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任務:殲滅せよ②

『そうだな。あの無反動砲を持ってる奴は知り合いだ。それに――』

 スコール、レックス両名の背後で中腰になり、衛士はナイトヴィジョン仕様のライフルスコープを覗き込んでそう告げる。

 常に先頭の斜め後ろに位置する男、それにその傍らに着く男。それはオレが殺す。彼はそう言って、止まること無く走り続ける両者の脇を抜けるように、発砲した。

 ――弾道が逸れる。

 本来その頭部を打ち砕くはずだった銃弾は、紙一重で側頭部の皮膚をそぎ落とすだけに終わった。

『……良かったなスコール。同類が居たみたいだ』

「気楽に言ってくれますね」

 腰のベルトに無造作にねじ込まれた二挺の拳銃を引き出す。五○口径の自動拳銃だったが、それぞれは同じ拳銃ではない。一つはデザートイーグルと呼ばれる、およそ大口径の拳銃と言えば思い浮かべるであろう有名なソレであり、自動式拳銃の中で世界最高の威力を持つ弾薬を扱えるシロモノだ。

 さらにもう一挺は、オートマグと呼ばれる、世界で初めてマグナム弾を使用する自動拳銃の、後継機だ。とはいえ、それは最初期のソレとは違い、基本的な構造はコルト・ガバメントのコピーモデルをベースにしており――簡単に言えば、その二挺はつまるところ、マグナム弾を使用する大口径の拳銃だった。

 射撃姿勢や扱い方を間違えなければ非力な者でも撃てると言われているが、それを二挺となれば話は変わる。傍から見れば格好をつけた、調子に乗った学生のようなものだ。

「時衛士! 居るんだろう!? 姿をあらわせ!」

 衛士が狙撃銃を構えながら走りだす。その中で、入り口付近で待機する十数人の協会連中からそういった声が上がった。

一対一サシだ! 私と決着をつけろクソ野郎!!」

 声と共に、狙撃されるといった心配を持たぬように、砲筒を肩に担ぐ覆面姿の女性が躍り出る。

「どうするんだい?」

 困惑するようにレックスが言った。

『しょうがない。いつでも攻められる側にゃ時間がないんだ。一分以内で済ますから、掃討の準備でもしててくれ』

「了解」

「わかりました」


「やれやれ、誰だよお前」

 二人に下がってもらい、入れ替わるように衛士が前に出る。

 対峙するのは、無反動砲を構える女性だ。覆面のせいで顔がわからないが、その華奢な体付きは確かに女性のものだと思われた。

 衛士がそういうと、彼女は乱暴に覆面を脱ぎ捨てる。

「私を忘れたのかクソ野郎!」

「そんな下品な女の知り合いは居ないな」

「あの夏の思い出だ。しらばっくれるんじゃない!」

「夏、だあ……?」

 わけのわからぬことを言う彼女に、衛士は思い返すようにそうつぶやきながら――引き金を弾く。

 だが弾道は、胸を狙ったのにも関わらず彼女の腹部をかすめるだけに終わった。

 なるほど、スコールの下位互換。つまり単なる念動力だ。

 彼は理解するや否や、腰の専用ポーチから缶スプレーのようなものを取り出すと、すかさず底にあるピンを引きぬいた。

 途端にプシューと空気が抜ける音が小さく聞こえてきて、缶の中からは消化器の中身をまき散らしたように、白煙が周囲を覆い始める。衛士は缶を思い切り適当な方向に投げ捨てながら、耳のイヤホンを指で押し当て、指示をした。

「オレが先に行って潜入する。作戦Bに変更だ」

『わかった。蹴散らせばいいんだろう?』

「ああ、任せたぜ」

 闇の中は、さらに黒い影で辺りを包み込まれていた。これで視界は最悪、完全に何も見えなくなり――空気を切り裂くように、無反動砲が発射される。弾頭は滅茶苦茶に、彼の遙か横方向から背後へと、煙を突き破って過ぎていく。

 衛士は短く嘆息しながら音の方向へと狙撃銃を構え、

「卑怯だぞ! 貴様……出てこい! 貴様は、私が――」

 発砲。

 鈍いうめき声が聞こえ、どさりと倒れる音がする。それを確認して、衛士はそのまま煙を突き破るように走りだし、兵たちの動揺を他所に、闇にまぎれて包囲網を簡単に、隙間を縫って通過する。

 彼はほどなくして施設内に潜入して――ようやく作戦が、開始した。


 侵入者に優しくない通路は閉鎖空間故に暗く、明かりの一切がない。衛士は肌に感じる緊張と、来る前に頭の中に叩きこまれたドイツ支部の見取り図を思い描きながら、脳内のマップに己のマーカーを紅く点滅させた。

