episode.13 地獄の番人(2)
それから亜莉朱と城下は八藤が待つ教室へ向かった。
「…しぐれさん」
教室へ先に入った亜莉朱が声をかけると、八藤が振り返った。
「あぁ、アリスちゃん。来てくれたんだね、ご苦労様」
困ったように八藤は小さく笑い、それから自分の横へと視線を投げる。
そこには俯いたまま椅子に座る李がいた。大人しくしているからか、身は拘束されていないらしい。
俯いているので表情はよくわからないが、短い前髪の下からは無機質な瞳が見えている。
なにも見えていないような、
なにも思うことはないような、
そんな、瞳が。
「・・・・・・・・李ちゃん、」
亜莉朱が哀しそうにそう呟くが、その呼びかけに李が応えることはなかった。
* * * * *
「で、八藤。爆発物についてはもう大丈夫なわけ?」
教室から出て地下に向かっている途中、ふと城下が前を歩く八藤に声を掛けた。
「うん、爆発物についてはもう大丈夫だよ。心配ない。ったく、この“学校”もいい加減排他的だからね。爆発物を警察にすら任せられないし」
爆発物には割と苦労したのだろう、少々愚痴を交えての八藤の返答だった。
「まぁそうだよね。この“学校”は違法の軍隊組織みたいなものだし、でも──…」
それでも、暗黙の了解として此処が存在しているのは数々の成果と活躍があるからである。
表向きは知性、体力、情報網などを兼ね備えたスペシャリストを育てる、超に超のついた一流校ということになっているので本質を知っているのは国の最高機関のみだ。
「とにかく、よかったですよね!爆発物がないならとりあえず心配の種はひとつ消えましたしっ」
そう言ってにっこりと笑う亜莉朱は、さっき城下の前で泣いていた少女とは別人のようであった。
友人関係にけじめをつけ、“反抗者”と敵対する“生徒”の関係へ。
それは亜莉朱にとって初めてのことであったが、この“学校”にいるかぎり避けて通れる道ではない。
──例えどんなに仲のよい友人でも、
──例え未来を誓いあった恋人でも、
もしかしたら・・・・・いつの日か、
敵対するかもしれないのだから。
しかし、亜莉朱は常に自分の能力を使おうとは思わなかった。
もし昼間、李と会話を交わした時に能力を使ったとしていたら李の裏切りがわかったかもしれない。
爆発に巻き込まれ、代安が怪我をすることもなかったかもしれない。
でも、それでも
常に他人を疑うようなことはしたくなかったから。
そして城下も八藤も代安も、―――誰一人として、
亜莉朱を責めることはしなかったのだから。
ならば、今自分に出来ることをしっかりとしようと亜莉朱は思う。
爆発が起きたために、慌ただしくなっている廊下で亜莉朱はそう誓った───…。
「……………着いたよ、」
──それから歩くこと数分後、着いたのは第二校舎の地下室への扉。
「開けてくれる?八藤」
「城下、お前な…」
肩をすくめて飄々と言う城下に、八藤は呆れたように溜め息をついた。
そして何の迷いもなく取っ手を両手で掴むと、重く頑丈な扉を押し開ける。
ギギギ…と錆の擦れ合う音がすると共に、ガコンと完全に開いた状態で扉が止まった。
「相変わらず暗いね、此処は」
八藤が独り言のようにぼやく。長い階段を降りるとその先は地上の校舎内とは造りの違う、点々と明かりが灯った薄暗い廊下が続いていた。
「足下気をつけて、アリス」
八藤と李の後に続く城下は、そう言うと隣にいる亜莉朱に手を差し出す。
「う、うん。ありがとう」
亜莉朱も手を差しだし、城下の手を握り返した。
「おやおや、仲がいいねぇ~」
ふふ、とからかうように言って小さく八藤が笑う。
それを城下は軽く受け流すと八藤に続いて歩き出した。
薄暗い廊下に複数の足音が響き、再び現れた突き当たりの扉に辿り着けば誰もが足を止める。
「・・・・・・・・・・」
八藤は無言で一歩先に出、扉の目の前に立ちはだかる人物に向かい合った。
黒いマントにフードを深く被った、小柄な人物。その人物は八藤と目を合わせないまま、口を開く。
「“向かう先は牢獄、待ち受けるは地獄の番人”──暗証番号をどうぞ」
性別がわからない、抑揚のない声。
その声に淡々と八藤は答える。
「1827653962」
「暗証番号、承認しました。お通りください」
そう言うと共に扉が開き、八藤達は進んでいく。
中は明るい照明に照らされた、受付のようなカウンターが待ちかまえている。
しかし人影はなくカウンターの向こうにはポツンと椅子が一つあるだけだった。
「あれ?奥にいるのかな?」
八藤は首を傾げ、カウンターの奥を見据えた。
カウンターからの光の届かない、地下の最も奥。牢が並んでいる場所である。
「おーい、鈴奈。いるか~?」
そう八藤が言いながら、カウンターへ身を乗り出した時──────…、
「は~いな」
どこからともなくあか抜けた声がし、八藤のすぐそば、カウンターの上にその声の主は現れた。
「こんにちは、しぐれちゃん。久しぶりにうちも、お仕事かしら?」
軽業師の用に爪先立ちで片足をつき、カウンターに降りたった人物は──…
「そうだよ。というか相変わらず悪趣味な格好しているね」
病的なまでに白い肌、墨のような色の髪は肩ぐらいで真っ直ぐに切りそろえられている。
そして、血のように赤い膝丈の着物と同じ色のパンプスに、白い帯を巻いて黒のカラータイツを履いていた。
「そう?そっちこそ相変わらずやね、セーラー服にそのロングスカート。昔の不良みたい」
にっこりと笑って、鈴奈と呼ばれる人物は言う。
「久しぶりに会ったと思ったらいきなり嫌みかい?折角あたしは鈴奈に仕事を持ってきたのに」
そんな彼女に心底気分を害したと言わんばかりな表情で、八藤も返す。
「あら嫌だ。うちはそんなつもりないんよ?しぐれちゃんが、先に言ったんとちゃいます?」
「なんの為に受付があるんだい?カウンターに人がいなきゃ意味がないだろう」
「最近人手不足なんよ。牢に入る人が増えててねぇ。事件性の全くない、ただの非行生徒を閉じ込めておくだけなんやけど」
笑顔を崩さないまま、呑気に鈴奈はそう返した。
「───鈴奈 織…!?」
すると、呆然とした声が響く。
八藤がその声に振り返れば、冷や汗を流して立ち尽くす李の姿が。
「うん?どないしたん?」
鈴奈は八藤から視線を外し、李の方を見る。
「どうして貴方が…っ!こんなところに…っ」
「ご覧の通り、追及者、鈴奈 織。フランス生まれの19歳ですわ」
動揺する李に気にすることなく、自己紹介をする鈴奈。
「…何だい、鈴奈。杜遠と知り合いか?」
そんな李の様子に、八藤は問いかける。
「さぁ?うち、その子と初対面のはずやけど」
鈴奈はきょとんとした後、不思議そうに首を傾げた。
「…まぁ、いいか。とりあえず杜遠を頼んだよ。彼女が今回の件の重要参考人なんだ」
話を切り替えた八藤に、鈴奈は表情を笑顔に戻し、
「了解ですわ。で、期限はいつまでです?」
と問い掛ける。
そんな彼女に八藤は少しだけ罰が悪そうな顔をした後、
「──明日まで、だ」
低い声で答えた。




