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任務:殲滅せよ

 陸からやや離れた位置にある孤島は、鮮やかな自然が残り、孔雀などの鳥類が生息する自然保護区だ。直径十キロ程度の小さな島は、いまや観光地となって観光客が溢れんばかりに訪れる場所だったが――そこは数年前から立ち入り禁止区域となっていた。

 付近には軍ではない、奇妙な傭兵のような連中が火器を手にして橋を封鎖する。警察や軍もそれを容認していて、結局いままで、観光客はもちろん、地元住民がその理由を知ることはなかった。

「本当にココらへんに来るのか? そもそも、なんでそんな事が分かるんだよ」

 ドイツ、ベルリンの遙か北方の海上。

 島の中心には軍の基地程度の規模が展開される建造物が、その孤島には似合わぬ目立つ出で立ちで鎮座していた。

 滑走路が伸び、冷え切るほどの寒空の下で、滑走路灯が点滅する。その上を、迷彩服にタクティカルベスト姿で移動する集団は、それぞれアサルトライフルを構えて行進していた。

「そういう技術持ってんだよ。俺たちも苦しめられたんだからわかるだろ?」

「たくチートくせぇ……ま、あとは潰すだけだな。アメリカももう動いてるんだろ?」

「ああ。残るは日本のみ。今回の進撃を防げば、勝ったも同然だ」

「くくく……馬鹿どもが。調子に乗ったその面、叩き潰してやるぜ」



「そうそう。武器隠しても意味ないわよ?」

 アタッシュケースを持ち上げてブリーフィングルームを辞そうとすると、アイリンは指で示してそう告げる。

「……まさか?」

「その通り」

 彼女の言わんとしていることを察して、彼は肩を落としてケースを机の上に置く。

 それから素早く開けると、分解されたパーツを手に手にとって接合。やがてカービン銃が完成し、負紐をつけて脇によける。同じように狙撃銃を組み立てると、衛士は乱雑に二つを小脇に抱えて、アタッシュケースをアイリンに手渡した。

「差し上げます」

「預かっておくから、帰りに持って行きなさいよ」

 渋々と彼女は手を伸ばしてそれを受け取る。それからポケットに手を伸ばして端末を取り出し、操作して――それを胸に押し当てるようにしてから、大きく息を吐いた。

「いよいよね」

 言ってみると、妙に緊張してしまう自分に気がついた。

 こんなの、初めてだ。

 彼女が言うと、それぞれは右耳に詰め込んだイヤホンに触れる。コードもマイクも無いソレは、そのまま音声を受信し、骨伝導から音声を発信することが出来る通信端末の一種である。

「転送を開始するわ」

 横に並ぶ彼らに、アイリンはそう告げる。

 緊張を隠せずに表情を強張らせる衛士らはそれぞれ頷き、胸いっぱいに息を吸い込んだ。

「健闘を祈るわよ」

「ありがとうございます……行ってきます」

 そう言い終えるや否や、いつものように、不意なる輝きは部屋を瞬く間に埋め尽くした。



 時間遡行技術というものは、ちょっと違う気がする。

 衛士はそう思った。

 そもそも機関が会得したのは、重力子という重力を司る素子を利用する技術だ。それを効果的に使用して完成したデバイス、あるいはハードウェアを利用して世界に物理的に干渉する。

 そこから全てが始まったのだと彼は考えた。

 時間を巻き戻すだとか、未来へ向かうだとかの事象はそういった装置による効果の一部に過ぎず、そこは飽くまで過程にすぎない。

 ならば機関はこれより何を望むのか。

 世界を掌握し、その先に何があるのか。

 何を掲げ、何を目的にここまで来たのか。

 果たして世界から淘汰された、打ち込まれた出すぎた杭には最終的に何が残るのか。

 残った構成員は、全てを失ってどこへ去っていくのか。


 ――レックス・アームストロングの、最終進化と銘が打たれた耐時スーツは、これまでの『副産物』の全てを込めた装備だ。

 漆黒の戦闘服。継ぎ目はなく、どこから着たのかが気になる一着だ。

 肩に、肘に、胸、膝にそれぞれ対になるコンデンサのような突起が備え付けられている。武装は肩から下げる、突撃銃のフレームを鉄骨で構成したような、巨大な銃とすら言えぬ鉄塊。だがそれは確かに銃の形を作り、また背負うバックパックの中身は、手のひらサイズの徹甲弾だ。

