episode.12 地獄の番人(1)
「うそ…っ」
第二校舎医務室にて。
亜莉朱の呆然とした声が、白く清潔感のある部屋に響く。
向かい合う八藤と亜莉朱の隣のベッドには上半身を包帯で巻かれた姿の代安が腰掛けている。
医務室には現在誰もいなく、静まりかえっていた。
「嘘じゃないよ。城下が、犯人を見つけたらしい。さっき連絡があった」
八藤があえて冷静を装うように言う。
「だって…そんな…っ」
信じられない、と亜莉朱は呟く。
「つまり犯人はそれで確定ってことなのか?」
今まで黙って聞いていた代安が2人の間に口を挟んだ。
「一応、重要参考人と言うことになっているんだ。まだ確定できる証拠がないからね」
「…じゃあなんで城下はわかったんだ?犯人が――――1年の杜遠李だって」
* * * * *
「最初、杜遠はこの事件のことを何も知らないような事を言っていたんだよ。<情報屋>ならすぐ知ってそうだけれど…でもまぁ僕もあまり気にして無かったしね」
医務室の壁に寄りかかり、代安に向かってそう言う城下。
亜莉朱は少し離れた場所で丸椅子に座り、俯いていた。
八藤は城下と入れ違いに出て行き、今はいない。重要参考人──杜遠李を連れてくるらしい。
「それで?何でわかったんだ?」
「杜遠は言ったんだよ、僕に復讐の意志が向けられているって。最初は知らないって言ってたのにね」
──『って、城下くん!?何故ここにいるんデスかっ!?』
──『えぇ~っと、なにか事件でもあったんですか?』
あの時の杜遠はまるで事件の事を知らないようであった。
その後、城下自らが事件についてざっと説明したが爆弾を仕掛けられているという状況だけで
メールの内容や、
犯人の復讐の意志、その矛先を
杜遠李には、話していない。
なのに、彼女は
──『やはり「情報偽造事件」と「能力者救出作戦」は今回の件での関係は確率的に低くそうだね」
──『そうですね、今回は“復讐”がキーワードですし』
──『よくわったね』
──『いえ、それほどでは…「15時時間立てこもり事件」は犯人からしてみれば、失敗のようなものですし計画を立てた城下くんへの復讐の意志が高いかと…』
あたかも知っていたかのように、彼女は城下の考えに同意した。そして、自ら証言したのだ。
知らないはずの、情報を。
「犯人とは断言しないけれど、可能性は否定できないからね。基本的にこの“学校”は嘘をつくと敵と見なされ、疑いがかけられる」
「それを知った上で嘘を貫こうとしたが、失敗。杜遠って奴は素人なんだな」
「まぁ僕は<策略者>だからプロだけどね」
城下がそう言うと代安は肩をすくめつつ、亜莉朱へ視線を向けた。
「だってよ、亜莉朱ちゃん。物理的証拠は無いけれど、証言はあるらしいぜ?」
「・・・・・・・・、」
亜莉朱は俯いたまま、押し黙っている。
それから、ふと顔を上げて
「・・・・大丈夫です、私は本来の役割をきちんとするだけですから」
と無表情に淡々と言った。それから、城下に振り返る。
「城下くん、李ちゃんは今どこにいるの?」
「八藤を見張りにつけて牢へ向かっている所だと思うよ。僕達もこれから合流することになっているんだけど」
「つうか牢ってどこにあるんだ?そんなの無さそうだったけど」
代安がそう聞くと城下はそちらへ視線を向け、
「あぁ、この校舎の地下にあるんだよ」
と答えた。
「じゃあ、城下くん」
亜莉朱が椅子から立ち上がり、声を掛ける。
「うん、行こっか。あと代安、後で学校長が様子見に来るらしいから」
「わかった、」
「またね、お大事に。代安くん」
「あぁ、じゃあな」
部屋から出て行く2人に代安は小さく頷き、そう答える。
それからドアがパタンと静かに閉められた。
「…色々大変なんだな、ロイヤルメンバーって」
そして代安は2人が出て行った扉をしばらく見つめ、小さく苦笑いをする───。
* * * * *
先程の爆発騒ぎでさすがに事件を隠しきれなかったため、生徒達にはテロリストが潜伏している可能性があると適当に説明したらしい。
不審物には十分注意するように、という白葉のアナウンスが終了して授業は再開された。
医務室から去り、静まり返った廊下に城下と亜莉朱の足音が響く。
城下は亜莉朱より少し前を歩き、亜莉朱は先程から俯いたままで2人の間に会話はない。
「早く行こうよ、ジョーカーくんっ!しぐれさん待ってるよっ」
すると、急に亜莉朱が走り出し城下を追い抜いた。
そう言って明るく笑う亜莉朱だが城下は答えず、その場に足を止めた。
「ジョーカーくん?どうかした?」
亜莉朱は不思議そうに首を傾げ、城下へ近づく。
「…アリス、」
城下はそう呟くと、亜莉朱の手を引いて彼女を抱き寄せた。
「ジョーカーくんっ?」
亜莉朱は驚いた声を上げる。そんな彼女に城下は言った。
「アリス。僕に言いたいこと、あるよね?」
「え…、言いたいこと…?」
「うん、さっき言いかけたよね?犯人について」
「でも…っ、それは…」
もういいんだよ、と亜莉朱は言い笑った。
城下には見えていないのに、無理をして。
全く完成していないボロボロの笑顔で。
「いいから、言って?大丈夫、僕は怒ったりしないから」
耳元で囁くと城下は亜莉朱を離し、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめる。
そんな彼に亜莉朱は閉ざしていた唇をゆっくりと開いた。
「…本当に、李ちゃんが犯人なの?」
亜莉朱は言う。
「さっきも言ったけど、物理的証拠はないよ。でも証言はあるからね」
城下は亜莉朱を落ち着かせるように、静かに答えた。
「でも…っ、李ちゃんは…」
転入し、クラスに馴染めない亜莉朱に真っ先に声をかけて友達になってくれた人だったから。
亜莉朱はどうしても、そうは思えなかった。
彼女が、そんな人間だったなんて。
「私は…っ、李ちゃんの友達だから知ってるよ…!李ちゃんはそんな人じゃないっ、そんなの…何かの間違いだよ…っ」
ずっと、それが言いたくて。
ずっと、誰かに聞いて欲しくて。
亜莉朱はその場に座り込む。
「――アリス」
ふと城下が亜莉朱を呼んだ。
ビクッと亜莉朱は身体を強ばらせる。つい、感情になってしまい思っていた事を吐き出してしまった。
「ご、ごめんね。ノアく…」
「よく頑張ったね、アリス」
顔を上げ、慌てて謝ろうとした亜莉朱の言葉を城下が遮る。
「…え…?」
「もう、我慢しなくていいよ。辛かったよね、アリス」
「……ッ、」
「もう、泣いていいよ?僕しかいないから。僕はこれからもずっとアリスと一緒だから」
城下はそう言って、亜莉朱の前に片膝をついて座ると、彼女に向かって微笑む。
「─だから、僕の前では泣いていいよ」
亜莉朱の頬に、一筋の涙が伝う。
そして次々と涙が溢れ出し、亜莉朱の視界を滲ませていく。
「う、わぁぁぁぁあ…ッ!!」
亜莉朱は両手を伸ばし、城下に抱きつくと、声を上げて泣き崩れた───。




