の全てのことだとしたら……。
彼はやがて、分岐する幾本もの通路の最後の一本、その最奥の扉を蹴破ってから、構えた拳銃を一挺だけホルスターに戻して、イヤホンを耳に押し当てた。
『ボクたちは』
『わたしたちは』
『――嵌められた!』
同時に重なる声音は、全くブレる事無く時衛士の耳に届いていた。
「そうかそうか、オレたちは嵌められていたんだな?」
カービン銃を構えた彼は、虱潰しに通路をゆくのではなく、そのまま殲滅命令を掲げたのにもかかわらず、全てを無視して目的地にだけ集中した。
そしてたどり着いたのが、巨大なモニターがいくつも壁に張り付いている司令室だった。
長机にいくつモノパソコンが並ぶが、その席に着く者は誰一人としていない。
モニターの一切は起動しておらず、だが照明が周囲を照らす空間には、ただ一人の男が立っていた。
「それをどう思う? なあ、ホロウ・ナガレ!」
叫ぶと、男はうるさそうに両手で耳をふさぐ。顔には、薄い笑みを貼りつけたまま男はやがて口を開いた。
「やかましい、聞こえてんだよ」
「これ以上、オレから何を奪うつもりだ」
引き金に指をかけたまま、全ての元凶とさえ言える男に言葉を投げる。
どちらにせよ予測できたことだ。
機関だって、あの時に救出していた二人から話を聞いたに違いない。自主的に話さなくとも薬なり機材なり使えば記憶を引き出すことは可能だ。
だから、日本支部は確実に抵抗手段を残している。
もちろん、それがドイツの機関に加えた数百の協会連中、付焼刃という戦力に対応できるとは限らないが。
「失えば失うほど、お前の力は未来を変える。既にお前は、俺の知っている世界では死んでいる筈なんだ。生かしてやっているんだから、そろそろ俺に力を貸してくれないか?」
「言っている意味がさっぱりわからんな。てめぇの知っていることを、オレも知っていると思ってんじゃねえぞクソ低脳が。オレはな、てめぇみたいなバカが大嫌いなんだよ!」
「ははっ、高等学校もまともに出てないお前に言われたくないよ。なら説明しよう。何を聞けば良いかわからないだろうから、信じられなかったとしても構わない、一から説明してやる」
黒いコートを翻して、近くの椅子に腰をかける。そのまま肘置きに腕を置いて、足を組んで、ナガレはごくリラックスしたような体勢で告げた。
「まずは我々、協会の今後だ」
一つ息を置く。
その前に、と、ナガレは衛士を指さした。
「常に狙われてるっていうのは気分が悪いな。銃を降ろせよ」
「……ああ」
引き金を引いても、どちらにせよこの男を殺すことはできない。
今持っている手段はすべて通用しない。それを、彼はよく知っていた。
衛士はそのままカービン銃を投げ捨てて、片足に体重を掛けるように立ち、腕を組む。
ナガレは機嫌がよさそうに頷いた。
「仮面の男がいたろう。あの刹那だ。彼は実は、協会創設にあたって協力してくれた恩人の息子でな。国防長官の息子で、ついこの間、その恩人が死んだ。そしてセツナは有能な政治家では無かったが、有能な軍人ではあった。彼のつてで新しい国防長官になった男は、ある程度の指揮権を彼に委ねてくれた。今回の作戦はそこから始まった」
「……アメリカも軍が動き出した。話は聞いている」
「軍事力は米軍に依存していたからな。技術さえあれば、従うと信じてやまなかったらしい。被害もそう出ずに終わるだろうが……いや、アイツらは追い込まれると何するかわからん。どちらにせよ、政府があの技術を奪いに来たら米軍にも死者が出る。セツナにはそう指示している」
「お前は何がしたいんだ」
「こんな事をしたくない未来を創りたい。はは、格好いいセリフだろう? お前がこちらに来てくれれば、全ては完結するんだ。何もない、元の世界に戻るんだ」
