episode.2 過去と仲間
「や、アリスちゃん。お帰り」
早朝のT―M.S、女子寮の一室にて。
ドアを開け、入ってきた亜莉朱に同室の少女が声をかけた。
ベッドに寝転がり、本を読んでいる。
「あれ、しぐれさん。まだ起きてたんですか?」
驚いたように亜莉朱は言う。
「うん、なかなか眠れなくてね。でも珍しいね、アリスちゃんが朝帰りなんてさ。まぁ、若者の付き合いに口を出すつもりはないけど…朝帰りは感心しないな。例の彼氏とラブラブなのは結構なことだけどね」
読んでいた本を閉じ、そう言いながら少女――八藤しぐれは微笑する。
ブラウン色の長髪を高い位置でポニーテールにしている。
前髪は上へあげてヘアピンで止めているので、全体的にすっきりとした髪型だ。
「え…っ、しぐれさん。別にそんな誤解を受けるようなことはありませんよ!それにしぐれさん、私より二歳年上なだけですし…っ」
「ふーん、そうかい?じゃあ彼氏くんの家でナニやってたのかな?」
ニヤニヤと笑いながら、八藤は亜莉朱を見る。
「ナニ…って、だからなにもないですって!」
「元気だねぇ、アリスちゃん。 何か嬉しいことでもあったのかい?」
「もうっ!しぐれさんなんか知らないっ」
ハ藤の集中攻撃に耐えられなくなった亜莉朱は、背を向けて自分のベッドの方へと向かった。
そして手早くパジャマに着替えると布団に潜り込む。
「ねー、アリスちゃーん」
亜莉朱がいる反対側のベッドから気楽に声を掛けてくる八藤。
「…何ですかっ」
「こっちの生活にはもうなれたかい? 3年目になるけれど」
背を向けているので表情はわからない、口調も変わらなかった。
「…だいぶ、馴れましたよ。おかげさまで。みなさん、親切にしてくれますし」
──3年前、当時の社会には、能力者など稀で、
あることを条件に、亜莉朱は貴重なサンプルとして研究所に送り込まれたのだった。
そして毎日様々な不正実験をされ、精神的にも最悪の状態に陥りそうになったとき――…
「しかし、君とジョーカーが幼なじみだったとはね。しかも今は恋人だろう?
まったく、驚かされてばかりだよ」
「…確かに、ジョーカーくんと私は幼なじみでしたけど…。
中学からジョーカーくんはT-M.Sに入学してしまったのでそれ以来会ってませんでしたよ」
―――そんな時、彼は現れた。
もう二度と、会えないかもという別れさえ告げずに消えた、幼なじみが。
『――久しぶりだね、アリス』
数年ぶりに会った幼なじみは、なにも変わっていなかった。
昨日も会ったみたいな口振りで、今日もまた当たり前に会ったように。
そしてT-MSに能力者として研究所から拉致に近い“保護”をされた。
「お父さんとお母さんは?あの場所にとどまったのかい?」
「…多分、もう生きてないと思いますよ。私があの場所にいることが、父と母が生きていられる条件だったんですし」
貴重なサンプルとして研究所に送られた条件、それは借金を抱えた両親の肩代わりだった。
元々、亜莉朱の両親は自分たちの娘をいざと言うときの道具としか思っていなく、亜莉朱が不正な実験をされていもお構いなしだったのだ。
そこへ、T-M.Sのメンバーが乗り込んできたというわけだ。
亜莉朱を助け出し、能力者としてT-MSに招くために。
「みんながあの場所から私を連れ出してくれたから、私は今ここにいられます。…本当に、感謝してます」
これは本音だ。
身内に裏切られ、精神が壊れる寸前だった亜莉朱。
新しい環境や仲間、そして夢にも見なかった幼なじみとの再会に感激を覚える。
「はは、どうしたんだいアリスちゃん。そんな改まって」
照れ隠しなのかわからないが、そう言って流そうとする八藤。
「…なんとなく、です」
「今更言うことでもないだろう?それに礼なら前に君から充分聞いたんだからさ。こんな話を持ち出したからかな。ごめんよ、気を使わせる話をしてしまって」
いえ、そんなことは。と亜莉朱は答え、続いて部屋の灯り消していいですか?と聞く。
「そうだね、もう寝ようか。明日は“学校”から集合かかってるんだし、遅刻するわけにはいかないね」
亜莉朱はそれを聞くと起き上がり、リモコンを手に取る。
そして眼鏡を外して横へ置くと、灯りをリモコンで消した。
「お休みなさい、しぐれさん」
「うん、おやすみ」




