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沈黙のういザード  作者: サファイロス


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72/90

9話 一日限定メイド喫茶・エメロード

 更衣室のドアをそっと閉めると、

 鏡に映った自分の姿に、憂は思わず息を呑んだ。


 六地蔵家秘蔵、特別仕様のメイド服。


 黒いワンピースに真っ白なフリルエプロン。

 首元には小さな翡翠色のリボンが揺れ、

 袖口のレースには、細かな刺繍が光を返す。


 それは――まるで舞台衣装のように美しかった。


 頬が熱くなる。

 でも胸の奥は、こそばゆいほど嬉しい。


 周囲の女子たちも、固まったあと――


「なにその特別仕様!? ブランド品!?」

「いや絶対高いやつだって!!」

「憂ちゃんって……実はすごい!??」

「ビジュアル強すぎ! 優勝だわ!!」


「ちょ、ちょっと褒めすぎ!?」

「褒めてない、事実を述べてるだけ!!」


 わーわー騒がれ、

 憂はエプロンの端をぎゅっと握った。



 それが、なにより嬉しかった。


「憂さん。そろそろオープンいたしますわ」


 扉越しに聞こえてきた千秋の声。

 凛として優雅で、頼もしい声。


「は、はい! いま出ます!」


 深呼吸して、

 憂は教室へ向かった。



 廊下の光景に、憂は固まった。


「え、え、え……!?」


 長蛇の列。

 その大半は男子。


「なんでこんなに!?」


「看板娘がヤバいって聞いた」

「千秋さんの紅茶飲めるって聞いた」

「六地蔵家の本格監修って噂だぞ!」



 混乱する憂の背中を、千秋がそっと押す。


「憂さんが……特別仕様の看板娘だからですわ」


「と、特別仕様!?」


「ええ。

 このメイド喫茶の“顔”ですもの」


 でも、逃げない。

 今日は――わたしの一日。


「千秋……がんばるね」


「もちろんわたくしも。

 ――憂さんを輝かせるために」


 柔らかな笑みとともに。




 開店と同時に、教室は一気に満席。


「ご、ご主人様! こちらお席にどうぞ……!」


 ぎこちない口調。

 でも笑顔は自然だった。



 憂の一生懸命な接客に男子たちは陥落。


「マジ天使……」

「笑顔で世界救えるじゃん……」





 カウンター奥で、千秋はたおやかに紅茶を淹れる。


「こちら、アッサムティーでございますわ。

 ミルクとの相性が抜群です」


 その所作に、男子は陥落二巡目。


「本物のメイド……すげぇ……」

「飲むたびに脳が浄化される……」


 千秋は静かに微笑んだ。




「オムライス、ひとつ!」


 憂は声を裏返しながらも注文を通す。


 皿が置かれた瞬間――


 葉月はスプーンをひと口、

 静かに味わってから、

 すっと目を細めた。


「……ふむ」


 落ち着いた口調で言う。


「素材の良さは出てる。

 火加減も悪くない。

 丁寧に作られている味だ」


「ほんとに!? よかった!」


「でも、それだけじゃない」


 葉月はカウンターの奥へちらりと視線を向けた。


 厨房で慌ただしく動きながらも、

 仲間と笑い合うクラスメイトたち。


「――誰かのことを想って作られた味だ」


「えっ……」


「ほら、食べてると胸があったかくなる。

 これが“愛情”ってやつだよ」


「愛情……?」


「大切な誰かに届けたいって気持ちが、

 しっかりとこの一皿に込められてる。

 だから――」


 葉月はスプーンを置き、

 憂の目を優しく見た。


「恋の予感がする味だ」


「こ、恋!?!?!?」


 憂は顔を真っ赤にして飛び上がった。


「な、なんで恋が出てくるの!?」


「だって、憂ちゃん。

 君の今の働き方――

 きっと、誰かの笑顔を一番に願ってる」



「そういうのが料理にも雰囲気にも、

 ちゃんと滲み出るものなんだよ」


 胸の奥が、じん、と熱くなる。


 葉月はふっと微笑む。


「究極ってのは、技術だけじゃ届かない。

 心があるからこそ、料理は完成するんだ」


「葉月姉……」


「だから――

 この店はもう半分、究極に届いてる」


 憂は唇を噛みしめ、でも、笑った。



「ありがとう、姉ちゃん」

「むふふ、妹よ、働け働け~」


「ちょっと台無し!?」





 昼に近づくほど、客足は加速。


「オムライス追加5! ケーキ2!

 千秋、ミルクティー4ね!」


「かしこまりました!」


「はっ、はい!!」


 憂は走り、笑い、声を張り上げる。


 葉月は、微笑んでその背中を見守った。


 この日の出来事が――

 やがて憂と“あの人”の記憶の扉を開くことになる。


 まだ誰も知らない未来へと、

 物語は静かに進み始めていた。

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