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沈黙のういザード  作者: サファイロス
2章 波間のウィザード    

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21話 その涙は夏の魔法になる

憂はマイクを握り直し、

 深呼吸して前を向いた。


「……あの……すみません……

 一般人なのに、いきなり歌ってしまって……!」


 ホール中がどっと笑いに包まれる。


 そのとき。

 観客席の最前列で、スーツ姿の通訳スタッフが立ち上がった。


「I’ll translate her speech—」


 通訳がマイクに向かおうとした瞬間。


 憂がそっと手を伸ばし、止める。


「Ah, thank you… but it’s okay.

 I can speak English myself.」

(あ、ありがとう……でも大丈夫。

 英語は自分で話せますから)


 ――会場がざわめいた。


 憂はマイクを胸の前で軽く揺らし、

 場内をぐるりと見渡す。

 さっきまで歌っていたとは思えないほど、

 明るい笑顔がぱっと咲いた。



“Sooo, everyone!

How’s your cruising trip going?

Are you all having fun?”


「え~……みなさんっ!

 クルージングの旅はどうでしたか?」


呼びかけた途端、客席の空気がふわっと弾ける。


――「楽しかった~~!」

――「最高!!」

――「ブラボー!」


 あちこちから手が上がり、

 拍手と笑い声が重なってホールを揺らす。


 憂は、その声を受けて目を丸くし、

 嬉しそうに身体をちょっと跳ねさせた。


「わ……すごい……!

 えへへ、ありがとうございますっ!」



 憂は、明るく笑っていた口元をそっと閉じた。


 ほんの一秒。

 ステージの空気が、静かに沈んだように感じられる。


 マイクを持つ指先が、かすかに震える。

 けれど、その目だけはまっすぐだった。


“Um… may I talk about something a little serious?”


「……あの……少し、真面目なお話をしてもいいですか」


 さっきまでの軽やかな音色とは違う――

 胸の奥に直接触れるような声。


 観客のざわめきが、すっと消えていく。


 照明がひとつ落ち、

 憂の小さな影が足元に寄り添った。


 彼女は深呼吸をし、

 言葉を噛みしめるように続けた。



“...I was bullied in the past...

and every day was painful for me.”


 「――昔、いじめられていて。

 毎日が、とてもつらかった。」


 観客は静かに耳を傾けた。


“I used to cry every single day…

 but my sister told me something..”


 「毎日泣いてばかりいたけど…

 お姉ちゃんが言ってくれた言葉があります」


 憂は胸に手を置いた。


“My sister once told me,

‘Tears will become magic someday.’

And today… that magic has finally come true.”


「お姉ちゃんが言ってました。

 “涙はいつか魔法になる”って。

 そして今日……その魔法が、ついに叶ったんだと」


 憂は涙を拭い、客席を見渡した。


“…To Kikuko-san, who invited me on this cruise,

 and to the person I love most in the world… my sister Hazuki.

 Today, I translated this song into English for you.”


「……わたしをクルージングに招待してくれた菊子さん。

 そして、世界で一番大好きな……葉月姉のために、

 今日は……この歌を英語に訳してきました」


菊子は口元を押さえ、涙をこぼした。

葉月は号泣しすぎて椅子に沈んで動けなかった。


そして、震える声で憂は続けた。


“And… Lina.”

「そして……リナさん」


その瞬間、舞台のリナの肩が、びくりと跳ねた。


“Because you trained with me…

 I’m able to stand here today.

 Thank you… truly, thank you so much.”


「一緒に特訓してくれたおかげで……

 わたし、ここに立てました。

 本当に……本当にありがとうございます。」


憂は深く頭を下げる。


そして――ふと客席を見回した。



“Um… before I finish,

may I say something important?”


「……えっと、最後に……

 大事なこと、言っていいですか」


観衆が静まる。


憂はマイクを握りしめ……

しかし次の瞬間、


“Um—! Saying this in English would literally kill me, so…

uh, um… you there, the translator!!”


「……あのっ、これ英語で言うのは死ぬほど恥ずかしいので……

 えっと、その……“そこの翻訳さん!!”」


舞台袖の翻訳担当が「えっ、私!?」と慌てて立ち上がる。


会場、クスクスと笑い。


憂は赤面しながら手をぶんぶん振る。


「ちょ、ちょっと代わりに訳してください!!

 その……あの……わたしが言うと……死ぬので……!」


翻訳者は苦笑しつつも、マイクを受け取って一礼。


「では……憂さんの言葉をお伝えします」


憂は恥ずかしさで震えながら、マイクの前でつぶやく。


「……リナさんっていう……

 すごく、優しくて……

 ちょっと怖くて……

 でも……本当はあったかい人です……!

 それに……その……

 わ、わたし……“大好きな……お友達”が……できました……!」


翻訳家が上品な声で、見事な英語表現に変換する。


観客は「おぉ……!」と感嘆。


「うああああああ!

 た、翻訳されるとさらに恥ずかしい~~!!」


会場が爆笑と歓声に包まれる。


その瞬間。


リナの金髪がさらりと揺れ、

彼女は観客に見えぬ角度へちょっとだけ顔をそむけた。


でも、その口元はどうしようもなく、震えるほど嬉しそうに緩んでいた。



憂は胸に手を当て、最後に言う。


“…From now on, I want to keep singing Yuki-nee’s magic

 for everyone.

 Thank you… truly, thank you so much for listening!”


「……これからも、雪姉の魔法を、

 みんなのために歌いたいです。

 聴いてくださって……本当にありがとうございました!」


 大きな拍手がホールを揺らす。

 春を迎える桜のように温かく、

 どこか切なく、

 でも確かに未来へつながる音。


 涙と喜びで生まれた魔法――

 それが『Wizard -English Ver.-』だった。

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