 スコール・マンティアは手ぶらだが、その身こそが一番の武器になることを衛士は知っていた。

 ちょっとした現実逃避をする時衛士の肩を叩いたのは、レックスの方だった。

「道を切り開くか、ここで敵を殲滅していくか。キミが好きな方を選んでくれ」

 そこは滑走路のど真ん中だった。

 転送されてきたゆえに、瞬間的にその姿は現れたのだが――三人を囲うような陣形は、すでに出来上がっていた。

 何重にもなる輪。敵は野戦服に覆面、ヘルメットを装備した姿で突撃銃を構えていた。

 先読みされていた、と考えるのが妥当だ。

 ここはドイツの機関だ。それが出来ても不思議ではない。

「馬鹿が、敵地のど真ん中に来やがって。死に値する馬鹿ばっかだ」

 誰かがそう言った。

 挑発でもなんでもない、ただ思ったことを口にしただけのような台詞だった。

 その中で、レックスは親指を突き出して右肩の突起を押し込んだ。

 カチリと音がして――びくん、と、彼の身体は弾むように勢い良く背筋を伸ばした。

 ばちりと火花が散る。そう認識した直後には、既にその肉体からはバチバチと青白い電撃が迸っていた。

「さて」

 重そうに、レールのような構造を作る銃を手に取り、腕ほどの長さを持つそれを構え、バッグパックから徹甲弾を取り出した。鉄塊にソレを押し込むと、その銃は瞬く間に凄まじい磁力を帯び始める。

「エイジ・トキ。キミはどうしたい?」

 軍は結局機関にその指揮権を渡さなかった。

 それが普通の考えだ。

 国は、それ故に国たりえる。いくらどれほどの力を持っていようとも、どこから来たかもわからぬその組織に、どれほどの手助けを受けたとしても、軍権は渡さない。

 だからこそアメリカの機関は米軍に責められているし――だからこそ、衛士らは何の心配もなくここに乗り込むことができていた。

 掃射の音は、気がつくと空気をつんざく勢いで周囲から巻き起こっていた。だが銃弾が彼らを射ぬくことはもちろん、愉快で小粋なダンスを踊らせることも決して無かった。

 スコール・マンティアは両手を広げて集中する。そうすると、全ての弾丸は彼らを中心とする半径二メートル程度の虚空で、動きを止めてしまっていた。

 そうする事が可能な特異能力『空間掌握じんつうりき』。それが彼の強みだった。

 時衛士は彼らに置いてけぼりを食らわぬように、ショルダーバッグのように掛ける負紐を外し、背中で交差する二挺からカービン銃を手に取る。

 その頃になると、レックスの身体中には青白い電撃がまとわりつき、コンデンサ同士がバチバチと電気を迸らせて、線を繋げるように可視させていた。

「スコール、アンタとオレはレックスの後ろ……少し左脇に跪いて待機。レックスはいつでも発射できるように頼む」

「オーケー」

「わかりました」

 最初の弾薬を薬室に送り込み、衛士は膝をついて背後を向く。弾丸は、まるで何かの冗談のように――少し前に見た映画のCGのように、その弾頭をこちらに向けながら、既に百に達する数で空間を埋めていた。

 スコールがすぐ後ろについたのを確認して、衛士は叫んだ。

ファイアせッ!」

 空気がすり切れるような、凄まじい摩擦音が空間に響いた。

 頭がおかしくなりそうな電圧が周囲に干渉し、彼らは思わず目眩を覚える。その際に緩んだレックスの超能力は、弾丸に貫かれて、途端に彼らの元にまで銃弾が交差し始めた。

 だが、彼らに直撃するそれらは無い。多くは掠るだけであり、敵が目的とする決定的な銃殺は行われない。

 その直後に、凄まじい爆裂音が轟き渡る。

 5.8キロ、90mmの砲弾が瞬間的に幾重にもの鉄骨フレームからなる銃から吐き出され、電撃によって加熱されて白く融解するように色を染めていた。爆炎が、コールタールを塗りたくったような闇を瞬く間に引き剥がして、周囲にぞろぞろと雁首を並べる協会連中の姿をあらわにする。

