第5話 御陵家の前夜祭
「六地蔵家のメイドさんって、
やっぱりすごいんだね……」
憂がぽつりと言うと、
葉月はちょっとだけ胸を張る。
「重たいよ? でも誇らしい」
ナプキンを整えながら、葉月は続けた。
「トレーの重心の取り方とか、
ドレスの裾を踏まない歩き方とか。
“絶対にこぼせない料理”を運ぶときの呼吸とか」
目線がふと、憂の前へ。
「だから今、憂ちゃんに教えてる
“メイドの所作”はね、
全部その応用編ってわけ」
「……なんか、ちゃんと勉強しなきゃって気がしてきた」
憂が背筋を伸ばすと、
葉月はにこりと笑う。
「その調子。その気合い」
グラスを軽く掲げて、
「さて! メイド修行前夜祭としては、
この“現役メイド直伝メニュー”を
完食してもらわないとね!」
「前夜祭なの!?」
「うん。
来週は憂ちゃんたちの文化祭でしょ?
その次の日が、
わたしの学校の文化祭!」
その瞬間、葉月の目が
ブフ・ブルギニョンより輝く。
「ラーメンの模擬店だよ!!!」
「なにその誇らしげな声量」
「“本格フレンチを家で出す現役メイド”が、
翌日は学校で“白ラーメンと焼き飯セット”を量産するの。
ギャップ萌えじゃん?」
「自分で言った!?」
「ラーメンの丼運ぶにもね、
六地蔵家仕込みのトレー捌きが役立つんだよ。
スープこぼしたら、尊さゼロだから!」
「ラーメンに尊さ求める人間、
葉月姉だけだよ……」
でも――
言われてみれば葉月は、
何をしても、誇りを忘れない。
その在り方が、少し眩しい。
「今日はフレンチで“姿勢と気合い”の予習。
明日はラーメンで“スピードと回転率”の実戦演習」
そして指を一本、ぴっと立て、
「で、その次は――
憂ちゃんがメイド喫茶で主役デビュー!」
「え、なんか急にスケジュールすごいことに!?」
「主役だよ? 当たり前」
「そんな当たり前があるかぁぁぁ!」
ひとしきり騒いで笑ったあと、
二人でゆっくり食後の片付けをする。
葉月のふきんの動きは
相変わらず滑らかで、無駄がなくて。
憂は少し、見惚れてしまう。
やがて時計の針は、
いつもより遅い夜を示していた。
「寝よっか!」
タオルで手を拭いた葉月が、
勢いよく憂を抱き上げる。
「わっ!?
え、ちょっと! 幼児扱いはやめてってば!」
「はーい? お嬢様メイドは丁寧に扱うのが基本ですから」
「だから“お嬢様メイド”って何!?」
「そして、将来の旦那様だし」
「その設定どこから来たのぉぉぉ!」
でも――
憂は、笑っていた。
葉月の腕の中は、不思議と安心する。
階段を上る足音。
遠くでまだ漂う煮込みの残り香。
ベッドにそっと下ろされて、
葉月が布団をかけてくれる。
「憂ちゃん」
「……なに?」
「かわいいは、武器。
見られるのは、誇り。
逃げないのは、強さ」
ゆっくり、まっすぐに。
さっきよりも、
もっと深く心に刺さる声で。
「千秋ちゃんはね、
憂ちゃんを誰より信じてるんだよ。
うちの旦那様だから」
「そこで旦那様は言わないで!?
誤解しか生まないから!!」
「わたし的には、
将来の旦那様は憂ちゃんで確定なので。
あとは式場とドレスとケーキ決めるだけ」
「それ、一生決まらない三点セットだよ!!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、
なのに心は――
すこし、あったかい。
「おやすみ、憂ちゃん。
明日も尊く、いこうね?」
「……おやすみ、葉月姉」
最後に、小さな笑顔を交わす。
文化祭本番まで、あと一週間。
その夜は静かに――
でも確かに、次へと進んでいく。




