第26話 離さない、冬が来ても
校門を出ると、夜の風がふわりと頬を撫でた。
秋の街灯が少しずつ灯って、歩道に淡い影を落とす。
「寒くない?」
雪乃は自然と千秋の手を握る力を強めた。
「わたくしは……平気ですわ」
けれど、心拍は全然平気じゃなかった。
二人の手は、指の形まで馴染むみたいに絡まっている。
憂の手なのに。
雪乃の温度だった。
「この道……懐かしいな」
ふと雪乃が空を見上げてつぶやく。
「懐かしい……?」
「うん。小学生の頃……まだ日本にいたから」
遠くを眺める瞳は、
どこか子どもの頃の風景を見ていた。
「そのあと、ドイツへ……?」
「……そう。親が離婚してね」
雪乃は少し苦笑する。
「日本にいる時間は短かったけど……
この街の夜の匂い、覚えてる」
懐かしさと切なさが混ざった声。
千秋には、その全部が愛おしい。
「また……ここに居られますわ」
千秋は一歩近づく。
「いいのかな」
「いいに決まってますわ。
憂さんも……葉月さんも……
きっと、そう思っていますわ」
「千秋も?」
「……わたくしも……もちろんですわ……」
否定なんて、できるわけがない。
雪乃の存在が、胸の奥に深く根づいてしまっている。
雪乃は少しだけ驚いた目をして、
ゆっくり口元を緩めた。
「ありがとう。千秋にそう言ってもらえるなんて……ね」
嬉しさなのに、
なぜか寂しい色がまざった笑顔。
雪乃は千秋の目を見つめた。
「私は……いつかは消えなきゃいけない」
避けていた現実。
言葉だけで、足元が崩れ落ちそうになる。
「今はまだ、ここにいるよ。
千秋の手を、ちゃんと握れてる」
雪乃は絡んだ指先を少し振ってみせた。
「でもね。ずっとつないでいられるわけじゃない」
「いや……ですわ……」
声が震えた。
夜風が涙の気配を撫でる。
「千秋」
雪乃は優しく笑った。
「今日私ね……本当に楽しかった」
「……お姉様……」
「あなたのおかげだよ。ありがとう」
涙が堪えきれず一粒落ちた。
「わたくし……お姉様のこと……」
「言わなくていいよ」
雪乃はそっと指で千秋の涙を拭った。
「その気持ち…… ちゃんとブリザードにして見せて」
「……っ……はい……」
千秋は震える唇を噛む。
声にしたら壊れてしまいそうだから。
静かな夜道。
繋いだ手だけが、二人の確かな証。
千秋はそっと雪乃の肩に寄り添った。
雪乃は驚きもせず、
その頭を優しく傾けて受け止めた。
「少しだけ……このままでいいよね?」
「……はい……」
夜の街灯の下で、
吹雪の前触れのように
静かな恋が降り積もっていった。




