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竜堂奈々~退魔幽遠記~  作者: 黒企画
第一章 退魔の少女
4/6

03 悲しみを背負うという事

本作品はフィクションです。

登場する人物・団体・国家・企業・名称・宗教などは全て架空の設定であり、現実との関係はございません。


 夜、それが魔の者達の領域。暗がりに身を隠し、それぞれが本能のままに蠢く。

 時に人を惑わし、時に人襲い、時に人を死に至らしめる。それが「魔」と呼ばれるもの。

 「魔」とは端的に言ってしまえば、幽霊とか妖怪の類だ。悪霊には消滅を、縛霊には安息を。

 退魔とはいわゆる陰陽士の仕事と同じと考えていいのかもしれない。


 竜堂家は代々、この仕事を請け負ってきた。

 その水の力をもって。


 その流れは穢れを浄化し、時に激流となって魔を滅する。 その力は陰陽士などとは比べ物にならない。

 また陰陽士は物理的な抵抗力に乏しいため、戦闘となると勝手が違う。要は陰陽士や霊能力者等では太刀打ち出来ない凶悪な霊の類をその力で退けてきたのだった。


 普通、凶悪な霊などとなると大抵は放置されてしまう。一般人には手におえる筈もないからだ。しかしそのままにしておいては支障がでる、というのは大抵そういった事件の一番の被害者は土地や物件の所有者となるからだ。折角の土地や物件を意味もなく遊ばせて置く訳にもいかない。

 そこで竜堂家の出番なのである。


 元々家柄が良かったせいもあってか、特にお金に執着の無かった竜堂家は、仕事の内容を比較して考えればかなりの破格で依頼を請け負った。故にわざわざ曰く付の土地を格安で買い取って、退魔をして貰ってから高く売るというような輩までいた。

 それを快くは思わなかった竜堂家はある程度、金額に条件をつけるようになった。

 そうなると顧客は不動産系か役所・国、または金持ちとなってくる。

 そうこうするうちに自然とコネというかパイプのようなものが作られ、定められたわけでもなく、いつしか政府ご用達の退魔士となってしまったのだ。

 とは、いっても今の機械化が進むこのご時世。凶悪な霊だの妖怪だのがそうそう頻繁に出るわけもない。


 まして世界大震災の後、大地が大きく変動し、地脈の変化もあってか土地霊というものが極端に減った。

人口の激減で土地は大きく余っているので多少の土地を放置したところで痛くも痒くもない。土地はまだ広大に残っている。

 統一政府となってからは国境という縛りもないので上層部も次の開発、次の開発へと頭を悩ませているばかりだ。


 事実、翼の代になってからは暇が多くなった。

 政府の依頼は年に数回あるかないか程度しかない。

 現在は民間の依頼を主にこなしているのが現状である。民間といっても依頼主は企業や地方自治体などが多かった。

 稀に発生する一般家庭等からの依頼にはほぼ無償で対応している。


 そのおかげといっては変なのだが、翼は余った時間を全て奈々の訓練につぎ込んだ。

 生まれ持った才能か、はたまた失踪中に何かあったのかは知らないが、とにかくその甲斐あって奈々は歴代をも上回る力をもった水の使い手となった訳である。



 その奈々は今、夜の町を歩いている。横には父である翼の姿もあった。

 単に親子揃って歩いている…のだが、その体から発せられる並々ならぬ気に、ただの散歩ではないことは、何の力も持たない人間であっても肌で感じ取れる程のものだった。


 親子は「退魔」に向かう途中だった。

 奈々にとっては初陣となる。

 

 本来、翼はついてくる必要はないのだが、今回の依頼を責任持って受けたのは翼である為、彼がしっかりとその依頼の完遂を見届けなくては気が済まなかった。

 またいくら奈々がしっかりしているとはいえ、まだ子供。万が一ということもある。そして初めての仕事で勝手がわからぬのは可哀想、というのも少しあった。

 そういった理由から翼も今回だけは同行することに決めた。


 今回の依頼主はステア区の区役所からである。

 ステア区とはリティールの首都の中枢が集まる都市。それだけに開発も活発化しており、企業が新しく出来ては潰れるの毎日である。

 そんな潰れた中の企業の一つが保有していた空きビルがどうやら曰く付のものだったらしいのだ。元の持ち主も既に亡くなっていて、

宙ぶらりんの所有権を区が強制的に買わされた形となった。格安なのはいいが、使えないのでは意味がないと予算をなんとかかき集め、今回の竜堂家への依頼と相成った。


 話によれば、当初は会社設立に際して幹部陣がかなりのあくどい方法で資金を回収していたらしく、借金の取り立ては元より、不正な手段で借金を負わせたり、架空の借金をでっちあげるなどしていたらしい。被害者数は数百人ほどだが金額はかなりの額に上った。

