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短編作品集

隣の客が三杯目を食べている理由

作者: きら☆麿
掲載日:2026/04/05

「へい!お待ち!」


 店主が、どん、とラーメン鉢を置いた。


「それではお召し上がりください」


 一見、どこにでもある醤油ラーメンだ。

 つややかに光るスープ、海苔の黒、そして堂々と乗った叉焼。その下に、自家製の手打ち麺が潜んでいる。


 割り箸を割る。

 さて、まずはスープから――


 ――ズズーッ。ズズッ。


 周囲から、勢いよく麺をすする音が響く。


 隣の男は、迷いなく麺を持ち上げ、一心不乱にすすっていた。


(麺から行くとは、何と無粋な……)


 小さく息を吐き、気を取り直して鉢に口をつける。

 一口。


 あっさりとした見た目に反して、香りが鼻腔を抜ける。

 後味は軽く、それでいて物足りなさはない。


(なるほど。噂になるわけだ)


 今度は麺を持ち上げる。

 細麺が、するりと喉を通る。


(ほう……この麺、負けていないな)


 そのときだった。


「おかわり!」


 隣の男が、ほとんど食べ終えた鉢を掲げる。


(おいおい。ちゃんと味わったのか?)


 だが店主は慣れた様子で、新しい一杯を差し出した。


 さらに、後ろからも。


「おかわり!」

「こっちも!」


 気づけば、店内のあちこちで同じ声が上がっている。


(二杯目……? 三杯目……?)


 視線を巡らせる。

 奥の席では、すでに四杯目に手をつけている男がいた。


 異様だった。


 それなのに。


 箸が止まらない。


 もう一口。

 もう一口。


 気づけば、スープを飲み干していた。


「ごちそうさ――」


 言いかけて、口が止まる。


 まだ、食べられる。


 いや、食べたい。


「……おかわり」


 自分の口から、その言葉がこぼれていた。


 一瞬の沈黙。


 すぐに店主が笑う。


「はいよ」


 新しい鉢が、目の前に置かれる。


 湯気が立ち上る。

 さっきと同じはずの一杯が、やけに魅力的に見えた。


(まあ、一杯くらいなら……)


 箸を取る。


 ――ズズーッ。


 どこかで、誰かと同じ音がした。


「はーい。時間です。そこまで~」


 その声で、はっと我に返る。


 店内に、数人のスタッフが入ってきて、各テーブルの鉢を数え始めた。


「……え?」


 自分の前には、二つ目の空の鉢。


 いつの間にか、周囲と同じように。


「初参加にしては上出来ですね」


 店主が、にやりと笑う。


「え、いや……俺はただ――」


 言葉が続かない。


 胃の奥が、じんわりと熱い。


「次回もお待ちしてますよ」


 外に出ると、夜風が頬に当たった。


 腹は満ちているはずなのに。


 ――もう一杯くらいなら。


 そんな考えが、頭の片隅に残っていた。


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― 新着の感想 ―
いったい何が起きたんだ…、食べ終わった器が3つ以上だったら更に奇怪さがさらに増したかも。
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