episode.5 計算と集散
「復讐かぁ…、なにか恨みでもあるんですかね?」
「ん、復讐ってことはT-MSの関係者…もしくは卒業生にも絞られるだろう。本当の所はよくわからないが」
学校長との話を終えた今、亜莉朱と八藤は“学校”内の見回りをしている。
城下は白葉にこれからの策を伝えるらしく、学校長室に残った。
『もし、僕のいないところでアリスに何かあっても八藤がいれば大丈夫だろうしね』
ということらしい。
「犯人がわからない今、とにかく爆発物を見つけださないといけないね。いつ爆発かすらもわからないし」
「そうですね……」
城下をふと思い出していたので心ここにあらず、という感じで亜莉朱は返事をした。
「…アリスちゃん?どうかしたのかな?」
「え…っ、いえ何も」
「ん?城下が恋しいのかい??」
にやり、と八藤は笑った。
「ちょ…っ、しぐれさん!今はそれどころじゃないでしょうっ!からかわないでくださいっ!」
「冗談だよ…、まぁ城下とはすぐ合流出来るから。それに、何かあっても私がいるからアリスちゃんに怪我させたり…ってことについては心配ない。絶対、守るよ」
そう言ってさっきの笑みとはまた違う、綺麗な笑顔を浮かべた。信頼できる、とても自信に満ち溢れた笑みだった。
「あ、ありがとうございます。 …私ジョーカーくんみたいに頭もよくないし、しぐれさんみたいな戦闘能力も皆無ですから…全然、みんなの役にたてなくて…。…頼ってばかりで……」
ぽつりと呟き、俯く亜莉朱。
城下のことを考えて、久しぶりの仕事に浮かれた気持ちがあった。
そして、それを八藤に見透かされ、自分が役にたってないということにも気づかされた。
「―――それはないな、アリスちゃん。だって君があの城下の生きがいなんだからさ」
「……え…?」
亜莉朱は顔をあげ、ポカンとしている。
「うん、言い方が悪かったから 誤解しちゃったね。ごめん、亜莉朱ちゃんが役にたってないとか、そう言わせるつもりはなかったんだ」
「……本当に、ですか?」
「嘘は好きじゃないからね。 少なくとも私からはそう見えるよ。城下には君が生きがいで、今<策略者>としてT-MSにいる理由であるというのもね」
「“学校”にいる理由…?」
混乱する亜莉朱にあくまで推測だけどね、と八藤は続ける。
「確かに城下は優秀な<策略者>だよ。それだけの才もあるし、成果もあげている。だから“学校”は結構な稼ぎ場所だと思うけれど、もともと大金持ちで裕福な暮らしをしている人間がわざわざ<策略者>として働く理由があるのかな?」
「えっ、…それは……」
「ん、何か思い当たることでもあるのかい?」
「いえ…、でも万が一に備えてっとか…」
確かに、城下本家の右に出る権力と財産を持っている者を亜莉朱は見たことはないし、聞いたこともない。
だが……
「私の為だけ…って、いうのは…ちょっと…」
「───有り得ないって、そう思うかい?」
八藤は少し困ったように笑い、
「城下は…ジョーカーは優秀な <策略者>だ。そして、アリスちゃんは彼の幼なじみ。幼なじみっていうのならそれなりの事情…つまり、アリスちゃんの能力や両親のことについて知っていたのだと思う。もし、アリスちゃんから直接事情を聞いてなかったとしても調べればわかることだしね」
「は…はい。私、ジョーカーくんに両親の借金とか話したことなかったです。でもジョーカーくんは…助けに来てくれた…」
「話をまとめると、城下はアリスちゃんを助ける為に“学校”に入ったんじゃないかな?中学からっていう早い時期なのも、きっともうすぐアリスちゃんが研究所かなんかに引き渡されてしまうのがわかっていたからだよ」
「…じゃあ城下くんは…、初めから私を助けるつもりで…?」
このT-MSに入学したというのか?