 当然、支払能力の無い人間は死ぬまで絞られるか、自ら死ぬかの選択しかなく、多くの人間が自殺を選んだ。その結果、怨念が固まりとなり、更には他の霊も巻き込んで膨れ上がり、ある日突然、このビルは幽霊ビルと成り果ててしまった。

 それと同時期に、この会社は潰れた。

 悪霊が不幸を呼び込んだのか、元々秘密保持が完璧でなかったのか、警察に会社の不正行為がどこからともなく全て暴露されてしまい、経営陣は総逮捕。下の人間は幽霊ビルに残ってまで会社を存続させたくは無いと、会社を解体させてしまった。

 それからいくつかの会社が転々と入ってきたものの一ヶ月ももたず、悪霊が住むと噂が広まってしまい、いまや誰も入ることの無い廃墟とかしている。

 内部は荒らされ放題らしく、人が立ち入れば容赦なく重量物を投げつけてくるという話だ。


 本来、実体の存在しない霊が、物理的に人や物に干渉するのはかなり難しい。それだけでもかなりの力を持った霊であることは容易にわかる。

 しかし一つの霊ではなく霊の集合体の繋がりはそれほど強くないので翼にとってはそれほどたいした仕事でもない。翼が危惧しているとすれば、ここ最近、そういった恨みを持った霊が今まででは考えられないスピードで力の強い悪霊へと変化している事実だ。

 何かが起こっている、そう考えてはいるものの原因がイマイチ特定できずにいる。

 また前時代ならともかくこれほどまでに地殻が大きく変わってしまっている今、霊的にどのような変化があるのかは見当もつかない。 


 「ここだ」


 翼が足を止めた場所。

 その目の前にそのビルはあった。


 ビルから寒気がするような霊気を放っているのがよくわかる。

 首都の歓楽街から10分程度の距離しか離れていなかったが、何故かここは閑散としていた。発せられる霊気が自然と人を遠ざけているのだろう。こういう場所にはチンピラなどのガラの悪い連中が集まっていたりするものだが、噂と人間の無意識の危機感知のせいか人は見当たらない。


 竜堂の名を持つものにとってはこれは好都合でもある。

 その能力は異端。

 どこの世界でも異端な能力は忌み嫌われる。

 多少名が売れているとはいえ、やはりこの能力を直接大勢に見られるのは避けたい。

 竜堂家は影で生きるのが定め。

 誰が決めたわけでもないのだが、そういった暗黙の掟が出来ている。


 「私の初めての退魔…」


 誰に言うわけでもなくそうつぶやく奈々。


 「そうだ。ここから先はお前一人でいけ。そして役目を果たして来い。私はここで待っている。」

 「わかりました。」


 奈々は翼に見送られながらゆっくりと問題のビルへと歩みを進める。

 ビルの入り口直前で一度歩みを止める奈々。そしてビルを眺める。

 悪しき気が漂っているのを肌で感じる。


 「はぁ…スー。はぁ…スー。」


 呼吸を整える奈々。

 怖さはない。

 恐れは無い。

 しかし、初めての退魔と言うことで緊張はしていた。

 例え失敗しても今回であれば父もいる。しかしなるべくであれば失敗はしたくはない。

 失敗して恥をかくのは自分だけならまだしも、代々の名が、そして父の名が笑われることになるのだから。


 「いくわよ。」


 自らを勇気付けるようにそういうと奈々は扉を開け、ビルの中へと入っていった。




 ここから奈々の初めての退魔が始まった。



 ヒュ!!


 ビルの中に入るなり風を切る音が聞こえた。

 とっさに身をかわす奈々。

 その瞬間。


 ドガァァ!!


