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竜堂奈々~退魔幽遠記~  作者: 黒企画
第一章 退魔の少女
5/6

04 奈々、浮かれる

本作品はフィクションです。

登場する人物・団体・国家・企業・名称・宗教などは全て架空の設定であり、現実との関係はございません。


 その日は朝から清清しい晴天に恵まれていた。寒くもなく、暑くもない穏やかな気候。

 これから冬を迎えようというのに鳥の囀りさえも、まるで春が来たのを祝福するかのように穏やかで澄んでいた。


 昨晩の退魔から明けて、その天気とは裏腹に奈々の心はまだ多少曇っていた。

 いつものように行水や鍛錬を行いながらも、心は退魔について考えずにはいられなかった。

 しかし一朝一夕で答えが出るものでもなかった。


 -やっぱり父上の言う通りなのよね…-


 十字架を背負う。

 そして彼らを忘れない。

 それが奈々に出来る唯一の義務であり、弔いなのだ。


 そこまで考えて、一度木刀を迷いを払うかのように振るう。

 ヒュン、と澄んだ音がした。


 「よし。」


 そういうとシャワーを浴びて、学校の制服に着替える。


 朝食にいつものように出てきた奈々をみて、翼は「ふむ」と一言言っただけで黙っていた。

 翼にも奈々の迷いがすぐ晴れるものとは思っていなかった。

 しかし、当面の迷いは自ら晴らした様子が奈々から感じ取れてはいたので、あまり何かいうと決断を迷わせる選択肢を増やしてしまうような気がしてならなかったので口を閉ざしたのだ。


 代わりに翼の口から出た言葉はこんな内容だった。


 「奈々、門限は22時だ。遅れるな。」

 「わかりました。」


 と、冷静に返したものの、その言葉で奈々は大事な事を思い出した。

 退魔という大きな使命を負ってしまったものの、その代わりといってはなんだが、ある程度の自由を手に入れたのである。

 実はちゃっかりある程度の資金は退魔に行く前に財布に入れてある辺り、かなり期待していた。

 何せ一般の女子高生というのは普段何をするものなのかがわからないのである。

 奈々にとっては興味深々のところである。

 

 今まで退魔の事で頭が一杯だったのが、既に今日の放課後の事で頭一杯になる奈々。

 その様子を翼はヤレヤレといった様子で見つめていた。

 とはいっても奈々はまだ16歳の少女なのだ。

 浮かれ気分も仕方あるまいと、気付かれないように小さく笑ってみた。


 そもそも奈々は今まで学校と自宅との往復、そして修行の毎日しか経験していない。

 たまに必要があって外出にお供したり、買い物をすることもあったが寄り道は言語道断だったし、目的以外のものに対して質問も許されてこなかったのである。インターネットなどの電子環境も家にはなく、情報はテレビと前時代的な紙の新聞だけであったのだ。


 そこへきて、門限があるとはいっても放課後から22時までの自由時間が唐突に与えられたのだ。

 重い使命と責任を負ったとはいえ、初めての生活、そしてこれから変わる世界を考えれば奈々ではなくても浮かれるのは仕方のないことである。

 