 衝撃波がまず衛士らを吹き飛ばそうとした。

 そうして――肉眼で捉える暇もなく飛来した砲弾は、直後に凄まじい爆発音、衝突音で空間を激震させ、まるで途轍もない地震に襲われているかのように、大地が縦に激しく揺れた。

 彼らに襲いかかっていた弾丸は消え失せ、悲鳴は全て爆音に飲まれる。

 大地が砕け、衝撃によって周囲の連中が辺りに吹き飛び散り散りになっていたのが良くわかった。

 衝撃音の余韻を残す空間、衛士は大きく息を吐きながら立ち上がる。

 電磁加速砲レールガンと呼ばれるであろうソレだが、銃自体の構造は極めて単純であり、加速するためのレールがそもそも短く、密封性の一切がない。故に本来、それはまともに作動しないはずだし――だからどちらかと言えば、コイルガンと呼ばれる代物だった。

 レックスは大地が深くえぐれて、既に血が蒸発して肉すらも消し炭、あるいは焼失してしまった眼前の無数の死体を眺めながら、大きく息を吐く。

 およそ彼の正面から約一五○度に面していた連中は皆焼き尽くされ、あるいは衝撃によって吹き飛ばされていた。八割が死にいたり、残りは深刻な怪我を負い、呻きながら横たわる。

 他の連中はそれぞれ立ち上がろうとしていたが――。

「よ、っと……」

 衛士は中腰になって銃を構える。

 安全装置を解除し、そのまま単射へと切り替えた。

「オレは夜目が利く方だからな」

 こなれた様子で引き金を弾き、発砲。

 弾丸は、今まさに呻きながら腰をあげようとしていた男の、ちょうど胸部の真ん中辺りに食い込んだ。

 血しぶきを散らして、男が倒れる。悲鳴も何もない、あっけない最後を、されど衛士は見届けない。その瞳はさらなる獲物を探し出していた。

 発砲、発砲、発砲――いつものように、既に身動きのできなくなった数十人に、ひとりずつ一発だけ鉛玉をくれてやる。男達は、あるいは女達はコイルガンの余波で意識を朦朧とする中で、絶命していく。

 数分もしない内に、彼らを取り囲んでいた無数の敵は、命を散らして滑走路の真ん中に倒れ込んでいる光景が出来上がった。基地へと続くその道の一部が激しく抉れているものはどこか爽快、ないし圧倒的な気持ちになれたが、彼らはそういったものではない、もっと別種の――自分たちは完全無欠だとでも言いたいような余裕を持っていた。

 衛士は空になった弾倉をポイ捨てながら立ち上がり、交換しながらレックスと先頭を入れ替わる。

「雑魚には構ってやろう。オレたちの仕事は殲滅だ」

「オーライ、了解だ」

 上気した顔で、ボタンを元の位置に戻したレックスが肩を叩いた。鉄骨銃はその先端と内部構造をやや融解させているようだったが、あの発射後にその程度の損壊ならば、あと幾発撃てるか、と心配する必要はないだろう。

「ここからが本番ですしね」

 神父服の前面を開けて、革のズボンに、ゴテゴテのネイルアートでもしたかのようなベルトが目立つ格好。インナーは黒いタンクトップで、翻る神父服の内側には無数の予備弾倉と、また腰には大口径の拳銃が顔をのぞかせる。

 単純に神父服に括りつけるバトルナイフもあって、割合に彼も装備品は豊かに思えた。とても、敵の基地に乗り込むといったソレでは到底無かったが。

「猫に噛み付いた鼠が、最終的にどうなるか思い知らせてやろぜ!」

 衛士の言葉を契機きっかけにするように、彼らは作戦通りの陣形をつくって、ぞろぞろと入り口から出てきた兵士へと走っていった。

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