うわ言でも言うように、妄言を吐き散らすようにナガレが口にする。言葉のそれぞれは、まるで典型的な、”未来から来た過去を変えようとする男”そのものだったが、抽象的すぎて信ぴょう性に欠けていた。
衛士は眉をしかめたまま、うんざりしたように首を振る。
「何が目的なんだ。機関を潰すことか? あの技術を、自分のものにしたいのか?」
だから、答えて欲しい方向を作ってやる。
すると途端に、ナガレは舌打ちをした。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「あの技術を無くす。そうすれば金輪際、あの技術はこの世界には持ってこれない……その後俺は、また”あいつら”が愚かなことをしないよう警戒し続ける。それだけだ。なにも贅沢な望みではないはずだぞ?」
「要領を得ないな。あんたは”どこ”から来たんだ?」
「出身は一応、日本だが」
「……今から何年後の未来から来たんだ?」
「八年。機関がちょうど、”世界政府”を作った辺りからだな」
当たり前のように訊くと、当たり前のように言葉が帰ってくる。
ナガレはそこで、先走っていた思考を落ち着かせるように大きく息を吸い込んだ。
脳みそを冷却するように呼吸を繰り返し、それから頬を叩く。
「そうだな。お前は予感を感じていたみたいだが、どうやら確かに認識しているわけではなかった。そうだ。俺は未来から来た。未だ残ってる、今では地方で雑務に追われる公務員程度の仕事しか任されないようなしょっぱい機関で、独占されていた時間遡行装置をなんとか使用してな。奴らが『未来から送り込んだ技術で過去に機関を創設した』ように、俺も過去に行って未来を変えようと、この機関を潰すためにここに来た」
恐らく、協力してくれた仲間は死んだだろう。あの装置を使用すれば、その波動がすぐに周囲に知らせてくれる。
だがなんとか過去には戻ってくることが出来たのだ。まだ若い自分が居る過去へと。
彼はそう告げた。
巻き戻った時間に、その時間軸に居る自分と、未来から来た自分が接触すると、有無をいわさず同化する。その際に拒絶反応が起これば、肉体が異形化して死ぬ。だが適正があれば肉体は、その時間軸に全てを合わせられてしまう。だが記憶だけは、引き継ぐことができていた。
そして本来、現在より遥か未来に手に入れる予定だった特異点能力も引き継いだ。否、正確には初めて特異点能力を持てたといっても過言ではないだろう。
ソレまでは、精鋭部隊のみに与えられた『擬似特異点スーツ』を装備していただけだから、生身でそれを有するのは初めてだったのだ。が、何年も使い続けたお陰で、使いこなすのはあっという間だった。と言うよりは、手に入れたその瞬間から使いこなせていたと言うべきだろう。
そしてそれを怪しまれぬように、わざと副産物を被弾した。
彼の想定していた作戦は今ようやく動き出したところだったが――彼の行動は、今から約五年ほど前から動き出していた。
なんでも無いように口にする言葉の数々。
証拠などないから信じようもないし、ただの妄言だとも受け取れる。
だが彼が擬似特異点スーツの技術を理解していたとすれば、付焼刃開発もそう困難であったというわけではないだろう。未来の技術が無くとも知識がある。特異点のように、その個人が持つ能力を成長と共に最大限まで発揮できる仕様でなくとも、それこそ付焼刃のように、一時的でも同様かそれ以上の力が出せれば問題ない。
そう考えれば、あながち嘘だと吐き捨てられるような内容ではなかったし――疑うまでもなく、時衛士はその言葉を鵜呑みにしていた。