 外から、やがて機関銃の金切り声が響きだす。あの煙も晴れて、満月の下でようやく交戦が再開したという知らせだった。

 大きく口を開ける両開きの門から程なく進むと、暗闇の中から限りなく抑えられた気配が感じ取れた。衛士は負紐を掛けて狙撃銃とカービン銃を交差させるように備え直すと、コートの内側に腕を通し、そのまま走りだす。

「くッ、構うな! 撃てえッ!」

 塗りたくられた闇の中に火花が散る。衛士はそれを”視て”、限りなく行動が予測されているという事を伺わせぬようにしながら、避け、走り、肉薄。

 コートの内側から抜かれたブッシュナイフは、流れるような流麗さを以て、闇のなかでより一層濃い影になるソレへと振り上げられた。すぐ脇で銃声が轟き続け、間もなくそれが悲鳴へとなり変わる。

 ナイフはその直後に、男の首を切り裂く手応えを覚えた。熱い液体が全身に振りかかり、ひゅーひゅーと喉から息が抜ける音がする。

 衛士は素早く死体へと変わった男の腹を力一杯蹴り飛ばすと、その背後に構えていた二人の男が悲鳴を上げて将棋倒しになった。

 腰から拳銃を抜いて、早くも無抵抗になる二人を射殺する。

 武人、あるいは暗殺者とは大きく異なる――異質すぎる実力。強さ。

 暗闇の中で、まるで真昼間に外を動くように駆けて動き、銃口はもちろん相手の影さえも見えていないのにもかかわらず、全ての銃弾を避けて敵を仕留める。その行為には一切の躊躇いはなく、むしろ嬉々として己から飛び込む、殺人鬼に似た様子さえあった。

 衛士が短く息を吐いて、頭の中の地図から目標位置までの通路の最短距離を再確認する。

 その中で、”ようやく”現れた影は通路の中に狭苦しそうに立ち上がって、彼から十数メートルほど手前で足を止めた。

 巨体の胸元から、まるで車のヘッドライトのように対になる照明が一度明滅してから、鋭く閃光を走らせる。輝きはそうして間もなく通路を照らすと――衛士は顕になった、その銀色の巨躯に短い嘆息を漏らした。

 ――日本の機関は、人材に金をかけた。それこそ特異点能力の開発や、副産物の開発、あるいは軍事訓練や火器類に重点を置いている。

 だがアメリカや、ドイツが同様である事は決して無かった。

 確かに特異点や、特異能力といった、普通に時代を歩んでいれば決して関わることのない、開発することのない異質な能力にはその希少性を見出してはいたが、圧倒的な人材不足を考え、主な軍事能力として取り入れようとは考えなかった。

 それ故に、技術を活用する方向はそれぞれ異なったのだ。

 アメリカは通常の軍事力を、純粋に増幅させた。副産物の中で最も有用性の高い耐時スーツを量産し、個人の身体能力強化による作戦幅の増大や、作戦の成功率を高めることに注目した。

 ならばドイツはその技術を何に活用したのか。

 答えは、目の前のソレだった。

『くはは、機関はこんなモンを作ってんだな? マンガの読みすぎだっつーの!』

 分厚い、丸みを帯びた装甲板はシルバーに輝いている。人間のごつい両腕を持ち、太い大腿部からは伸びる足もあった。それは、規格外の大きさを持つ人間のような姿で――西洋の鉄仮面のような顔には、横一線に耐熱ガラスのような液晶モニタが埋め込まれていた。

 人にあって、人に非ず。

 それは確かな人型の兵器として、通路を阻む形で立っていた。

 MP4をそのまま巨人用に作り直したかのようなソレを構え、その『ロボット』は外部スピーカーから下卑た笑い声を響かせていた。

 ――ドイツは兵器に技術を使った。

 全長五メートルの人型兵器。その他にも戦車や戦闘機、その他もろもろの軍用兵器は、まるでマニアのコレクションのようにところ狭しと収容されていた。もちろん改良に改良を重ねた兵器たちである。

『そんな棒切れや豆鉄砲で挑むのか? 舐めてんのか? ああん!?』

 装備は現地調達。その装備が潤沢に整えられている機関を乗っ取れば、持参する以上に兵装は整うだろう。

 ここが基地の中でよかったと、衛士はつくづく安堵した。

 もし外でこれと出会えば、援軍は容赦なく来るだろう。人間に対して戦車、人間に対して戦闘機。海も近いから戦艦からの支援砲撃も可能だ。

 まるで敵が攻めてくることを想定したような装備であり、位置である。もしこれを想定していたのであれば、やはりこの機関の代表も、衛士と同じく奇妙な予感めいたものを感じていたのだろうか。

