6話 看板娘のひかり
放課後の教室は、いつもと違う匂いがしていた。
紙とペンキのにおい。
椅子を動かす音。
忙しい空気の中に、少しだけワクワクが混じっている。
「憂さん、これ持ってもらっていい?」
「う、うん……!」
段ボールを抱えて走り回る憂。
昨日より、少しだけ背筋が伸びていた。
「はいそこ! 歩き方、猫背になってますわ!」
鋭い千秋の声が飛んでくる。
「ひっ!? す、すぐ直します!」
思わず背中をピンと伸ばすと――
千秋が満足げにうなずいた。
「よろしい。憂さんは本日も看板娘力が高いですわ」
「な、なにその言い方……」
千秋は腕を組み、教室を見渡した。
「さぁ皆さん! 次は“紅茶講習会 part2”を始めますわよ!」
「えぇ~~疲れたよ~」
「千秋ちゃんの講習ガチすぎ」
クラスメイトたちは文句を言いながらも、
ティーポットの前に並び始める。
「文句は結構です。
当店は “文化祭クオリティ? なにそれ” がモットーですから」
ふふん、と鼻で笑ったその顔は、
本当はすごく、この時間を楽しんでいる顔だ。
メイド組の女子3人も練習に入る。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様……」
「声小さーい! アイドルの推し活くらい情熱を!」
「推し活と一緒にしないで!」
わいわいと賑やかな声が響く。
憂はそっと息を吸い、
メイド服のエプロン紐をぎゅっと握った。
白いカチューシャ。
整えられた前髪。
鏡の中の自分は……まだぎこちない。
でも――昨日より、少し“メイド”になれた気がする。
「憂さん」
ふいに背後から声がした。
「はいっ! ご主人さ……じゃなくて千秋!」
「言い慣れてきましたわね。では――」
千秋はポットを差し出してくる。
「紅茶。淹れて見せなさい。
“御陵憂の一杯”を」
鼓動が跳ねた。
練習は何度もした。
昨日、葉月にも褒められた。
でも――千秋の前だと、やっぱり緊張する。
ゆっくり。
丁寧に。
ポットを傾け、湯を注ぐ。
「……はい。お待たせ……しました。千秋、お嬢さま」
自分で言って、耳まで熱くなった。
千秋は、そっとティーカップを口に運ぶ。
一口、味わい、目を細めた。
「合格ですわ、憂さん」
淡く笑うその顔は――
誰よりも嬉しそうだった。
「みんな! 見ました!?
これが看板娘の実力ですわ!」
わっと拍手が起きる。
「憂さん、めちゃくちゃ様になってる」
「なんか……本物みたい」
「さすが! 看板!」
くすぐったくて、どうしていいかわからない。
でも嬉しかった。
そんな空気の裏で――
「ちょっとー! エプロン結べないー!」
「お皿落とした! 誰か助けて!!」
「看板の文字、また曲がってる!!」
どこもかしこも大混乱。
千秋が頭を抱える。
「皆さん……あと3日で本番なんですよ……?」
しかし、すぐにきりっと顔を上げた。
「憂さん。
あなたは今日から――補佐役です」
「え?」
「あなたの丁寧な動き、みんなに見せてあげて。
“完璧じゃなくていい。でも誠実であること”が大切だと」
「……わたしで、いいの?」
「あなたでなければだめですわ」
即答だった。
(わたしが……教える?)
胸の奥で、なにか温かいものが芽生える。
「……うん。やってみる」
憂は笑った。
千秋が、それを見てほんの少し照れる。
教室に、少しずつ温かい誇りが満ちていく。
気づけば、練習開始前より
憂の立ち姿はずっと――ひかり輝いていた。




