風よ時よ吹き抜けろ
ザアアアア……
雨が校舎を濡らし、蒸し暑い昼下がり。俺は教室で歴史の授業を受けている。
内容は興味のない石器時代の話。そんなもん歴史じゃなかろうに……
あまりにも太古の昔に思えて興味もわかない。先程から話をろくに聞かず、頬杖をついたまま色々な所に視線を向けている。
太陽を覆い隠す程の分厚い雲、大して書き写さず真っ白なノート、寝ているクラスメート、前に座る黒髪の女子……
だんだん飽きてきた俺は、パラパラと教科書をめくりだす。
鎧を着た関羽に、和歌を詠む平安の貴族。火縄銃が並ぶ長篠の合戦……。あらゆる絵を何の意味もなくただ眺める。
「ん?」
その中で一つの絵が目に留まる。
1830年のフランス7月革命を描いた作品、ウジェーヌ・ドラクロワ作、『民衆を導く自由の女神』である。
手前には戦火で倒れた藍色の軍服を着た兵士と、上半身のみ白いローブを羽織った女性が倒れている。
絵の左後ろには剣を持った民衆達に、漆黒のシルクハットに黒のジャケットを着た紳士がライフルを構えている。
絵の右側には両手に拳銃を持った男が立っている。まだ少年なのだろう、顔立ちが少しあどけない……
激戦での煙だろうか?空は濁った白で塗られ、奥にいる民衆達の顔は見えず、持っている鎌や剣しか見えない…。
右端にほんの少し描かれた5、6階程の建物も、濁った白でほとんどを埋め尽くされ、その存在感を無き物にされている。
そして何より目を引く、中央の女性。
左手には兵士から奪い取ったのだろうか、銃剣の付いた小銃を力強く握っている。
戦いで衣服は破け、白い肌に柔らかな胸があらわになっている。だが彼女は気にせず民衆に視線を送る。
そして右手には、これからのフランスの発展を願うかのように、フランス国旗が風を受けてひるがえっている。
鮮やかな赤、白、青の縦縞が、誇らしげに民衆達を導いている……
その女性の足元には、男が這いつくばったまま彼女を見上げる。
聖母マリアに望みを託したかのように、その男は視線を注ぎ込んでいた……
民衆を率いているのは何故女性なのか?別に男尊女卑ではない。何気ない疑問だ。
作者は不満に満ちた当時の状況で、ジャンヌ・ダルクのような救世主を望んだのだろうか?
絵に描かれた空のように混沌とした世の中を切り開く、そんな力のある人を……
俺はまたページをめくりだす。
大久保利通、ガンジー 、吉田茂、マザー・テレサ……。近代の偉人が顔を揃える。
最後のページにたどり着き、ふと、その先を考える。
10年後、次の世代はどんな教科書を読むのだろう?40年後、孫の世代はどんな教科書を読むのだろう?
このページの先に誰か書かれるのだろうか?
この世を切り開き、新たな風を吹く偉人が、歴史の中に刻まれるのだろうか?
それはもしかしたら、このクラスにいるのかも知れない。もしかすると俺が将来関わる人かも知れない。
もしや、まさかだが、それは俺なのかも知れない……
(ま、今からどうこう言ってもしょうがないか)
自嘲気味に微笑むと、また窓に視線を移した……
絵画の割に、ずいぶん意味合いの強い物を選んじゃいましたね。