 先程までいた場所に大きな机が直撃していた。同時に入ってきた扉が塞がれた。


 - 入り口を閉じられてしまったわね… -


 まさか、侵入した瞬間に仕掛けられるとは思ってもいなかった。

 それでもかわせたのは日々の修行のおかげであった。考えるより先に体が動いていたのである。

 とりあえずこの程度の障害物を破壊するのに訳はないが、敵の正体を見極めるのが先と判断した奈々は、そのまま奥へと向かう。

 気配がゆらめく。


 ヒュン!!ヒュン!!


 続けざまに机やら椅子やらが飛んでくる。

 飛来してくる方向は一定ではない。

 それを苦も無くさっとかわす奈々。

 この程度であれば能力を使うまでも無い。


 奈々はすぐさま敵の方向を探知にかかる。

 しかし、どうやら向こうは気配を消して移動したようであった。

 敵はどうやら奈々が攻撃をかわしたのと、その発せられる気から素人ではないと判断して攻撃を切り替えるつもりなのだろう。

 このビルには以前に素人ではないものが何度か侵入していた。

 それは名をあげようとする霊能者や、修羅場を潜り抜けてきた命知らずのカメラマンであったりと職種は様々だが、初撃をかわしてきたものは何名かいるらしい。


 そういった人間に出会っている為に敵もある程度、学習していたのだ。

 この手の人間は危険だと。

 もし仮にそういった前例が無ければ、この仕事は奈々の能力をもってすれば楽に終わったであろう。

 しかし、慎重になられてしまうと、元々実体の無い存在故に、捕らえにくくなってしまう。また、霊の集合体というのは他の霊を利用したり、自ら分離することも容易であるために、霊気が分散し、肝心なところで逃げられてしまったり、本体を判別しづらくなってしまうなど、とても厄介な存在になってしまうのだ。


 「とりあえず逃がさないようにする必要があるわね。」


 まだ敵は奈々の力を過小評価しているのか、それとも様子を見ているのか。分離して多面攻撃をかける気は無いらしく、大きな気がはっきりと奈々には感じとれていた。

 それは敵にとって大きな失策であった。


 「屋上まで覆っておけばいいかしらね。」


 奈々はそういうと気を集中させる。

 どこからともなく水の雫が沸きでて奈々の周りを浮遊し始める。


 「封水陣!!」


 その声と同時に手を広げる奈々。

 水が辺りを包み込む。


 「さぁこれで逃げられないわよ。」


 そういうと上を見上げる奈々。


 封水陣を使ったことでの目に見える変化は無い。

 だが実際には、奈々のいる階から屋上までが、水の力による結界が築かれていた。

 これにより霊的な存在はここから逃げ出すことは出来ない。

 あくまで奈々の能力を上回る能力を持っていない限りは、だが。


 敵もそれに気付いたらしく、脱出を試みるがどうやら敵の力程度では全く出ることがかなわない様子である。

 脱出が不可能となった今、敵は隠れる事に専念し始める。

 完全に気配を経ち、いずこかへと消えようとした。


 しかしそれも奈々にとっては無駄な行為とされてしまう。

 封水陣の利点は結界であると同時に、探索網の役割も持つ。

 相手が結界壁に触れずともその内側には発動者の気が満たされているので、どこにいるのかは手にとるようにわかるのである。


 「無駄よ。」


 すぐに気配を感じ取って階段を駆け上る。

 場所は最上階。


 「ありきたりすぎるわね…。」


 罠の可能性もあったが、敵に逃げ場が無い以上、誘いに乗るしかない。

 途中で雑霊の邪魔もあったが、ものともせずに突き進む。


 「往生際が悪いのね。」


 元はこの世に未練をもって縛られた霊魂なのだからその時点で往生際が悪いのだが、この霊の本体はそれを上回るのである。

 悪あがきも往生際の悪さも極めつけだった。

 その証拠に最後の部屋の扉は硬く閉ざされていた。


 「霊的に縛り付けている上に、物的にもバリケードを敷いてるわね…。」


 軽く力をいれてそれを確認した奈々は後ろへ一歩下がる。 


 「甘く見ないで欲しいわ。この程度で…」


 そういって気を込める。


 「水牙!!」


 ブシャァァァァ!!


 水流が牙となって扉に飛び掛る。


 ズドォォォン!!


