episode.15 崩壊、再開(2)
コツコツ、と薄暗い通路に響く1人分の足音。
そこを歩いているのは、白い髪の少年である。
黒色の携帯電話を耳に当て、会話をしているようだった。
『じゃあもう李ちゃんとの話は終わったんだね?』
携帯から聞こえてくる、少女の声。
「うん、まぁ話と言うか確認だけどね。とりあえず終わったから今、そっちに向かってるよ」白い髪の少年はその声に答える。
『わかった。気をつけてね』
「うん。また後でね、アリス。 ───あ、携帯切る前に八藤に代わってくれる?」
白い髪の少年はそう言うと、歩く足を止めた。携帯を耳に当てたまま、前を見据える。
『八藤だ。どうした?』
そうしている内に電話の相手は変わり、先程とは違う少女の声。
「──そろそろ、来るみたいだね」
遠くから聞こえてくる、複数の足音。
『…城下?なんだって?』
「僕は戦闘のプロじゃないから少し、不安だけど。まぁ──これくらいの人数なら大丈夫、かな?」
地下だからこそ、音は良く響く。段々とこちらに近づいてくる、足音。
『──どういう事だ、城下?』
電話の相手は少年に問う。
少年─城下はそれに答えつつ、腰に巻いたベルト後ろから拳銃を取り出した。
「もうすぐそっちにも向かうみたいだから、気をつけて─ってこと」
『──な、城下!何を──』
焦る声が、電話から聞こえる。薄暗かった辺りが、徐々に暗闇となっていく。
「もう来たみたいだ。また後で、連絡するよ」
城下は携帯電話を仕舞うと、銃の引き金を引いた。
バタン、と勢いよく扉の開く音。
続いて一秒の間もなく聞こえるのは、銃の連射音────。
* * * * *
「な、城下!何を──…っ!?」
場所は戻って食堂。
電話の相手に向かって、八藤は言う。しかし、城下の声と共にすぐに通話は断ち切られてしまった。
「…しぐれさん?どうかしたんですか?」
「城下が──」
八藤が電話の内容を伝えようとした、その時────…、
『─聞こえるか、全校生徒達。我等は反逆者集団<group>』
突如聞こえてきた、校内放送。
「な…っ!?」
昼時で混雑してきた食堂にざわめきが轟く。
『我等は第一校舎を占拠した。学校長がいない今、我等を止めるものはいない。これから<集団>以外の生徒達を潰しにかかる──命が惜しければ、抵抗はするな』
ブツン、と音と共に放送は切れた。
「──こちら<heart>、<情報管理部>へ通信。放送部はどうなっている?」
真っ先に声を発したのは八藤。携帯を手にし、状況確認を進める。
『占拠された模様です。第一校舎内部は全て──』
「誰か緊急連絡を!生徒委員会 <student>のメンバーを全員ここに集合させろ!」
代安も立ち上がり指示を飛ばす。すると、壁にかけてある緊急用の受話器を近くにいた1人が手に取った。
「非戦闘員は後ろに下がれ!窓には近づくな!」
その間にも、代安は指示を出す。彼の声の直後に皆席を立つと、下がり始める。
「<委員会>のメンバー、数人連絡取れません!」
遠くから聞こえてきた声。
「連絡取れないのは何人だ!?」
「50人中20人です!」
「ち…っ、<集団>の連中が混じってたか」
代安が舌打ちする。
そして──
「<集団>らしき者が数十人、こちらに接近中です!全員武装している模様!」
廊下から食堂へと飛び込んできた、<委員会>メンバーが報告する。
「もうきたか…っ、代安。アリスちゃんを連れて下がっていろ。<委員会>は武装してる奴だけ前に出てわたしと応戦だ」
八藤は呆然と立ち尽くす亜莉朱の腕を掴んで代安に押しつけると、再び指示を出す。
「ま、待ってしぐれさん!これは一体…!!」
腰のホルダーからザイバルナイフを取りだし、前に出て行こうとする八藤に亜莉朱が言う。
「─常日頃から、この“学校”に不満を持っている生徒達の反逆行為だ」
亜莉朱をかばうようにして立ちふさがった代安が、それに答えた。
「ここ数年なかったらしいがな。…俺も初めてだぜ、学校の反逆者なんてな。奴らにとっては──学校長のいない今が、絶好のチャンスだ」
「そんな──」
亜莉朱の声を遮るように、バンッ!と、食堂にある扉の全てが開け放たれる。
そこから、顔の下部分を黒い布で覆い隠した集団がなだれ込んできた。
「銃は使わないみたいだな── ま、こんな大人数のいる建物の中で使ったらどうなるかくらいわかるよな」
<委員会>のメンバーや八藤、戦闘員が応戦している間。
亜莉朱と共に後ろに下がっている代安は銃を構えたまま暇つぶしのように言う。
「俺はいざって時のために一応持っとくけど。…アリスちゃん、俺から離れるなよ。その時の命の保証はないからな」
「──はい、」
* * * * *
「…くそ…っ!きりがない…っ」
亜莉朱達の前方で、壁を作るように立ちはだかりながら戦う八藤と<委員会>、そして<実行者>の生徒は苦戦していた。日頃、授業や訓練などで鍛えられている彼らだが、実戦の経験をしている生徒は少ない。そのため、例え技術が高くとも相手を倒すことが簡単だとは言えない。
八藤はその点は問題ないが、今戦っている他の生徒が必ず反逆者達に勝てるとは限らないのだ。
「ぐ…っ!」
すると、八藤のすぐ近くで応戦していた生徒が、<集団>に押されて転倒する。
実行者であろう少年は、<heart>の文字が施された校章を胸につけていた。
「くそ…っ!大丈夫か!?」
金属と金属がぶつかる音、響き渡る騒音の中、八藤は声を張り上げる。
それから彼女は目の前の敵にナイフを振るい、それをかわして仰け反った相手の胸倉を掴むと、そのまま勢いをつけて踏み込むと床に叩きつけた。
「かは…っ」
相手の背中を思い切り叩きつけた為、肺から酸素が抜けたのか、力無く声を漏らす相手。
その拍子に顔を覆っていた布がほどけ、少女の顔が現れる。だが八藤は構わず少女の鳩尾に膝蹴りを入れて相手を気絶させた。
そして彼女は立ち上がると、後ろから次々と攻撃を仕掛ける敵を凪払い、先程転倒した少年へと視線を向ける。
その先には床に倒れ込み、今留めを刺されようとしている少年と、それを見下す少年───八藤にとってはよく知る人物だった。
「な…っ、碕沢!?」
八藤は驚いたように言う。彼女が呼んだ少年─碕沢はその声に気付くと、振り返った。
「おぉ、八藤じゃねぇか」
碕沢は構えていたナイフを下げてにっこりと笑う。対して八藤はナイフを構え直し、彼へと向けたままである。
「碕沢…、お前は一体何をしているんだい?<委員会>、委員長のお前が…」
背が高く、淡い茶色の髪をした彼は、明るい性格で生徒からの人望も厚かった。同級生で八藤のよき理解者の1人でもある。
そして真面目な彼は<委員会>のまとめ役、トップの存在の委員長を勤めていた。
その彼が、何故────
「何って…裏切りだよ、八藤」
八藤の目が驚きに見開かれる。それから悲しみをたたえた瞳へと変わり、
そして───
「…そうかい。では、さよならだね」
冷酷な、己の敵と対立する瞳へと変わった─────。