 しかしそう考えれば疑問が、生まれた。

 そうだ。

 いくらたかが三人、日本支部始まって以来の屈指の実力者とも謳われる、特異点二名に、擬似特異点一名の組み合わせ。その三名でやや苦労するかもしれないこの潜入を、この三名に圧倒されてしまっている協会連中がどうして乗っ取れるのだろうか。

『なぁに突っ立ってんだ? 殺すぞ! ぶち殺すぞ!』

 ハーガイムなんて比べものにならない太い腕は滑らかに動き、機関砲を構え、引き金を弾いた。

 まず狭い空間内に爆発音が反響して――衛士が素早く身を屈めて殺気を身体から引き剥がすと、床のコンクリートが砕け、壁の鉄板を貫いて穴が開く。強烈な破壊の嵐が大気を激震しながら降り注ぎ、発砲の衝撃が腹の底に染み渡るようだった。

 弾丸を紙一重で避け続け、肉薄を試みる。

 圧倒的な巨体に加えて、つい先日使い始めたばかりの兵器ということもあって――穴は多い。本当に、眼がついているのかと疑問に思うほどに、彼は容易に懐に潜りこむことができていた。

『くそがッ! 気安く触れるんじゃねええ――ッ!』

 横っ腹から突き出る備え付けのハンガーのようなそれは、補助腕だ。男はそいつに機関砲を預けて、身を捩るように腕を大きく振り回して衛士の、ソレ以上の切迫を防ごうとする。

 彼はそれを逆手にとって動き、素早く背後へと回りこんで、カービン銃を構えた。

『くそッ、くそッ、邪魔なんだよ、てめええッ!』

 切り替え、全弾解放フルオート

 弾丸は瞬く間に弾倉から吐き出され続けて、分厚い装甲に火花を散らす。だが戦車のソレよりやや薄い程度の装甲板は、へこむことすら無く、表面に擦り傷を残すだけに終わった。

『じゃかあしぃんだよ、ガキィッ!!』

 否、それは単純に装甲自体の強度に加えて、特殊なコーティングがなされているかだと、衛士は表面でにわかに見えた、火花に交じる青白い光を見て確信した。

 電磁力によって至近距離からの敵弾を弾いているように見えたのだ。

 恐らくは、貫通すれば弾丸が流体化するほどの電撃が流されるに違いない。

 ロボットは振り返って、補助碗で機関砲を構えたまま、掃射を開始する。

 空気を切り裂く爆裂音が再び鳴り響いて――衛士は舌打ちをしながら、回避を続ける。

「どうすりゃいいんだ、こいつは……っ!」

『たく、キミはいつでも無茶ばかりする――避けろ。二秒以内にだ』

 イヤホンから声が聞こえるよりも早く、衛士は素早く壁に張り付くようにして人型兵器ロボットの後方へと移動した。

 その直後の事である。

 機関砲なんて比にならないくらいの爆発音と共に、白く融解する徹甲弾は一瞬にしてロボットの土手っ腹に食らいついて――装甲は見る間にひしゃげて、その巨体は衛士の横を通過して、通路の奥へと吹き飛ばされていく。

 肌を焼く凄まじい熱を覚えながら、衛士は短く息を吐いた。

『兵器担当はボクのはずなんだけどな』

『そしてわたしは掃討担当です。エイジさんは確か――主犯格を探して尋問する役目のはずですが』

 大きく口を開ける入り口の方から声が聞こえて、衛士はやれやれと首を振った。

 嫌になるほど頼りになる連中だ。

 ひとりきりなら、ロボット相手に数分もここで時間を潰す羽目になっていただろう。

 衛士は弾倉を入れ替えながら、振り返って小さく頷いた。

「悪かったな、ボンクラで」

『どうでもいいが、ボクは先に格納施設ハンガーへと向かう。任せたぞ』

『わたしも、これから人がもっとも待機しているであろう場所へと行きたいです。さっさと仕事を終わらせたいので』

「好きにしろ。オレはこのまま先を進む」

『なら』

『そういうことで』

 合わせるように二人は言うと、通路へと駈け出して、瞬く間に衛士へと近づいたかと思うと――両者は激励変わりにと背中をたたき、あるいは肩を叩いて衛士より先へと走り去っていった。

 彼はそんな、妙な友情かなにかのような、胸が暖かくなるような感情を覚えながら、前へと歩き出す。バチバチと装甲から漏れ出した電気が迸るのを見ながら、衛士は再びブッシュナイフを構えて、目的地へと走りだした。

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