 「強盗などは物の数ではないが、それでも世間は物騒だ。気をつけるのだぞ。」


 実際、竜堂家に何度か金銭目当ての強盗などが押し入った事がある。

 丁度、組員が留守の時を狙った犯行だった。

 その時、家には何人かの使用人と当時10歳の奈々と翼しかいなかったが、あっけないほどあっさりと5人の強盗を撃退した。

 そのうち二人は奈々が倒したものだ。

 護身術から本格的な格闘まで、既にマスターの域にあるといっていい奈々である。更に水の能力もある。

 強盗どころか正規の兵隊でも物の数ではない。

 それでもあえて気をつけろ、というのは実は翼の娘を可愛いと思うあまりの失言ではある。


 「わかっています。それでは、行って参ります。」


 奈々もそれはわかっていたが、いつものように挨拶して家を出た。

 心なしか足取りは軽やかだった。


 「お嬢様、ずいぶんと嬉しそうですねぇ。」

 それを見ていた使用人の一人が翼にそうつぶやいた。


 「ハメを外しすぎなければいいがな…。」

 厳格な父を演じようとする翼に、使用人はクスクスと笑う。


 「心配しなくても旦那様のお嬢様です、大丈夫ですよ。」

 そういうと足早に食器の片付けに向かってしまった。


 「そんなに心配しているようにみえるのか…。」

 もう少し厳しくした方がいいのか?そんな事を考えながら翼も居間に戻ったのであった。


 家を出て学校に向かう。

 もう何年も繰り返してきて見慣れた景色ばかりが続くはずだが、今日はなんだか鮮やかに見えた、と思うのは奈々の錯覚ではあったが、今の奈々にはとても新鮮に映っていた。

 16年生きてきて、全く新しい事を体感する機会というのはそう多いものではない。

 ましてスカイダイビングのように思い切りが必要なものでも、たまにやるようなものでもなかった。


 そう、彼女の日常すべてが新しくなったのだ。

 退魔の件が少し気を重くするものの、それも新しい日常だ。

 好奇心旺盛な奈々のお年頃では胸がはずんでしまうのもムリはない話だ。


 誰にも聴こえないような音量で鼻歌を歌いながら学校へ向かう。

 見た目にはいつも通りだ。


 「おはよう、奈々。」


 聞き覚えのある声が挨拶してきた。

 が、その声の主はこのような時間に聞こえてくるはずもないので、一瞬誰だかわからなかった。


 「あら、セフィ!!珍しいわね。明日は雨かしら?」

 「私は、たまたま早起きしただけだよ。まぁそれも珍しいんだけどね。」


 と、苦笑いを浮かべながら言うセフィ。


 「でも、それ以上に、私は奈々が上機嫌なのが気にあるところなんだけど?」

 意地の悪い笑みを浮かべながら奈々を見るセフィ。どうやらすっかりお見通しのようだった。


 「なんでもお見通しね。ね?セフィ。今日、放課後空いてるかしら?」

 「ん?何か買い物でも頼まれたの?」



 そもそも奈々が買い物に出るという事は殆どない。使用人がすべてそれを済ましてしまうからだ。

 それでも稀に、奈々に買い物を頼む時がある。

 それ故、セフィにはたまの買い物がとても嬉しいのかと思っていた。



 「ううん、まぁ買い物してもいいのだけれども…。実はね…。」


 と、セフィに修行の解禁が出された事を告げた。


 「おぉ~。やったね、奈々!これで若者らしく青春を謳歌できるじゃないっ!!」


 自分の事のように大げさに喜び、驚くセフィ。いきなり奈々の手をとって踊りだす始末だ。

 他の登校生徒達も何が起こったのかとまじまじと見つめていた。


 「や、やめてよ、セフィ。恥かしいわよ。」


 顔を真っ赤にしてそういう奈々だが、顔は嬉しそうだった。


 「アハハハハ。まぁおめでたいじゃないの!じゃあ今日は思いっきり遊ぼ。私が色々連れまわしてあげる。」


 にっこり笑うセフィにちょっと嫌な予感を覚える奈々。


 「え、えと…。お手柔らかにね?」

 「任せておいて!」


 ドンと自分の胸を叩くセフィ。

 余り大船に乗った気分になれないのはセフィだからなのだろうか?と真剣に考えてしまう奈々だった。



 昼休み。

 昼食を取りながらセフィとどこへ遊びに行くかの協議だ。


 「カラオケ…っていっても奈々、最近の歌…っていうかポップスとかしらないよね?」

 「う~ん…最近のはまったく…。演歌なら父様のを聞いてるからわかるんだけど…。」


 幼い頃から古き時代の曲ばかりや三味線や琴などの旧日本音楽ばかり聞いているので最近の曲についてはさっぱり理解がない奈々である。たまにテレビなどで若い男の子が5人組くらいで歌っているのを見たり聴いたりはするものの、その歌の良さがわからない。

