22話 アンコール
大きな拍手が鳴り止まない。
――終わりのはずだった。
けれどすぐに、潮が満ちるように声が起こる。
「アンコール! アンコール!!」
客席全体が揺れるほどの熱。
誰も、まだ終幕を求めてはいない。
「えっ──わ、わたし……もう喋ること……!」
憂は両手をぶんぶん振って困惑する。
「いけぇぇぇ!! 憂ちゃん!!」
葉月が涙をぼろぼろ零しながら叫ぶ。
「ふふ……憂さんの歌、ちゃんと届きましたのね」
菊子は誇らしげに微笑む。
憂は舞台袖を見る。
そこに――腕を組むリナ。
金髪が揺れるたび、
まるで弦が光を弾くように煌めき、
彼女の瞳の奥には鋭い優しさが宿る。
リナは唇だけで静かに囁いた。
「Los, sing.(さあ、歌いなさい)」
短いその言葉。
でも、込められた想いは溢れるほど多い。
――逃げるな。
――信じてる。
――あんたなら、できる。
舞台のすべてが、憂のために息を整える。
指揮者がタクトを構え、
ピアノ、バイオリン、チェロ、フルートが、
“彼女の声を待つ音”になった。
リナはバイオリンを肩に添え、
顎でそっと固定する。
胸に広がる感情が、痛い。
けれど、その痛みこそ――恋の証。
その痛みは、舞台袖のひとりへ真っ直ぐ伸びていく。
憂の心に、かすかな恐怖がよぎる。
いつか、離れ離れになる未来が来るかもしれない。
音楽の道も、夢も、生き方さえ違う二人。
それでも。
憂は震える手でマイクを握り直す。
その静けさの中で――
ふと、胸の奥をかすめる言葉があった。
大好きなアーティストが、言った言葉。
“There is a saying in Japan: ichigo ichie —
each encounter happens only once in a lifetime.
It is true for us, and I hope that today
will become a once-in-a-lifetime memory for all of you as well.
Thank you so much.”
「“一期一会という言葉があります。
わたしたちにとってもそうですが、
皆さんにとっても一生の思い出の1日になるようにしていって下さい。
よろしくお願いします”」
照明が落ちる。
天井いっぱいに星が広がる。
夜の海が息づき始めた。
静寂。
一滴の光が、闇を走る。
ピアノだ。
孤独の底まで潜って、
小さな希望の粒を拾い上げてくるような旋律。
会えない人を想うほど、
心が苦しくなるのにーー
それでも、
その苦しさが愛の証になっていく。
遠い星を一つひとつ数えるみたいに。
未来がまだ見えない恋の行方を、
そっと手探りするみたいに。
(雪姉……
わたし、やっと歌えるようになったよ)
憂は目を閉じ、声を解き放つ。
弱さも、恐れも、恋も全部。
リナのバイオリンが重なる。
寄り添いながら、背中を押す音。
リナの特訓が蘇る。
歌声は星へと伸びる。
会えない人へ
いつか届くと信じて
名前のない祈りを抱きしめて
観客のひとりひとりにも、
叶えたい夢と、触れられない想いがある。
この歌は、そんなすべてに寄り添う。
好きな人の隣で笑える日が来る。
その未来を信じて、
今はただ、前を向いて歌う。
――勇気を込めて。
――夢を抱きしめて。
――恋を、胸の奥に隠して。
最後の音が静かに空へ溶ける。
観客は息を止めた。
星々さえも、息を潜めたように見えた。
そして――
拍手が爆発した。
「すごい……!」
「My heart… started trembling!(心臓が……震えた……!)」
「星に届いた……!」
葉月は鼻を真っ赤にして泣き叫び、
菊子は胸元を押さえ、感動で震え、
リナはほんの少し、照れたように笑った。
その笑顔を見た瞬間、
憂の胸に灯る恋心が、またひとつ星になった。
憂は空を見上げる。
遠い星がひとつ、
彼女の決意に応えるように輝いた。
その光は、憂たちの未来をそっと指し示していた。