「未来はひどいもんだ。典型的な独裁に、人間はモノみたいにICチップを埋め込んで、郵便やら何やらは全て割り当てられた番号で送られてくる。銃規制はもちろん、許可を出さなければ仕事で使うちょっとした刃物も持ち歩けないし、持ち歩くなら政府から配布された専用のケースに入れなけりゃならない。放火を招くからって使い捨てライターだって手に入らないし、タバコは自販機に付属してるシガーライターでつけるしか無い。だっつーのに、麻薬が往来で売買してる破滅具合だ。暴動は日常のように起こってて、五分以内に殲滅されるってわかってんのに、飽きずにみんな死にに行ってる」
思い出しただけでも死にたくなるぜ。
彼は、脱力気味にそう言った。
自分は公務員のようなものだったからまだマシだったが、一般市民はどの国も同じようなもので、娯楽は殆どが消えて薬に姿を変えていった。地下で、政府に隠れて営まれているカジノだって、実は政府が資金回収の為に経営しているらしい。
子供は十二歳から徴兵されて、二十になるころに解放され、素質があるものは軍隊に強制的に入隊させられる。
未来は既に、破綻していた。
彼はそこまで言って、大きく息を吐いた。
「今の機関はまだクソ弱い。まず権力者たちを味方につけていないからな。だから叩ける」
「……オレは、どうなったんだ?」
「ああ、お前は……気のいいやつで、仲が良かったんだがな。ちょうど今年の秋だったか。アフリカだかどこかに行く任務で、敵だった特異点と一緒に機関から逃げ出して――覚えてるさ。弾薬もないし、自害用の手榴弾もない。かつて仲間だった敵に追われて、逃げて、敵だった特異点に庇われて死なれて……それ以上は精神が保たなかったらしい。さすがのお前でもな。今は、違うみたいだが」
「そうか……」
自分は死んでいた。
つまり、彼の知っている未来は既に変わっている。
ならば本当にこれから、機関が潰されて、彼の言う未来は失われるのか?
イヤ、そもそもこの時間軸の未来が変わったとして――本当に彼が居た未来も、同様に変わるのか? 元々平和でしたみたいな面を下げて、それまで恐怖政治していた首相が悪びれもなく国民ににこやかな笑顔で手を振っているのか?
それだけは信じられない。
並行世界という考え方があるくらいだ。
そういった悲惨な未来がある。そういった世界が同時に存在している。多分は、そういうことなのだろう。
だがこの男は、自分の世界と同じ悲劇を繰り返させないために、世界を変えようと単身で動いてきたのだ。
――家族を殺されたから、殺し返そうとしていた自分とは大きく違う。全く別の生き物のような考えに、衛士はただ呆然とするしか無かった。
「正直な所、あんたの言葉は信じられないものばかりだ」
だが信じるに値するものばかりでもあった。
しかし割り切れない。
こいつには惹かれるものがある。この勇敢さ。積極性。そして実質的な強さ。行動力。
全てが自分を上回っている上で、さらに世界を股にかける大きさ。悲劇を体験してきたからこそ垣間見える、どこか達観したような面持ち。
「機関には、オレの全てがあるんだ。全てを失くした、オレの友達が……」
「――なあ、ついこの数ヶ月前まで来ていた未来からの刺客が、途絶えたんだ。この意味がわかるか?」
「……?」
不意に話題を転換する。
そんな彼に、衛士は思わず首を捻ると、ナガレは気の抜けたような顔で口にした。
「少なくともこの時点で、俺の作戦は成功したんだ。俺の作戦のお陰でそもそもの戦力が弱まって、その上で恐らく……消滅した。これでもう、ジョンにも、スティーブにも会えない。俺に好意を見せてくれたティファニーも、ユウコも居なくなっちまった。だがこれで良いんだ。なあ、そう思うだろう?」
「……並列する時間軸は存在しないのか?」
「堅ッ苦しい疑問だな。今の俺の言葉は推測だが、これが本当にそうなら存在はしないな。あるいは、ただ単に並列世界に干渉する術を失くしたのか。つまり、俺の行動が未来を変えたのではなく、影響を及ぼして技術を退化させたのか……後者はあまり考えたくないが、”あり得る”仮定ではあるな」