 むしろ演歌などに情緒を感じてしまうババ臭い女子高生なのだ。


 「今時のじょしこ~せ~が演歌はないわよねぇ…。」

 呆れたように呟くセフィ。


 「時間があったらそういうのは聞いてみるわ。」

 「まぁ、それはおいおい貸すなりするとして…。お金は大丈夫なんだっけ?」


 今まで奈々が遊ぶことにお金を使ったことがない、というのは理解している。

 遊ぶのにお金がいる、という知識くらいはさすがに持っているだろうが、奈々は稀に天然級の大ボケを口にすることもあるので念の為聞いておくセフィ。


 「うん、といってもいくらくらいつかうものなの?」


 先程も言ったように、基本的にお金をあまり使わない奈々は金銭感覚というものがない。

 学食は使わずにお弁当派だし、通学は徒歩、たまに行う買い物は金額ほぼぴったり渡される上に、まとまった量の生活品や医療品などの買い物になる為、あまり参考にはならない。


 「お嬢様学校、といっても私らみたいな庶民派は、一日の遊びに使う金額なんて大したものじゃないわよ?」



 この学校では生徒達の間で「庶民派」と「お嬢派」に分かれている。

 庶民派は主に質素な服装を好み、遊びも趣味もごく一般的なものが多い。

 それでも家は学校が学校なだけにかなりの富豪だったりするのだが。

 主に親の会社が超一流企業からみて下っ端企業だとか、お金持ちなのに貧乏性だったり、考え方が庶民的な人間に「庶民派」の称号が与えられる。つまり「お嬢派」から見たときの格付にしかすぎない。


 奈々やセフィは資産や規模を考えれば超一流の上、ではあるが逆にそのせいで庶民派扱いである。

 彼女らがそれなりの態度をとれば一気にお嬢派のトップにも立てるであろうが、興味がまったくないのでそういった事態にもならな

い。まして二人とも校内では変わり者、で通っているので今更「お嬢派」には縁組されないであろう。


 お嬢派はその名の通りお嬢様な人間を地でいく人々である。お嬢派の人間達にはその称号は却下されているものの、庶民派からはそう呼ばれている。

 庶民派からしてみれば『お高くとまっちゃって』と侮蔑の意味をもってお嬢派という称号なのである。

 下位企業でもお嬢派の人間はいるが、大抵大企業の娘の腰ぎんちゃくになっている。必死でお嬢派に居残ろうと必死な「お嬢派底辺組」とも呼ばれているが。


 お嬢派はまず見栄えから違う。

 特注の制服や校内にSPをいれたりなどとやる事が派手だ。

 漫画のようだが赤い絨毯を校門までひいて登校するようなのもいる。

 ヘリで校庭に乗りつけたり、フランス料理のフルコースを昼食に食べたりと、漫画もびっくりの展開が日常のように行われている。

 従って買い物も噂を聞く限りではとんでもない。

 貸切、買占めは基本とでもいうようなゴージャス振り。そのお零れを貰うためにお嬢派に居残ろうとする人間だっているのだから。



 「まぁそうね、買い物して調子のっても1万がいいとこかしらね。」

 「えっ!?」

 

