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episode.11 崩壊、開始(3)


「アリスちゃん!代安!」


崩れて立ちはだかる障害物をよけながら、八藤が亜莉朱と代安の元へ駆けてきた。


「しぐれさんっ」


亜莉朱が慌てて立ち上がる。


「何があったんだい?爆発の音が聞こえて…」


「あの教室からいきなり…っ!それで代安くんが…っ」


「代安?」


八藤は、壁に寄りかかり座り込んでいる代安を見つけハッとする。


「危ないからって代安くんが私より先に進んで確かめてくれてたんです…っ。それでさっき爆発が起こって私をかばって…」


今にも泣き出しそうな声で、亜莉朱がいう。


「アリスちゃん、落ち着いて」


八藤は亜莉朱に優しくそう言い聞かせると、代安の元へと近づいた。


「代安、聞こえるか?」


代安の前に片膝を付き、顔を寄せて八藤が言う。


「…――」


亜莉朱の位置からは聞こえないが、代安は微かに口を開き、何かを言ったようだ。

八藤はそれを聞き取り、亜莉朱に振り返る。


「アリスちゃん、代安を医務室まで運ぶよ。手伝って」


「あの…代安くんは…?」


亜莉朱は不安そうな顔で問いかけた。


「大丈夫。意識はあるし、脈も安定している。だけど背中に酷い火傷をしているから急がないと…」


すると、三人の背後でガラッと物音がした。


「あ…っ!さっきの教室にも確か何人か生徒が…」


「そうだね。でも代安を運ばなくてはならないし…っと、」


ふとどこからか落ち着いたメロディーが流れる。

音の発信源は八藤の腰に巻いたホルダーからのようだ。


ナイフや銃などの武器を引っ掛けている他、外ポケットには携帯電話を入れていたらしい。


「ちょとごめん」


八藤はシルバーの携帯を取り出すと、亜莉朱に背を向けた。


「はい、こちら<heart>。爆発現場は第三校舎3-R1、現在負傷者は<dia>一名確認。今から<Alice>と医務室へ向かいます」


相手はおそらく学校長だろう。八藤は簡素だが丁寧な言葉使いで話している。


「それから現場の教室内に何名か生徒が残されています。そこまで手は回らないので応援を…はい、…ではまた連絡します」


そう言って八藤は電話を切ると、振り返った。


「じゃあ行こうか、アリスちゃん。そこの教室には後で応援がくるから大丈夫だよ」


「………はい」


八藤のその言葉に亜莉朱は感情を押し殺して返事をした。

今までの経験上、知っていたのだ。

あの教室の生徒達はきっと助からない、応援は来るのは全てが終わった頃に生徒を助けるのではなく、ただ回収しに。


わかっては、いた。


今まで何度も見てきたのだから。


「───酷いことだとはわかっているよ。だけど、それがこの“学校”の掟だから」


何気なく、誰に言うわけでもなさそうに八藤が言った。


「そこの生徒は爆発物─不審物に気付かなかった。所詮自己責任で学校側は片付けてしまう。ここで生き残るのは、強いものだけなのだからね」


──それは、


どんなに不利な事だろう?


皆が対戦闘向きとして教育されているわけではない。

それぞれの役目があるのだ。


それに加えて常に神経を張り巡らせて周りの状況を知り、自分の身を守らなければならない。


──それは、


どれほど集中力が必要だろう?


このT-MSに<策略者>と<情報屋>が少ない理由。

才が足りなかったのでも、能力が足りなかったのでもない。

ただ、自分の役割を果たしつつふとした事で集中力が切れ、そこで終わってしまっただけのこと。




人類には限界がある。


再び代安に近寄り自分の肩を貸して彼を立たせている八藤を目で追いながら、亜莉朱は思う。







──例えば、城下乃愛。





彼は現時点でT-MS唯一の<策略者>だ。もちろん彼も何度も危険な体験をしているだろう。


それでも、彼はここにいる。危険を百も承知で。


──最も不利な状況で。


「・・・・・・っ、」


亜莉朱は唇を噛み締めた。自分には何も出来ない。


否、何もしていない。



なのに未だに生き延びている。

それは、周りの人間を犠牲にした上での結果だ。


「私は…いつも守らればかりで、本当に…」


最低だ、と亜莉朱は思わず声に出してしまう。


微かな声だったので聞こえないと思ったが、代安を支えて立ち上がった八藤がふと振り返り、




「アリスちゃんはいい子だよ。 とても素直な、いい子」


と、優しく微笑んで言った。



「え・・・?私は、そんなっ」



「あたしの方がよっぽど最低だよ。…今こうやって、あの教室の生徒を残して…ここから去ろうとしている」


「・・・で、でもそれはしぐれさんが悪いわけじゃ・・・」


八藤は再び前を向いて、


「…いや、あたしは酷い奴だよ」


と言った。


亜莉朱は慌てて立ち上がり、八藤の後を追う。


「そんなことないです!私の方が…っ最低なんですよ!いつもいつも、守られてばかりで…っ!現に代安くんがこんな目にあってるじゃないですか!!」


「仲間を助けるのは当然だろう?それに代安は生きているじゃないか」


「でもっ!私は何もしなかった!何も出来なかった…っ!こんなっこんな私は守られる資格なんてないっ」


仲間を助けられなかった自分が許せなくて。


何も出来ない自分が悔しくて。


もう自分は仲間を傷つけてまで生きていていいのか、




もう、わからない。






「──それでも、あたしはアリスちゃんと代安が生きていてくれてよかったと思っている」


振り向かないまま、八藤が言う。


「え……、」


「酷い奴だろう?自分の身近な人間の安全しか考えていない。とりあえず2人は助けられたからと、安心している自分がいるんだ」


「しぐれさ……」




「それでもあたしはアリスちゃんと代安が生きていてくれて、よかった。本当に。






君達が死ななくて、よかった」



八藤がそう言って微笑むと、


亜莉朱は泣きそうな、


でも嬉しそうな、


そんな笑顔を浮かべた──。



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