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沈黙のういザード  作者: サファイロス
4章 昇華のブリザード

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2話 君の隣でマフラーを

 昼休みの屋上。

 教室よりも少し冷たい風が、柵の向こうの空から吹き降りていた。


「はい、千秋。こっち、空いてるよ」


 憂がレジャーシートを広げながら声をかけると、千秋は優雅にスカートを整えて腰を下ろした。


「ありがとうございますわ、憂さん」



「ほらっ、お弁当。葉月姉が作ってくれたやつ!」


 憂が弁当箱を開けた瞬間、千秋はくすっと笑い肩を揺らす。


「……あら、脳に効くシリーズですの?」


「うん。葉月姉いわく、試験前はこれだって!」


 彩り豊かな野菜、

 アーモンド入りのサラダ、

 青魚の香り、

 黒豆、

 そしてふんわり卵焼き。

 端に添えられたミニトマトが、宝石みたいにきらきらしていた。


「勝手に頭良くなってる気がする~!」


 千秋がそっと自分のお弁当箱を開く。

 中には、薄いピンクの紙カップに収められたエビのテリーヌ、

 金箔がひらりと乗ったローストビーフ、

 小さな陶器に入れられたコンソメジュレ、

 デザートには一粒ずつ包装された高級ショコラまで並んでいる。


「ちょっ……千秋!? なにこのセレブ仕様!」


「ふふ。うちのシェフが、毎朝張り切っておりますの」


 さらりと言う千秋の仕草すら、どこか舞台の一幕みたい。

 しかし、彼女はそっと目を細める。


「でも……憂さんのお弁当の方が、ずっと温かいですわね」



 笑い声が冬空に溶ける。


「受験……本当にもうすぐですわね」


 千秋の声が少しだけ細くなる。

 憂は箸を止め、まっすぐ向き合った。


「東野高校、いっしょに受かろうね」


「……はい」


 その返事は、祈るように震えていた。


「ここで、こうしてお昼食べるのも……残りわずかですわね」


「……卒業かぁ。秋まであんなに温かかったのに、急に冬って来るんだね」


 風がひゅう、と吹く。

 憂は小さく肩をすくめて――


「へっ……くしゅんっ!」


「わっ、大丈夫ですの!?」


 千秋が慌ててマフラーを外し、憂の首に巻きつける。

 端を掴んだまま、自分も近づいて。


「分け合いですわ。わたくしも……憂さんと温まりたいので」


「近い近い……! でも、ありがとう」


 顔の距離が縮まるたび、息が触れて、心臓が跳ねる。


「はい、わたくしの特製アッサムですわ」


「あっ、それじゃ葉月特性のコーンポタージュと交換!」


 温かさを交換しあうように、カップを手渡す。

 指先が触れた瞬間……千秋は息を飲んだ。


「……あったかいね」


「ええ……ずっと、こうしていたいですわ」


 ふと、憂が思い出したように笑い出した。


「そういえばさっ、昨日の夕飯……」


「?」


「葉月姉、急に『今日は豪勢よ!』って言ってきたんだけどさ」


「まぁ、素敵ではありませんの」


「出てきたの、マグロの頭。丸ごと」


 千秋は紅茶を吹きそうになった。


「それ、もはや料理ではなく……展示物ですわ!」


「しかも葉月姉、ドヤ顔で『脳みそ食べたら頭良くなるよ!』って!」


「脳に効くにも程がございますね」


 二人は声を抑えながら笑い転げる。


「見た目が……なんて言うの? こう……マグロの頭がドンッ!って主張してる感じで……」


「あの……『海の王者、凝視中』状態ですのね?」


「そうそれ!!すごく目が合うの!!」


「わたくしの言葉ではございませんわ!!」


「でもさ!視線が『食べるの?本当に?』って問いかけてくるよね!?」


「憂さん、そんな罪悪感を煽られるお料理でしたの……?」


「うん。でも美味しいから食べる!!」


「最終的に食欲に負けるのですわね!!」


 屋上に、雪混じりの風よりもあたたかな笑い声が響く。


 やがて、千秋はそっと憂に寄り添う。

 マフラーの中で、肩が触れ合った。


 ふたりの吐息が、冬空へと溶けていく。

 それはまるで、静かに手を取り合う未来の前触れみたいに。


 マフラーはほどけず、ふたりをきゅっとつないだまま揺れていた。

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