 水の牙はあっさりと扉とバリケードもろとも貫き、破壊する。


 「グォォォォォッ!!」


 時間稼ぎにすらならなかったバリケードをみて悪霊は声をあげる。


 「貴方は既にこの世にもあの世にも行き場所は無いわ。ここで私が滅してあげる。覚悟なさい。」


 その言葉に反応したのか悪霊がありったけの家具やら道具を奈々めがけて投げてくる。


 「水閃!!」


 その言葉とともに奈々は手刀を振り下ろす。


 シュパ!!


 その手刀が振るわれた直線状のモノが綺麗に左右に分かれた。

 そして分かれた破片は奈々の両脇に音を立てて落ちる。

 力の差は歴然だった。

 相手がもっと霊的な干渉力をもっていればもう少し食い下がれたかもしれない。

 しかし物的なものに対してしか力を持たない相手は、奈々の超越的な能力の前では足元も及ばなかった。


 「グガァァァ!!」


 既に投げるものもなく、人間に直接手を下せるほどの力をもたない悪霊はただもがくだけだ。

 必死に脱出を試みるも、結界に阻まれ、自らの体を傷つけ消耗するだけだった。


 「哀れね…。でもこれで最後よ…。消えなさい!!」


 悪霊に向かって走り出す奈々。

 悪霊はこちらにすらめもくれず脱出を試みている。


 「我、水の理、水の力を持って彼の者を永遠の安らぎへと葬らん。永滅水掌!!」


 奈々の手に水が螺旋のようにまとわりつく。

 そして溜め込んだ気と共に悪霊に対して手を突き込む。


 バシュ!!


 「グガァァァァァ!!」


 永滅水掌は、その名の通り、永遠に対象を消滅させる。

 封印や昇天ではない。存在そのものを消し去る。

 勿論、昇天させる目的の技もあるのだが、それは自らの成仏しようという気持ちが薄いものに対して効果が極めて薄い。

 従ってこうした未練を残す悪霊は消滅させる以外に道がないのである。


 「はぁ…これで終わりね…。」


 消えていく悪霊を見つめながらそうつぶやく奈々。

 その時、消え行く悪霊が最後の力で叫んだ。


 「ガァァァ、イヤダ、マダマダキエタクナイ…。アイツラヲ…妻ヲ奪ッタアイツラヲ…奈落ニ落トスマデハ…。」

 「その為に、他人を巻き込んでいいはずはないわ。」


 悪霊の言葉に反論を返す奈々。


 「ダカラトイッテ滅ボシテイイ道理ガアルワケガナイ…!!沢山ノ罪ノ無イ命ヲ奪ッタヤツラハ人間トシテ刑ヲ受ケ、今モイキテイルトイウノニ…何故俺達ダケガ滅ビルノダ…。タダ、タダ仇ヲ討チタイダケナノニ…。」


