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沈黙のういザード  作者: サファイロス


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第6話 宝石と未来の贈り物

憂の歌声が静かに終わりを告げると、

中庭にはしばらく余韻だけが漂った。


風に揺れる桜の枝、ティーカップの残る蒸気、

そして三人の間に生まれた、あたたかい沈黙。


「……すごかったよ、憂。今の、本当に鳥肌立った」


葉月が感嘆を漏らし、

千秋は嬉しそうに、しかし控えめに拍手を送った。


「ええ。わたくしの演奏が、ようやく完成しましたわ。

憂さんのお声が入って、はじめて」


そう言われ、憂の胸に恥ずかしさと幸福が同時にこみ上げる。

三人はゆっくりと席へ戻り、

テーブルに置かれた苺タルトに手を伸ばした。


甘い果汁とサクサクの生地が、

歌い終えた憂の緊張をそっと溶かしていく。


そして、苺タルトを食べ終えた頃――

千秋は視線を横に流し、静かに「小野」と声をかける。


「はい、お嬢様」


年配の執事・小野が進み出て、両手に抱えた小箱を恭しく差し出す。


千秋はその箱を丁寧に受け取り、ゆっくりと憂の前へ差し出した。


「――改めて。御陵憂さん、お誕生日おめでとうございます」


千秋は純白のリボンの小箱を差し出し、憂は右手でそっと受け取る。


先ほどの茶目っ気ある動作とは対照的に、その所作は優雅でまっすぐだった。


リボンを解き、蓋を開けると、中には銀のチェーンが光を反射しながら横たわり、


中央には小さなエメラルド。


春の若葉のように鮮やかで、陽光を受けてきらめいている。


「……きれい……」


憂は息をのむ。声が自然にこぼれる。


「エメラルドは五月の誕生石。‘幸運’や‘愛’を象徴する石ですの」


千秋は柔らかく微笑みながら続ける。


「憂さんがこれからも光に包まれ、愛され、望む未来へ歩んでいけますように――


そんな願いを込めました」


憂は目を瞬かせ、胸を押さえた。


『きれい』では足りない。言葉が、胸の高鳴りを言い表せなかった。


「……ありがとう……」


震える声で繰り返す。


千秋はゆるやかに立ち上がり、憂の背後へ回る。


「おかけしても、よろしいですか?」


憂が小さくうなずくと、千秋の指先が首筋へと伸びる。


細い鎖がひやりとした感触を残しながら、静かに首元を包む。


カチリ、と留め具が閉じられた瞬間、


胸元で宝石が揺れ、春の光を散りばめたように輝いた。


「……似合っておりますわ」


千秋の声は誇らしげで、けれど優しい。


「まるで最初から、憂さんのために存在していた宝石のようです」


憂は胸に手を当て、ゆっくり息を吸う。


心臓の鼓動と宝石の微かな重みがひとつに溶け合っていく。


「こんな……素敵なもの、本当にいいの……?」


「もちろんですわ」


千秋は正面に回り、まっすぐに憂の瞳を見つめる。


「友情とは、互いの未来を信じ支え合うこと――わたくしはそう思います」


その言葉は、春の空気よりも澄んで憂の胸に沁み込む。


こんなにも真剣に、自分の幸せを願ってくれる人がいる――


それだけで胸が満たされる。


「……千秋……ありがとう。ずっと、大事にする」


宝石を握りしめ、憂は微笑んだ。


葉月は二人のやり取りを横で見つめる。


普段なら茶化すところだが、この瞬間だけは口を慎み、優しく微笑んだ。


そこに流れているものは、冗談では触れられない、確かな想いだったからだ。


憂が胸元のネックレスを大事そうに指で押さえているのを見届けると、


葉月は腕を組み、わざと深刻そうにうなずいた。


「ふむふむ……これはヤバいねぇ~。


優雅で上品で、まさに“令嬢のとっておき”って感じ?


うーん、このままじゃあたしの出番が霞むんじゃないの~?」


そう言いながら、ちらっと千秋を見やる。


そう言いつつ、次の瞬間にはくすりと笑い、


紙袋をドンとテーブルに置いた。


「でも! ここからが“姉のターン”よ。見て驚け、我が妹よ!」


ガサゴソと袋をあさり、ばばーんと差し出されたのは――最新型のスマートフォン。


艶やかな本体には、すでにシンプルでおしゃれなケースが装着されている。


「憂ちゃん、ずっと古い機種で苦労してたじゃない?


そろそろ本気出さないとね。これからの未来を支える相棒をプレゼントするのだ~!」


憂は両手で箱を抱え、ぽかんとしながら見つめる。


「……葉月姉……これ、本当に?」


「へっへっへ、そうだとも!」


葉月はにかっと笑い、肩をすくめる。


「バイト代とへそくりはすっからかんだけど……


ま、憂ちゃんの笑顔には代えられないわよん!」


憂の目に、自然と涙がにじむ。


「ありがとう……ほんとに、すごく嬉しい……」


その姿を見て、葉月は少し照れたように頭をかく。


「泣くなってば。ほら、あたしはこう見えても“頼れるお姉ちゃん”だからさ。


千秋みたいに気取った台詞は言えないけど……


妹ちゃんを守るのは昔っから、あたしの役目なんだよ」


その言葉に、憂の胸の奥がじんわり温かくなる。


不器用だけれど、真っ直ぐで、どこまでも姉らしい――それが葉月なのだ。


二つの贈り物。


千秋の優雅な祈りと、葉月の力強い実用。


どちらも正反対に見えるけれど、根底には同じ気持ちが流れている――


憂の幸せを願う心。


ネックレスの光とスマートフォンの艶やかさが、


春の陽射しの中で交わり、憂の胸に温かく溶けていく。

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