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沈黙のういザード  作者: サファイロス


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8話 文化祭

 文化祭の朝、中庭にはいつもと違うざわめきが満ちていた。


 色とりどりの模造紙、廊下に並ぶクラス企画の看板。

 焼きそばのソースの匂いと、どこかで鳴っている軽音部のギターの音。


 憂は、胸元の名札をぎゅっと握りしめながら、教室へ続く階段を駆け上がった。


 クラス企画――「一日限定メイド喫茶・エメロード」。

 看板娘担当・御陵憂、本日、全力で働きます――の予定。


 勢いよく教室のドアを開けると、すでに中はほとんど戦場だった。


「憂ちゃん、遅いですよ!」


 きっちり三つ編みを結んだ女子が、エプロン姿で手を振る。

 教室の後ろでは、男子たちが机を並べ替え、ビニールクロスを敷いている最中だった。


「ご、ごめん! 駅前のコンビニ寄ってたら時間ギリギリになっちゃって……」


「予備の砂糖スティック、ちゃんと買ってきてくれました?」


「ほら、ちゃんと二箱!」


 憂が袋から取り出すと、クラスの女子たちから安堵の声が上がった。


「さすが看板娘~! 仕事してる!」


「もう、看板娘なのにギリギリ登校とか、ある意味らしいけど」


「ら、らしいってなに!? ほめてる!?」


 わいわいと笑い声が飛び交うなか、

 教室の隅で、チェックリストを片手に佇む少女がいた。


 白いカチューシャをつけ、

 艶やかな黒髪を肩のあたりで軽く巻いた姿。


 真っすぐに伸びた背筋、

 所作のすべてから“本物のお嬢様”の気品が滲んでいる。


 そして――

 彼女もまた、黒いワンピースに真っ白なエプロンの

 完璧なメイド服姿だった。


 六地蔵千秋。

 この店の実質的な“店長”であり、紅茶担当でもある。


「千秋、おはよう!」


 憂が駆け寄ると、千秋は顔を上げ、ふんわりと微笑んだ。


「おはようございますわ、憂さん。

 集合時間ちょうど――ぎりぎりセーフですわね」


「うっ……やっぱりバレてる……」


「ふふ。ですが、砂糖をお願いしておいて正解でしたわ。

 これで紅茶の準備は万全です」


「千秋の紅茶、絶対人気出るよね~。

 この前試飲したときも、なんか高級ホテルの味したもん」


「少し淹れ方を勉強しただけですのに。

 でも……そう言われると、悪い気はいたしませんわ」


 そう言って千秋は憂を見つめた。


「では、最終確認をいたしましょうか。

 憂さんはフロア担当兼――」


「――“料理係にすると味見で全部消える危険人物”、だよね」


「ええ、その通りですわ」


「そこ、即答しないで!?」


 近くの女子たちがくすくす笑う。


 すると、千秋はメイド服の裾を摘み、

 さりげなく上品に回ってみせた。


「どうです? 憂さん。

 わたくしのメイド姿は」


「……すっごい似合ってる。

 なんか本職みたい」


「ほ、本職ではありませんわ!?

 あくまでも文化祭仕様ですわ!!」


 耳までほんのり赤い。


(かわいい……)


 憂は思わず、小さく笑ってしまった。


「じゃあ、わたしの分まで、紅茶がんばってね」


 千秋は胸に手を当て、凛と告げる。


「――看板娘である御陵憂さんの名に

 恥じない一杯を淹れてみせますわ」



 憂は、未だ袖を通していないメイド服をぎゅっと抱えた。


「そろそろ着替え始めないとですよー!

 憂ちゃん、女子更衣室行こ!」


「う、うん!」


 その時だった。


「――おーい、憂ー!」


 廊下の向こうから聞き慣れた声が飛んでくる。


 振り向いた先――

 そこには、カメラを提げた葉月が仁王立ちしていた。


「葉月姉!?」


「やっほー、わが妹よ。

 世界一かわいい妹がメイドすると聞いては、早出待機しかないでしょ」


 ぞわり。

 クラス中がざわつく。


「れ、令嬢オーラの子と……姉妹なの憂ちゃん……?」


「お姉さん、綺麗だけど……なんかキャラ濃い……」


「失礼な。

 私はただの妹愛が強すぎる一般人だよ?」


 一般人ではない。


 千秋がこっそり耳打ちする。


「憂さん。

 本日の最重要任務は、葉月さんを厨房に近づけないことですわ」


「わかってる……!

 うちの姉ちゃん、料理を見ると指導に入るから……!」


「料理を見ると指導に入るとは?」


「……シェフより厳しいこと言うの」


「なるほど。危険ですわね」


 葉月は鼻息荒く腕を組む。


「ふっ……今日の私は客だ。

 楽しみに来た客だ。

 だから安心してくれたまえ!」


(こういう時の姉ちゃんほど信用できない……!)


「じゃ、妹の変身を全身全霊で受け止める準備してくる!」


「準備って何!?怖いから!!」


「また後でね~。

 一番乗りは私だ!」


 そう言って去っていく姉。


 憂の胸の奥に

 あたたかいものが灯った。



「さ、参りましょう、憂さん」


 千秋が柔らかく微笑む。


「――メイド喫茶『エメロード』、開店ですわ」


「う、うん!

 いらっしゃいませ……がんばる!」


 憂はメイド服をしっかり抱え、

 真っすぐ、更衣室へ向かった――。

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