2話 小さな勇気の淹れ方
翌日。放課後。
文化祭準備で浮き足立つ校舎のなか、
憂はひとり、千秋に連れられて特別教室へ向かっていた。
「きょ、今日は何を……?」
「紅茶ですわ。
憂さんには最高のおもてなしが必要ですもの」
開かれた扉の先には──
テーブルクロスが敷かれた実践用のセット。
ティーカップが整然と並び、
紅茶缶が静かに存在感を放っていた。
「では」
千秋はティーポットを手に取り、
憂の手を包むように上から重ねた。
「ここを持って。
手首は固めず、しなやかに」
「は、はい……」
そっと傾ける。
とくん、とくん……
柔らかい紅茶の色がカップに満ちていく。
「すご……いい匂い……」
「品質は保証済みですわ」
千秋はふ、と笑う。
わずかに誇らしげで、どこか嬉しそう。
それが胸をきゅっと締めつけた。
「憂さん、今度はお客様役を試します」
「えっ!?」
カラン、と銀のベルが鳴る。
「──はい、お客様入店!」
「い、いらっしゃいましぇ! エメロー……ドへ!」
「緊張して舌が回ってませんわ」
「しゅ、しゅみません!!」
「はい、不合格~」
「謝るときは“可愛く”ですわ。
謝罪もサービス精神の一部ですのよ」
「か、可愛く……?」
憂は頬を真っ赤にしながら
胸元で小さく両手を揃えて──
「す、すみませぇん……っ♡」
ぷるぷる震える声。
上目遣い。
耳まで真っ赤。
「……合格ですわ」
「基準おかしいでしょぉぉ!!?」
千秋はくすっと笑って、
憂の前髪をそっと整えた。
「大丈夫。
あなたは毎日、確実に上達していますわ」
その言葉は
ぎゅっと掴んで離したくないほどの励ましだった。
ふたりが練習を重ねていると──
教室の扉が突然開いた。
「憂!? メイドってマジだったの!?」
「お、似合ってるじゃん~!」
数人のクラスメイトが見学に来たらしい。
「え、えぇぇ!? 見ないでぇぇ!!」
「写真撮ってもいい?」
「ダメですわ」
千秋がピシャリと言い放つ。
その声は氷柱のように鋭い。
「憂さんは、わたくしが責任をもって仕上げます。
軽い気持ちで邪魔をしないで」
クラスメイトたちは苦笑しつつ退散する。
扉が閉まると同時に、
千秋は小さく息を吐いた。
「ごめんね……守ってくれて」
「当然ですわ。
あなたは店の“顔”――
そして……わたくしの大切な戦力ですもの」
頬にふわりと熱が灯る。
「練習、続けましょう」
「う、うんっ」
ベルを握り直し、憂は深呼吸した。
できる。
昨日より、今日のほうが。
今日より、明日のほうが。
少しずつ、勇気が形になっていく。
「では最後の特訓です」
千秋がポケットから
ひらりと札の束を出した。
「こ、これ……?」
「模擬会計ですわ。
笑顔を保ったまま、スマートにお金を扱う練習」
「えっ……それは、あの……苦手……」
「安心なさい。
わたくしが横におりますから」
千秋の言葉は
不思議な力を持っていた。
緊張すら、どこか前向きな熱に変えてしまう。
「では──いらっしゃいませ!」
「エメロードへようこそっ!」
「ふふ、完璧ですわね」
「本番まであと少し。
油断は禁物ですわよ、憂ちゃん」
「うん……!」
怖い気持ちもあるけれど、
楽しみがそれを包み込む。
――こうして
憂の“スパルタで甘い”日々は、さらに加速していく。
そして。
誰もが胸を弾ませる
にぎやかな文化祭準備が
いよいよ本格的に始まろうとしていた—