 一万円、という言葉に驚きの声をあげる奈々。

 逆にその反応に驚くセフィ。


 「え!?ってえ!?アンタいくらもってきたの。ちょっとお姉さんに耳打ちして御覧なさい。」


 一応回りの耳を考慮しての配慮だ。


 「えっと…10万…。」

 「アンタねぇ…実はプチお嬢派?」


 と、ニヤリと笑うセフィ。


 「え~だってだって…。テレビで最近の女子高生はお金使いが荒いって聞いたから…。一応気を使って、色々考えた結果、そのくらいあればなんとかなるかな~って…。」


 おどおどしながら話す奈々。


 「アーハッハッハッハッハ!!アンタ、真に受けすぎよ。アハハハハハ。」


 あまりに馬鹿声で笑うものだから教室の皆が注目していた。


 「ちょ、ちょっとセフィ。」

 「イーッヒッヒヒ。ごめんごめん。素直すぎよ、奈々は。まぁそれだけお金あるならちょっと洋服でも新調しちゃう?か~わいいの。」


 そこまでいって何を想像したのかまた笑い出すセフィ。


 「セフィ?何がおかしいのよ。」


 何を想像されているのかとても気になって仕方がない奈々。


 「だってさ~。いつもキリっとしてる奈々がフリフリのお洋服とか…フランス人形みたいな…プッ、アハハハハ」


 腹を抱えて笑い転げるセフィ。

 奈々もちょっと想像してみる。見たことあるフランス人形の顔に自分の顔をあてる。


 「私はそんなの着ないわよっ!!」


 想像してから反論の声をあげる奈々。

 そんなフリルの一杯ついた所謂ゴスロリ衣装が似合うとは到底思えない。

 だが、和人形の着物や衣装ならどうかな?と考えた結果、意外と悪くないかも?と思っていたことは口に出さない。



 「あははっ、そうだよねぇ~。冗談冗談。ま、適当に町にくりだしてから考えよ。どうせあんまり行った事ないでしょ?」


 笑いを抑えつつ、結局今日の方針も投げやり気味に決めるセフィ。

 昔から彼女との決め事で最初から明確に方針が決まったことはなかった。

 奈々は最初、そうしたあやふやな状態を作ったままにしておくことに大きな不満を覚えたが、セフィと何度か行動しているうちにそうした状況であっても、彼女は彼女なりのプランを事前にもっていて、それを自然に誘導してくれていることに気が付いたのである。

 何が起こるかわからないほうが楽しいでしょ?とはセフィの言である。


 「そうね。見るだけでも今日のところは楽しそうだし。」


 そう、楽しみは今日だけじゃない。これからずっと続いていく。

 焦る気持ちを抑えて奈々は落ち着こうとする。


 「今日だけって訳じゃないしね。奈々が飽きるまで付き合ったげる。」

 「ありがと、セフィ。」


 ニッコリ笑い合う、奈々とセフィ。

 周りからみたら真剣に話しているかと思えば馬鹿笑いをしたり、微笑んで笑いあったりと危ない関係にみえなくもなかった。二人とも周囲を気にしていないので変わり者呼ばれるのも納得できる。


 と、そこへ声が掛かる。


 「奈々さん。」

 「はい?」


 声に奈々が振り向くとそこには見知ったクラスメイトの一人が居た。


 「えっと…サンディさん、どうしました?」


 サンディ・リトゥーラ。

 クラスのクラス委員などをやっている生徒だ。

 庶民派に分類されている彼女だが、お嬢派からのウケは悪くない。

 ちょっと雑用係程度に扱われている節もあるが…。

 明るく、分け隔てのない態度とそれなりに優秀な部類に入る成績で教師にもウケもよく、概ね順調で快適な学生生活を営んでいるようだった。

 奈々やセフィとは余り仲は良くない。というか、仲良くなる切欠が無かった。

 奈々はいつも早く帰ってしまうし、セフィも奈々以外とはあまり関わらなかったからだ。  


 「その…ちょっと話きいちゃったんですけど。その…放課後に遊びにいくの?」

 

 おどおどと探るように話し始めるサンディ。

 奈々はその態度を若干、訝しげに思ったものの、今まで特に会話らしい会話をしたこともなかったし、そもそも変わり者に分類される自分とセフィを相手に話しかけてくるのだから仕方ないことか、と割り切って考えた。


 「えぇ、初めてのことでセフィに色々教えてもらおうかと思って。」


 浮かれ顔で話す奈々。


 「16歳で初めて遊ぶなんて信じられないよね。」


 と軽く笑いながらセフィが言う。

 セフィもクラスでは奈々以外に深い交友関係をもっていないからサンディが会話に入ってきたことを少々不思議に感じつつも、この場の明るい雰囲気と奈々の気分を損ねることはしたくなかったので、明るく相槌を入れた。