 「人には人の法があるわ。確かに彼らは悪い事をしたのかもしれない。だけど人は法によって裁かれるものよ。貴方に裁かれるものではないわ。」


 「デハ…私ノ妻ヤ子供ノ命ハドウナルンダ!!復讐ノ為ニ折角力ヲ貸シテクレタトイウノニ…」

 「なんですって!?復讐の為に…自らの愛する人を取り込んだというのっ!?」


 奈々は悪霊の言葉に驚きを隠せず、つい声を張り上げてしまう。


 「ソウダ…喜ンデクレタヨ…、ダガソレモ無駄ニナッテシマッタ…。オ前ハソノ悲シミをワカルノカ!?」

 「わかるはずないわ!!」

 「何モ…何モ考エズニ…ソウヤッテ…命ヲ奪ウノカ…貴様モアイツラト一緒ダ…。セ…メテ…家族ダ…ケハ…天国ヘ送…ッテ欲シ…カッ………タ…。」


 その言葉を最後に悪霊は消滅した。

 悪霊の消滅と共に封水陣も消える。

 使命を果たした奈々だったがその心にはやりきれないものが残った。

 消滅させた後、今もまだ悪霊が消えた場所から動けずにいた。


 「私は正しいはずよ…。お父様もそうしてきた…。彼らはしてはいけないことをしたのよ…。消えて当然なのよ…」


 何度もつぶやき、自分を納得させようとする。

 そこへ、翼が上がってきた。

 悪霊を退治したことは外からでも確認出来たが、仕事が終わったにも関わらず、奈々がなかなか降りてこないので心配になって様子を見にきたのである。


 「どうした奈々?」


 やさしく問い掛ける翼。


 「お父様!!私は…私は正しかったのでしょうか!!彼らは…彼らは…悪いことをしました。しかし…」


 目に涙を浮かべながら話す奈々。

 根が優しく、あまり人間の暗い部分に触れてこなかった奈々には悪霊の言葉は堪えたのだろう。

 自らに納得をつける答えが必要な状態であった。


 「奈々、彼らはもう既に人ではない。人でないものを人の法で裁くことは出来ない。そして、彼らは一度悪霊に身を落とせば、いかなる事をしようと昇天することは出来ない。あるのはただ消滅のみだ。悪霊とは力を持つ代わりに、現世に留まる間、その身に多大なる苦痛をもたらす。それを和らげるには人を殺し、その魂を飲み込むほか無い。つまり、悪霊は目的を果たした後、昇天することも出来ず、結局、苦痛から逃げようと人を殺めるのだ。奈々は正しいのだ。悪いのはその身を悪霊に落とした彼ら自身だ。無論、そうなった経緯には同情する部分もある。だが…これは…、その結果の報いなのだから…。」


 そう諭す翼。

 しかし奈々は泣き止まない。


 「それはわかっています。でもでも…!!」

 「奈々、退魔とは悲しみを背負うことだ。悪霊が起こす事件に対してもそうだが、彼らそのものの悲しみや罪も背負わねばならない。奈々が退魔を悲しいこと、と感じるのであれば私は何も教えることはない。ただ消滅してしまった彼らの事を忘れるな。自業自得とはいえ、悲しい存在なのだから。我々が彼らの存在と悲しみを背負って生きることで、彼らを生かしつづけなければならない。それが退魔を行ったものの宿命だ。彼らは消滅しても私達の中で生き続ける。詭弁かもしれんが、これもひとつの弔いなのだ。だから悲しむな、とは言わん。その気持ちだけは永遠に忘れるな。」


 そういって翼はまだ泣きじゃくる奈々を抱きしめた。


 「は…はい、父上…。」


 真っ赤に腫らせた目を拭いながら、奈々は泣くのを止めた。

 これからはこのような悲しい事件が奈々を待っているのだから。


 「今日はよくやった。しばらく仕事はない。ゆっくりと休むがいい。」


 翼はそういうと、ゆっくりと歩き始める。

 しばらくしてから奈々もそれに続く。


 退魔という道を歩み始めた者のスタートだった。


 それは奈々にとって辛く悲しい物語の始まりでもある。

 いつ終わるともしれない戦い。

 人に争いと悲しみがある限り、きっと終わることはないだろう。

 しかし奈々はその道を選んだ。

 全ての悲しみを背負って、自らが十字架となるべき道を。


 「私、絶対に救ってみせます。」


 それは誰に言ったでもない奈々の独り言だった。

 その独り言が聞こえていた翼も特に返事はしない。

 救うのは他の誰でもない悪霊達だ。

 消滅しか待っていない存在。

 悲しみと苦痛を背負いつづける哀れな存在。

 いかなる方法をもってしてもその魂は報われることはない。


 しかしそれでも奈々は彼らを救うと言った。

 それがどれほど険しく困難な道であることか。

 いや、不可能な話であることか。

 翼はその道の険しさを身をもって知っているからこそ返答しなかった。

 だが我が子に対する期待か、それとも長年の勘か、奈々なら出来る、そう思っていた。

 奈々ならその道を諦めることなく進んでいけるだろうと。

 過剰な期待であることはわかっていた。

 優しさと強さを秘めた奈々は今までの竜堂家の人間とは少し違う。

 彼女には何か、いいようのない他の何かが秘められている。

 その答えが出るのはまだまだ当分先の話であろう。

 そう考えながら翼はそっと奈々の頭を撫でた。

 奈々も黙って微笑んだ。


 -どうかこの娘の行く末に、救いがある事を…- 


 翼はそう願うと自然と足を速めた。


 立ち止まってはいけない。

 歩みを緩めてもいけない。

 この道はただ迷いなくまっすぐに進んでいく、それだけの悲しい道なのだから…。


誤字・脱字等ありましたら、ご指摘いただければ幸いです。

またお時間やお手間などがございましたら、ご感想などをいただけると私が喜びます。


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