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沈黙のういザード  作者: サファイロス
2章 波間のウィザード    

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26話 眠りの隣でめくられる運命

「では、始めましょうか」


 菊子がデッキを揃え、

 テーブルの上に静かに置いた。


「先に引くのは、どちらがよろしいかしら?」


「菊子からでいいよ」


 雪乃は椅子にもたれ、腕を組んだ。


「最初の一枚で、どんな“顔”してるのか見てみたい」


「ふふ……では、遠慮なく」


 菊子の指先が、

 一枚のカードへと静かに触れる。


 裏返されたカードが、ゆっくりとめくられた。


 ――“女帝(THE EMPRESS)・正位置”。


 カードの中央で、王冠を被った女性が微笑んでいる。


 実り、豊かさ、母性。


 そんな象徴が描かれたカード。


 雪乃の目がわずかに細められる。


「一勝ですわね」


 菊子は静かに言った。


「……母の象徴、か」


 雪乃はカードを覗き込み、

 苦笑に似た笑みを浮かべた。


「最初から、ずいぶん意地悪なカード引くね」


「わたくしが選んだわけではありませんわ。

 運命のいたずらでしょう」


「母親でいられる資格なんて、本当にある?」


 雪乃の声が、少しだけ低くなった。


「千秋を、あの家に閉じ込めて。

 ピアノと期待と、逃げ場のない視線で囲って。

 それでも、“母”を名乗るんだ」


 言葉は冷たい。

 だが、その奥には怒りだけではないものが見えた。


(千秋を、あんなふうにしたのは、この人だ。

 それでも千秋は、この人を……)


「――だからこそ、ですわ」


 菊子は、真正面から雪乃の視線を受け止めた。


「あなたを守れなかった。

 あの冬に、何もできなかった。

 せめて……わたくしの娘だけは守りたいのです」


 雪乃の胸の奥で、何かがきゅっと鳴った。


(……偽善者。

 そう言い切れたら、どれだけ楽だろう)


「……次、引いていい?」


「どうぞ」



 雪乃は、カードの束に指を滑らせ、

 迷いのない動きで一枚を引き抜いた。


 裏返しのカードを、ぱちんと軽く弾き、開く。


 ――“月(THE MOON)・逆位置”。


「ほら、これで一対一」


 雪乃は淡々と言った。


「不安が、だんだん晴れていくカードだよ」


「……憂さんですわね」


 菊子が呟いた。


「不安と恐れに覆われていた夜から……

 少しずつ、光が射し込んでいく」


「違うよ」


 雪乃は、ぴしゃりと言葉を返す。


「これは“わたし”のカード。

 憂の中にいる、わたしの方」


 静かな断言。


(憂はね……少しずつ、自分の力で立とうとしてる。

 だからこそ、わたしは――)


「憂の中のわたしも、

 もう“消える準備”してる」


 さらりと言う声に、

 菊子の指が小さく震えた。


「そんな簡単に……口にしていいことではありませんわ」


「簡単なんかじゃないよ」


 雪乃は、カードの“月”の顔を見つめる。


「わたしがいつまでも憂の中にいたら……

 あの子は自分の悲しみを自分のものとして

 抱きしめることができなくなる」


 それは、彼女自身が

 “覚悟”という名前で抱えてきた答えだった。


「……雪乃さん」


「次、いこ」


 


 菊子が、深く息を吸ってカードに手を伸ばした。


 指先が触れたカードを、静かに引き上げる。


 ――“運命の輪(WHEEL OF FORTUNE)・逆位置”。


「これで、二対一で……あなたのリードですわね」


「不運、停滞、すれ違い」


 雪乃は、カードを覗き込み、小さく笑う。


「菊子らしいカード」


「ええ。

 まったく、その通りですわね」


 柔らかな微笑み。

 だが、瞳の奥に影が差した。


 娘の悲鳴も。

 自分の罪も。

 現実も。


「雪乃さん」


 そっと、菊子は言葉を紡ぐ。


「わたくしは、あなたを守れませんでした。

 あの日、あなたを“失ってしまった側”の人間です」


「……わかってるよ」


「ですから――

 偽善者だと、思われても仕方ありませんわ」


 雪乃の瞳が、かすかに揺れた。


(……認めるんだ)


 彼女は、菊子のそういうところが

 なおさら腹立たしかった。


 綺麗だ。

 正しい。


 だからこそ――余計に許せない。


 

「次は、わたしの番だね」


 雪乃はカードに指を滑らせ、

 ためらいなく一枚を引いた。


 ――“塔(THE TOWER)・逆位置”。


「三点目。

 “崩壊の予兆が、ぎりぎりで回避される”」


 カードの中の塔は、

 雷に打たれながらも、まだ完全には崩れ落ちていない。


「千秋、ですわね」


 菊子の声が震える。


「ええ。

 あの子は……本当は一度、壊れてもおかしくなかった」


 雪乃は、遠くを見るような目をした。


「プレッシャーと期待で押しつぶされそうなとき。

 あなたは、千秋の背中を支えた。

 わたしは……千秋の心を抱きしめた」


 静かな語り。


「千秋が壊れなかったのは……あなたと私、両方のせいだよ」


 その言葉に、菊子は目を伏せた。


「……わたくしは、あの子を縛っていただけかもしれませんわ」


「うん。

 私から見たら、そうだよ」


 雪乃の声に、はっきりとした棘が混じる。


「千秋は、“あなたの理想の娘”でいるために

 たくさんのものを我慢してきた」


「……否定は、できませんわね」


 素直に認める菊子。

 その潔さに、雪乃の苛立ちがまた少し揺らぐ。


(どうしてそんなふうに言えるの。

 開き直ってくれた方が、責めやすいのに)



 菊子:1点(女帝・正位置)

 雪乃:3点(月逆・運命の輪逆・塔逆)


 雪乃が大きくリードしていた。


 


「……ここから巻き返せますかしら?」


「さあ。

 菊子の“覚悟”次第じゃない?」


 雪乃は、静かにそう告げた。


 ゲームはまだ途中。

 けれど、この時点で――


 どちらの心がより揺れているのか。

 それは、もう明確になりつつあった。


 しかし、菊子の瞳には、

 消えない光がまだ残っていた。


「続けましょう……雪乃さん」


「えぇ。ここからが、本番だよ」


 タロットカードの山が、

 ランプの光を小さく反射した。


 静かな夜の海の上で――

 運命の“第一幕”が、静かに進んでいく。

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