表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙のういザード  作者: サファイロス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/86

11話 打ち上げ

文化祭が終わり、教室は少しだけ日常の匂いを取り戻していた。


 しかし、まだ空気は活気に満ちている。


 机の上には、余ったケーキやクッキーが並び、

 紅茶の香りがほんのり漂っていた。


 クラスメイトたちは、椅子に腰掛けたり、机の端に足を投げ出したりしながら、

 思い思いに食べ物を手に取り、談笑している。


「憂ちゃん、ケーキ食べる?」

「はいはい、クッキーもどうぞー!」


 憂が気配りを忘れずに声をかけるたび、

 クラスは自然に笑顔に包まれる。


 千秋も紅茶を次々と注ぎ、ふんわりと香る蒸気が教室を柔らかく包む。


「アッサムもダージリンもございますわ」

「さすが千秋、香りも味も最高……!」


 クラス委員長の声に、皆がうなずきながら笑う。


「今日は本当にお疲れ様でした!」

「みんなの頑張りで、文化祭は大成功だったね!」


 そんな中、ひときわ拍手が起きる。


「そして……功労賞は、もちろん憂です!」


 みんなの視線が、少し照れながらも胸を張る憂へと集まる。


「え、えっと……わたし一人じゃないよ、みんなのおかげだもん!」


 それでも、千秋は少し微笑みながらそっと憂の手を握る。


「憂さん。あなたの誠実さと努力は、今日の文化祭に確かに花を添えましたわ」


「わ、わー……!」


 クラスメイトたちは歓声を上げ、

 憂の頬はほんのり赤くなる。


 一方で、委員長もまた労われる。


「クラス委員長も、運営お疲れ様! 君がまとめてくれたおかげで、みんな助かったよ」


「いや、みんなが頑張ったから……でもありがとう!」


 千秋は紅茶のカップを掲げ、軽く会釈する。


「では皆さん、乾杯ですわ。文化祭の成功を――そして、素晴らしい仲間たちに」


「かんぱーい!!」


 笑い声とカップの音が教室に響く。

 文化祭という“戦場”を共に乗り越えた仲間たちの絆が、

 静かに、しかし確かに深まっていく瞬間だった。


 憂も、千秋も、委員長も、そしてクラス全員も、

 今日の達成感と小さな誇りを胸に、穏やかな午後を楽しむのだった。




 打ち上げもひと段落したころ、憂は千秋を呼び止めた。


「ねえ千秋……」

「はい、憂さん?」


 小さく見上げる憂の瞳は、少し赤みを帯びていた。

 そして、胸の奥には雪乃姉のことを思う複雑な感情がちらつく。


「今日、ほんとにありがとう……それに、文化祭前のスパルタ指導も……」


 千秋は軽く肩をすくめ、ふふんと鼻で笑う。


「やはりやってみせると見違えますわね。あの時、手取り足取り厳しくした甲斐がありましたわ」


「厳しかった……でも、千秋のおかげで……わたし、看板娘らしくなれたよ」


 憂の声は、少しだけ震えていた。


「ふふ……嬉しいですわ。あなたが笑顔で紅茶を注ぐたび、わたくしも心が弾むのです」


 ほんの少し息を詰めて、千秋は憂の手に触れる指先を長く握った。


 憂は胸の奥で甘い感情が膨らむのを感じ、思わず笑ってしまった。


「千秋……わたし、これからもずっと……」


 言いかけて、憂は顔を赤くした。

 千秋も少し俯き、耳まで赤くなる。


「……ふふ、あなたのその気持ちは、わたくしがちゃんと受け止めますわ」


 二人の間に、一瞬だけ静かな時間が流れる。

 クラスの笑い声も、紅茶の湯気も、すべてが優しく遠くに感じられた。




 そのとき、千秋が小さく声をかける。


「憂さん、少し聞いてもよろしいですか?」

「うん、なに?」


「明日は……葉月さんの文化祭ですわね」


「そ、そうだけど……」


「だからこそですわ。明日は、一緒に行きませんか?」


 憂は一瞬、心臓が跳ねる。


「い、いっしょに……? えっ、先に誘われちゃった……わたし、先に誘いたかったのに……!」


 千秋は少し驚いたように目を見開き、そしてふっと笑みを浮かべる。


「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいですわ、憂さん」


 その声には、ほんの少し照れと喜びが混ざっていた。


「はい。文化祭を楽しむ時間も、大切な思い出になりますわ。

 中学生活も残り少ないのですから、受験のことは一旦忘れて、二人で少しだけ“戦場の余韻”を味わいましょう?」


 憂は胸がぎゅっとなるのを感じ、頬を赤く染める。

 同時に、雪乃姉のことが頭をよぎる。

 学園生活をほとんど楽しめず、常に孤独だった姉の存在。

 でも、千秋がそばにいてくれる今は大丈夫――そんな安心感も同時に抱く。


「……うん、行こう、千秋と一緒に」


 千秋はその言葉に、自然と笑みを広げ、頬が少し赤くなる。

 そしてそっと手を差し出すと、憂は迷わず握り返した。


 二人の間に、ふんわりとした時間が流れる。

 文化祭の余韻と、中学生活の終わりが近づく少し切ない感覚、

 雪乃姉への複雑な想い、そして千秋への甘く温かい気持ち――

 すべてが交錯する中で、少女たちの心には、次の一日への小さな希望と輝きが宿っていた。


 千秋はそっと憂の手を握り、目を覗き込みながら優しく囁く。


「憂さん……どんな気持ちでも、わたくしがそばにいますわ」


 憂は小さく頷き、胸の奥でほっと息をついた。

 雪乃姉の孤高な生き方と自分の複雑な想いを抱えつつも、

 千秋の存在が、彼女の心に静かな安らぎと確かな温もりをもたらしていた。


 夜風が窓から差し込み、カーテンを揺らす。

 静かな時間の中、憂は千秋への感謝と、姉への尊敬を胸に抱きしめる。


 明日も、文化祭という小さな“特別な一日”が待っている。

 だけど、千秋と共に歩むことで、憂はその先にある希望や喜びを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