千人に百人の才と実力があればそれ相当の報酬を得ることができるが、成果を上げるには場合によって命の危険も伴う。
それでも――……
それでも、彼は。
「城下は優秀な<策略者>だよ。 でも、彼は策を練るだけで実行することは難しかったんだろう。だから<実行者>が大勢いるT-MSに入学した。その結果、上手く策略をし、全て思い通りにしてアリスちゃんを助け出す事に成功した」
つまり、かなりのリスクが伴うが亜莉朱を<能力者>としてT-MSに招かれるように促したのだろう。
T-MSに入学したその瞬間から彼の策略は始まっていたのだ。
「じゃあ…じゃあ、何で今もジョーカーくんは<策略者>として“学校”にいるんですか?」
「アリスちゃんがいるから、だよ。勿論、アリスちゃんが研究所から脱出できたならT-MSにもういる必要はないと思うけれど、アリスちゃんのこれからのことを考えたんじゃないかな」
「私の、これからの…こと…?」
八藤は小さく首を傾げる亜莉朱から視線を外し、今通っている渡り廊下からの景色を遠い目で眺めつつ答えた。
「研究所から脱出したアリスちゃんに身内はいないし、住む場所もお金もない。それに能力者として再び狙われる危険もあるのだから普通に学校に行ったり仕事をするのだって困難だろう。だから城下はアリスちゃんを自分とともに“学校”に留まらせた」
「そこまで、ジョーカーくんは…?」
考えていたというのだろうか?
亜莉朱をもう二度と、悲しませないために。
少しでも、亜莉朱が安心して暮らせるように。
「本当、見事な策略だよ。城下の思い通りじゃないか」
八藤はやれやれ、と呆れたようにため息をついた。
その仕草とは裏腹に顔は笑っていたが。
「…あのー、しぐれさん」
「ん?何だい、アリスちゃん」
「……しぐれさんって、ジョーカーくんのこと好きなんですか?」
おずおずと、聞いてみる亜莉朱。
対して八藤は一瞬面食らったような顔になり、その直後笑い出した。
「あははっ、アリスちゃん。何言ってるんだい?そんな訳ないだろう。確かに城下はモテるだろうけど、今のところ私は恋愛に興味ないな」
だから安心して?と八藤はにっこりと笑う。
「は…はいっ、て、わ私何言ってるんだろっ!ごめんなさい、気にしないでくださいっ」
顔を赤くして慌てる亜莉朱に、八藤は微笑ましそうに笑いかけた。
「城下とアリスちゃんなら大丈夫だよ。末永くお幸せにね」
──そんな二人の背後に、一つの人影が迫る───
* * * * *
場所は変わってT-MSの事務室。
沢山の資料とモニターに囲まれたその部屋に城下の姿があった。
四台並べられているコンピューターの一つを立ち上げ、データに目を通している。
「……まずは、例の予告メールだけど…」
と、誰に言うわけでもなく一人呟く城下。
そしてマウスでクリックすると、予告のメールが画面に表示された。
白葉の言った通り不審な点は特に無し。
ならば…、と城下は送信先のアドレスへ目を向ける。
異様な組み合わせのアルファベットが並ぶアドレスは、犯人の手掛かりになるかと調べているが今のところは不明のままだ。
右手のマウスを動かしつつ、頭の中でまた別のことを考える。
犯人の狙いを、だ。
復讐というのだから、T-MSと過去に何かあったのだろう。
城下の知る限り、これといったことは無かったはずだ。
だが────と、城下は思う。
例えT-MSに不正な過去があったとしても、膨大な記録から探すのはかなりの手間がかかりそうだ。
それに、第一として記録が消されている場合もあるし、もしかしたら不正な過去など端からなかいのかもしれない。
「復讐ねぇ…」
城下はメール画面を閉じ、T-MSの過去記録を開いた。
蟻のように文字が連なる過去記録は今から探るだけ、かなりの時間ロスになる。
事態は刻一刻を争っているのだ。
「やっぱり、<情報屋>に聞くしかないか」
T-MS唯一の<情報屋>こと、杜遠李。
彼女は今どこにいるだろうか、と思いつつ城下が立ち上がったその時――…。
乾いた機械音が部屋に響いた。
城下が振り返るとコンピューターの画面が起動している。
『受信メール 一件』