 「アハハハ。その…確かに珍しいね~。でね…えっと…私もご一緒していいかな?」


 サンディのその言葉に一瞬、セフィと目が合う奈々。

 どうしよう?と奈々訴えかけているのをセフィは瞬時に理解する。


 サンディとは高等部からの知り合いになり、今まで接点らしき接点もなかった。

 たまたま遊びにいく話が聞こえたからといって、今まで親しくもなく、また親しくしたいというような接触も取ってこなかった相手が、急にご一緒したいと言い出せばあらぬ疑いだってかけたくなるものだ。


 「またどうして?」


 奈々に代わってセフィが疑問を投げかける。


 「その…前々からお話したいと思ってたんだけど…奈々さん、いつも忙しそうだったし…。セフィさんも奈々さんとしか喋らないから…。これを機会にと思って。私もそんなに友達多くないし…お嬢派…っていうと怒られちゃうけど、あっちの方の人たちにはどうにも着いていけないし…。そ、それに二人よりも三人の方が楽しい!!…と思うんだけど…その…どうかな?」

 途中しどろもどろな感じになりながらも、そういって最後は明るく笑うサンディ。


 「という事だけど奈々、どうする?」


 その言葉がセフィはどっちでもいいよ、という答えということがわかった。

 実際、セフィは人付き合いが少ないにも関わらず、校内の人間関係の情報は豊富に持っている。

 そのセフィがどっちでもいい、という判断を下したということは、この提案に害や背後関係がないことを示す。

 あとの問題は奈々が心情的に他者を入れるかどうか、という部分だけのようであった。


 「そうね、じゃあご一緒しましょ。」


 奈々も今までは環境が積極的に友達を作らせなかっただけであって、機会があるのならば友達は多く持ちたい、そう考えていた。

 信頼できる友人はセフィだけでもいいのだが、楽しみは共有できる友達というのは多いに越したことはない。


 「ホントに!?やった!!それじゃ…時間もないし、また詳しい事は放課後にね。」

 「ええ。よろしくね」

 

 奈々の同意の返答に大きく喜びながら、軽くステップするような歩調で自分の席に戻っていくサンディ。


 「私はあの子、嫌いじゃないからいいけど。良かったの?」


 サンディが戻ったのを見届けてから、小さく話すセフィ。


 「私も出来れば多くの子と仲良くなりたいし…。サンディさんいい人そうだし。」


 修行の成果なのか、本人の生まれ持った資質なのか。

 本質的に人を見抜くという目について奈々はかなり優れている。

 よほど自分を偽ることに長けた人間や、騙すことに生きがいを感じるような巧者でもない限り、奈々の『いい人そう』という発言には信用を置いても良いと判断できるものであることをセフィは知っていた。



 「そうだね。じゃ。今日は3人で思いっきり羽伸ばしましょ。」


 と、背中を伸ばしながら結論をつけるセフィ。

 そうこうしているうちに予鈴が鳴り響いた。

 技術はいくら進歩しても予鈴はかわらない。


 「さ、残りの授業を片付けましょ。」


 と、奈々が放課後にむけて気合を入れる。


 「私はもう今から遊びに行くたいくらいだけどね。」


 だるそうに答えるセフィに奈々は笑顔で答えたのだった。




 放課後、その時間までは長かった。


 実際には今日の授業は普段より一時間少なかったのだが、今の奈々には1分・1秒がとても長く感じられた。

 傍目には冷静そのもの、普段通りを演じているものの、心の中はウキウキワクワクで一杯だ。

 現に今、受けている今日最後の授業など頭に全く入っていなかった。むしろ、今、何の授業を受けているのかすらわからないような状態だ。一応ノートには黒板の通り書き写してはいるものの、ほぼ自動書記状態である。

 教師の手が黒板から離れ、話の時間になるともう目は時計に向けている。流れていく秒針をただジーっと眺める。

 ジーっと眺めるといっても、あくまで黒板や先生をみてるフリをしつつである。視線をあまり外さないように目の端でジーっと見つめているのである。


 奈々の修行には護身術等の他にも尾行術などの、いわゆる探偵のような、ものも含まれている。

 これは悪霊等の敵が人間、その他生物にとりついたなどした場合に、確実に後を追う事を想定しての事である。

 大抵は一度その霊気を捉えてしまえば、その後を追うだけで済むのだが、稀にその霊気を偶然、または作為的に撹乱、消去してしまう場合がある。偶然とは都会の生み出す電波等の歪み、土地の霊的作用など。作為的とは意識をもち、更に霊力の強いモノは霊気を隠したり、また常に微弱にその霊気を拡散させる事で捜索を困難にする場合があるのだ。