「……ここまで来て、成功したと確信して、オレの力がどうして必要だろうか?」
既にここで敵を撃とうと変わらない。どちらにせよ、協会での復讐が終われば機関もいずれ潰す予定だった。もちろん彼のように用意周到ではなく、ほとんど自滅覚悟での特攻予定だったのだが。
圧倒的な武力を前にするよりも、気が抜けた。
力だとか、能力だとか、作戦だとか……そういったものを引っくるめても、この男には敵わない気がする。いや、正確には対峙したくないのだ。
特攻するよりも暗殺するタイプ。暗殺するための技術を用いて特攻する衛士とは逆のタイプだった。
「より確実にしたい」
「……だが、やはりオレは、みんなを殺されたくないんだ」
うつむき、言いにくそうに吐き出す言葉に、ナガレは重そうに腰を上げる。そうしながら、近くの机にあった拳銃を手に取った。
木製グリップに換装されたそれは握りやすく手にフィットする。銀塗りの銃身は滑らかに伸び、また複列弾倉として実用拳銃の中では初めてのソレである拳銃は、その弾倉数の多さからハイパワーと名付けられていた。
そのFNブローニング・ハイパワーとは別に、近くには小銃が置かれていた。木製フレームに、鉄製の銃口。さらに特徴的なのは、ボルトアクションをそのまま自動化させたような機構を持っている。だからこそ、自動小銃としては割合に高い命中精度を誇ることができていた。
M1ガーランドと呼ばれる小銃を、彼は次いで負紐を引っ張り上げて肩に担いだ。
「男にはな、決断しなきゃならない時がある」
スライドを引いて、薬室に9mmの軍用弾を送り込む。
ホロウ・ナガレは短く嘆息した。
「最後だ。俺についてきてくれないか?」
――衛士はその言葉に、不意に思い出した。
コートのポケットに手を突っ込んで、そうして干からびた草を取り出す。それは変色し、水気すらなくなった四葉のクローバーだった。
「オレの言う人たちを、殺さずに居てくれるなら」
「無理だな」
「なら……駄目だ」
「そうか。お前を生かして敵にまわすと、以前ならまだしも、今は厄介すぎるからな……」
片手で銃を構え、額に照準する。
ナガレはまたため息をついた。
「悪いが、未来のために死んでくれ」
銃口に火花が散る。
乾いた破裂音が空間内に響きわたって――。
「――させませんッ!」
弾丸が、その眼前で弾かれる。見えざる力によって、わずかに軌道が逸らされて、銃弾は衛士の頬を掠めて過ぎていった。
そうして背後から現れる強い気配。
二人の男が、やがて衛士の前に立ちふさがるように現れた。
「……いい仲間だな。失いたくなければ、俺の邪魔をするなよ」
ナガレが前に出る。それに構える両名に、衛士は静止するように肩をつかんだ。
「行かせるんだ」
そう言えば、彼らは妙に素直なまでに、少しだけ驚いたように二人で顔を見合わせてから頷く。
道を開ければ、通りすがりにナガレは衛士の肩を叩いた。
「オレは協会を潰す。だが、機関も生かしてはおかない」
「俺は協会を残さない。もちろん、機関を潰すのが優先だ。おそらく、アメリカの事が終わればセツナが真っ先に向かうだろう。逆に言えば、それまでおあずけ状態だ。決定的な戦力がないからな」
「何時間後に来るんだ?」
「そうだな。総力戦になるから……ちょうど一週間後。十二月三一日だ」
「……そうか」
「今から五分後に、島の端っこに移動させておいた列車砲が自動的に作動する。全長4mで5トンの重さの榴弾だ。木っ端微塵に吹っ飛ばす予定だ。この基地にある装置はおジャンだ。転送装置は、アメリカのそれを利用する」
ナガレは淡々と今後の予定を衛士に聞かせてから、背中を撃たれるという心配もないように堂々と、その場を後にした。
残された三名はただ呆然とその姿を見送りながら――ややあって、衛士は機関に転送命令を下した。