 従ってこういった探偵術、というのも疎かにできないのである。


 -あと5分…-


 カツカツと黒板に文字を書くチョークの音だけが響く。

 今時、黒板にチョークなど前時代的なものをつかっているのはリティール広し、といえどもここくらいなものだ。

 実際に教師からは電子掲示板に変えてくれ、という要望もでている。これはただ単に書くのが面倒だからだ。


 -あと3分-


 決して表にはその態度や心境を表しはしないが、奈々は今、これほど無いまでに焦れていた。

 自動初期状態を続けながらも、心は既に校外へと飛び出している。


 -あと1分…!!-


 秒針があと一周、と思うと嬉しくて胸が張り裂けそうだった。しかしその一周もまた長い。

 普段、修行で2~3時間平気で瞑想出来るはずだが、これほど1秒が長いと思った事もない。


 キーンコーン カーンコーン


 終業のベルがなる。


 「よし、今日はこれまで。」


 その声と同時に心の中でガッツポーズする奈々。

 ふと、視線を感じて横を見ると、セフィがニヤニヤしながらこちらを見つめていた。


 「お疲れ様、奈々。見てて、授業より楽しかったわ。」


 と、意地悪く言った。


 恐らく奈々の変化に気付けるのはセフィくらいなものだろう。

 付き合いが長い、というのもあるがセフィの観察眼も人並み以上のものがある。


 「うぅ…ずっと見てたのね…。」 


 少し赤面する奈々。竜堂の跡取娘がこんな事で浮かれていたなど、竜堂家の縁の人間にしれたらそれこそ笑いものだった。


 「ま、他には誰も気付かなかったでしょうけどね。でも私にずっと見られてたのを気付かない程、っていうのはちょ~っとまずいんじゃない?」

 「た、確かにね…。でもしょうがないじゃない。今日くらい。」


 苦笑しながら奈々が答える。


 「あ、開き直ったな。今後気をつけなさいよ。」

 「そうするわ。ご忠告ありがと。で、そんなことより…。」


 問答している場合じゃない、と奈々が急かす。


 「はいはい。わかってますよ。お嬢様お待ちかねの時間ですからね~。」

 「もぉセフィったら。」

 セフィのからかいがしつこいのでむくれてみせる奈々。 


 「アハハハハ。っと、サンディさんも帰り支度終わったみたいだね。」



 丁度、サンディが手荷物をまとめこちらに向かってきていた。


 「おまたせしました。お二人とご一緒出来るなんて楽しみです。」

 と、にかやかに笑うサンディ。


 「私も楽しみです。」

 そう笑って返す奈々。


 「ものすごくが抜けてるわよ。アハハハ。」

 「ちょっとセフィ、いい加減しつこいわよ。」

 「アハハハ。ごめんごめん。」


 からかうセフィにいい加減ちょっと腹を立てる奈々だった。


 「それじゃ、いきましょうかね。楽しい放課後をエンジョイしましょ。」

 セフィが席から立ち上がる。


 「そうね。楽しく思いっきりね。」

 奈々もそういって席を立つ。

 


 これから奈々の新しい日常の幕開けだ。

 それが楽しみに満ちているのか、悲しみに満ちているのか。

 それはわからない。

 ただ、奈々には希望に満ちた日々の始まりとしか、今はまだ思えないのだった。

 例え、退魔がどれほど悲しく険しいものでも、この今の楽しいひと時が得られるのならば、それも乗り越えていける。


 そう思っていたのだった。



誤字・脱字等ありましたら、ご指摘いただければ幸いです。

またお時間やお手間などがございましたら、ご感想や評価などをいただけば、今後の参考にして改善していきたいと思います。


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